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第二千百三十七話 龍府の事情(一)


 リュウイに先導されるまま龍府へと足を踏み入れたセツナたちは、まず龍府の中心である天輪宮に向かうこととなった。

 道中、リュウイとリュウガから、この二年あまりのザルワーン情勢についてつぶさに聞き、天輪宮が龍府およびザルワーン方面の統治機構として機能していることも知った。天輪宮にあってザルワーン方面の統治運営の頂点に立っているのは、ガンディアの太后グレイシア・レイア=ガンディアと王妃ナージュ・レア=ガンディアの両名であるといい、その話から、ふたりがいまも壮健であるということがわかり、セツナたちはほっとしたものだった。

 グレイシアとナージュは、最終戦争当時、それ以外の要人とともに龍府に避難していたのだ。ガンディオンは、三大勢力の目的地であり、最終戦争における決戦の地ということもあり、もっとも激しい戦いが行われる可能性が極めて高かった。そのため、グレイシアやナージュの身の安全を考えた場合、ガンディオン以外の都市に逃れさせるほうがいいだろうとレオンガンドは考えたのだ。

 グレイシアらが龍府に身を隠すことになったのは、龍府がセツナの領地であり、地下にいくらでも避難場所があったからというのが大きい。現に、ヴァシュタリアの軍勢が龍府に押し寄せたとき、グレイシアらは龍府の地下に逃れ、龍府が攻撃を受けた際も、だれひとり死傷者が出ることはなかったという。

「攻撃を受けた? 龍府が?」

「はい。ヴァシュタリアの飛竜どもがこの都に襲来し、徹底的に破壊していったのです」

「そんな風には見えないが……」

「そうよ。どこも壊れてなんていないじゃない」

 ミリュウが疑わしげなまなざしを実弟に向ける傍らで、セツナも以前となにひとつ変わらない町並みを見て、彼の発言に疑問を抱いていた。古都の呼び名に相応しい龍府のどこか儚げな美しさを漂わせた町並みにまったくといっていいほどの変化はない。あるとすれば、龍宮衛士の隊服を身につけた人数が増えたくらいか。おそらく、ガンディア正規軍のいくらかを吸収したりしたのだろうが、それにしても多い。グレイシアが率いるこの地の統治機構とやらが、ガンディア正規軍よりも龍宮衛士を頼った結果だということは明らかだ。

「廃墟同然とまではいきませんが、それなりの被害は出たんですよ。まあ、我々は地下に隠れ、ヴァシュタリア軍が地下に降りてこないことを祈っていたに過ぎませんが」

「妄想じゃないの?」

「そんな妄想をしてどうなる」

 リュウイがさすがにあきれたようにミリュウを見た。

「でも、昔のままよ。なにもかも」

「そう、元に戻ったのだ」

「どうやって? まさかそれも」

「そのまさかだよ」

 リュウイがミリュウの想像を肯定したことで、セツナは驚きを禁じ得なかった。それはさすがに想像の範囲を遥かに凌駕しているというほかない。

「九尾様は、龍府を襲ったヴァシュタリア軍を容易く蹴散らすと、その偉大なる御力で龍府の町並みを元通りにしてくださったのです。あっというまの出来事でした。いまでも、あの日、あの瞬間の光景は思い出せます」

「我々のみならず龍府市民が九尾様を神の如く崇め称える理由がわかりましたでしょうか!」

「……なるほどね。それなら納得できるわ」

「“大破壊”から護ったってだけでも十分だが……龍府のひとびとにすりゃ、愛する古都を元通りにしてくれたならなおさらだよな」

 龍府市民は、古都の美しい景観をこそ誇りとしていた。もし龍府の町並みがヴァシュタリア軍によって破壊されたままであれば、龍府のひとびとはその心の拠り所を失っていたかもしれない。龍府がいまもなお活気づいているのも、きっとおそらく、龍府の町並みが以前の美しさを取り戻したからに違いないのだ。それくらい、龍府のひとびとにとって、この古き都は重要だということはセツナも知っている。

 セツナは、龍府の領伯となってからというもの、龍府について様々に調べ、龍府のひとびとのことを理解するように務めた経験がある。その経験が、いま多少役に立っているといえるだろう。

「まったくそのとおりです。九尾様がいてくださらなければ、龍府も、龍府に住むひとびとも無事ではいられなかったでしょうな」

「そういえば、九尾様は何度か龍府を護ったっていっていましたね? “大破壊”以降、なにがあったんですか?」

 ファリアが質問すると、リュウイはリュウガと顔を見合わせた。

「歩きながらというのもなんです。天輪宮についてから、詳しくお話しましょう」

「そうね。それがいいわ。セツナも疲れているし」

「疲れているのはどう見てもおまえだろう」

 リュウイが半眼を向けたのは、ミリュウがセツナに背負われているからだろう。ミリュウはそのことを意識してしまったからか、セツナの背中で激しく暴れた。

「うるさいわね! いいでしょ別に!」

「構わんが……セツナ様、妹が苦労をかけます」

「苦労だなんて想ってもいないよ。ミリュウには本当に助けられている」

「ならば、よいのですが」

「うがー!」

「落っことしそうになるから暴れるのはやめてくれ」

「じゃあしっかり捕まってるから!」

「はいはい」

 セツナはなんだかどっと疲れた気がしたが、そもそも消耗し尽くしているのだという事実を思い出して、苦笑せざるを得なかった。状況に流され、疲労していることすら忘れてしまっている。

