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第二千九十三話 従兄妹


「いいすぎなものではありませんぞ」

 スコール=バルディッシュは、至って真面目な顔で告げてきた。スコール=バルディッシュ。その名の通り、バルディッシュ家の人間であり、ファリアの従兄に当たる人物だ。護峰侍団の隊長格のひとりであり、武装召喚師としての実力は折り紙つきといっていいだろう。二度に渡る防衛戦でもその実力を発揮したといい、セツナが騙された暗殺騒動では、暗殺犯の役割を演じたという話を後に聞いている。

 彼が暗殺犯役を買ってでたのは、アレクセイが利用しやすい人物だったからなのか、それともほかに理由があるのかはわからない。ただひとつわかっていることは、彼もまた、ファリアのためならばどのようなことだってするという覚悟の持ち主であるということだ。そして、アレクセイやスコールといった肉親がファリアを溺愛しているという事実には、セツナも安心している。リョハンのひとびとは、ファリアを戦女神としてしか見ていないと思いきや、決してそうではないのだ。少なくとも、肉親や近しいひとたちは、彼女のことを人間ファリア=アスラリアとして見ている。その事実が、ファリアを孤独にさせないはずだ。

「我々護峰侍団隊長格一同は無論のこと、団員たちも皆、いえ、リョハンにすべての人間があなたに感謝していることでしょう。あなたがいなければリョハンが守りきれていたかどうかすらわからないのです。戦女神と守護神の仰られることに間違いがあるはずもない。我々は、二柱の神を信じ、この二年あまりを生き抜いてきたのです」

 その二柱の神がいうことに嘘などあろうはずがない――スコールのいいたいことはわからないではないし、実際にそうなのだろう。マリクにせよ、ファリアにせよ、臣民に嘘をつく性格ではない。たとえそれがリョハン市民にとって悪いことであっても、正直に告白してしまいそうなところがファリアにはあった。それはつまり、政治的駆け引きができないだろうという不安にも繋がるのだが、そも、リョハンの戦女神に政治力など不要である、ともいえる。政治は、護山会議の仕事であり、戦女神は、リョハンのひとびとの心の支えであればいいのだ。

 と、いまのファリアならば割り切ることもできるだろう。

 スコールが搬入作業中の集団に目をやった。

「故に皆、あなたのリョハンからの出立を心より惜しむとともに、その準備に協力したがっています。まあ、護峰侍団の通常任務を全員が全員、ほっぽり出すわけにも行きませんから、手が開いている我が三番隊およびミリュウ殿とも縁の深い四番隊だけで手伝うことにしましたが」

「ああ、やっぱり四番隊の皆だったのね、あれ」

 ミリュウが嬉しそうにいって、護峰侍団の隊士たちに大きく手を振った。

「ええ。アルセリア殿もそのうち様子を見に来ると想いますよ」

「……なんにもしてないのに、ここまで手伝ってもらって、なんと礼をいったらいいのか」

「礼なんてそんな……当然の――」

 そこまでいって、彼は、はたと思い立ったように小さく首を振った。そして、セツナの目を見つめてくる。ファリアとは似ても似つかない黒い瞳には、複雑な感情が浮かんでいる。

「いや、そこまでいうのでしたなら、ひとつだけ」

「はい?」

「戦女神――ファリアちゃんを悲しませるようなことだけはしないでくれ」

「は?」

 予期せぬ提案に、セツナは唖然とするよりほかなかった。

「知っての通り、俺とファリアちゃんは従兄妹なんだ。子供の頃から見守っていてね。お従兄様、お従兄様と追いかけてきたものだよ……うん、素晴らしく幸せな日々だったなあ、あの頃は。本当、なんていうか、幸福と呼ばれるものがすべてそこに凝縮されていたんだ。満たされていた。ああ、戻りたいなあ、あのころに!」

 そんなことを叫びながら天を仰ぎ見たスコールに、セツナはただただ気圧された。それだけの迫力が彼にはあったのだ。いっていることは思い出話に過ぎず、彼とファリアの関係性を表すものでしかないのだが、スコール当人の仕草、表情、態度が圧倒的に過ぎたのだ。

