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第二千百八話 魔人の誘い(二)


「マリア=スコールだな?」

 聞き覚えのある声だった。アズマリア=アルテマックスの声にほかならない。

 マリアは一度、エンジュールの温泉でアズマリアの姿を垣間見、声を聞いている。紅き魔人の実力を目の当たりにしたのもそのときだ。武装召喚師たちを容易くいなしてみせた魔人の力量には、心底震えがきたものだった。

「随分、探したよ」

「そういうあんたは、アズマリアなのかい?」

「そういえば、見た目にはわからないか」

「……ああ」

 マリアは、どことなく皮肉げなアズマリアの言葉を肯定して、記憶の中の魔人と目の前の少女人形がまったく一致しないことを認めた。むしろ、少女人形の姿は、魔晶人形ウルクに酷似している。ウルクを幼くしたような見た目であり、だからこそ、マリアは妙な懐かしさを覚えたのだろう。そういえば、と彼女は想う。そういえば、ウルクは無事だろうか、と。

 セツナは無事だった。故にレムも生きていた。ならば、ウルクもきっとどこかでセツナとの再会を待っているに違いないと想うのだが、魔人に誘われて地獄へと消えたセツナや、不老不滅のレムとは異なり、ウルクは魔晶人形だ。その躯体は鋼鉄などより遥かに頑強であるとはいえ、“大破壊”の中を生き延びることができたものかどうか。無事を祈るしかない。

「どういう理屈だい?」

「わたしがどういう存在なのかは、セツナなどから聞いているだろう」

「肉体を乗り継ぎ、数百年、生き長らえてきた魔人……つまりそれがいまのあんたの肉体ってことかい」

「ご名答。見ての通り、君もよく知る魔晶人形のそれだ」

 アズマリアは、少女人形のような肉体を誇示するように身振りした。身につけているのは、さながら拘束衣のような漆黒の装束であり、幾重にも巻きつけられた帯や鎖がどうにも物々しい。

「あたしがよく知ってるのは、ウルクであって、あんたみたいな魔晶人形は見たこともないね」

 ただ、魔晶人形の開発者であるミドガルド=ウェハラムの思惑とは裏腹に、ディールにおいて量産されたという話は聞いたことがあった。もしかすると、量産された魔晶人形の一種なのかもしれない。アズマリアがどこでどうやって手に入れたのかはわからないし、魔晶人形を依代にしても問題がないのも不思議だった。

「まあ、そんな話はどうでもいい。君には、重要な話を持ってきた」

「重要な話? そういえば、あたしを探していたって、いったね?」

 マリアがそう尋ねたときだ。にわかにマリアの腕の中でアマラが暴れだした。

「なんじゃなんじゃ、いったいなんなのじゃ!」

「アマラ……」

「そこなもの、うちを無視するとは、どういう了見じゃ!」

 マリアはアマラのその発言を聞いた瞬間、なんともいえない気持ちになった。突如暴れだしたかと想えば、いい出したことがそんなことだ。呆れるほかない。

「精霊風情に話すことなどなにもないのでな、無視した」

「精霊風情じゃと!? 肉体も持たざる幽鬼如きがなにをいうか!」

「幽鬼……幽鬼か」

 なにやらおかしそうに魔人は嗤う。その笑い方が気に食わないのが、アマラだ。マリアの腕の中でばたばたと手足を振り回して、いまにもアズマリアに飛びかからんばかりの勢いだった。そのためだろう。研究室の扉が強く叩かれた。護衛の騎士だ。

「マリア先生、どうされましたか!」

「皆の者、で――」

「なんでもないよ、アマラがいつものように暴れているだけさ」

 マリアは、なにやら叫ぼうとしたアマラの口を慌てて塞ぐと、唾液で濡れるのも構わず、外の騎士に向かってそう告げた。ここで事情を話せば、騒ぎになりかねない。無用な騒ぎは、マリアの望むところではなかった。

「……然様でございますか。安心いたしました」

「ああ、いつも驚かせて済まないね」

「いえ。我らはマリア先生の警護を司る身なれば、この程度のことでお気遣いなどなきよう」

「ありがとう」

 マリアは、騎士団騎士のそういう職務への忠実さや実直さを気に入っていた。だからこそ、ベノアを拠点に研究を続けているといってもいい。たとえベノアガルドの騎士団がマリアの保護を訴えても、騎士団騎士が気に入らなければ、長々と滞在することはなかっただろう。そもそも、セツナの威光に甘えているわけにはいかないという気概や覚悟くらいはあったのだ。それでも、彼らの厚意に甘えることになったのは、白化症の治療法を研究するためには、どうしたところで大きな後ろ盾が必要だったからであり、そのためには騎士団はうってつけというほかなかった。

 無論、白化症の研究費を無闇矢鱈に消費してきたわけではない。騎士団にとっても、ベノアの大医術院引いてはベノアの医学界にとっても、大きな貢献を果たしてきたという自負がある。少なくとも、マリアが開発した数々の新薬は、今後、ベノアに大いに役立つだろうし、ベノア医学界をして世界の最先端を行くものとするだろう。

