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第二千百二十五話 希望と絶望(一)

 方舟は、一路、西ザイオン帝国領土を目指している。

 当初、海路を進むメリッサ・ノア号に先導してもらう予定だったが、方舟内に残っていた記録からこの世界の現状を示した地図が見つかったため、リグフォード将軍と話し合った結果、セツナたちは方舟に乗って先行することとなり、いま現在、メリッサ・ノア号を大きく引き離して帝国本土へと向かっている。

 メリッサ・ノア号を指揮するリグフォード将軍は、方舟が先行するセツナの提案に対し、手放しで喜び、帝国海軍が独自に作り上げた海図を提供してくれた。セツナたちは、その海図と方舟内の地図を照合することで、西ザイオン帝国の座標を特定できたというわけだ。位置さえわかれば、あとは方舟に乗って先行するだけでいい。

 海流や天候など、ひとの手ではどうしようもないことが多い海路と異なり、空路にはなんの障害もないといっても過言ではなかった。少なくとも、マユリ神の力によって守られた方舟が自然現象に屈するはずもなく、たとえ暴風圏に突入したとしてもなんら問題なく通過することができるだろう。神の力は偉大であり、その恩恵を多大に受けた方舟が沈むことは、そうあることではない。

 ケナンユースナルらの攻撃によって方舟の天蓋には大穴が空けられていたが、それもマユリ神の構造改革の際、修復されている。船体内部の部材を用いたため、不格好なものとなっているが、穴が空いたまま放置しているよりはいいだろう。天蓋は風雨や敵の攻撃から甲板上の乗員を護るためのものだ。穴があいていれば、そこから攻撃されかねない。

 もっとも、方舟の進路上、セツナたちの敵対者がいるというのは、少々考えにくい。

 方舟は、メリッサ・ノア号の先導を必要としなくなったこともあり、飛行高度をさらに上げていた。雲海を眼下に見下ろすほどの高度であり、地上から方舟を確認することも困難だった。そんな高空を進む方舟を攻撃してくる輩など、いるものではあるまい。

 そもそも、セツナの敵と呼べるものがこの世にいるのか、どうか。

 神軍は、セツナからみれば敵だ。

 しかし、神軍がセツナを敵と認識しているのかは不明だったし、認識していたとして、移動中の方舟の所在地を把握しているとは考えにくい。方舟内が特殊な信号を発信していて、神軍がそれを捕捉している可能性も皆無ではないが、マユリ神が把握している限りでは、そのような様子は見受けられないという。

『方舟の安全は、わたしが保証する。信用するかどうかは、おまえたち次第だが』

 マユリ神の誇らしげな言葉は、なんとも頼もしく、心強い。

 そのころには、セツナは、マユリ神とマユラ神はまったく別の意思を持つ存在だと認識するようになっていた。セツナに害をなそうとしたマユラ神とは異なり、マユリ神は、その言葉通り、セツナたちの希望を叶えるためだけに力を振るってくれているのだ。それも、セツナたちがなにもいわずとも、手を尽くし、心を砕いてくれている。これを信用せずして、なにを信用するというのか。

 無論、マユラ神への警戒は解くつもりもないし、その必要はない、と、マユリ神自身がいっている。マユリ神は、背後で眠り続けるマユラ神の考え方を認めておらず、故にセツナたちに警戒を呼びかけているのだ。その点からしても、マユリ神は信用のできる神である、と、セツナたちの間で意見の一致を見ている。

 そんなマユリ神に対し、極めて砕けた態度で接するのがミリュウであり、ついでエリナだ。いまやミリュウとマユリ神は互いに愛称で呼び合うほどの親しい間柄になっていて、神の扱いがそれでいいのか、と頭を悩ませていたセツナたちも馬鹿馬鹿しくなったものだ。マユリ神は、神として尊ばれるよりも、親しい友人の如く触れ合えることのほうが喜ばしいことのようだった。

 マユリ神への警戒を早々に解いたのも、そのことが影響している。ミリュウやエリナがマユリ神と仲良くしている場面に出くわすと、マユリ神を疑うのも虚しくなるのだ。マユリ神は、ミリュウたちとの交流を心底楽しんでいるようだったし、そんな様子を眺めている限り、あの女神に悪意など存在しないことが伝わってくる。

 しかし、その背後に眠るマユラ神の存在を認識するたびに警戒心が頭をもたげてくるのは、いかんともしがたいことだった。

 

