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第二千百三話 未来への扉(六)


 ファリアは、胸が高鳴り続けるまま、走り続けた。急がなければならない。それも、ただ急ぐだけではだめだ。急いで戦宮を出て、移動手段を用意しなければならないのだ。空を飛び、方舟に追い縋る手段。いくつか、思いつく。リョハンは武装召喚術の総本山だ。飛行能力を有した召喚武装の使い手は、上げればキリがないほどにいた。

 その筆頭がルウファ=バルガザールであり、七大天侍の彼は、ファリアの命令を聞いてくれるに違いない。そして彼は、マリクからレイヴンズフェザーの術式を受け継いでもいる。方舟がある程度リョハンから離れたとして、追いつけるということだ。

 そう、ファリアが考えていた矢先だった。戦宮の通路を進んでいると、魔晶人形たちが立っていた。アル、イル、エルと命名された量産型の三体は、セツナの命令によりファリアの指示に従うようになっていて、いまは戦宮の警備をしてくれているはずだった。それなのに、三体が三体とも、ファリアの進路を塞ぐように立っているのだ。

 不思議なことだったが、気に留めている場合ではない。

「これからはミリア=アスラリアの指示に従いなさい」

 ファリアが魔晶人形たちにそう命令した直後、異変は起きた。四を意味する古代語を元にした髪飾りの魔晶人形アルの灰色の髪が紅く燃え上がったかのように変色すると、双眸に金色の光が灯った。そして、魔晶人形の左前方の空間が歪み、大きな門が出現する。燃え盛る紅蓮の炎の如き異形の門。その瞬間、ファリアの全身を警戒心が貫いた。一瞬にして理解する。

 アズマリア=アルテマックス。

 ミリアがいっていた新たな依代とは、魔晶人形だったということだ。ミリアがそこまで心を痛めていなかった理由がわかる。魔晶人形たちには、ウルクのような人格もなければ自我もない。命令を聞いて行動するだけの、まさに人形そのものなのだ。だからこそ、アズマリアも依代にしやすかったのかもしれない。

 そうこうするうちにゲートオブヴァーミリオンの門扉が開いた。身構える余裕もなかった。ファリア自身、止まれなかったということもある。そして、開いた扉の向こう側が見えたとき、ファリアは、思わずアズマリアを一瞥した。アズマリアは、なにもいわなかった。ただ、目だけでファリアを促すのだ。ファリアはうなずき、ゲートオブヴァーミリオンの中に飛び込んだ。仇敵だというのに疑いもしなかったのは、武装召喚師としての腕前は信用していたし、なにより、アズマリアがセツナにとって不用意なことはしないということを理解していたからだ。

 ミリアはいった。セツナは希望の光なのだ、と。アズマリアがそういっていたのだ、と。つまり、アズマリアにとってセツナは必要不可欠の存在であり、彼に害をなすようなことはありえないのだ。それがセツナの周囲の人間にまで及ぶのかどうか、わからない。

 だが、いまはそんなことをいちいち考えていられる余裕はなかった。

 ファリアは見たのだ。ゲートオブヴァーミリオンの燃え盛る門の向こう側、方舟の甲板上で憮然とするセツナの姿を発見してしまったのだ。

 だから、ファリアは驚き、アズマリアを見た。そして、心の赴くまま、体の駆け抜けるままに門の中に飛び込んだ。一瞬の意識の断絶。視界が真っ黒に染まったのもまた、刹那に過ぎない。そしてつぎの瞬間、視界に光が戻り、目の前に警戒気味のセツナがいた。周囲を確かめるまでもない。方舟の甲板の上だ。ファリアは、歓喜とともにセツナに飛びついていた。単純に門に飛び込んだ勢いを殺せなかったからだが、それはむしろ喜ぶべきことだと彼女は想った。

「ファリア!?」

 セツナが驚愕に満ちた表情で素っ頓狂な声を上げる。無理のない話だ。突如ゲートオブヴァーミリオンが開いたかと思うと、そこからアズマリアではなく、ファリアが飛び出してきたのだ。そしてその勢いのまま、セツナに飛びついた。セツナは瞬時に警戒を解き、ファリアを抱きとめたものの、なにがなんだかよくわからないといった様子だった。

「え!? うそ!? どゆこと!?」

「ファリア様!?」

「えええ!?」

 驚きの声がつぎつぎと聞こえてくる中、ファリアはセツナを抱き締め続けた。様々なことが脳裏を巡る。リョハンのこと、戦女神のこと、ミリアのこと、アレクセイのこと、アズマリアのこと。皆に感謝しなければならないということ。父の敵であるはずのアズマリアにさえ、このことだけは、感謝するべきだろう。

