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第二千百三十三話 再び、龍の地を(一)

「セツナ、マユリ様!」

《皆、無事のようだな》

 マユリが嬉しそうに皆を迎えたものだから、セツナはいうべき言葉を見失い、憮然とした。横目にマユリを見る。

「マユリ様、それ、俺の台詞です」

《よいではないか。減るものではなし》

「そうよそうよ、減るもんじゃないし。なんの問題もないでしょ」

「そりゃあそうだけど」

 ミリュウの意見はもっともであり、反論の余地はない。とはいえ、セツナとしては、マユリよりも先に皆に声をかけたかったという気持ちもある。

 ミリュウをはじめ、ファリア、レム、エリナ、ミレーユ、ゲイン、ダルクス――全員、怪我ひとつ負うことなく、セツナの目の前に辿り着いている。ミリュウはここに来るまでの間こそ疲れ切っている様子だったが、セツナを目の前にして、気丈に振る舞っていた。弱っているところを見せて、心配をかけたくないという想いが強いのだろう。ミリュウにはそういうところがあったし、セツナにも理解できる感情だった。

「マユリん、心配してくれてたのね」

 ミリュウのその一言にセツナが安堵を覚えたのは、マユリの処遇に関する懸念があったからだ。

《うむ。当然よ。我が半身とはいえ、あやつは時折、思いもがけぬことをしでかすのでな。気が気ではなかったぞ》

 マユリが少しばかり複雑な心境をその表情に覗かせたが、すぐに消えた。セツナを見てくる。

《だが、その心配も杞憂だったな》

「……あ、ああ」

「どゆこと?」

《あやつもわたしも同一の存在だということだよ》

「意味がわかんないんですけど」

 ミリュウが説明を求めるようにセツナを見つめてくる。ファリアたちも同じだ。セツナは、マユリに変わって説明をすることになった。

「マユリ様が俺たちに助力すると約束してくれただろ。だから、マユラもそれに従わなきゃならなくなったのさ」

「約束、破れないの? 神様なのに?」

《神なればこそ、約を違えることはできぬ。約を違えば、そのとき、神としての本質を失い、力も失うことになる。それは、さすがのあやつも望まぬことだ》

 マユリが、静かに続ける。

《ひとを呪うも同じこと。ひとを祝福することこそが神の存在意義なれば、ひとを呪うた神は、己が存在意義を否定したも同然。故に神のままであることもできなくなり、低次に堕ちざるを得なくなる》

「なんの話?」

《たとえだよ》

 と、マユリはいったものの、女神の視線が意味することを察せないセツナではなかった。

 マユリが神の呪いについて言及したのは、セツナがアシュトラによって呪われたという事実を知っているからだろう。そして、神であるアシュトラがセツナを呪ったことで、アシュトラが神ではなくなり、もはや呪いを解く方法がなくなった、ということを言及してきたのだ。もっとも、そのことについては、既にマリクから聞いていることもあり、驚きはなかった。ただ、マリクの言葉がマユリによって裏付けられたというだけの話だ。

 無論、それは極めて重要な話ではあるし、セツナ自身にも深く関わることなのだろうが、彼は、そこまで深刻に捉えていなかった。

 アシュトラに呪われて以降、なにかおかしなことがあった試しがないのだ。もしかすると、アシュトラの呪いは不発に終わったのではないか、と、考えてしまうくらい、セツナは日々、何不自由なく生活を送ることができている。戦闘においても、そうだ。呪いとやらがセツナの足を引っ張るようなこともなかった。

(なにが呪いなんだか)

 目に見えない形で作用しているのかもしれないが、だとしても、現状なんの問題もないのだから、気にするだけ無駄な気がした。

 そして、呪いを解く手段が、本人に解いてもらう以外ないのであれば、もはやどうしようもないということが確定的となったのだから、心配したところでどうしようもない。たとえ今後、呪いによって変調が現れたとしても、解決策がないのだ。いまさら、どうすることもできまい。神と戦い、神に呪われることになったのは、ほかならぬセツナ自身の行動の結果なのだ。後悔することなど、ありえない。

