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第二百九話 無様死様

「無様ね」

 ウルは、再会したカインの有り様に思わず吹き出しそうになった。体中に矢が突き刺さっており、返り血とも自身の血ともわからないくらい全身が真っ赤に染まっている。満身創痍といっていいのだろうが、仮面の奥の瞳はそれを感じさせなかった。生気があり、狂気がある。彼はこの戦いを楽しんだのだろう。血まみれになってなお、余裕が見える。

「どうやら死ななかったようだ」

「わたしのおかげよね」

「そのようだな」

 ウルの言葉を肯定して、彼は後ろを見た。彼の背後には、無数の矢からカインを庇って死んだ兵士の亡骸が倒れている。ウルの操り人形だった兵士だ。敵陣に突っ込んでいったカインを護るようにと命じたのは、正解だったらしい。副将フォード=ウォーンはカインが殺害した。兵士に殺させようとするよりも余程効率的だったのは間違いない。

 マルウェール市街を舞台にした戦いは、終わった。

 副将フォードが死んだことで、残りの兵士のほとんどが抵抗を諦め、投降してきた。やがて、マルウェールの総大将エイス=カザーンを討ち取ったという報告が届き、最後まで抵抗しようとしていた兵士たちの心も折れたようだった。

 投降してきたのは、全部で二百人足らずだ。東側部隊に投降したのが七十名余りで、残りの百三十名ほどがこちらで戦っていた敵兵である。こちらの投降兵が多かったのは、東側の戦いが激しかったからかもしれない。あちらには二千人の兵士がおり、敵軍が部隊を均等にふたつに分けていたとすれば、その差は四倍にもなる。即座に殲滅戦へと移行し、気がつけば七十名しか生き残っていなかった、ということかもしれない。

 こちらも、似たようなものではあるのだが。

 振り返ってみると、死闘と呼べるようなものさえ起こらなかった。最初から数で圧倒していたのだから当然なのだが、市街戦に持ち込み、なおかつ部隊をふたつに分けた敵軍にこそ、この戦いがあっさり終わった原因なのだろう。が、あの状況から籠城に持ち込めるはずもなかった。事を起こすならば、ハーレンがマルウェールにガンディア軍を引き入れる前にするべきだったのだ。

 が、その場合は、カインがハーレンを殺した連中を殺戮し、第五龍鱗軍の機能を麻痺させたに違いない。

 どちらにせよ、彼らに勝ち目はなかったのだ。カインという毒を体内に含んでしまった以上、滅びるしかない。もっとも、ウルが支配したハーレンの命令を護っていれば、死なずに済んだのだが。将も兵も、だれひとり死なず、戦後を迎えることができただろう。ガンディアの勝利にせよ、敗北にせよ。

「無駄死によね」

 副将フォード=ウォーンの死体を見下ろしながら、彼女はつぶやいた。

 死体は、周囲にも転がっている。死体の数は、圧倒的に敵のほうが多い。副将撃破の勢いに乗ったカインが殺した兵士たちもいれば、ウルの操り人形となった兵士と相討ちになったものもいる。自軍兵士の物量に任せた戦い方の前にあえなく死んでいった敵兵も多い。

 圧勝、といえるのだろう。

 勝利の感慨も余韻もないのは、ウルにとってはガンディアの勝敗などどうでもいいからに違いなかった。

 勝鬨が聞こえる。ガンディア軍兵士にとっては喜ぶべき勝利なのだ。左眼将軍も喜んでいるのだろうし、軍団長たちもほっとしていることだろう。

 カインの目論見通り無血開城とはいかなかったものの、市街戦になり、被害は最小限に抑えられた。籠城戦に持ち込まれるよりは少ない被害で済んだはずだ。もっとも、籠城戦であれ、カインの召喚武装が容易く打開した可能性も大いにあるのだが。

「死はすべて、無駄なものだ」

 カインが、体に刺さった矢を一本ずつ抜き取りながら告げてきた。矢を抜くと血が出たが、彼は苦悶の声さえ漏らさなかった。表情はわからない。仮面は相変わらず、不気味な化け物のままだ。

「どんなものであれ、死んだ瞬間、無駄になる。だれかのために死のうと、なにかをなして死のうと、同じことだ。いままでの人生。生きてきたことのすべてが泡のように消えて失せる」

「そうかしら」

 ウルが反発したのは、脳裏にキースの死に顔が過ったからだ。彼の死が、この戦争を引き起こした。レオンガンドは座して滅びを待つよりも、破滅的な戦いの先の希望にすがったのだ。そのきっかけがキースの自殺だ。それすらも無駄だというのか。

「生を無駄にしたくなければ、生き続けるしかない。生きて、生きて、死から逃れ続けるしかない。だが、死は、だれにも平等に訪れる。遅いか早いかの違いに過ぎない」

「それってつまり、だれもが無駄に生きてるってことよね。わたしも、あなたも」

「そうだな」

 ウルの皮肉を、カインは否定しなかった。肩に刺さっていた最後の矢を抜くと、どこか名残惜しそうに投げ棄てた。足がふらついている。さすがに血を流しすぎたのだろう。

「この戦いも、この勝利も、無駄なことだ」

 いい終えて、彼は前のめりに倒れた。ウルは彼を受け止めようともしなかった。むしろ大袈裟にかわしてみせて、周囲の兵士たちの驚きを買った。ウルが彼らを一睨みすると、後難を恐れてか、そそくさと衛生兵を呼びに走っていった。軍属の武装召喚師が倒れたのだ。当然だろう。

