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第二千百三十四話 再び、龍の地を(二)


 セツナたちは、少し考え込んだ後、この地に残ることに決めた。

 マユラが示したこの地の問題を解決せずには、離れるに離れられないという想いがセツナの中に強くあったからだ。ファリアやレムたちはセツナの想いを汲み取ってくれた上、自分たちも気になる、とのことで賛成してくれたが、ミリュウはどうでもいいといわんばかりの態度だった。やはり、彼女にとってはザルワーンはいまも憎悪の対象なのかもしれない。とはいえ、かつてのセツナの領地である龍府の現在の様子を知ることは、ミリュウにとっても重要なことだったようであり、反対はしなかった。

 西ザイオン帝国本土行きがその分遅れることになるが、リグフォードは理解してくれることだろう。それに多少遅れたところで、海を行くリグフォードたちよりも先に帝国本土に辿り着けるに違いないという確信もあった。

 リグフォードたちは、数ヶ月あまりをかけて、海路、帝国本土を目指しているのだ。

 たとえ数十日をこの地で過ごすことになったとしても、挽回する余地はいくらでもあった。なにより、方舟はセツナたちが乗っている間、全速力を出したことがないのだ。全速力を出せば、帝国本土までひとっ飛びであろうことは、マユラが方舟の最大速度を引き出したことで把握できている。マユリは方舟の安定を優先的に考えてくれているため、そのような速度を出すことはないだろうが。

 ともかくも、帝国本土への到着が当初の予定より早くなることは間違いなく、多少ザルワーンに留まったところで問題はないだろうというのがセツナたちの見解だった。

 この地に残り、問題を解決するという方針が決まると、それまで黙って話を聞いていたマユリが口を開いた。

《わたしは方舟に戻り、異常はないか見ておくとしよう。いつでも出発できる準備もしておかねばならぬしな》

「マユリん、いつもありがとうね」

《おまえたちの力になるといったのだ。これくらい、当然のことよ》

 マユリはミリュウに笑顔を向けると、セツナたちの目の前から姿を消した。見えなくなったのではない。別空間へと転移したのだ。神の御業をもってすれば、空間転移など容易いことだということだ。神の圧倒的な力を前にすれば、召喚武装など児戯に等しいのではないか、と思えてくるが、実際ほとんどそのとおりなのだからぐうの音も出ない。

「さて、俺達は龍府に行くか」

「ひとは、住んでいるのよね?」

「ああ。住民は皆、無事のようだ。どういう理屈かは知らないが」

 セツナの頭の中には、方舟を受け止めている間に聞いた龍府住民の声がすぐに思い起こされた。だれひとりとして慌てふためくことなく、方舟が迫ってくるのを眺めている様子であり、その冷静さがあまりにも不自然で不可解だった。普通、あれほど巨大な物体が空から降ってくれば、驚き、恐れ、混乱を起こすものだ。しかし、龍府のひとびとは、まるでそれが龍府に直撃することなどありえないと信じ切っているようであり、そのことに微塵の疑いも持ち合わせていないようだった。

 それが、龍府が無事な理由と関係しているのではないか。

 ふと思い立ったことが真相に近い気がして、セツナは、疲れ果てた体も気にならなくなっていた。

 龍府が無事であることの真相と、この地に起きているという問題。その双方を解決しなければ、帝国本土に行く気にはなれない。無論、帝国との約束を破るつもりはないし、必ず果たさなければならないという想いはあるのだが、それにしても、まずは目の前の問題を解決しなければなるまい。放っておけば、どうなるものかわかったものではない。

 マユラがいったように、セツナにとってこの地は縁が深いのだ。

 龍府はかつて、セツナの領地だった。

 いまやだれが治め、なにものの支配下になっているかはわからないが、以前は、そうだった。そして、そのころの想いがいまもセツナの胸の内に渦巻いていた。

 龍府は、第三の故郷といってもいいほど、セツナにとって重要な都市なのだ。


 セツナたちが徒歩で龍府を目指したのは、方舟を下ろした地点が龍府からそれほど離れた場所ではなかったからというのが大きかった。遠く離れた場所に下ろしたのであれば、方舟に乗って龍府に接近することにしたかもしれない。

 動き出す前に、セツナは足の傷の手当を行っている。それは、エリナの召喚武装フォースフェザーの治癒能力によるものであり、みるみるうちに傷口が塞がる様を見て、セツナはエリナの武装召喚師としての実力を垣間見た。そして、彼女の成長に時の流れを実感したものだった。

 完全武装状態の酷使によって精も根も尽き果てかけたセツナではあったが、龍府を目前に控え、やる気を奮い立たせることで、休むことなく歩き通した。皆に心配をかけたくなかったのもあれば、あの程度のことで消耗し尽くした、などといえば、不安を駆り立てるかもしれない。今後のこともある。あまり、自分のことで皆に気遣わせたくなかった。