 方舟は、順調に進んでいた。

 遥か上空、方舟の進路を邪魔するものはなにひとつなく、順風満帆とはまさにこのことである、とだれもが想っていた。

 セツナたちを乗せた方舟が目指すは、西ザイオン帝国本土にあるという帝都だ。帝都の位置も、海図と照らし合わせることで判明しており、方舟はその座標に向かって空を進んでいる。そして、その帝都が存在するのは、地図上において南ザイオン大陸と記された大地であり、北ヴァシュタリア大陸から遥か南東、北ヴァシュタリア大陸数個分の距離を越えた先にあるようだった。

 それほどの距離だ。海を進むとしても、数ヶ月は必要だろう。そういう意味でも、方舟を手に入れ、操縦者を得ることができたのは、行幸というほかなかったし、それはリグフォードら帝国軍人も同じ気持ちだった。

 西ザイオン帝国は、対立する東ザイオン帝国と戦うための力を海外に求めた。国内の戦力を結集して拮抗するのが関の山である以上、国外に戦力を求めるのは正しい判断だろう。無論、西帝国が戦術や戦略を駆使していないわけがない。それでもどうにもならなかったのだろう。故に、国外に新たな風を求めた。

 国外に戦力を求めたのは、最終手段なのだ。そのための船団派遣。そのための大総督みずからの出馬。そしてセツナと交渉することができたのは、西帝国にとっても望外のことであり、これ以上ない成果を上げることができたとニーナたちが喜んだのも無理のない話だ。

 とにかく、彼ら西ザイオン帝国は一刻も早いセツナの帝国本土への到着を望んでいた。だからこそ、リグフォードは方舟が先行するという提案を心底喜び、海図を託してくれたのだ。セツナには、彼らの期待に応えなければならないという強い想いがあった。

 彼らにはとてつもない恩義がある。

 海を渡る手段をもたらした彼らがいたからこそ、セツナは、リョハンの戦いに間に合い、ファリアたちを護ることができたのだし、再会することができたのだ。もし、あのままベノアで渡航手段を探し続けていれば、セツナは第二次防衛戦に間に合わず、リョハンは神軍の手に落ちていたかもしれない。

 ファリアたちも、その話を聞けば、俄然やる気を出していた。ザイオン帝国そのものには悪い印象しかないというのが彼女たちの本音だろうが、リョハンが無事だったのも、セツナと見事再会できたのも、なにもかもが西ザイオン帝国のお膳立てのおかげだということを知れば、力を貸す気にもなるだろう。

 方舟は、空を行く。

 北ヴァシュタリア大陸南端から南東へ。

 ただひたすらに青く澄み切った空の上をだれにも邪魔されず、なにものにも束縛されることなく、突き進んでいく。悠然と、立ち止まることなく。

 とはいえ、その飛行速度というのは、方舟の全速力とは到底いえないものだということであり、最大速度ならばとっくに目的地にたどり着けていたかもしれないという話を、セツナたちはマユリ神から聞いている。

 マユリ神が方舟の飛行速度を一定以上上げようとしないのは、方舟の動作がどうにも不安定であり、無茶をしすぎて壊すことになっては意味がないからだった。方舟は、未知の技術によって建造された飛行船なのだ。マユリ神の御業をもってしても、できることは内装の改変や損傷部分の修復くらいのものであり、動力系に異常が起きれば、手の施しようがない。

『まあ、そのときはわたしの力で浮かせればよいのだろうがな』

 しかし、それでは本末転倒だと女神は肩を竦めた。

 マユリ神の負担が大きくなることはセツナたちとしても望んでもいないことであり、飛行速度は、女神の想うままに任せた。

 急いではいるが、海上を船で進むよりは遥かに早く辿り着ける予定なのだ。なにも慌てて速度を上げて船に負担をかける必要はない。

 セツナたちは、そうしてもたらされた時間を方舟内での生活に慣れるために費やすことにした。

 方舟は、常に空を浮かんでいる。動力が神の力であり、無尽蔵に近い以上、どこかで補給する必要がないのだ。物資に関しても、リョハンで大量に積み込み、アレウテラスでも買い込んでいるため、しばらくはどこかの都市に立ち寄る理由もなかった。つまり、ずっと空の上にいることになる。

 空の上での生活は、地上とは少しばかり異なるものだ。

 慣れるのにも時間がかかるだろうし、そういう意味でも、飛行速度の遅さは気にならなかった。そも、四六時中、止まることなく飛び続けているのだから、どれだけ遅くとも陸上や海上を進むよりずっと早いと考えていい。陸路も海路もどこかで休憩や補給を挟まなければならない。その点、神の力で飛び続ける方舟にその必要性は薄く、そういう意味でも方舟の存在価値は極めて大きいといえた。

 セツナたちは、方舟とそれを動かすマユリ神に日々感謝しながら、ザイオン帝国本土に思いを馳せた。

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