「無駄……か」

 ウルは、周囲に転がった死体に紛れるかのようなカインのざまを見ていた。

 彼は、全身に十数本の矢を受けたのだ。負傷といえばそれだけで、斬りつけられたような痕はない。が、あれだけの矢を浴びて、生きているほうが不思議ともいえる。普通ならば痛みに耐えきれずに意識を失うだろうし、場合によっては死んでいたかもしれない。常人ではないのは間違いない。

 武装召喚師という存在自体、鍛え上げられた肉体と頭脳を持つものにしかなれないのだ。魔龍窟とかいう過酷な世界を生き抜いた彼が常人離れした生命力を持っていても、なんらおかしくはないのだが。

 それでも、十数本の矢を浴びれば、意識を保っていることも難しかったようだ。

「そういえば、あなたは死にたがっていたのよね」

 ウルは、ランカイン=ビューネルと初めて遭ったときのことを思い出した。カランを焼き尽くした武装召喚師ランス=ビレイン。それが彼の偽名だと判明する前のことだ。彼はどれだけ尋問されても高笑いを続け、どんな拷問にも口を割らないと豪語していた。実際、外法機関印の自白剤を投与しても、効果がなかったらしい。そこで、ウルに出番が回ってきたのだ。どれだけ訓練されていようと、彼女の支配には抗いようがない。

『つぎはなんだ? こんな茶番はさっさと終わらせ、俺を殺すんだな。俺が貴様らにいうことはなにもない』

 彼女が支配する直前、ランス=ビレインはそう言い放ったが、結局、レオンガンドの命令通りに洗い浚い吐き出したらしい。ランカイン=ビューネルが本当の名前だということも、そのときにわかった。五竜氏族に連なるような男が、なぜ、カランを焼き尽くした末に死にたがったのかなど、ウルには理解しようもないが。

(五竜氏族……)

 ザルワーンを支配する高貴な血筋のことだ。ライバーン、ヴリディア、リバイエン、ファブルネイア、ビューネル。支配階級であり、特権階級だという話は知っている。ザルワーンの国主は、五竜氏族の当主が持ち回りで担当することになっているといい、要職には五竜氏族の人間が名を連ねていたという。彼も、時代が時代ならば、ザルワーンの国政を担っていたかもしれない。

 だが、現実は彼を地獄に突き落とした。魔龍窟。ザルワーン独自の武装召喚師育成機関。どのような組織なのかはいまいち判然としないのだが、ランカインのような凶悪な人格が形成される組織なのだと考えれば、ある程度想像もできよう。強力な武装召喚師を作り上げるためならば、どのような手段も辞さない、そんな組織だったのだろう。

 そういう意味では、外法機関に似ているといえなくもない。

 光の届かない闇の底で、ウルが見たのは絶望であり、人間への悪意だけだ。心も体もいじられて、だれもかれもが壊れていった。生き残ったのは、たった六人。そのうちふたりは、ガンディアへの憎悪のあまり、救い出された直後に姿を消した。ウルはアーリアともどもレオンガンドの手元に置かれ、キースとヒースはナーレスの元で人間らしい生活を取り戻した。

 自分というものを保っていられたのは、姉妹と仲間たちのおかげだった。孤独ならば、とっくに壊れていただろう。

 ランカインのように。

「ここにいたか」

 声に振り返ると、たくさんの兵士を引き連れたデイオン=ホークロウが立っていた。甲冑は無傷で、返り血ひとつ浴びていない。武器は刃毀れとは無縁なのだろう。総大将。後方から指示を飛ばすだけが、彼の仕事なのだ。むしろ、無傷であることこそ、仕事をしていたという証明になりうる。前線に出て傷を負うようでは、総大将として失格だろう。

 ウルは、そんな彼をなんとも思っていない。外法機関撲滅に動いてくれたらしい大将軍ならともかく、左眼将軍に特別な感情を抱くことはない。ウルの立ち位置は、少し不思議なものだといえる。役職はないが、レオンガンドに重宝されており、王宮を自由に闊歩できる権利を持っている。だれもが彼女の存在を不思議に思うのだが、王のお気に入りということもあり、なにも言い出せない。レオンガンドの寵姫だと思われている節もあるようだが、彼女は別段気にしてもいない。そういう時期があったのも事実だ。かといって、その事実によって自分の立場を確保しようとも思わない。いまの、この不思議な立ち位置で十分だった。それに、そんなことをすれば姉に殺されるだろう。

 ウルが黙っていることを不審に思ったのか、デイオンが慎重に尋ねてきた。

「カインは、生きているのか?」

「はい。ですが、このまま放置していれば死ぬでしょう」

 ウルはとびっきりの笑みを浮かべた。

 死ねば、彼の願いのひとつは叶う。

「衛生兵! カインの手当を急げ!」

 デイオンが怒号を発したのは、ここでカインに死なれてはレオンガンドに合わせる顔がないからに違いなかった。カインがレオンガンドに重用されているのは、だれもが知っている。

 しかし、そんな彼の出番もいずれなくなるのではないか。

 レオンガンドは、黒き矛の活躍により武装召喚師の有用性を見出すと、《獅子の尾》を結成した。そこにカインが名を連ねなかったのは、彼の正体を考慮してのことだろうが、いずれにせよ、正規戦力としての武装召喚師の居場所が《獅子の尾》であることに変わりはない。武装召喚師が集まり、《獅子の尾》が巨大化すれば、カイン=ヴィーヴルのような危険因子は不要になる。

 そうなったとき、彼は、レオンガンドに死を賜るのかもしれない。

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