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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千百四十話 龍府の事情(四)



 話題が変わったのは、それからしばらくしてのことだった。

 それまではセツナが行った領伯および領地奉還に関する話題が応接室を埋め尽くしていた。肯定的な意見も多かったが、否定的な意見もなくはなかった。中でも否定的だったのは、司政官のダンエッジ=ビューネルであり、龍宮衛士筆頭リュウイ=リバイエンの二名であり、ふたりは、最後までセツナが領伯を辞めることを惜しんだ。

 司政官であり領伯セツナの補佐を務めていたダンエッジがそういう反応を示すのはわからなくもないが、リュウイがひたすらに惜しんだのが印象的だった。ミリュウ曰く、後ろ盾がいなくなったことが悲しいのではないか、とのことだが、その程度の人物ならばセツナが不在の二年以上もの間、龍宮衛士筆頭として立派に務めを果たして来られるとは想い難い。単純に、恩義に厚い人物なのではないか、というのがセツナの見方であり、それ以外には考えられないような彼の表情だった。もっとも、そのことでセツナがミリュウにいうことはない。彼女は彼女なりにリュウイを見直そうとしているのだ。無理に介入する必要はないだろう。

 そのミリュウはというと、セツナが領伯を辞めることそのものについては、多少、残念がった。

『領伯夫人とか、よさそうだし』

 という彼女の意見は、ファリアやレムの総攻撃を受けたものの、彼女は引き下がろうともせず、むしろファリアたちを仲間に加えてセツナに矛先を向けてきたものだから、セツナはグレイシアに助けを求める始末であり、グレイシアはそんな様子をみて、ころころと笑った。

 そんなおり、グレイシアが、なにを想ったのかセツナの髪を触ってきたのだ。あまりにも自然な触り方に戸惑う暇もない。

「それにしてもセツナちゃん、これ、伸ばしてるの?」

「伸ばしてるといいますか、切る機を見失っているといいますか」

 セツナが返答に窮すると、グレイシアは、その長い髪先を弄ぶようにしながら微笑んできた。

「長いのも悪くないけれど、やっぱり、前のほうが格好いいと想うわ」

「そうですか?」

「そう……よ!」

 いまのいままで歯ぎしりしてこちらを睨んでいたミリュウが、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。なぜ睨んでいたのかというと、ミリュウたちの席から卓を挟んだ対面にセツナが逃げ込んだからだ。さすがのミリュウも、グレイシア相手には飛びかかれないということであり、そこに上流階級出身の育ちの良さが現れているといってもいいだろう。

「さすがは太后様! セツナの魅力をわかってらっしゃる!」

「おいミリュウ」

 前言撤回したほうがいいのではないか。ふと、セツナはミリュウの発言にそのようなことを考える。

「あたしも短いほうがいいと想ってたのよねー。中々言い出せなかったけど」

「わたくしは、長いほうが遊びがいがあって良いと想うのでございますが……まあ、確かにそうですね。似合っているかといえば、似合ってはいないかもしれませんね」

「お兄ちゃんはどんなときでもかっこいいよ!」

「あ、ありがとう」

 エリナに感謝の言葉を述べると、それが癪に障ったのか、ミリュウが俄然声を張り上げてくる。

「あー! あたしだって、どんなセツナだってかっこいいと想ってるんだからんね!」

「まったくなにを張り合っているのかしらね……」

 ファリアだけが話題に入らず、どこか達観したまなざしをこちらに向けていたのだが、そんな彼女の様子を見逃すグレイシアではなかった。

「ファリアちゃんは、どうなの?」

「はい!?」

「セツナちゃんの髪型よ。長いのと短いの、どっちが好きなの?」

「わ、わたしは……そうですね、以前のほうが似合っていると思います、です、はい」

「うふふ……正直なのはいいことよ」

「なーんだ、ファリアもそう想ってたんじゃん!」

「長いままで悪くはないと想ってるわ」

「それはあたしもよ!」

「だから……」

 なにかをいいかけたファリアだったが、意気軒昂といった様子のミリュウを見て、なにもかもを諦めたかのように肩を落とした。ああいう状態のミリュウは手がつけられないということは、セツナたちの共通認識といっていい。そして、そうなった場合、嵐が過ぎ去るのを待つが如く、耐え忍ぶしかない――わけではないのだが、大抵は、そうやってやり過ごした。セツナでさえ、そうだ。自分を使えばミリュウを静まらせることくらいは簡単だ。それくらいはわかっている。しかし、安易にそのようなことばかりするのはいかがなものだろう、という考えがセツナにはあるのだ。ミリュウだって場を弁えることくらいはできるのだから、はっちゃけられるときくらい、はっちゃければいいのではないか。

