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第二千百四十三話 色に込める想い


「あたし、髪を染めようと想うんだけど」

「いきなりどうした?」

 ミリュウが突如として思いもよらぬことをいってきたのは、セツナが髪を切り、その姿を皆に披露してからのことだ。泰霊殿の広間には、セツナ一行のほか、メリルと、彼女とナーレスの息子であるミレルがいる。ミレルはついこの間三歳の誕生日を迎えたばかりの男の子だが、利発そうな容貌は、いかにも軍師ナーレスの血を引いているように思えてならなかった。

 メリルを実の妹のように可愛がっているミリュウには、彼女の子供も同じくらい愛しい存在であるらしく、メリルが少し嫉妬するくらいに可愛がっていた。ファリアやレムたちも、ミレルの可憐さにはめろめろといった感じであり、そんな彼女たちを見て、メリルが余計なことを言い出さないかとヒヤヒヤしたものだ。しかし、そこは幾多の修羅場を潜り抜けてきたメリルだ。セツナと彼女たちの関係を察してなのか、人間関係に亀裂が入りそうなことは一切発言しなかった。

 ちなみにメリルは、ミリュウとの再会をただ喜び、ミリュウとミレルが瞬く間に仲良くなったことに安堵している様子だった。

 そんな風に、休息しつつの談笑をしている最中のことだ。ミリュウが白金色の髪を弄ぶようにしながら、続ける。

「セツナも髪を切って格好良くなっちゃったし、あたしも気分一新しようかなって」

「似合うぞ、いまの髪色」

 それはセツナの本心だ。赤い髪も似合っていたが、いまのミリュウは素顔の彼女そのものといってよく、自然体の美しさがあるのだ。髪を染めることが悪いとは思わないし、似合っているのだからそれもいいと想うのだが、それ以上に素のままのミリュウも悪くない。ミリュウがこちらを見た。

「う……そういわれると決心が鈍る」

「だったらそのままでいいだろ」

「でもでも、嫌なのよ!」

「なにが」

「一緒なのが!」

「……そういうこと」

 セツナは、ミリュウの主張するところを瞬時に理解して、それ以上はなにもいわなかった。今日に至るまでにも、彼女は髪色については散々悩んでいたことは知っている。それでも白金色のままだったのは、リュウイたち実の兄弟のことを忘れていたからのようだ。それが、つい先程再会し、元気な様子を見てしまったものだから、彼女の中の複雑な感情が息を吹き返してしまったらしい。

「もう別に嫌いとかそういう次元はとっくに超えてるけど、でもなんかやっぱり一緒なのを見ると、どうにも落ち着かないのよね……」

「セツナがいうように似合っているし、素敵な色だと想うわよ。まあ、赤ミリュウも悪くないけど」

「なにその赤身魚みたいな言い方」

 ミリュウがファリアによりかかりながら、半眼を向ける。ファリアは妹のように甘えてくるミリュウの髪に触れ、軽く弄んだ。ふたりがまるで姉妹のように仲が良いのはいまに始まったことではない。が、メリルやアスラの前では姉のように振る舞うミリュウが、ファリアに対してだけは妹のようになってしまうのは、不思議といえば不思議だった。

 単純に、ファリアの精神年齢がミリュウより高いというだけのことなのだろうが。

「白ミリュウに赤ミリュウ……か」

「セツナも乗っからない!」

「おまえがいい出したんだろ」

「ぶー」

 頬を膨らませて唸るミリュウは、年齢を忘れさせるくらいに愛らしくはある。

「でも確かにそういわれれば、ミリュウ様といえば、赤い髪という印象がございますね」

「でしょでしょ。それにさ、シーラが戻ってきたら、紛らわしいじゃない?」

「……そうかなあ」

「師匠はどっちでも似合いますよ!」

「ありがと、でも紛らわしいのよねえ。白はシーラの色で、あたしは赤なのよ」

 白金色と白とでは厳密には同じではないのだが、傍目に見れば、似ているといえるのかもしれない。無論、ミリュウの本音はそんなところにはないだろうし、髪の色を変えることの理由が欲しいだけなのだということは明らかだ。だからセツナはそれ以上、意見をいうつもりはなかった。ミリュウはミリュウだ。好きにすればいい、という思いのほうが強い。どのようなミリュウであれ、愛情に変わりはない。