 自分で選んだ道だ。

「たとえ……ねえ。よくわかんないけど、マユリんはこれからもあたしたちに協力してくれるってことでいいのよね?」

《うむ。わたしはおまえたちの希望となると約束したのだ。おまえたちの戦いが終わるを見届けることこそ、わたしの望み。故にわたしはおまえたちの翼となろう》

「ありがとう、マユリん! 大好きよ!」

《ふふ……》

 ミリュウの野放図なまでの好意に対し、マユリはただはにかむのみだった。ミリュウは、好悪の激しい人物だ。特に昔は、セツナ以外はどうでもいい、という感情が強く、言動にそれが現れていた。しかし、いまの彼女を見ていると、どうやらあのころとは随分変わったような印象を受けずにはいられない。アスラがいっていたミリュウの変化とは、そのことなのかもしれない。

「マユリ様、わたくしたちからも感謝を」

「ありがとうございます!」

 口々に感謝の言葉を述べるファリアたちを眺めていると、マユラの暴走はなんだったのか、と、思わざるを得ない。マユラがどれだけ暴れようとも、ファリアたちのマユリへの信頼は揺らぎようがないのだ。それはそうだろう。マユリとマユラが同一の神だからという理由だけでは、マユリに不信感を抱くことにはならない。思考法や行動原理がまったくの別物であり、正逆の存在なのだから。

 今日に至るまで、皆とマユリの間で信頼関係が結ばれていた、というのもある。

 たった数日ではあるが、セツナたちのために船を動かし続けてくれた上、セツナたちのためだけに神の御業を使ってくれた女神を信用しないわけにはいかないのだ。

《心配せずとも、あやつはしばらくは眠ったままだ。たとえ起きたとしても、おまえたちの敵に回るようなことはない。しかし、船に戻り、旅を続けるか。それとも、この地に残るか。選択するのはおまえだ、セツナ》

「選択……か」

 マユリに突きつけられた選択の意味は、瞬時に理解できた。

 マユラがいっていたことが脳裏を過る。セツナはこの地に縁深い、と、かの神はいっていた。故に方舟をここまで運んできたのだ、という意味だろう。そしてそれはつまり、この地になにがしかの問題が起きているということだ。それも、放っておけば、セツナの知り合いが巻き込まれかねないような問題に違いない。でなければ、マユラがわざわざ方舟をここまで誘導するようなことはないだろう。神が、無意味な行動を起こすとは考えにくい。

「そういえばここって……」

 ファリアが周囲を見回しだしたのは、マユリがこの地について触れたからだろう。ミリュウが龍府を見遣りながら、いう。

「ザルワーン方面よね。あれ、龍府でしょ」

「確かに龍府そのものでございますね。まったくの無傷のようですが、どうやって“大破壊”を免れたのでございましょう?」

「本当、不思議。マリク様みたいに、神様が護ってくれたのかしら?」

 ファリアたちが怪訝な顔で彼方の龍府についてあれこれ話すのを聞きながら、セツナもひとり考え込んでいた。龍府は無事だ。それは、上空から見て、よくわかっている。“大破壊”による影響は一切なく、神人が暴れた様子も見受けられない。古都龍府の美しさがそのまま残っている。この荒れ果てた世界では極めて珍しいことだろう。それはつまり、ファリアの想像したようになにがしかの力が働いたという以外にはありえないことだ。

 なにかしら強大な力が龍府を護ったのだ。

 そしてそれこそが、マユラのいっていた問題なのではないか。

 セツナは、皆に質問することにした。

「皆は、どう想う?」

「どうって?」

「マユラが俺たちをこのザルワーンの地に招いたのは、なにかしら理由があるかららしい。その理由がどういうものなのかはなにひとつわからないが、放ってはおいてはいけない気もするんだ」

「マユリん、なにか知らない?」

《あれのことであろうな》

 マユリが彼方を指差した。

「あれ……って」

「なんだ、あれ……」

「白い……山?」

 ファリアが呆然とつぶやいたとおり、それは真っ白な山としか言い様のない代物だった。

 セツナたちの位置から見て、龍府とは反対側の荒野に聳え立つ巨大な山。一見すると、遥か昔からそこにあったのではないかと思えるほど、風景に溶け込んでいる。しかし。

「あんなの、なかったわよ?」

 龍府に生まれ育ったミリュウがいうように、龍府の近郊にあのような山が存在した事実はなかった。



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