「もう離さない……! もう二度と、離れないから……!」

「……ああ。離させやしないさ」

 セツナの声は、いつになく優しかった。ファリアのことを抱きとめる手も、その体温さえも、優しく感じられた。

 思うことはある。

 本当にこれでよかったのか。

 リョハンのひとびとの期待を裏切り、想いを踏み躙るようなものではないのか。戦女神がそれでいいのか。戦女神として生涯を終える覚悟を決めたのではないのか、そういった考えがファリアの頭の中で渦を巻く。けれども、母がいった言葉がファリアの中のわだかまりを消し飛ばし、彼女に前を向かせた。

 リョハンのことは、任せておけばいい。

 永遠に帰らないわけではないのだ。セツナがいっていたように、いつかは必ずリョハンに戻る。そのときまでは、ミリアやアレクセイ、護山会議がなんとかするだろう。かつてリョハンは戦女神の不在を護山会議の力だけで乗り切っている。そこにミリアと六人の七大天侍が加われば、そう簡単に揺らぐようなことはあるまい。

 そう、信じた。


「上手くいったようだな」

 アレクセイ=バルディッシュは、戦宮にいるはずの戦女神の姿がまるで見当たらないことを認めて、ようやく安堵の息をついた。

 すべて、彼の思惑通りにことが運んだということだ。

 ミリアがファリアを焚き付け、アズマリアがファリアを送り届ける。なにもかも上手くいった。ファリアはこれで、リョハンのことを気にすることなく、セツナとの旅に集中することができるに違いない。

「はい」

 そういって穏やかな笑みを浮かべたのは、ミリア=アスラリアだ。じきに戦女神代理として承認される彼女は、時期尚早ながら戦女神の執務室に腰を据えていた。戦女神としての業務がいったいどのようなものなのか、調査しているのかもしれない。ファリアの代わりをやるのだから、それくらいの気概がなくては務まらないのは事実だ。ファリアは、少なくとも先代戦女神以上に戦女神の職務に熱心だった。その二代目戦女神の代理を務めるとあらば、並大抵の仕事量では足りないのだ。そういう意味でも、ファリアは戦女神として十二分に役目を果たしていたといえる。そんな人材を手放すことが惜しくないわけもないが、それよりもなによりも、彼女は彼の孫娘だった。

 最愛の、たったひとりの孫娘。

 この二年あまり、ファリアは戦女神という重責を押し付けられたにもかかわらず、不満ひとつ漏らさず、戦女神として相応しくあり続けてきたのだ。だれよりもリョハンのことを想い、だれよりもリョハンのことを愛し、だれよりもリョハンのために行動し続けてきた。

 そんな彼女がいままさに不幸に堕ちるところだった。

「あの子には辛い思いばかりをさせたのだ。ようやく逢えた想い人と、また長い間離れ離れになるなどという不幸、味わわせる必要はあるまい」

「お父様ったら、本当におせっかい焼きなんですね。そういうところ、昔から、なにも変わりませんね」

「可愛い孫娘のためだ」

「うふふ。可愛い愛娘のためでもありましょう?」

「……まったく、おまえはいつからそう可愛くなくなったのだ」

 彼は、執務机のミリアを一瞥して、肩を竦めた。十数年前、突如として目の前から姿を消した愛娘は、時を経て、あのころとほとんど変わらない容姿でそこにいた。話によれば、アズマリアの依代となっている間は、肉体年齢に大きな変化が起きなかったとのことであり、つまり、彼女の肉体年齢はいまだ三十代だということだ。青みがかった髪に緑色の瞳という容貌は、若い頃の彼の妻そっくりであり、穏やかな微笑みも在りし日のファリア=バルディッシュを思い起こさせた。

 孫娘も、妻の若い頃によく似ている。

 アレクセイの血よりも、ファリアの血のほうが濃いのだろう。それは、昔からわかっていたことだったし、そのことでなにをどう想うこともないのだが。

「昔はもっとこう……素直で純粋だったのだがな」

「あら、まるでわたしが素直じゃなくなったみたいじゃないですか」

「そういっている。やはりあれに嫁がせるべきではなかった」

「ファリアは不要だと?」

「そうはいっていない」

「でしたら、あのひとのこともお認めくださいまし。あのひとと結ばれたからファリアが誕生したのですから」

「わかっている。だから、そのことには感謝しているのだ」

 ああいえばこういう、を地で行くミリアの反応に、アレクセイは閉口せざるをえなかった。とはいえ、メリクスに感謝しているというのは、本当だ。愛娘の心を奪い去ったことは未だ恨んではいるが、だからといって彼のすべてを否定しているわけではない。メリクスとミリアの仲睦まじい夫婦生活、ファリアを加えた家族生活は、ミリアの父、ファリアの祖父として素直に喜ばしいものだった。それにたとえメリクスがいなかろうと、ミリアはいずれどこかのだれかに嫁いでいたのだ。メリクスのような善良な人間に嫁いだだけ、ましと考えるべきだった。


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