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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千百十八話 獅徒(二)


「ログナーといえば、女神教団なんてのがいましたな」

 ウェゼルニルが思い出したように話題に出したのは、以前、かつてログナー方面と呼ばれていた地域において活動していた組織のことだ。ヴァシュタラ教会の巡礼教師だったマリエラ=フォーローンが盗み取った神の力の一部を用いることで、みずから神と名乗り、組織したのが女神教団であり、ネア・ガンディアにとっては裏切り者の作った組織ということになる。マリエラ=フォーローンが盗み取ったのは汎神の力の一部に過ぎず、そのため、長らく放置していたが、女神教団がログナー方面の制圧に乗り出したことを知り、対処したのがしばらく前の話だ。

 その際、ログナー方面に向かったのは、ウェゼルニル、ミズトリス、ファルネリアの三名であり、それ以上の戦力は投入されなかった。目的はマリエラ=フォーローンからの力の奪取であり、マリエラ=フォーローンが作り出した神兵の殲滅だったからだ。これがログナー方面の制圧であれば、軍勢の投入となり、速やかにあの島ごと制圧する運びとなったのだろうが、そうはならなかった。

 あの当時、当面の目標はリョハンの再侵攻であり、そのための下準備のひとつが、マリエラ=フォーローンからの力の奪還だったのだ。力の奪還に成功した以上、ログナー方面は放置してよかった。だが、どうやらそうはいかなくなったのが今回の話だ。

 ログナーの制圧が君命としてくだされたのだ。

「君とは縁があるということだ。ウェゼルニル」

「つまり、俺にログナーを落とせ、と」

 ウェゼルニルがその異様に輝く双眸を細めたのは、同じ島に向かわなければならないからだろう。彼にはそういうところがある。ヴィシュタルはそんな彼を眺めながら、微笑む。ウェゼルニルの性格を知り尽くしている彼には、精神的余裕があるのだ。そういうヴィシュタルが好きでたまらないのが、ミズトリスだ。ファルネリアとイデルヴェインの惚けたような表情は、きっとミズトリスの表情を鏡写しにしたようなものに違いない。

「ログナー島の現状についてもっとも詳しいのが君だろう」

「ミズトリスとファルネリアも一緒だったんですが」

「ミズトリスには、ザルワーンにいってもらうつもりだ」

「わたしが、ザルワーン担当?」

 唐突に自分の名前が出されたことに彼女は驚きを隠せなかった。ログナーがウェゼルニルの担当になることまでは想像通りだったが、まさか、自分がザルワーン侵攻の中心になるとは想像もしていなかったからだ。

「嫌か?」

「まさか」

 ミズトリスは、ヴィシュタルの穏やかすぎる表情を食い入るように見つめながら、頭を振った。そんなことがあるはずもない。ヴィシュタルの判断に反対することなどありえない。ヴィシュタルが死ねといえば喜んで死ぬ。それがミズトリスの有り様だ。無論、ヴィシュタルがそのようなことを命令するわけもないことは百も承知だ。ものの例えというやつだ。

「リョハンではろくに戦わなかったからな。腕がなまってる」

 リョハン再侵攻において、獅徒たちの出番はほとんどなかった。獅徒は、その立場上、前線には出ない。そも、通常戦力を相手にする場合、獅徒の力など不要だからだ。リョハンはその限りではないことは最初からわかっていたことだが、真の目的の前には、獅徒の力は過剰でしかなく、リョハンを生き長らえさせるためには、ミズトリスたちが前線に出るわけにはいかなかった。

 二度に渡るリョハンへの侵攻は、神将の指示によるものだ。神将は、世界を征することこそ神皇への忠義を示すものだと考えており、リョハン侵攻もその過程のひとつだった。中央ヴァシュタリア大陸を征するにおいて、もっとも厄介なのが空中都市リョハンであることは明白だ。

 リョハンには、皇神とは立場の異なる神がつき、都市そのものが強固な結界によって守られている。その上、武装召喚術の総本山であり、優れた武装召喚師が大勢いるという。中央ヴァシュタリア大陸を叩くのであれば、まずはリョハンを落とすべきだということは、だれの目にも明白だった。故にネア・ガンディアは二度に渡って侵攻したのだが、その総指揮官であったヴィシュタルの目的は、リョハンの制圧ではなかった。

