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第二千百六十四話 ネア・ガンディア(三)


 方舟の西方からの到来は、マルウェール付近に展開する仮政府軍、帝国軍両陣営を騒然とさせた。すわネア・ガンディアの新手か、と、戦闘態勢に入ろうとするものが少なくなく、セツナはそんな騒動を他人事のように眺めていた。

 方舟は、ネア・ガンディアの方舟を目の当たりにしたいま、とても小さく、頼りないもののように見えた。ネア・ガンディアの方舟は、とてつもなく威圧的な外観をしているだけでなく、何倍もの質量を誇る巨大戦艦であり、十二対二十四枚の翼は、セツナたちの方舟の二倍だった。

 あの圧倒的な質量を目の当たりにすれば、自分たちが利用する方舟のなんと貧弱なことかと嘆きたくもなる。方舟同士がまともにぶつかりあえば、こちらが負けるのは目に見えているのだ。もっとも、船を操る神の質でいえば、こちらのほうが上であるだろうという自負はある。有象無象の神々と、我らが希望女神は格が違うのだ。

(おそらくな)

 胸中で付け足しながら、方舟がゆっくりと降下してくる様を見遣る。

 十二枚の翼を大きく広げた方舟は、遠目には天使が舞い降りるかのようであり、神々しく、幻想的だった。だが、それさえも、ネア・ガンディアの方舟と比較すれば、いかにも安っぽく見えてしまうのだから困りものだ。

「い、いまの声、ミリュウ……だよな?」

「ああ。ミリュウだよ。なに怒ってんだか」

 シーラの質問にセツナが呆れつつも答えると、方舟から再び声が聞こえてきた。

『そこ、聞こえてるわよ!』

「え? 嘘だろ」

『ふふん! マユリんの力、舐めんじゃないわよ!』

「あの女神……」

 マユリがセツナではなくミリュウに肩入れするのは、なんとはなしにわかる。ミリュウが日常的にマユリと言葉を交わすだけでなく、親交を深めていることが大きいのだ。神であれ、親しくしてくれる人間とそうではない人間に対し、扱いが異なるのは当然のことだろう。神ならば分け隔てなく接しなければならない、などという理屈は存在しない。

《悪態をつくくらいならば、ミリュウの見ている前でほかの女子を抱くのをやめればよかろう》

「だっ」

 脳内に響き渡ったマユリの聲に、セツナは危うくその場でコケかけた。セツナの小声でさえ、マユリの地獄耳は拾っているということだ。やはり、さすがは女神というべきだろうし、その偉大な力は、なにものにも代えがたいものだ。

『なにが「だっ」なのよ! ちゃんと説明なさい!』

「見りゃわかんだろ、シーラの体調が万全じゃないからだな」

『ないからなに? いちゃついていいってわけ!?』

「どこかいちゃついてんだよ」

「う、うん……」

 シーラがセツナの意見を後押ししたものの、その反応はどこか気まずげだ。ミリュウが憤然といってくる。

『シーラだってなんだか嬉しそうじゃない! 元気そうでなによりだけど! 下心全開にするの、やめてくれる!?』

「だ、だれが下心全開なんだよ、馬鹿!」

『だれが馬鹿なのよ!』

「おまえに決まってんだろ!」

『はあ!? あたしのどこが馬鹿なのよ!』

 ついに口論を始めたミリュウとシーラに対し、セツナは、なんともいえない気持ちになった。まだ面と向かって再会してもいないというのに、既にふたりの関係は、昔のそれに戻っている。その空気感は、あまりに懐かしく、温かい。

「……騒がしいったらないな」

『だれのせいよ!』

「おまえだろ」

『なんでよっ!?』

 ミリュウが涙目になっている様子が容易に想像できたが、とはいえ、ここで彼女に言い負かされていていいわけがなかった。衆人環視の中で口論に敗れ去るのは、あまりにも虚しい。もちろん、言い負かしたからといって勝ち誇れるわけもなく、セツナはミリュウとの口論を穏やかに終わらせる方法を思案していた。と。

『まあまあ、ミリュウ、落ち着いて。シーラも無事だったんだし、良かったじゃない』

「ファリアもいるのか……」

『わたくしもおりましてございます、シーラ様』

「レム!」

 シーラが歓喜に満ちた声を上げたのは、ミリュウに続き、ファリアとレムの声を久々に聞いたからなのだろう。

「皆、皆……無事だったんだな……!」

 感極まったシーラが涙ぐみながら抱きついてくるのを受け止めて、セツナは、なんともいえない気持ちになった。皆、無事だった。確かに、そういえなくもない。しかし、手放しで喜べないのもまた、事実なのだ。無事だったもの以上に失ったもののほうが多い。シーラの場合は特にだ。彼女を支えてきた侍女たちは皆、あの戦いで落命したという。シーラの心痛たるや、いかばかりか。想像するだけで胸が張り裂けそうになった。

