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第二千百九話 魔人の誘い(三)


「話はまとまったようだな」

 アズマリアが半ば呆れるようにして告げてきたことに多少の敵愾心を抱いたのは、当然だろう。マリアとアマラの絆を馬鹿にされるようないわれはない。

「どこへ、連れて行くつもりだい?」

「図書館」

「図書館?」

 マリアとアマラは、異口同音に反芻して、顔を見合わせた。互いに肩透かしを食らったような表情をしていることを確認しあった形になる。なにかを期待していたわけではないが、不安があったのは間違いない。その不安が的中するどころか、完全に消え去ってしまった。図書館に不安を抱くほど、マリアも子供ではないのだ。

 しかし、アズマリアは、マリアたちの反応など気にする様子もなく、続けてくる。

「そう、図書館だ。遥か太古……それこそ、この世に聖皇が誕生するより以前に存在した図書館には、古代の叡智が集積され、封印されている。そこにならば、君の探し求めるものがあるかもしれない」

「可能性……なんだね?」

「そうだ。太古より今日に至るまで、君らが白化症と呼ぶ症状を治療したものはいない。白化症とは即ち神威による変容。神の支配と言い換えてもいい。そんなものを治療するということは、つまるところ、神という存在への、高次への挑戦といってもいい」

 アズマリアは、嘲笑うでもなく、厳然たる事実をただ淡々と告げてくるかのようにいった。

「人間の身にそのような真似ができるわけもない」

 それは、リョハンの守護神たるマリクに何度となくいわれてきたことだ。マリア自身の挑戦をばかにすることもなければ、諌めることもなかったものの、だからといって決して成し遂げられるものだというでもなかった神様の心中たるや、さぞ複雑なものだったに違いない。神の領域への挑戦なのだ。前人未到。これまでだれひとりとして成し遂げられなかったことをしようというのだ。

 だからといって、マリアは諦めるつもりなど毛頭なかった。

「あたしが、それをやろうってんだ」

「うむ。うちも協力するぞ」

 やる気に満ちたアマラの声には、頼もしさしかなかった。

「……その意気や由。ならば、わたしが古代図書館への道を開こう。そこで目的のものを見いだせるかどうかは、君次第だ」

 アズマリアが腕を翳すと、木製の門の扉が開いた。

 扉の向こう側に見慣れぬ風景が広がっている。門の後ろの風景ではなく、まったく別の空間、場所の風景のようだった。武装召喚術も見たこともないものにとってみれば驚愕に値する事象なのだろうが、幸いなことに、マリアはこれまで散々召喚武装の能力というものを目の当たりにしてきたし、それ以上の出来事というものも経験してきている。門の向こう側に異なる空間が広がっているという事実に対し、腰を抜かすようなことはなかった。

 門の向こう側には、見慣れぬ森林が広がっている。水晶のように美しい木々によって侵蝕された様は、幻想的でさえあるのだが、この世の終わりを映し出しているといっても過言ではない。結晶化は、白化症と同質の現象だ。この天地に満ちた神威による世界への侵蝕現象。世界そのものが神威によって冒され、蝕まれ、神化を始めているのだ。天地万物すべてのものが神化した暁にはどうなるか。簡単なことだ。世界の滅亡。それ以外にはない。

 ゆえにこそ、彼女は急がなければならない。

 一刻も早く治療法を確立し、それによって人間や動物を神化から救い、世界を救うことこそ、自分に与えられた天命である、と、彼女は確信さえしていた。

 半ばまで結晶化が進んだ森を見れば、その想いがなおのこと強くなる。

「あ、そうだ」

「なんだ? 怖気づいたか?」

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃそうじゃ、うちのマリアがこのようなことで怖気づくわけがなかろう」