 ヴィシュタルはリョハンを攻撃することで、ある人物の生存を確かめようとしていたのだ。

 そして、その目的は、叶えられた。

 セツナ=カミヤは生きていた。黒き矛の使い手として、さらに磨き上げられていたことは、彼と女神イルトリの戦闘を見れば一目瞭然だったし、ヴィシュタルの盾を破ったという事実からもわかるだろう。ヴィシュタルは、盾の結界が破られたことに驚くよりも、むしろ歓喜していたのだ。セツナ=カミヤの生存と、彼の黒き矛の使い手としての成長は、ヴィシュタルにとって喜ばしいことなのだ。

 そして、ヴィシュタルの喜びは、ミズトリスたち獅徒の喜びでもある。

 もっとも、ミズトリスはセツナ=カミヤが妬ましく思わないではなかったし、自分が彼の立場にいられないことを悔しく想ってもいた。ヴィシュタルがもっとも欲しているのが、セツナ=カミヤなのだ。ミズトリスたちではない。

 そのことが、少しばかり、悲しい。

「いくら腕がなまろうと、山をも砕くミズトリス様の怪力は変わりますまい」

 ウェゼルニルの無神経な一言に、ミズトリスはむっとした。確かにミズトリスは、前生の影響もあってか獅徒一番の力持ちではあるのだが、ウェゼルニルも見るからに筋肉の塊といってよかった。全身、はちきれんばかりの筋肉で出来ているのがウェゼルニルなのだ。前生、人間時代に比べて遥かに増量した筋肉は、ウェゼルニルがもはや武装召喚術の研究をしなくなったことの影響なのだろうが。

 変化したのは筋肉量だけではない。髪も肌も白く染まっている。

 それはウェゼルニルに限った話ではない。ミズトリスも、ファルネリアも、イデルヴェインも、レミリオンも、ヴィシュタルさえも、皆、白髪になっていた。それが獅徒転生の影響だということはわかっている。肉体そのものが作り変えられたのだから、当然、髪色如きが変わったとしてもなんら不思議ではなかった。当初こそ奇妙な感覚があったが、いまでは見慣れている。

「頭の中まで筋肉でできているウェゼルニル殿には敵わんよ」

「はっはっは、これは異なことを申される」

「なにがだ」

「わたしの頭は、少なくともあなたよりはましですぞ」

「なんだと」

「ミズトリス」

「……わかってる」

 ヴィシュタルの一言で、彼女は引き下がったものの、ウェゼルニルが勝ち誇ったような表情をするのが気に食わなかった。

「頭のいいウェゼルニルのことだ。ログナーのことはなにからなにまで君に一任するとしよう」

「へあ!?」

 ウェゼルニルが奇妙な声を上げたのは、ヴィシュタルの反論を許さない態度に、だろう。ヴィシュタルはしかし、ミズトリスに向けるまなざしは慈愛に満ちている。

「ミズトリス。君は、どうする?」

「どうする……って?」

「ザルワーン攻略作戦のことだよ。ひとりで考えるか、それともぼくらと一緒に考えるか」

「も、もちろん、一緒に……」

「そうか」

 ヴィシュタルは、にこりとした。その得も言われぬ笑顔に思わず引き込まれそうになる。いつものことであり、簡単な心の有り様だと思わざるをえないが、そういう自分が彼女は嫌いではなかった。彼のために生き、彼のために死んだのだ。彼の一挙手一投足に魅了されるのは、仕方のないことだ。

「え、あ、ちょっ……」

「ウェゼルニル。ログナーの完璧な攻略、期待している」

 ヴィシュタルが満面の笑みで告げると、さしものウェゼルニルも畏まらざるを得なくなったようだった。

 ヴィシュタルがウェゼルニルに一任したのは、ただ彼の言動を戒めるためだけではない。当然のことながら、ウェゼルニルを心底信頼しているからにほかならないのだ。でなければ、彼にログナー方面のすべてを一任するわけがない。一任しても、彼ならばやり遂げるだろうという全幅の信頼がそうさせるのだ。

 だからといってミズトリスが信頼されていないわけではないことも確かだ。

 ヴィシュタルは、獅徒の全員を心の底より信頼しているのだ。



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