「ああ、無事だとも」

 方舟は、セツナたちの目の前に着陸すると、その十二枚の翼を消失させた。巨大質量の着地によって生じた衝撃が大量の粉塵を舞い散らせる。やがて船体下部の搬入口が開いた。

 その間、周囲の仮政府軍、帝国軍の兵士たちは皆、ぽかんと口を開けたままだった。おそらく、セツナと方舟側の口論があまりにも馬鹿馬鹿しくて、警戒するのも忘れてしまったのだろう。

「良かった……本当に良かった」

「行こう。皆が待ってる」

「うん」

 シーラが腕で涙を拭うのを見て、もらい泣きしそうになりながら、搬入口に向かって歩きだす。すると、エリルアルムが駆け寄ってきた。彼女も、ミリュウの大声を聞いていたはずだ。無論、セツナの声は聞こえなかっただろうが。

「セツナ、これはいったいどういうことなんだ? ミリュウ殿の声が聞こえたが」

「ああ、そうだ。エリルアルムも来てくれるか?」

「どこへ?」

「船の中だよ」

「あの?」

 エリルアルムが怪訝な顔をして、方舟を見遣った。方舟がネア・ガンディアの移動手段であるということは教えたが、それとまったく同じものをセツナたちが所有しているということは教えていないのだ。疑問を持つのも自然なことだろう。

「ああ。あれは俺達の方舟なんだ」

「セツナたちの……」

「だから安心していいよ」

「あ、ああ……そういうことなら。しかし、皆にはどう説明すれば」

「マルウェールは放棄し、龍府に向かうようにいったのなら、あとは任せればいいさ。とにかく、目的地は龍府なんだ」

 そういうと、エリルアルムは納得した後、部下を呼びつけ、今後の指示を出した。

 仮政府軍は、帝国軍ともども龍府を目指し、セツナたちは、一足先に方舟で龍府に向かうこととなった。

 おそらく方舟は、そのために気を利かせてくれたものだろう。


 搬入口から船内に入り込み、通路を進み、機関室に向かっていると、その道中、通路の真っ只中でミリュウたちと鉢合わせした。どうやら、彼女たちも搬入口に向かうべく、移動している真っ最中だったようだ。

「あ、シーラ!」

「やっぱり、あの九尾はシーラだったのね」

「シーラ様、お疲れはございませんか? 二年以上もの間、この地を護り続けてこられたのでございますし、消耗しきっているのではございませんか?」

「シーラお姉ちゃん……無事でよかったよー!」

 ミリュウ、ファリア、レム、エリナの四人が一斉にシーラに話しかけると、さすがのシーラも驚きを隠せなかった。セツナ自身、多少の驚きを禁じ得なかったのは、ミリュウが白金色の髪を真っ赤に染め上げていたからだ。天輪宮のかつての自室に残っていた染料でも使ったのだろう。見事なまでの真紅は、彼女らしいといえば彼女らしく、驚いた後、妙な安堵感を覚えたのも事実だ。

「あ、ああ……その、なんだ。一斉に来られると、なにがなんだか……」

 シーラがしどろもどろになるのも当然のことだと想いつつ、皆が嬉しそうに彼女を取り囲んでいる様子を見て、セツナは自分のことのように嬉しくなった。シーラもまた、セツナにとっての大切なひとりであり、仲間と呼ぶべき人物だ。皆にとっても同様であり、彼女との二年以上の間を空けた再会は、喜びも一入だろう。なにせ、シーラの生存は絶望的だったのだ。

 それがザルワーン方面の守護神白毛九尾の存在によって、生存の可能性が高まり、ついに生きているシーラとの再会に結びついた。歓喜しないわけがない。

 一方で、セツナたちをこのザルワーンに導いたマユラ神にも感謝しなければならない、と、セツナは内心考えていた。マユラ神は、ザルワーンに起きているなにごとかを感知し、方舟を龍府に落とす体で、セツナたちをこの地に辿り着かせたのだ。白毛九尾およびシーラの存在を理解していたのではないか。だからこそ、セツナたちをここに導いたのであれば、感謝する以外にはない。おかげでシーラとの再会を果たせたのだし、ネア・ガンディアのザルワーン侵攻に間に合ったといえる。

 シーラが白毛九尾のままであれば、ネア・ガンディアはクルセルクに籠もったままだったかもしれない。だが、白毛九尾が永久不変に在り続けることは、ありえない。この二年あまりは、シーラの生命力を奪うことなく維持できていたようだが、それもいつまで持つものかどうか。いずれ、シーラが力尽きれば、白毛九尾も消え去り、ネア・ガンディアによるザルワーン侵攻が始まっただろう。

 いや、あるいは業を煮やしたネア・ガンディアが白毛九尾との戦闘を始めたかもしれない。その場合、どうなったものか、想像もつかない。

 ネア・ガンディアが警戒するほどの力を秘めた白毛九尾も、神との本格的な戦いとなれば、無傷では済むまい。最悪、シーラごと滅ぼされる可能性だってあるのだ。そういう意味でも、白毛九尾が本格的な戦いに巻き込まれる前にシーラに戻すことができたのは、僥倖だろう。

「ところで、いつまで抱き抱えてるつもりなの?」

 ミリュウの半眼が、いつになく鋭かった。



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