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第二千百六十九話 ネア・ガンディア(八)


 セツナたちを乗せた方舟が龍府近郊に着陸すると、龍府より馬車の迎えがやってきた。

 セツナたちは、仮政府が手配したその馬車に乗り込み、龍府に乗り入れると、すぐさま天輪宮で待ちわびている仮政府首脳陣の元へと向かった。

 ちなみに、セツナとファリアの話については、ちょうど方舟が着陸したがために、ミリュウたちによる追及は強制終了となった。そのことでミリュウがマユリに文句をいったものの、マユリは、ネア・ガンディア問題のほうを優先するべきだという極めて冷静かつ合理的な判断を下したため、ミリュウたちも渋々従わざるを得なかった。

『この問題が片付いたら、そのときは覚えてなさいよ!』

 ミリュウの半泣きになりながらの一言に、セツナもファリアも困り果てるほかなかった。

 レムがうっかりもらしたあの日々について、ミリュウたちに説明してどうなるものでもないことは明らかだ。どうなるどころか、関係が悪化するのではないか、という恐れのほうが強い。皆、セツナに好意を寄せてくれている。それは嬉しいことだったし、素直に喜ぶべきものだろう。そのため、セツナは彼女たちの好意に最大限応えようとしていたし、それがセツナにできる数少ない恩返しだと考えていた。

 しかし、そのためにセツナとファリアの“あの日々”を赤裸々に告白するのは、別の話だろう。少なくとも、それによってだれかが幸せになるとは思えない。ミリュウやシーラが、セツナとファリアの関係の深まりについて知ったところで、衝撃を受けるだけではないのか。彼女たちを傷つけずに済む方法はないものか。

 あるいは、すべてを明らかにするべきなのか。

 その結果、ミリュウたちがどうなろうとしったことではない、と割り切るべきなのか。

 それは、できない。

 セツナの望みは、皆の幸せだ。それがたとえ自己満足的なものに過ぎず、虚偽と欺瞞に満ちたものなのだとしても、セツナはその望みを捨てたくなかったし、割り切りたくもなかった。だれかを、なにかを犠牲にして、自分だけが幸せになることなどできない。

 とはいえ、ファリアを愛しているという事実を否定することもできない。

 では、どうすればいいというのか。

 セツナは、馬車が天輪宮につくまでの道中、そういったことで頭を悩ませていた。

 そうして天輪宮に到達したセツナたちは、ザルワーン仮政府首脳陣との会議に赴いた。

「まずは、シーラ殿が無事、戻ったこと、その無事を喜びましょう」

 会議の直前、大会議室に集まった一同を前にして、仮政府の頂点に立つ太后グレイシア・レイア=ガンディアは、にこやかにシーラの帰還を喜んだ。シーラの生還を喜んだのは、グレイシアだけではない。王妃ナージュ・レア=ガンディアや、龍宮衛士筆頭リュウイ=リバイエン、司政官ダンエッジ=ビューネルらを始めとする仮政府首脳陣は皆、シーラが無事な姿を見せたことに心底喜んでいた。領伯近衛の隊長を務めていたシーラと龍府の縁は深い。ダンエッジやリュウイとは龍府の防衛や警備に関する相談に応じ、親交を深めていたという。また、太后や王妃が龍府に移ってきてからは、その話し相手を務めたこともある。

「なにより、九尾様としてこのザルワーンを二年以上に渡って護り続けてくれたこと、諸々のものたちに代わって感謝させてください。シーラ、本当にありがとう」

「い、いえ……感謝していただけるのであれば、わたくしにではなく、このハートオブビーストにお願い致します。わたくしの意識がない間も、ハートオブビーストが九尾となって、この地を護っていたようですので」

「召喚武装は意思を持つのでしたね。もちろん、ハートオブビーストにも、心よりの感謝をさせてください。わたくしたちがこうして平穏な日々を送ることができたのは、すべて、九尾様のおかげ。引いては、ハートオブビーストとその使い手であるシーラのおかげなのですから」

「恐悦至極にございます、殿下……」

 シーラは、グレイシアの慈しみに満ちた言葉を受け、感動に震えるようにして、頭を下げた。

 龍府天輪宮泰霊殿の会議室に集まったものたちは皆、そんなグレイシアとシーラのやり取りに心を打たれたに違いない。かくいうセツナがそうだった。二年以上もの間、意識不明だったとはいえ、この地を守護し続けるという偉業を成した事実に変わりはなく、その事実がしっかりと評価され、褒め称えられていることが嬉しくてたまらないのだ。

「……しかし、これで九尾様に頼ってはいられなくなった、ということですが」

 渋い顔で告げたのは、ガンディア軍ザルワーン方面軍大軍団長ユーラ=リバイエンだ。彼は、セツナたちが最初に龍府に入った日にはいなかったが、つい数時間前、スルークから戻ってきたという。ナグラシア、スルークの様子を見て回っていたらしい。相も変わらぬ秀麗な顔立ちだが、ミリュウらのリバイエン家とは似ている部分が少ない。ミリュウの兄弟には、オリアン=リバイエン(オリアス=リヴァイア)の血が濃いということなのかもしれない。

