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第二千百四十二話 獅子姫(二)

 レオナ王女との再会は、セツナにとってもっとも喜ぶべき出来事だったかもしれない。

 心の底から敬愛し、唯一無二の主君であったレオンガンド。その血を受け継いでいることが一瞬でわかるくらい、レオナは、レオンガンドの娘だった。レオンガンドとナージュの特徴を受け継ぎ、幼いながらも聡明さを窺わせる言動の数々は、ガンディア王家の家臣であるセツナを歓喜させた。レオナがこのまま成長すれば、ガンディア王家は安泰だろう。そう確信させるに至る。それほどまでにレオナは聡明であり、祖母に当たるグレイシアが溺愛してしまうのも必然的ではないかと思えた。

 そんなレオナだが、彼女は、セツナとの再会をただただ喜んでくれた。

「セツナ、そなたのことは知っておるぞ。そなたの英雄譚は、我が子守り歌故な」

 レオナは、三歳児でありながら、その言動によって歴とした王女であることを体現していた。身につけている衣服は、ナージュやグレイシアのように質素なものではあるが、ガンディア王家の人間であり、王位継承者であることを示すことを忘れてはいない。意匠に組み込まれたガンディアの紋章がそうだ。獅子の横顔の紋章は、ただそれだけでセツナの気を引き締める。

 セツナは、レオナの眼前に跪き、臣下の礼を取った。セツナはつい先程領伯の座を返上したが、宮廷召喚師の立場に変わりはないのだ。グレイシアもナージュも、宮廷召喚師の返上までは受け入れてくれまい。セツナも、領伯返上というわがままを聞いてもらった手前、宮廷召喚師の返上および、ガンディア王家との繋がりを絶つ、などということは到底できるわけがなかったのだ。

 故に、いまも彼はガンディア王家の家臣であり、そのことは肝に銘じておかなければならない。

「恐悦至極に存じ上げます、殿下」

「うむ。苦しゅうない。楽にせよ」

 レオナが小さな椅子に腰を下ろして、ふんぞり返る。その一挙手一投足が、将来、ガンディア王家を背負って立つものに相応しい教育の賜であろうことは間違いない。王者たるもの、家臣に謙るようではいけないのだ。しかし、そんなレオナの様子を見て、ひとりほくそ笑むのがグレイシアだ。

「うふふ」

「どうされたのですか、お祖母様」

 レオナが不審そうにグレイシアを見る。やはり、その言動を見る限りレオナはとても三歳児に思えないのだが、見た目には三歳児としかいいようがなかった。教育が行き届いている、というべきなのだろう。王家の人間として、英才教育が施されていて、それに見事応えているのがレオナなのかもしれない。

「まるで初めて逢ったみたいな態度がおかしくてね」

「む……覚えておらぬものはしかたがありませぬ」

「そうよねえ。もっと小さかったものね、レオナちゃん」

「あれから随分大きくなったでしょう?」

「はっ。見違えるほどに……」

 セツナは、想うままに告げた。

 セツナが最後にレオナを見たのは、まだ言葉もしゃべれないくらいの赤子そのものだった。それから二年以上が経過したとはいえ、まさかここまで成長しているなどとは想像できるはずもない。少なくとも、ただの三歳児ではないことはだれの目にも明らかだ。英才教育を受けたからといって、だれもがレオナのようにはなれまい。一種の天才、神童と呼ばれる類の人物ではないか。そして、それは家臣にとって素直に喜ぶべきことだった。

 レオナは、近い将来、ガンディア王家を背負って立たなければならない。たったひとりの王位継承者である以上、たとえどんな愚物であっても、それだけは避けられないのだ。それが聡明かつ将来有望な人物であることが判明すれば、喜びに満ちもしよう。。

「しかし、ひと目見て、レオナ王女殿下であることはわかりました」

「ほう?」

「その美しい金色の髪はレオンガンド陛下の、その淡く澄んだ青の瞳はナージュ殿下より受け継いだものでありましょう」

「あら、よく見ているのね。さすがはレオンガンド陛下がもっとも頼りにされただけのことはあるわ」

「本当に……」

 感極まったようなナージュの反応は、さすがのセツナも予想だにしないものであり、なんといって叱るべきか狼狽した。自分の言葉がナージュの心を苦しめるようなことがあれば、レオンガンドに申し訳が立たない。しかし、どうやらナージュを傷つけたわけではないことは、レオナを抱き寄せ、慈しむように髪を撫でる様を見ればよくわかる。むしろ、喜んでさえいるようだった。

