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第二千百七十話 ネア・ガンディア(九)


「ネア・ガンディア……? そう、第三勢力が名乗ったというのですか?」

 茫然自失といった様子で、グレイシアが問うてきた。その衝撃を受けたあまり、呆けたような表情になっている様があまりにも痛々しく、だからといって目を背けることも出来ないまま、セツナはうなずくしかなかった。

「はい」

「ネア・ガンディア……そんな」

 ナージュも、衝撃を隠せない。

 だれだってそうだろう。ユーラも、リュウイも、ダンエッジすら、この場にいる誰もが、ネア・ガンディアを名乗る第三勢力の存在と、その降伏勧告に衝撃を受けていた。ガンディアとは、まさにこの仮政府の属する国のことだ。仮政府は、ガンディア本国との連絡が取れないから、このザルワーン方面の秩序を維持するために立ち上げられたものであり、ガンディア本国が無事で、連絡が取ることができたのならば一も二もなくガンディアに帰属するという意思があった。だから、ガンディアと名乗る国がその存在を明らかにしてくることそのものは、本来、諸手を挙げて喜ぶべきことのはずだった。

 だが、ネア・ガンディアについては、素直に喜べなかった。なぜならば、ネア・ガンディアは、ガンディアの領土であるはずのマルウェールを攻撃し、この地上から消し去ったのだ。マルウェールの住人は全滅した。そのことは伝えていないものの、壊滅したという事実から想像はつくだろう。

 そんなことをするような軍勢をガンディアのものとは考えたくもない、というのが、ひとつ。

 つぎに、その名だ。

 ネアとは、古代言語で、新しい、とか、新たな、とかいう意味を持つ言葉だ。つまり、ネア・ガディアとは新生ガンディアという意味で名付けられたと考えられる。

 ちなみに、ガンディアも古代言語であることから、ネア・ガンディアすべてを現代語に直訳すると新獅子神になる。ガンディアは、獅子の神という意味だ。

「それはつまり、我々以外にガンディア再興を望むものたちがいて、それらがセツナ殿のいう神軍を形成していたということですか?」

「……ネア・ガンディアは、その主君の名を獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアと――」

「なにを――」

 ナージュが声を荒げ、セツナの言葉を遮った。見ると、王妃は顔を両手で覆っていた。衝撃の連続で、冷静でいられなくなっているのだろう。セツナは、そんな王妃の姿を見るだけで、胸を締め付けられうような想いがした。実際問題、ナージュやグレイシアにとっては、極めて辛い話だ。それでも、この話をせずには、物事をすすめることは出来ないのだ。

「――いうのですか……なにを……」

「レオンが……陛下が生きていた……と? そして、ネア・ガンディアとしてガンディア再興を掲げている、というのですか?」

「それは、まだなんともいえません」

 レオンガンド・レイグナス=ガンディア。

 王を意味する古代語であるレイではなく、レイグナスを名乗っていることの意味は、レオンガンドを名乗る人物の思惑や理想が関わっているに違いない。レイグナスとは、聖皇ミエンディアが名乗った偉大なる支配者の名だ。それに習ったのが三大勢力のうちの二大国家、ザイオン帝国の皇帝と神聖ディール王国の聖王であり、レオンガンドは三大勢力の如くガンディアを再興させるため、そう名乗ったと考えていいのかもしれない。

 とはいえ、そのレオンガンドがセツナの知るレオンガンドと同一人物である可能性は、限りなく低い。ネア・ガンディアがガンディアを取り込むためにその名を利用している可能性のほうが遥かに高い、と、セツナは考えているし、その意見についてはファリアたちも同意していた。レオンガンドほど国民のことを第一に考える名君もいない。そんな彼がどんな理由があろうとも、自国民を犠牲にするような方法を許すはずがなかった。

「ネア・ガンディアなる軍勢が利用する方舟は、以前、リョハンを二度に渡って侵攻した、いわゆる神軍が用いていた空飛ぶ船です。まず間違いなく、神軍とネア・ガンディアは同一の組織であり、そのことから、ネア・ガンディアには数多の神々が属し、神々に従うものたちによって構成されているものと思われます」

 会議室内に動揺が広がる。

「ネア・ガンディアは、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなる人物が神々の王であるなどと宣っていることからも、ネア・ガンディアには神々が協力していることは間違いありません。つまり、ネア・ガンディアとは、神の国といっても過言ではなく、その戦力は世界最大のものとみて間違いないでしょう」