「九尾を頼みにしていたのは、クルセルク方面を支配していた帝国軍への牽制が主だと聞いています。それは事実で間違いないですね」

「ええ。ザルワーンの支配をも目論む帝国軍の存在こそが最大の懸案事項ですからね」

「セツナ殿のその口ぶり……なにか事態が進展したと期待して良いのかしら?」

「……はい」

 セツナは、グレイシアの期待を裏切ることになりかねないことに気づきながらも、うなずかざるをえなかった。帝国軍に関する問題は、片付いたと見て、いい。その点に関しては、グレイシアやナージュら、仮政府首脳陣も満足できる結果を得られたはずだ。しかし。

「帝国軍の対応に関しましては、解決したといってもよいはずです」

「おお……」

「解決? さすがはセツナ殿ね。で、いったいどのように解決したのか聞かせてもらえるかしら」

「はい」

 セツナは、グレイシアの満足げな表情に心を打たれながらも、

「今日の昼ごろ、九尾が突如としてマルウェール方向に向かったのは、御存知ですね」

「ええ。方角からして、帝国軍が動いたものだと皆で話し合っていたわ」

「仰る通り、九尾は帝国軍によるマルウェールへの攻撃に反応したのです。そして、帝国軍を撃退してもなお、九尾はマルウェールに居座った。それはなぜか。帝国軍が、マルウェール以西への侵攻に全力を挙げていることが明らかだったからです」

「まあ……」

「九尾様がいるというのに、ザルワーン侵攻に全力を?」

「ええ。彼らには後がなかったんですよ」

「後がなかった……?」

 ユーラの疑問に答えるべく、セツナは言葉を選んだ。

 そして、帝国軍がなぜいまになってザルワーン方面への侵攻を本格化させ、九尾という絶対的な障壁に対しても戦いを挑むような真似をしていたのかについて、静かに説明した。

 帝国軍が突如現れた第三勢力によってクルセルクより追い立てられていたこと。行き場を失いつつあった帝国軍にとって、生き延びる道はふたつにひとつしかなく、どちらにせよ絶望的なものであったということ。第三勢力に挑むよりも、九尾に挑んだほうがマシである、と、帝国軍が判断したということ。つまりそれだけ第三勢力が脅威であるということも、伝えた。

「第三勢力? それはいったい……」

「それについては、後にいたしましょう。まずは帝国軍の処分についてですが」

「打ち払った……わけではなさそうですね」

「はい。帝国軍とは和議を結び、ザルワーン方面に受け入れることに致しました」

「帝国軍を受け入れる……ですと」

「そんなことをして、だいじょうぶなのですか?」

 ナージュの不安げな表情に、セツナは、自信たっぷりにうなずいてみせた。こういうとき、自信のない表情を見せてはならないということは、知っている。無論、ナージュたちが帝国軍の受け入れに対し、不安を抱く理由もわかっている。かつて大戦においてガンディア領土を蹂躙し、大戦が終わったはずのいまもなおこの島の制圧を目論んでいた帝国軍を信用するのは、あまりにも危うい。

「ご安心を。彼らは、帝国本土との繋がりを求めています。彼らの最大の望みは、帝国本土への帰還なのですから。自分が彼らと帝国本土との橋渡しになる以上、彼らが我々を裏切ることはありえません」

「なるほど。それならば安心しても良さそうですね」

「とはいえ、帝国軍との間での細かい話し合いについては、彼らが龍府に到着してからになりますが」

「どういうことです? 彼らがこちらに向かっている、と?」

 グレイシアが怪訝な顔をしたのも、当然だろう。帝国軍を受け入れるとしても、いきなり仮政府の首都ともいうべき龍府に迎え入れることなどあるべきではない。本来ならば、一先ずマルウェールで受け入れ、そこから今後の話し合いをすすめるべきだったし、受け入れを決める前に、詳細に取り決めておくべきだった。しかし、あの状況では、そうしている暇がなかったのもまた、事実なのだ。

「はい。一刻を争う事態が出来致しましたので。我々がこうしてすぐさま龍府に舞い戻ったのも、そのため」

「いったい、なにごとなのです?」

「第三勢力が、ザルワーン方面の……仮政府に対し、降伏するよう、通告してきたのです」

「降伏勧告? 戦いを始める前にですか?」

「そんな馬鹿な話があっていいものですか」

 ユーラが苦い顔をするのも当然だ。

「見せしめとして、マルウェールが攻撃され、壊滅したということを聞けば、彼らの戦力も理解できましょう」

「マルウェールが……壊滅?」

「そんなこと……」

「第三勢力は、我々が神軍より奪い、活用している方舟を用いていました。つまり、我々が神軍と総称する軍勢こそが、第三勢力だったのです。そして彼らはこう名乗りました」

 セツナは、この場にいるだれよりも衝撃を受けるだろうグレイシアとナージュの心情を想い、言葉を詰まらせた。たとえそれが偽りに満ちた看板であったとしても、その名を掲げられれば、衝撃を受けざるを得ない。衝撃は痛みとなって、傷となって、ふたりの心に刻まれるのではないか。故にこそ、セツナはその名を口にしたくはなかったのだ。

 だが、いわねばならない。事実を隠し通すことほど不忠はない。

「ネア・ガンディア」

 セツナが発した一言が凄まじい衝撃となって会議室内を駆け巡ったのは、いうまでもない。



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