「お父様の……」

 ナージュに抱き締められたレオナは、壁にかかった鏡を見遣り、自分の髪に触れた。彼女には、レオンガンドの記憶があるのかどうか。物心がつくかどうかの頃合いに離れ離れになったのが、レオナとレオンガンドの親子なのだ。記憶の中におぼろげながらでも、レオンガンドの想い出が残っていて欲しいものだ、とセツナは願わずにはいられない。

「セツナよ」

「はっ」

「お父様のこと、もっと聞かせてほしいぞ」

「……喜んで」

 セツナは、レオナの望むまま、レオンガンドの話をした。

 セツナは、レオンガンドやガンディアのひとびとにとって英雄である、という。しかし、セツナにとって、レオンガンドこそ英雄そのものであるということを伝えておきたかった。

 レオンガンドに見出されたからこそ、セツナは、自分の居場所に巡り会えたのだ。

 そしてレオンガンドは、セツナにとって光そのものだった。

 

「ああああっ!」

 不意の奇声にびくりとしたのは、ファリアだけではなかった。

 泰霊殿の広間にいた全員が全員、一斉に反応したのは当然だろう。ぎょっと、声の主に視線を集中させる。声を上げたのは、ミリュウだ。

「な、なんだよ」

 困惑したのは、部屋に入ってきたばかりのセツナも同じだ。そんなセツナに抱きつくミリュウの姿にファリアはなにが起こったのかを察した。セツナの頭を見れば一目瞭然だ。髪を切ったセツナがミリュウの目には輝いて見えたりでもしたのだろう。

 ファリアと同じように。

「セツナあああああああ!」

「っておい」

「かっこいいいいいいいい」

 ミリュウの大音声に、室内にいるだれもが肩をこかした。

「おまえな」

「やっぱり短いほうが似合う、素敵、抱いて」

 ミリュウがめずらしいほど積極的にセツナに迫るのを遠目に見遣りながら、ファリアもまた、髪を切ってさっぱりしたセツナの姿を惚れぼれと見ていた。

「随分積極的でございますね」

「二年以上離れていたんだものね。そりゃあそうなるわよね」

 ファリアは、ミリュウの気持ちが痛いほどわかるのだ。実際、ファリアはセツナとの再会を果たしたあの瞬間、いまのミリュウ以上の気持ちが溢れそうになっていた。

「ファリア様は随分と余裕をもっておいでのようでございますが」

「へ? そ、そそ、そんなことないわよ」

「なにか、あったのでございますか?」

「な、ななな、なにも、ないわよ……」

 挙動不審になるのを自覚する。

「……髪を切った御主人様、いかがでございます?」

「素敵だと想うわよ」

「そうでございますか」

「なによ……邪推しないの」

「邪推しているわけではございませぬ。ただ」

「ただ?」

「御主人様もファリア様も、あのときからというもの、なんだか距離を置かれておいでのようで、それが気がかりなのでございます」

「そんなことないわよ」

「そうでございますか?」

「ええ、そうよ。レム。なんの心配もいらないわ」

 身も心も通じ合ったという事実が、ファリアの精神面に多大な影響を及ぼしていることは疑いようがない。もはや、ミリュウやレムがセツナにどのようなちょっかいをかけても、微動だにしなくなった――とは言い過ぎにしても、嫉妬は少なくなった。心に余裕ができたのだ。セツナは自分を見てくれているし、愛してくれている。彼がほかの女性に対しても自分と同じように振る舞うのは、彼がこの上なく愛情の深い人間だからということもわかっている。ただ周囲のひとたちの幸せを願い、そのために愛情を振りまく彼の姿は、ただひたすらに眩しい。

 その光を間近で見ていられることの幸福感は、筆舌に尽くしがたい。

「なんの心配もね」

 ファリアは、セツナとミリュウの他愛のないやり取りを眺めながら、もう一度、告げた。

 

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