 かつての三大勢力でも、いまのネア・ガンディアに匹敵する戦力を有してはいなかったのもまた、疑いようがない。二万人の武装召喚師を擁するザイオン帝国に、魔晶兵器を擁する神聖ディール王国、そしてヴァシュタリア共同体。いずれも小国家群の国々では為す術もなく蹂躙されるだけの、圧倒的な戦力を有していたのは間違いないが、だとしても、ネア・ガンディアの誇る過剰なまでの戦力に匹敵するものとは思えなかった。帝国の武装召喚師軍団も、聖王国の魔晶兵器軍団も、ネア・ガンディアの神々や神兵軍団の前には、善戦さえできるものかどうか。

 セツナたちだって、ネア・ガンディアが本腰を入れたとすれば、どうなるものか。

 リョハンが二度に渡って護りきれたのは、いずれも神軍ネア・ガンディアが諦めて撤退してくれたからにほかならない。最後まで物量戦を展開されていれば、リョハンが落ちていた可能性は決して低くはなかった。

「では、セツナ殿は、仮政府はネア・ガンディアに降伏するべきだと考えている、といいたいのですか?」

 グレイシアが、苦渋に満ちた顔で、セツナを見つめてきた。

「確かにネア・ガンディアがレオンガンド陛下の意志によって再興されたガンディアならば、我々は両手を上げ、喜んで合流いたしましょう。仮政府は、陛下不在のガンディア領土の秩序を維持するためのもの。ガンディアに帰属することこそが本懐なのですから、そこになんの疑問もありません。しかし」

 グレイシアは、そこで一度言葉を区切った。静かに呼吸を整え、言い直す。

「しかし、ネア・ガンディアの王レオンガンド・レイグナス=ガンディアなる人物が、わたくしたちの知るレオンガンド・レイ=ガンディア国王陛下と同一人物であるとは、とても信じられないのです。セツナ殿は、先程、ネア・ガンディアの攻撃によってマルウェールが壊滅した、と、おっしゃいましたね」

「はい。自分がいながら、マルウェールを護れなかったことについては、申開きのしようもございませぬ。どのような罰も受ける所存です」

「……セツナ殿でさえ防げなかったのです。ほかのだれにも手の施しようのなかったことなのは、明白。

そうですね、皆さん」

「は。殿下の仰る通りかと。黒き矛を手にされたセツナ殿でさえ対処できないのであれば、我々がいくら力を合わせたところで、どうなるものでもありますまい。それに、セツナ殿おひとりに責任を負わせるのは、以ての外にございます」

「わたくしも、同じ意見です。殿下。わたくしは、銀蒼天馬騎士団とともにマルウェールの守備についておりましたが、ネア・ガンディアのマルウェールへの攻撃に関しては、セツナ殿に非はないと断言いたします」

「ということだそうですよ、セツナ殿」

「……しかし」

「しかしもなにもありません。事実としてあるのは、ネア・ガンディアが、ガンディアの領土であり、ガンディア国民が生活する都市を攻撃し、壊滅させたということ」

 グレイシアが痛ましげに目を伏せる。その隣では、ナージュも同じように苦悩に満ちた表情をしていた。

「わたくしたちの知る陛下が、そのようなことをするはずがありません。たとえ、現地の指揮官が独断で行ったのだとしても、そのような暴挙を許可するようなものを、レオンガンド・レイ=ガンディアと同一人物だと認めるわけにはいかないでしょう」

 グレイシアの発言ひとつひとつが、会議に参加したものたちの心をひとつにしていくような、そんな力強さがあった。彼女の発言は、レオンガンド・レイグナス=ガンディアが名ばかりの偽物であり、ネア・ガンディアを敵と見なすといっているようなものであり、そう言い放つことで奮い立たせようとでもしているかのようだ。

「レオンガンド・レイ=ガンディアは、弱小国ガンディアを小国家群最大規模の国へと発展させた名君。国土拡大のためであれど自国民を犠牲にするようなやり方を良しとする人間ではなかった。そうでしょう?」

「はい。まったくもって、そのとおりです」

 セツナは、グレイシアの言葉の凛とした響きに全面的に同意した。

「陛下があのような所業をなされるとは、万にひとつもありえないことだと」

「それを聞いて安心いたしました。陛下の親衛を長らく務めたセツナ殿にとっても、やはり、陛下とは、そのような方なのですね」

 グレイシアの安堵の表情に、セツナこそ安心した。

「では、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなるものが率いる偽りのガンディアに降る道理はありません」

「……殿下、結論を急ぐべきではないと思いますが」

 結論に待ったをかけたのは、ナージュだった。

 つい先程まで、胸に手を当て、苦悩に満ちた表情をしていた王妃は、決然たる表情でもって、グレイシアに目を向けていた。


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