 無理はするべきではない。

 そんなことはわかりきっている。だが、いまは、そんな道理に従っている状況ではない、と、セツナは判断した。擬似魔法の酷使によって疲労困憊であるはずのミリュウも気丈に振る舞っていたが、彼女については、セツナが強引に休ませている。つまり、セツナがおぶったのだ。ミリュウは恥ずかしがったが、疲れ果てた彼女が方舟で休んでくれないというのであれば、そうやって少しでも休んでもらうよりほかなかった。ごくわずかな距離だが、ふらふらと歩くミリュウにはきつそうに見えたのだ。その点、セツナはまっすぐ歩けている。

「あたしは平気だってば!」

 セツナに背負われた状態が気恥ずかしくなったのだろう、ミリュウが彼の背後で暴れた。ミリュウの体は決して軽いわけではない。身の丈があり、筋肉を備え、さらに脂肪分もたっぷりだ。背に当たる柔らかな感触は、彼女の豊満な胸のそれなのだ。しかし、セツナもそれ以上に鍛え抜いている。いまではミリュウくらい軽々と持ち運べたし、なんの苦痛もなかった。

「んなわけあるかよ」

「なんでよ!?」

「俺が擬似魔法の消耗の激しさを知らないとでも?」

「それをいったらセツナだって――」

「俺はいいんだよ、俺は」

 セツナがにべもなく告げると、きつく耳たぶを引っ張られた。大声が響く。

「よくないわよ!」

「そうよ、よくないわ」

「そうだよ、お兄ちゃん」

「そうでございます、御主人様」

 ミリュウの悲鳴にも似た叫びに呼応して、ファリアたちがつぎつぎと攻勢に加わってくるが、セツナは涼しい顔で先を進む調理人に話を振った。

「いいのいいの。なあ、ゲインさん?」

「は、はあ……」

 ゲイン=リジュールは、突如話を振られ、困惑しきった顔をした。彼としては、女性陣を敵に回したくないという想いがあるのだろう。その気持ちはわからないではない。セツナ自身、ファリアたちを敵に回すことほど恐ろしいことはないと想っている。

 レムが、ゲインのはっきりとしない態度に食って掛かる。

「ゲイン様、こういうときは御主人様に義理立てする必要はございませぬ」

「そうね、ゲインさんはセツナに甘すぎるところがあるわ」

「し、しかしですな」

「ゲインさんが困ってるだろ、もうこの話はおしまい」

「おしまいじゃない!」

 ミリュウが今度は両耳を引っ張ってきたが、セツナは黙殺した。前方、龍府の城壁が見えている。古都を何百年も護ってきた堅牢な城壁は、“大破壊”以前となんら変わらぬように見えた。

「龍府はもうすぐそこだぞ、いつまでもグチグチいわない!」

「グチグチ……って、皆、あなたのことを心配して――」

「心配するのは有り難いけど、俺はなんともないからな。あの程度のことで倒れるほど、やわじゃないっての」

「……セツナ」

「無理無茶無謀は御主人様の代名詞でございますが、だからといって、疲れたときは疲れたといってくださいませ」

「そうね。それが一番よ。本当のことをいってくれないと、信頼してくれていないみたいじゃない」

 それは、ファリアの本音だろう。セツナの胸に突き刺さる。

(そんなつもりはないんだがな……)

 とはいえ、そういわれれば、そう受け取られても致し方のないことかもしれない。

 確かに心から信頼する相手ならば、自分の弱みも全部さらけ出しても構わないはずだ。信じ、頼みにしているのだから、不安を与えるようなことにはならない。だが、セツナは、ファリアたちに自分の弱みを見せることを恐れている。弱い部分を見せた瞬間、皆を失望させるのではないか。そんな恐れがある。

 その恐怖がどこから来るのか、セツナには実感として理解できていた。

 一度、皆を失望させるような敗北を喫しているからだ。

 矛が折れ、心が折れたあのとき、セツナは、クオンにではなく、世界そのものに敗北した。そして、現実から逃避するように地獄へ落ち延びた。修行するという名目で、逃げ去ったのだ。その瞬間を目撃したのはレムくらいのものであり、だれもあずかり知らぬことだ。しかし、だからこそ、セツナは想うのだ。もう二度と、あのような醜態は晒すまい、と。

 そのことが自分の弱さを隠すことにどう繋がるのか、論理的に説明できそうにはない。

「わかってるよ。信じているさ。皆のこと」

「だったら」

「俺が倒れたら、そのときはよろしくな」

「ちょっと――」

「龍府はすぐそこだ。少しは警戒したほうがいいかもな」

「むー!」

 ミリュウがセツナの首をゆるく締めて抗議してきたものの、彼は取り合わなかった。

 重装備の門番たちに龍府への進路を阻まれたからだ。

 



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