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第二千九十四話 こんな自分にできるせめてものこと


 出発準備が順調に進んでいく様子を見終えたセツナたちは、予定通り、空中都の戦宮へと向かった。

 リョフ山麓から空中都までは、一足飛びに行ける距離ではない。かといって、積荷を搬入中の方舟に乗って移動するわけにも行かないし、山道をゆっくりと登るのはあまりにも時間の無駄だ。リョフ山は峻険であり、山頂は天に至るほどといっていい。山頂にある空中都と山麓に広がる山門街では、その標高差が凄まじいのだ。

 山道を通り、山間市を抜けるという経路でも、馬を使えば数時間足らずで済む。普通、一般市民や役人などがリョハンの居住区を移動する場合、馬や馬車を用いる。それでも数時間はかかるのだから、もったいないと考えてしまうのは、純粋に出発までの日取りが決まっているからだ。

 時間が惜しい。

 一秒でも移動にかかる時間を減らしたかった。

 だったらリョハンに滞在する日数を伸ばせばいい、という考えにはいたらなかった。既に滞在日数は長くなりすぎている。もちろん、アレウテラスから地道に北を目指して旅をするという当初の予定ならば、いまだリョハンにさえ辿り着いていないだろうというような日数ではある。それを考えれば、もうしばらくゆっくりとリョハンで過ごしても問題などはあるまい。

 しかし、セツナは目的を果たしたのだ。

 ファリアたちに逢い、無事を確認するという当初の目的を果たした以上、帝国軍との約束を果たすことに全力を上げるべきだ、という考えに至る。リグフォードやニーナら、西帝国のひとびとにしてみれば、一日も早い問題の解決を望んでいるはずであり、彼らも一刻一秒を争っているはずなのだ。自分だけが幸せならばそれでいい、という考えをセツナは持ち合わせていない。

 それに、すべてを終えれば、またリョハンに戻ってくることだってできるだろう。そのときには、それこそゆっくりと日がな一日、リョフ山を歩き回ることだってできるようになっているはずだ。

 それまでは、前に進むことに集中したかった。 

 そうしなければならなかった。

 セツナには、力がある。絶大で強力無比な力がこの掌中にあるのだ。力あるものには力あるものの責任がある。責務があるのだ。その重責を果たそうとしたのが十三騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースであり、“大破壊”直前のクオンだろう。彼らは、その身に宿る強大な力でもって、この世界を救おうとした。守ろうとした。結果、世界は破壊され尽くしたが、彼らがその務めを果たしたからこそ、世界は原型を留め、ひとびとはいまを生きることができているといっても過言ではない。

 十三騎士の半数は死に、クオンもその破壊の根源に飲まれた。

 だが、クオンは、生きていた。変わり果てた姿で、神軍の指揮官としてセツナの前に立ちはだかった。

“大破壊”以降、世界には神々が満ち溢れた。

 世界の混乱と滅びの兆し、その原因は、神々にあるといっていい。そして、神々の多くが属する組織であるところの神軍こそが、その最大の要因なのだ。

 クオンは、敵になる。

 世界を救ったはずの彼と戦わなければならないというのは心苦しいところではあるが、彼が神軍の指揮官である以上、戦うことになるのは間違いなかった。神軍がここで心を入れ替え、ひとびとのために尽くすというのであれば話は別だが、そうはなるまい。神軍は世界各地で侵略行為を続けているという。

 神軍の目的は不明だ。

 神軍に属する神々の真の望みがなんであるかは、わかっている。彼らは帰還を望む、本来在るべき世界への送還こそが彼らの真の願いであり、そのためには聖皇の復活こそが必要不可欠だ。召喚物は、召喚者にしか送還できないからだ。そのために最終戦争という儀式が執り行われたが、クオンたちがその犠牲を払うことで儀式は失敗に終わった。

 聖皇復活は、ならなかった。

 だが、それで神々がすべてを諦めるかというと、そうではあるまい。でなければ、軍勢などを構築するわけがないのだ。

 神軍は、再び世界を支配することで、聖皇復活の儀式の前提条件を整えようというのではないか。

 セツナはそう睨んでいる。そして、その神軍の目論見を止めることこそ、いまのところ、最大の目標だ。

 そのためにも、リョハンを早急に出発し、帝国の問題を解決しなければならない。

 故に彼は山道を馬車で移動するのではなく、空を飛んで山頂を目指すことにしたのだ。無論、メイルオブドーターの飛行能力を駆使して、だ。

「空も自由自在に飛べるんだから、卑怯よね」

「本当にな」

 適当に相槌を打つと、ミリュウの細長い人差し指がセツナの左頬に食い込んだ。見ると、セツナの両腕に抱えられた彼女が、頬を膨らませている。ミリュウを抱きかかえているのは、彼女がそうねだったからであり、セツナの趣味嗜好ではない。もっとも、背負うよりは両腕で抱えるほうが安定感はあるし、目に見える範囲に彼女がいてくれるほうがずっと安心なのは間違いない。

 レムはいましばらく搬入作業と荷物配置の指揮と取らねばならず、ゲインもその手伝いをするとのことで、現場に残っている。

「嘘ばっかり」

「なにが」

「想ってもないくせに、ってこと」

「はあ?」

「卑怯だなんて、想ってないでしょ。その力」

「……むう」

 セツナは眉根を寄せて、ミリュウから目を逸らした。晴れ渡る空の下、天高く聳え立つリョフ山の頂までは遥か遠い。春の訪れを予感させるにはまだまだ寒く、空を飛んでいるとそのことを実感せざるを得ない。さすがは北の大地といったところだろうか。小国家群北端ベノアガルドとも比べ物にならない気温の低さだ。

