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第二千百十三話 方舟飛行(一)

  セツナたちを乗せた方舟は、順調に南進を続けていた。

 北ヴァシュタリア大陸と呼称される大地の遥か上空、雲海の只中を悠然と游ぐようにして進んでいる。マユリ神による内部構造の改変を原因とするような動作不良もなく、なにもかも順調そのものだった。とはいえ、本当に安定しているかどうかを確認するため、試験運転のまま、ゆったりとした飛行を続けることとなり、セツナたちは暇をもてあますこととなった。

 故にセツナたちは、方舟の上層・居住区に設けられたそれぞれの自室を確認し、また、方舟内の各施設を見て回りながら時間を潰した。

 方舟内部は、上層、中層、下層の三つの層に分かれている。

 上層は居住区画となっているが、セツナたちがファリアと話し合った船首展望室のほか、船内庭園があり、大浴場と小浴場までも完備されている。

 それらの施設は、方舟に元々存在していたものではなく、マユリ神が勝手に作り出したものだ。本来の方舟はもっと機能的であり、それだけに無味乾燥な代物だったというのだが、それでは長旅に不向きだろうというマユリ神の気遣いによって、作り変えられている。

 マユリ神は、希望を司る神だと自称している。

 希望を叶えることこそが存在意義であり、そのためだけに力を振るうのだ、と。

 方舟内部の構造改革は、セツナたちが望んだことでは、ない。しかし、これから長い旅になるだろうという話を知ったマユリ神は、セツナたちが少しでも快適に方舟で過ごせるようにと考え、行動してくれたのだ。そのことに関しては、セツナも手放しで喜んだし、感謝した。

 マユリ神は、セツナたちが感激やら歓喜やらに包まれる様子こそが一番の馳走であり、愉悦である、といい、大いに笑った。

 そういう小さなことの積み重ねが大きな信頼に繋がっていく。

 中層には、様々な施設が集められている。大広間、作戦会議室、厨房と食堂、書庫に訓練室などであり、それらの施設は必要に応じて作り変えることも視野に入れている、とのことだった。なにせ、マユリ神がセツナたちの希望にそって作り上げたものではないため、不要な施設もあるかもしれない、と女神はいう。

《もし不要であればいつでもいうがいい。わたしの力によって、作り変えて見せようぞ》

 さすがは神とでもいうべきその言葉の頼もしさには、セツナたちも感嘆するほかなかった。

 今後、方舟の搭乗員は増えていくことになる可能性が高い。なにも、いま連れている人数だけで長い旅を続けるとは決めてはいない。戦力は少しでも多いほうが良かったし、戦闘要員以外にも、セツナたちの旅に力添えしてくれる人員は必要だった。いまはまだ、いい。戦闘に入ってもいなければ、なんの問題もないからだ。しかし、今後はそういうわけにもいかないだろう。

 まず、アレウテラス付近でリグフォードらとの合流後、西ザイオン帝国に協力することになっている。西ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンは、東ザイオン帝国との戦いに打ち勝つための戦力を欲している。つまり、帝国に赴けば、戦争に参加することになるということだ。

 セツナを始め、方舟に登場する人員の大半が戦闘要員だ。非戦闘員といえば、エリナの母であるミレーユと厨房担当のゲイン=リジュールくらいのものであり、戦闘要員が出払っているとき、方舟のことを任せられるような人材が欲しかった。

「だったら、リョハンから何人かでも拝借すれば良かったのに」

「そういうわけにはいかないだろう」

 ミリュウの言いたいこともわからないではなかったが、ファリアの立場もあって、そんなことができるわけもなかった。ただでさえ、リョハンの人材を引き抜いているといっても過言ではないというのに、これ以上方舟の搭乗員をリョハンから募集すれば、いくら大恩人といえど白い目で見られかねない。

 ミリュウは、七大天侍を解任され、自由の身となったため、セツナの旅についていくことにもなんの問題もないのだが、それはあくまで形式上の話だ。実際には、ミリュウのことをいまも七大天侍のひとりであると認識するものが多く、方舟出発のとき、彼女との別れを惜しむ声が大きかった。そして、ミリュウがリョハンを離れるとなれば、彼女の弟子であるエリナ、彼女がリョハンに連れてきたダルクスも同行するのは必然であり、リョハンは大きな損失を被ることになった。