 そんなとき、ふとセツナの目に止まったものがある。市内のいたるところに掲げられた旗は、以前の龍府には見られなかったものだ。黒地に白い紋様が描かれており、それがなにを示しているのかは遠目にも理解できる。おそらくは九尾の狐だ。九つの尾が中心から外に向かって螺旋を描くように伸びている。

「あの旗はなんなんだ? 至る所に掲げられているが」

「本当だ、なになになんなの?」

「ああ、あれは九尾教の旗ですよ」

「九尾教?」

 反芻するようにつぶやくセツナの胸中には衝撃が生まれていた。九尾教。その言葉だけでなにを意味するのか、想像がつく。

「はい。その名の通り、九尾様を神と仰ぐ新興宗教で、いまやザルワーン方面全土に広がりを見せている、いまもっとも勢いのある宗派といってもいいでしょう」

「九尾教……」

「そうなるのも無理がないくらい、九尾の狐とやらが龍府を護り続けてきた、ということよね?」

「そういうことだ。九尾様なくしてはいまの我々は存在しないも同然。龍府市民のみならず、ザルワーンの民が九尾様を神と崇め、称えるのは自然の成り行きなのだ」

「かくいう我々も九尾様を信仰しています!」

「そうなの!?」

「うむ……」

 リュウイが渋々といった様子でうなずいたところを見ると、龍宮衛士が九尾教に染まっているというのにもなにやら事情がありそうだった。

 

 龍府の中心に聳え立つ巨大かつ壮麗な建築物こそ、天輪宮と呼ばれる宮殿だ。

 天輪宮は、五つの殿舎から成り立っており、中心となる泰霊殿以外には紫龍殿、飛龍殿、玄龍殿、双龍殿がある。それら五つの殿舎を合わせて天輪宮といい、古くより龍府の象徴であり、ザルワーンの権力の中心として知られている。

 ザルワーンの政治が行われるのもこの天輪宮であり、いま現在、ザルワーン方面の統治機構がここに置かれているというのも頷けるというものだ。ザルワーン方面全体を掌握するならば、やはりザルワーン人にもよく知られた龍府天輪宮であるべきなのだろう。故にこそザルワーンのひとびとは安心を得られるに違いない。

 セツナたちが天輪宮に辿り着くと、既に龍宮衛士によって知らされていたこともあり、出迎えが待っていた。

 ガンディアの太后グレイシア・レイア=ガンディア、王妃ナージュ・レア=ガンディア、それに軍師にして軍神とも呼ばれたナーレス=ラグナホルンの妻メリル=ラグナホルン、龍府の司政官ダンエッジ=ビューネルといった顔ぶれだ。

 セツナは、グレイシアを始めとする皆の無事を自分の目で確認した瞬間、心が喜びで満たされるのを認めた。主筋の、敬愛するべきひとびとの生存ほど嬉しいことはなく、感動に打ち震える心のままにミリュウを背中から下ろした。

「ああ……本当に無事だったのですね」

 開口一番、グレイシアが目に涙さえためて、感極まった声を上げた。グレイシアは、約二年前に比べると幾分年を取ったような外見ではあったが、年齢を考えれば十二分過ぎるほどに若々しいままだ。王族らしいきらびやかな装束ではなく、色彩も抑えめな衣装を身に着けているのは、状況を考えてのことなのだろう。それは、ナージュ王妃も変わらない。

「よくぞご無事で……セツナ殿、それに皆も」

「ええ、本当に……よく帰って来てくださいましたね」

 そういったのは、ナージュだ。王妃の美しさは、さらに磨きがかかっているといっても過言ではなく、質素な装束も、ナージュの美貌を引き立てるためのものにしか見えなかった。

「太后、王妃両殿下におかれましては、長らく連絡ひとつ寄越せなかったこと、申し訳なく想っております。セツナ=カミヤ、ただいま帰参いたしました……!」

 セツナは、グレイシアとナージュの変わらぬ様子に感激するあまり、傅いた勢いで地面に頭をぶつけそうになった。

 世界は変わり果て、失われた命はあまりにも多い。そんな世界にあって、以前にもまして元気そうなふたりの姿は、セツナに生きる力を与えるのだ。こんな世界でも、絶望するには早すぎるし、諦めるわけにはいかないのだ。

 そう思わせる再会だった。


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