表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2106/3726

第二千百五話 空をゆく


「アズマリアがねえ」

 ミリュウが懐疑的な表情でつぶやいたのは、突如甲板上に出現した門から飛び出してきたファリアとともに船内に入り、彼女の説明を受けてからのことだ。

 方舟は、希望を謳う女神マユリによってその内部構造を激変させられていた。ルウファが内部調査を行った際も決して入り組んでいたわけではなく、複雑な構造だったわけではないのだが、どうにも使い勝手が悪そうだというルウファの意見を聞いたマユリは、その強大な神の力でもって内部構造を造り替えてみせたのだ。神は万能に極めて近い存在だ。その御業を持ってすれば、内部構造に手を加えることくらい造作も無いのだろう。

 元々、上層、中層、下層の三層構造だった方舟は、マユリの構造改革によって上層を居住区に変え、中層に様々な施設を集中させた。下層は現状貨物室のみとなっているが、マユリさえその気になればいつでも改造が可能であり、必要なものがあればいくらでも作り直せるということだ。それだけでも神の力の凄まじさがわかろうというものだろう。

 ひとの手では、精々、積荷や調度品を移動させて雰囲気を変えることくらいしかできまい。そして、それだけでもかなりの労力と人手、時間を要し、マユリのように簡単にはいかないのだ。そういう意味でも、マユリには感謝しなければならない。方舟の動力になってくれていることもそうだが、セツナたちの旅が少しでも快適になるようにと配慮し、内部構造を造り替えてくれたのだから。

 セツナたちは、マユリになにもそこまで頼んではいないし、望んでもいなかった。だが、事実として毎日利用するには不便な構造ががらりと変わり、住みやすい構造になったことは評価しなければならなかったし、だれもが手放しで賞賛した。

 マユリがマユラとは違って信頼するに値する神だ、というマリクの評価は信用するべきなのだろう、と、セツナは考えを改めた。そして、改めてマユリに助力を願い、マユリは喜んで協力すると宣言してくれている。おかげで世界中どこへでも飛んでいけるのだから、感謝するしかない。

 方舟がリョハンを発って一時間ほどが経過している。

 リョハンを発ってからと言うもの、方舟は、ヴァシュタリア大陸の上空をゆっくりと南下しているのだが、それは、方舟の構造改革に伴う慣らし運転が必要だからとのことだった。一日でも早くアレウテラスに留まるリグフォードたちの元に赴き、約束を果たしたいとは想うのだが、方舟のことに関してはマユリに任せる以外にはなかった。

 セツナたちは、船内上層の船首側にある展望室に集まっていた。船首直下に作られた広間は、船体に沿って曲線と直線を織り交ぜ、壁面の各所がガラス張りになって外部を見渡すことができるようになっていた。この展望室も元々の方舟には存在しておらず、マユリの構造改革によって作られた一室だった。方舟を快適に利用するために必要とはいえない代物だが、船外の風景を見渡しながらくつろぐことのできる空間というのは、長旅に疲れることもあるだろうセツナたちにとっては、十分有用であり、そういった心遣いさえできるマユリというのは、やはりマユラとは完全に考え方の異なる神なのだろうということがわかる。

 展望室には、いくつもの座席があり、長椅子も用意されており、方舟に乗船した全員が一堂に介し、各々好きなように座っていた。セツナ、ファリア、ミリュウ、エリナ、レム、ダルクス、ゲイン、ミレーユの合計八人が、現在乗船している人間だ。マユリは、当然ここにはいない。動力室において、方舟に動力を送りつつ、方舟の操縦もしている。なにからなにまでマユリ任せなのは少しばかり不安の残るところではあるが、任せるしかないのだから仕方がない。それにここまでいたれりつくせりなのだから、信用してもいいのではないか、と想い始めてもいる。

 ファリアが方舟に合流することになった経緯についての詳細は、この場に集まった全員が聞いたということだ。彼女の母ミリアの発破とアズマリアの協力があってはじめて、ファリアは方舟に合流することができたのだが、そのことがミリュウの疑問に繋がっている。