「あ、あの」

「なんか別世界いってない?」

 ミリュウが失礼なまでの発言をするのもわからなくはない。それくらい、天を仰ぎ、微動だにしないスコールの姿は異様だった。

「……ああ、失敬。ファリアちゃんのことになると、ついね」

「そんなひとだったっけ」

「失礼な。俺は昔からこうだ」

「さいですか」

 肩を怒らせてまで自信満々にいってきたスコールに対し、ミリュウがなにもかもを諦めたように頭を振った。ミリュウはこの二年あまり、ファリアたちとともにリョハン暮らしだった。その間、スコールとも交流が少なからずあったはずであり、そんな彼女から疑問を投げかけられるほどに人格に振れ幅の大きな人物のようだった。セツナ自身、スコールの人物像というのは、よくわかっていない。式典の際、顔を見た程度なのだ。ファリアからは、優しい従兄がいるということは聞いていたが。

「まあ、もはやあのころをどれだけ熱望しても戻れないことはわかっているし、諦め――られない! けど、まあ、諦めようと努力はしているわけで」

「……結局なにがいいたいの?」

「だから、ファリアちゃんを幸せにしてやってくれ、っていってんだよこんちくしょう」

「なんで泣いてんのよ」

「そりゃあ泣くに決まってるだろう。どこの馬の骨ともわからない男に、愛しい天使のように可憐な奇跡の産物に等しいこの世の愛のすべてを集めて生まれたような従妹いもうとをだな……!」

「長いしめちゃくちゃよ」

 ミリュウが呆れて頭を振った。セツナも同じ気持ちではあったが、スコールがファリアを溺愛しているという気持ちだけは目一杯伝わってきて、それだけに彼がなぜ、先程あのようなことをいってきたのかも理解できた。

 スコールは、最愛の従妹であるファリアが不幸になるようなことはするな、とセツナにいっているのだ。つまり、遠回しに、死ぬな、といっているということになる。無事旅を終え、リョハンに戻ってこい、ともいっているのだろう。言葉には出さないが、そういうことだ。そう受け取ることにする。

 しかし、ミリュウには、伝わらなかったようだ。

「それになによ、どこの馬の骨ともわからない男って、セツナのこと!?」

「ほかにだれがいると? ファリアちゃんが特別視している男なんざ、その男だけだろうが!」

「セツナにはちゃんとした肩書が……って、もうなかったわね」

「……ああ」

 ミリュウの思い出したような一言を肯定する。

 最終戦争、そして引き起こされた“大破壊”は、ガンディアを滅ぼした。大陸をばらばらに引き裂く破壊の力がガンディアを存続させるはずもない。国が滅びたということは、セツナの肩書もすべて失われたということだ。いくつかの領地をもつ領伯であり、王立親衛隊《獅子の尾》隊長だったセツナは、もういないのだ。

 いまは、なんの肩書もないただのセツナだ。

 ベノアガルドの名誉騎士という称号もあったが、ここでは意味を成すまい。

「……む、なにやら失礼なことをいってしまったような気配が」

「気配どころか、全開で失礼だったわよ。ファリアが聞いたら、もう二度と口を聞いてくれないかもね」

「なっ……!?」

「そんなバカなっていいたいわけ? ふふん、それこそ甘いわよ。砂糖たっぷりの紅茶のように!」

「なん……だと……」

「ファリアがどれだけセツナのことを愛していると想っているの? きっとおそらく間違いなくあなたが想像している何千億倍、いえ、何千兆倍、深く高く広く大きく、愛してるのよ!」

「なんだって……!?」

「そんな相手をどこの馬の骨なんて評された日にゃあ、おしとやかで穏やかで沈着冷静かつ美人で深窓の令嬢のようでありながら勇猛さと聡明さを併せ持つあのファリアも黙っていられるわけがないわ!」

「対抗したのか?」

 セツナは思わず突っ込んだが、ミリュウの耳には届かなかったようだ。

 そして、ミリュウの発言を聞いたスコールは、意識を失ったままその場に立ち尽くし続けるのだった。



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