 そんなことを、ファリアやエリナ相手になにやら得意げに語るミリュウを見遣りながら、想う。

「だって、セツナちゃん」

「はい?」

「髪、あとで切ってあげましょうか?」

「太后殿下が、ですか?」

「ええ。わたし、髪を切るの、得意なのよ」

 などと、右手の人差指と中指を離したり引っ付けたりして鋏を表現したグレイシアは、日々、周りのものたちの髪を切ってあげているということを得意げに語った。どうやら昔からの趣味というわけではなく、龍府での生活で身につけた特技なのだという。

 そして実際に太后みずからがセツナの長すぎる髪を切り始めるのに時間はかからなかった。

「あら、かっこいい」

 姿見に映るセツナを背後から覗き見てきながら、グレイシアが、みずからの手腕を誇るようにしていってのけた。泰霊殿の一室。大きな姿見の前に設置された椅子に腰を下ろしたセツナは、グレイシアによって切り落とされた大量の毛髪に囲まれながら、鏡面に映り込んでいる。

 腰辺りまで伸びていた髪をばっさり切り落とし、さらに丁寧に切り整えたことで、セツナは、いままでとは比べ物にならないくらいの軽さを覚えていた。伸び放題伸びた髪を長らく放置していたのだ。そうもなろう。

「ファリアちゃんもミリュウちゃんもレムちゃんも、みんな惚れ直しちゃうわね」

「グレイシア様……」

「うふふ、わたしも惚れ直しちゃったかも」

「あのですね」

「冗談よ」

 いったいなにが冗談なのかわからないような口ぶりでいってきたグレイシアは、髪を切り終えたことに満足し、上機嫌だった。

「そうだわ、セツナちゃん」

「はい?」

「せっかく格好良くなったんだから、レオナちゃんに逢ってあげて」

「レオナちゃ……様、ですか」

「レオナちゃん、もう三歳になったのよ。もうね、なにからなにまで可愛くて可愛くてたまらないの」

 孫娘のこととなると途端に威厳もなにもあったものではなくなるのは、それだけグレイシアがレオナ王女のことを愛しているからだろう。レオナ・レーウェ=ガンディア。レオンガンドとナージュの間に生まれたただひとりの王女であり、ガンディア王家の正当なる王位継承者となる人物だ。

 セツナが当時赤ん坊だったレオナと最後に対面したのは、二年半以上前のことになる。当然、レオナはセツナのことなど覚えてもいないだろうが、セツナは、レオンガンドとナージュの特徴を受け継いだレオナの愛らしい顔をいまもはっきりと覚えていた。

「ね、逢ってあげて。レオナちゃんもね、セツナちゃんに逢える日を楽しみにしているのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。だって、あなたはガンディアの英雄なんだもの」

 グレイシアの何気ない一言がセツナの胸に刺さったのは言うまでもない。

 ガンディアの英雄。

 グレイシアもナージュも、それ以外の多くのひとたちも、当然のようにそういって、セツナのことを褒め称える。しかし、その言葉のひとつひとつが、セツナには鋭利な刃のように感じられてならなかった。無論、そう褒め称えるものがどういう意図で発言しているのかは、理解している。セツナを責めるつもりなど一切あるまい。中には皮肉めいたものもないではないが、そういった皮肉以上に、純粋な賞賛のほうがセツナにはきついのだ。

 セツナは結局、ガンディアを守れなかった。 

 護るどころか、敵前逃亡もいいところだ。

 どこか英雄なのか、という自嘲もある。

 だが、一方で、セツナをいまもそのように評価し、心の拠り所のようにしているということそのものを否定するつもりはなかった。

 セツナ自身、自分が成してきたことを否定するほど愚かではない。ガンディア王家はいまもこうして、ここにある。グレイシア、ナージュ、レオナがいるかぎり、ガンディア王家は滅び得ない。つまりは、ガンディアという国もまた、滅びてはいないということなのだ。

 セツナは、グレイシアに導かれるまま泰霊殿を移動しながら、そのようなことを心に浮かべていた。

 ガンディア再興は、ガンディア王家の家臣として念頭に置かねばならないことだ。そのために英雄セツナの名が必要であるのであれば、存分に利用してもらえばいい。



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