 春が訪れても、その季節は極めて短く、夏はさらに短いという。

 冬が大半を占めている。

 それでも四季があるというのだから、この世界は不思議だ。

 そんなことを考えながら、春先の山肌を、生い茂る木々を見やり、上空へと昇っていく。天を衝くほどに巨大で美しい山。御山とも霊峰とも呼ばれるのも納得の情景。その頂点に築き上げられた遺跡都市も神秘的であり、幻想的だ。

 いや、この世界そのものが神秘と幻想に包まれている。

「ふふ、セツナって本当、変わらないのね」

「どこが?」

「なにもかもよう」

「変わったほうが良かったか?」

「そんなこと、一言もいってないでしょ」

 ミリュウが慰めるようにいってくる。柔らかな声音だった。

「変わっていないから、あたしも本当の自分に戻れたんだもの」

「本当の自分……」

「うん。これがあたし。ミリュウ=リヴァイアとしてのあたしなのよ。無理なんてしない、本音の自分なの」

「そうか。ならいい」

「うん」

 ミリュウが自分の肩を抱くセツナの左手を耳に当てた。その仕草は、彼女を苛む症状のことを思い起こさせる。だから、聞く。

「なあ、ミリュウ」

「なあに?」

「頭の中は、だいじょうぶなのか?」

 もちろん、それは彼女の頭が悪いとか、そういうことではない。それくらいわからないミリュウではなく、彼女は、少しばかり困ったような顔をした。そして、微笑んでくる。

「そうねえ……こうしている限りは、平気よ」

「こうって?」

「セツナが抱き締めてくれている限り」

「そうか」

 セツナは静かにうなずくと、彼女を少しだけ強く抱きしめた。

 いまはだいじょうぶだと、いう。耳に当てた手から聞こえる脈拍が彼女の頭の中の雑音を掻き消しているからだ。以前、そのような説明があった。つまりそれは、そうではない場合、彼女にとってだいじょうぶではない状態が頭の中で続いているということでもあるのではないか。

 ミリュウは、聖皇六将のひとり、レヴィアの末裔であり、その“血”に刻まれた呪いの継承者だった。ただし、ミリュウが受け継いだのは、“血”ではなく“知”、知識のほうだということだ。“血”を受け継いでいれば不老不滅の存在に成り得たというのだが、そうはならなかった。ならずに済んでよかったと喜ぶべきなのかはわからない。が、“血”と“知”、両方の継承者であれば、彼女が抱える苦悩はさらに大きくなっていたのだろうから、片方だけで済んだのは良かったのだろう。“知”でさえ、彼女を苦しめている。

 レヴィアから受け継がれてきた膨大な量の知識、記憶が声となって、雑音となって頭の中に響き続ける、という。過去からの絶叫ともいえるそれらの声がもたらす知識は、ミリュウ自身に多大な力を与えた。ミリュウがラヴァーソウルを用いた疑似魔法の使い方を確立したのは、すべて、レヴィアから受け継がれてきた“知”のおかげなのだ。だが、同時に彼女は苦しみ続けなければならなくなった。絶え間なく続く過去からの叫びは、彼女の意識を引き裂き、自我を傷つけ、自分を見失わせるのだという。このまま過去の声が大きくなっていけば、いずれ自分を見失い、死に場所を求めてさまようだけの化け物に成り果てるだろう、と彼女はいった。

 そして、そのときには、セツナの手で殺して欲しい、とさえ。

 セツナは、答えなかった。

 応じれば、約束すれば、果たさなければならなくなる。

 どのような理由があれ、彼女を殺すことなどできるわけがなかった。

 シーラを殺せなかったように。

「好きよ……心の底から、愛してる」

 ミリュウの愛の言葉を聞いて、セツナはどうしようもないほどの愛おしさがこみ上げてくるのを認めた。

「たとえ怪物に成り果てても、その気持ちだけは失いたくないな」

「怪物になんてならないさ」

 セツナは、彼女の目を見て、告げた。青い瞳。いつになく透き通って、空の色が映り込んでいた。

「俺がならせやしない」

「セツナ……」

「約束する」

 約束は、護るためにあるものだ。

 そのためならばどのようなことだってしてみせる、という覚悟がなければ、安易に口にするべきことではない。

 セツナの価値観の中ではそうである、ということであり、すべての人間がこのような考え方を持っているとは想っていない。だが、セツナはそう考えているのだ。

「そんなこというと、あたしが怪物になったとき、責任を取らないといけなくなるわよ」

「だから、ならせないっていってんだろ」

「責任、取りたくないんだ?」

「そういう意味じゃねえよ」

「じゃあ、責任取ってね」

「はあ?」

「あたしを本気にさせたんだから」

「本気って」

「ファリアもあたしもレムも、みんな幸せにしてくれるんでしょ」

 当然のように彼女はいった。

 セツナは、冷ややかな大気の中を突き抜けながら、静かにうなずいた。

 皆を幸せにすること。

 それが自分にできるせめてもの恩返しだ。



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