 アズマリア=アルテマックスがなぜ、ファリアを方舟に転送したのかが彼女の最大の疑問なのだ。

 アズマリアといえば、紅き魔人、竜殺し、空を渡るもの、など、様々な二つ名で知られる伝説的な人物であり、魔人、怪人とも呼ばれる存在だ。武装召喚術の始祖にして、すべての武装召喚師の頂点に君臨する人物といってもいいだろう。また、セツナを召喚した張本人であることは、ミリュウたちも知っているし、ファリアにとっては父の敵であり、母を奪い去った相手でもあった。リョハンが魔人討伐を呼号したことは、よく知られた話だ。

 そんな人物だから疑問視している、というわけではない。ミリュウは、以前、アズマリアと対峙したときのことを思い出したのだろう。エンジュールの温泉にて、アズマリアはセツナたちの前に現れ、ファリアの前に彼女の母ミリアの姿を取って、対決してみせた。そんなことをしたような人物が、なぜ、いまになってファリアに手を貸すようなことをするのか。

 疑問に想って当然のことだった。

「わたしも驚いたけど、疑う余地はなかったわ」

 ファリアがセツナの顔を見つめてくる。

「だって、門の向こう側に君の姿があったから」

「それが幻覚だと、考えもしなかった、と?」

「うん」

「もし幻覚だったりしたら、どうしたのかしら、この子」

「そのときはそのときよ」

 ファリアがどこかさっぱりしたような表情で、いった。リョハンにいるときとは打って変わった様子だった。戦女神という重責から解き放たれたことが影響を及ぼしていることは、まず間違いない。彼女は戦女神の役割を重荷だなどと考えてはいなかっただろうが、だとしても、重責であることに違いはなく、その重要性については彼女ほど理解していない人間もいなかったのだ。ひたすら真剣に戦女神の役目と向き合ってきたのが彼女であり、そんな彼女が戦女神というものを軽く見ているはずもない。だが、それはそれとして、戦女神という役割が、使命が、重責が、彼女の心や感情を束縛していたのは紛れもない事実なのだ。

 セツナは、ただ素直にその事実を喜んだし、ファリアが側にいるという現実を心底嬉しく想っていた。もちろん、ミリュウやレム、エリナがいることも嬉しいし、ファリアが戦女神としてリョハンに残ったとしても、変わりなく戦えただろう。どれだけ遠く離れても、想いは通じ合っている。絆は、深く結びついている。そう、信じているのだ。だが、それでも、こうして近くにいてくれるほうが嬉しいのが本音なのだ。

「それに、アズマリアを信用するに足る証拠はあったわ」

「お母さんが解放されたから?」

「そうね。それに、アズマリアがセツナの怒りを買うようなことをするわけがないもの」

「そうなの?」

「そうよ。ねえ、セツナ」

「まあ、そうだろうな」

「なんでよ」

 ミリュウが怪訝な表情をして、セツナの顔を覗き込んできた。

「アズマリアは、彼女は俺を利用しているからな。俺の不興を買うようなことは極力しないだろう」

「利用? なんのこと?」

「最初からさ」

 セツナは、展望室の天井を仰ぎ見た。天井から吊り下げられた豪華な魔晶灯が、淡い光を投じている。

「アズマリアがクオンを召喚したのも、俺を召喚したのも、自分の目的を果たすためだった。実験や酔狂なんかじゃあなくな。すべては、己の目的を、使命を遂げるため」

「アズマリアの使命ってなによ」

「最初はわからなかった、といっていたよ。漠然としたものだった、と」

 地獄でのこと。

 アズマリア本人から聞いた言葉が、セツナの脳裏を過った。

「この世を覆う理不尽な力を排除しなければならない。それだけが彼女を突き動かしていた。そのためだけに彼女は何百年もの長きに渡り、何度となく肉体を乗り継ぎ、生きながらえてきた」

『それがなんなのか、ようやくわかったのさ』

 彼女は、いった。

 懐かしむような、儚むような、憐れむような、柔らかな声で。

『わたしがここにあるのは、聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンの野心、その残り香を滅却するためだ』

 そのために武装召喚術を発明し、リョハンに伝え、流布させ、技術の発展を期待した。そして、クオンを召喚し、セツナの召喚へと至る。

 クオンの召喚によって、彼女は希望を見た。

 セツナの召喚によって、希望は確信へと変わった。

 無敵の盾と最強の矛が合わされば、どのような目的であれ、叶うはずだ。

 彼女はそう考えていたようだ。

 だが、クオンは死に、無敵の盾は失われた。

 希望は、ひとつになった。

 ただひとり、セツナだけが彼女の目的を遂げることのできる希望となったのだ。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