 つまり、十全に騎士団の望みを果たしてきたのだ。

 多少、多額の研究費用を白化症の研究に用いたところで問題はなく、騎士団の護衛を当てにしてもバチは当たるまい。なにより、ベノアガルドとしても白化症の治療法の確立は急務なのだ。ベノアガルドだけではない。世界中のどこの国もがそれを待ち望んでいるはずだ。

 マリア自身がそうであるように。

「……なにゆえ、騎士どもを呼び込まぬのじゃ」

「アズマリアは、あたしに用があるといってるんだ。まずはその用向きを聞こうじゃないか。騎士を呼ぶのは、それから判断しても構いやしないさ」

「むう……」

 アマラは、つまらなそうな顔をして黙り込んだ。マリアの意思を尊重してくれたのだろう。マリアはそんな彼女の気遣いに感謝しながら、アズマリアを見つめた。用件次第では、騎士を呼び込む必要があるということも意識しながら、口を開く。

「それで、いったいあたしになんの用事なんだい?」

「君に案内したい場所がある?」

「……なんだい、それは?」

「行けばわかる」

 そういって、アズマリアが門を見やった。名をゲートオブヴァーミリオンとかいうアズマリアの召喚武装であろうそれは、アズマリアが一瞥しただけで虚空に溶けて消えた。そして、再び空間が歪んだかと想うと、虚空に染み出すようにしてまったく異なる形状の門が出現する。木造の門だが、まるで生きている植物のような生々しさがあり、門柱に無数の水晶が埋めこまれている。

「旦那のところじゃあ、ないだろうね?」

「だとしたら?」

「だったら、お断りだよ」

 マリアは即答すると、アマラの視線を感じたが、無視した。

「あたしは、白化症の治療法を確立するまでは、あのひとに逢うわけにはいかないんだ」

「それを聞いて安心した」

「……どういう意味だい」

「君を案内した先で、早々に帰りたがられては連れていく意味がない」

「だから」

「君は、白化症の治療法を確立したいのだろう。十三騎士たちから話は聞いている。随分、研究熱心だそうじゃないか」

 アズマリアのいいようでは、まるで彼女が現騎士団幹部とも繋がりがあるように想えてならなかったが、あったとしても不思議ではなかった。現在の騎士団幹部は、オズフェルト・ザン=ウォードらかつての十三騎士の半数に満たない人数だが、だからこそ、というべきか秘密主義だった。アズマリアが騎士団幹部に接触し、マリアのことを尋ねたとして、そのことをわざわざマリアに教えに来るようなことはないだろう。

 考えてみれば当たり前のことではあるのだが、少々、寂しいものではある。

「わたしは君の一助となるべく、ここに参上したのだよ」

「一助……?」

「信用するでないぞ、マリア」

 アマラが強い口調で忠告してきた。

「こやつ、人間を食い物にしておる化け物じゃ」

「万物を食い物にする精霊よりはましだろう」

「なんじゃと!」

「万物に宿りながら、いまのいままで沈黙を続けてきたおまえたち精霊が、なぜいまになって現れ、世界を混乱させるような真似をしている。おまえたちは、いったいなにを望む。なにを願い、なにを祈り、なにを求め、なにをしようというのだ」

「うちは!」

 アマラが声を上ずらせたのを認めて、マリアは、胸が締め付けられる想いがした。彼女の感情が痛々しいほどに伝わってくるからだ。そして、彼女が続けて言い放った想いもまた、マリアの心を揺らした。

「マリアが好きなだけじゃ」

「アマラ……」

「好きなもののために生きるは精霊の本懐。なれば、うちはマリアの手足となってその研究に力を貸すものぞ」

 そういって、アマラはアズマリアを睨みつけ、ついでマリアに目を向けてきた。愛らしい童女の姿をした精霊は、マリアに多大な力を与えてくれている。その事実を改めて認識し、彼女はアマラをもう一度抱きしめた。

 しかし、アズマリアは、そんなアマラの意思さえも嗤う。

「ならば、わたしの邪魔をするな」

「なんじゃと!」

「わたしは、おまえの好きなものの助けをしようというのだ」

「信用ならぬ!」

「アマラ、もういいよ」

「しかし!」

「ありがとう、アマラ。あたしも、あんたが大好きだよ」

「マリア……」

 ぽろぽろと涙さえこぼす精霊の大きな目を見つめながら、マリアは続ける。

「だから、あたしの側にいておくれ。そうすれば、どのようなことがあったとしても、切り抜けられる。そうだろう?」

「……うむ。うちがおるかぎり、マリアを二度とあのような目には遭わせぬぞ」

「ありがとう」

「そうなんども感謝されると、照れくさいのじゃ」

 アマラは、本当に気恥ずかしそうに頭を振り、マリアの胸に顔を埋めるようにした。そんなアマラの反応はやはりいかにも可憐で、芳しい花のようだと、彼女は想ったのだった。



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