 アマラがマリアの腕の中でふんぞり返ると、アズマリアが鼻白んだ。

「まあ、そうだろう」

「矢が降ってきても、槍が落ちてきても、竜が舞い降りてもびくともせぬぞ!」

「いやさすがに竜が降りてきたら驚くかな」

「む、なにを気弱な!」

「アマラ、あんたはあたしのことをなんだと想ってるんだい」

 マリアは、アマラのいいように嘆息するほかなかった。

「それで、なんだ?」

「まずは準備を済まさないとね」

「準備?」

「その古代図書館って、小さくはないんだろ?」

「当たり前だ……ふむ、長い調査になるだろうな」

「そのための準備さ」

「わかった。しばし待つ」

「ありがとさん」

 マリアが軽い調子で礼を言うと、少女人形は肩を竦めた。そして、こうもいってくる。

「ちなみに、だが」

「ん?」

「護衛の準備は不要だ」

「はい?」

「わたしがついている」

「あんたが?」

 マリアは驚きを隠せなかった。

「は、おぬしのようなものを信用するほど、うちもマリアも馬鹿ではないわ!」

「あんたほどの使い手が護衛についてくれるってんなら、これほどありがたいことはないけどね。なんでまた?」

「マリア、あやつを信用するのか?」

「信用しないのなら、ついていかないさ」

「む……」

 もちろん、必ずしも信用したわけではない。しかし、マリアとしては、ここベノアで埒の開かない研究を続けるよりも、少しでも情報を集め、研究の幅を広げることで治療の緒を見つけたいと考えていた。そのため、ベノアを離れる段取りを騎士団に取り付けようとしていたところだったのだ。渡りに船とはまさにこのことであり、しかもそれが古代図書館なる情報の集積地点ならば、なにもいうことはなかった。ベノアに留まるより、このベノア島を巡るよりも余程大きな成果が得られるのではないか。彼女の胸は今、期待に高鳴っていた。

「君を図書館に送り込んだ挙句、皇魔にでも遭遇し、傷つけるようなことでもあれば、セツナに嫌われかねないからな」

「……なるほど」

「セツナがおぬしを好いているはずがなかろう」

「だが、これ以上悪化させるよりは少しでも良くしたいというのが乙女心というものだ」

「乙女心じゃと!?」

 アマラが素っ頓狂な声を上げたが、マリアも内心では彼女と同じく動転するほどの驚きを覚えていた。数百年の長きを生きてきた怪人が乙女心などという言葉を口にしたのだ。いかに百戦錬磨のマリアといえど、驚愕せざるを得まい。しかし、アズマリアはしれっとした顔で告げるのだ。

「冗談だ」

「むう!」

 アマラが唸り、いまにもアズマリアに飛びかかろうとするのを必死に抑えながら、マリアは憮然とした。からかわれるのはアマラで慣れているとはいえ、アズマリアに弄ばれるのはいい気分ではない。

 アズマリアが門に手をかざす。門は、虚空に溶けるようにして跡形もなく消えた。アズマリアは武装召喚術の始祖であり、偉大な召喚師だというが、だからといって準備している間中、召喚武装を維持し続けるのは無駄だということだろう。

「準備が済んだら教えてくれ。時間はいくらでもある」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 マリアは、アマラを抱きかかえたまま、アズマリアの元を離れた、

 

「マリアよ」

 アマラが難しい顔をしたのは、マリアの腕の中から解放されてからのことだった。草花の冠を頭に載せた可愛らしい童女のいかにも厳しい表情は、可憐でしかない。

「なんだい、アマラ」

「うちはあやつが好かぬ」

「あたしも、別にあいつを好いているわけじゃないけどね」

「……そうか」

「どうしたんだい」

「それを聞いて安心したのじゃ」

 アマラが満面の笑みを浮かべる。

「なんだい、いったい」

「なんでもないのじゃ。さっさと支度をするのじゃ。いくら時間があるとはいえ、少しでも早いほうが良いはずじゃ」

「あ、ああ」

 研究室の外へと飛び出していったアマラの小さな背中を見送りながら、マリアは、肩を竦めた。ときどき、アマラの考えていることがわからない。

(まったく……どうしたんだか)

 アマラがアズマリアを嫌っている理由もわからなかったし、追求しようとも思わなかった。精霊たる彼女には、生命の法理に当てはまらず生き続けているアズマリアの存在が許せないのかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。なんにせよ、マリア自身、アズマリアに好感を抱いていないのだから、それでいいと考えてもいた。

 一方、アズマリアは、マリアに協力してくれようとしている。それがどういう意図があってのものかは、先程の彼女の回答から明白だった。

 アズマリアは、セツナを召喚した張本人だ。そして、“大破壊”直前、セツナを地獄とやらに送り込み、彼をしてさらなる強者へと鍛え上げさせてもいる。アズマリアは、セツナを必要とし、そのために地獄へと誘った、ということだ。黒き矛の使い手としてのセツナをなにに利用しようとしているのかはわからない。セツナのことだ。知っていようといまいと、警戒しているに違いない。その点では心配は無用だ。

 ともかくもアズマリアがセツナに嫌われまいとしているのは真実らしいということだ。

 そして、だからこそ彼女は、マリアを探し、目の前に現れた。

 マリアに協力することで、セツナの心証を少しでも良くしようという魂胆なのだろう。

 そういう下心がわかっている以上、信用してもいい、と彼女は考えていた。そうあればこそ、アズマリアはマリアたちを丁重に扱うだろうし、全霊で護ってくれるだろう。武装召喚師としての実力は折り紙付きだ。

 古代図書館とやらがどのような魔境であれ、なにも恐れることはなかった。



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