 そこへ加えて、戦女神ファリア=アスラリアが同行している、という。

 いまごろリョハンは天地をひっくり返すほどの大騒ぎになっているだろう、というのが、ファリアやミリュウたちの共通見解であり、ファリアは度々頭を抱えて考え込んでいた。

「後悔しているわけじゃないの。ただ、ね……」

 ファリアは、すっからかんの書棚をぼんやりと眺めながら、苦悩を隠しきれないといった様子でいったものだ。

「なにもかも放り出して来てしまった気がして、ね」

 セツナは、ファリアがそんな風に考え込んでしまうのは、この書庫に在るべき書物がなにひとつとして収められていないからではないか、と考えた。書棚こそいくつも並べられているうえ、配置や構成も考えられているものの、肝心の本がひとつとして置かれていなかった。書棚は、方舟内部の部材を用いて作り上げられたのだろうが、書物までには手が回らなかっただろう。あるいは、面倒だったのか。マユリ神は強大な力を持つ女神だが、だからといって書物を一から作り出すとなると、難題に違いなかった。本くらいは自分たちで用意しろ、と、考えているのかもしれない。

 いずれにせよ、硬質な書棚が並ぶだけの書庫はどうにも寂しげで、空虚な気分になりかねなかった。

 ファリアは、そんな書棚のひとつを撫でるようにして触りながら、いった。

「母上やお祖父様は、それでいいと仰るのでしょうけれど、わたしは、中途半端は嫌なのよ。だから……つい、考え込んでしまう。ごめんなさい。せっかく、こうしてみんなと一緒にいられるのに……そう、配慮してもらえたのにね」

 不意にこちらを見た彼女の表情はあまりにも切なく、苦しげで、無性に抱き締めたくなったが、周囲の視線の手前、諦めざるを得なかった。ファリアとふたりきりならば、きっと、そうしていただろう。

「それでいいよ」

「うん?」

「ファリアは真面目過ぎるくらいでちょうどいいのさ」

「どういうこと?」

 ファリアが、きょとんとする。

「ファリアが真面目過ぎるから、不真面目なミリュウやレムと釣り合いが取れるんだ」

「あたしが不真面目って、どういうこと!?」

「そうでございます! わたくしは懸命に御主人様に尽くしておりますのに!」

「うん……ありがとう、セツナ」

 ファリアがふたりの反応を気にするでもなく微笑むと、背後から二名の唸り声が聞こえてきた。

「ちょっと、ふたりして別世界を作らないでよ!」

「わたくしの言葉が聞こえませんか!?」

「わたしもいますよ!」

 なぜか参戦してきたエリナに対し、ミリュウが師匠として忠告を放つ。

「エリナ、あなたは関係ないでしょ!」

「関係なくないですー!」

「関係ないわよ!」

「そんなわけないじゃないですか! 弟子ですよ!」

「弟子だったらなにがどう関係するっていうのよ!」

「えーと……」

 なにやら揉めている三名を尻目に、セツナは、穏やかな笑みを浮かべるファリアに話しかけた。

「……まあ、これでいいのさ」

「そうね……これが、いいのよね」

「まだまだ足りないがな」

「みんな、どこかにいるわよね」

「いるさ。きっとな」

 セツナは、断言して、ファリアに笑顔を返した。

 彼女のいう皆とは、無論のこと、かつてセツナの周囲を賑わせていたものたちだ。全員が全員、生きている保証はない。最終戦争を生き延び、“大破壊”を生き抜くことができたものなど、数えられるほどしかいないだろう。

「せーつーなー!」

「御主人様―!」

「お兄ちゃん!」

 背後からの声にセツナはすかさず振り向き、笑顔を見せた。ミリュウたちがたじろいだ一瞬を見逃さず、彼女たちの合間を縫って書庫から通路へと飛び出す。ファリアの手を握って、だ。そして、書庫を飛び出した勢いのまま、通路を駆け出している。あっ、と、ミリュウたちが声を上げたが、時すでに遅しだ。

「まったく、人気者は辛いな」

「本気でいってる?」

「本気も本気、大本気さ」

「ふふ、そういうことにしておいてあげる」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「お待ちくださいませ!」

「待ってよー!」

 三者三様に追いかけてくるミリュウたちとともに船内通路を駆け抜けたセツナは、とうとうミリュウたちに捕まり、それからしばらく、こってりと説教を食らうのだが、それもまた、悪くはないものだと彼は想ったりした。


 方舟が、北ヴァシュタリア大陸南端の都市アレウテラス上空に到達したのは、大陸暦五百六年四月十三日、リョハンを出発しておよそ三日後のことだった。

 



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