「まあ、想うままにしたらいいさ。俺はどっちのミリュウも好きだし」

 セツナが想ったまま口にすると、ミリュウが上体をくねくねさせた。

「ああん、セツナったら大胆」

「なにがだよ」

「みんなの前で告白だなんて……」

「お、おう……」

 セツナは、どう反応すればいいのかわからず、雑に相槌を打った。すると、背後に控えていたレムがそっと耳打ちしてくる。

「御主人様は相変わらず女誑しでございますね」

「おまえ、わかってていってるだろ」

「はい、わかっておりますです」

 レムがにこやかに微笑んでいることは、見ずともわかる。彼女はセツナをからかうとき、この上なく楽しそうだった。それは昔からなにひとつ変わっていない。

「御主人様がどうしようもないくらい女好きの最低野郎だということくらいは認識しておかなければ、下僕壱号は務められませんもの」

「ひでえいいざまだ」

 とはいいながら、セツナはレムのその評価を否定しようとは思わなかった。傍目から見ればその通りとしかいいようがないだろう。昔からだ。そういう評判が流れているという話を聞いたこともある。そして、そういう評判に対し、憤ることさえなかった。常に美女を侍らせ、甘ったるい空間を作っているというのは、一面で見れば事実以外のなにものでもないのだ。否定しようがなければ、怒りようもない。そういった評判を取り下げたければ、周囲から女っ気をなくす以外にはないのだが、それはできそうもない。

 ファリアたちがいなければ生きていけないのが、セツナなのだ。

 彼女たちがいてくれるからこそ、セツナは戦える。

 地獄での二年の修行は、そのことを再確認させるに至った。

「ミリュウが赤で、シーラが白なら、わたしは青かしら」

「そうなるわね。で、レムが黒」

「セツナと被るけど」

「セツナは男でしょ。そこは被らないわ」

「ううん……?」

 ファリアが小首を傾げたのも無理のないことだが、ミリュウはまるで気にせず話を進める。

「ウルクは灰色だし、ラグナは竜だし」

「そうね……」

「……皆、揃うわよね?」

「ええ。きっと、揃うわよ。ねえ、セツナ?」

「ああ。きっとな」

 セツナは、ファリアとミリュウのみならず、皆の視線が自分に集中するのを認めて、力強く頷いた。シーラは、生きている。白毛九尾の狐となって、生き続けている。

 ウルクも、死んでなどいまい。魔晶人形なのだ。しかも弐號躯体と呼ばれる躯体は、並大抵の攻撃では傷つきもしなかった。“大破壊”さえ耐え抜いただろうことは想像に難くない。ただ、今現在、どこにいるのかはわからない。ガンディア付近かもしれないし、別の大陸、島のどこかかもしれない。あるいは海の底か。いずれにせよ、どこかにはいるだろう。

 ラグナは、どうか。転生竜である彼女の転生の周期は、よくわからない。ただ、黒き矛の力を吸収して転生して見せたことを考えれば、案外、すでに転生していて、どこかでセツナを待っている可能性も少なくはなかった。

「そのためにはまず、シーラをどうにかしないと」

「どうにかって、どうするの?」

「明日にでも話し合いにいってみるか」

「話に応じてくれるかしら」

「どうかな」

 その自身は、セツナにはなかった。

 アバードのときとは、色々事情が異なっている。

 あのとき、シーラはセツナに殺されるためだけにナインテイルを発動させた。そのため、付け入る隙があったのだ。しかし、今回は違う。戦いの最中に発動させ、ザルワーン方面の守護者として君臨しているというのだ。それも二年以上に渡って。もはやシーラの意識は残っているのかわからないし、そもそも、どのような状況にあるのかも不明だ。

 だが、だからといって、このまま放置などできるわけもなければ、ほかに方法もない。

 セツナたちは、シーラのことを考えながら、その夜を天輪宮で過ごした。


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