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第二千九十二話 長い旅のために


 方舟は、リョフ山麓南部の開けた場所に着地していた。セツナたちがリョハンに戻ってきたときは断崖に接舷し、橋を渡したものだが、さすがに常時滞空しているわけにはいかなかったのだ。接舷し、滞空するということは方舟を稼働し続けなければならないということであり、それはつまるところ、動力源たる女神に負担をしいるということだ。女神にとっては大したことではないらしいが、だからといって、常に負担をかけるものでもあるまい。ということで、方舟は空中都ではなく、山麓に降ろされることになったのだ。

 その日、大陸暦五百六年四月九日は、セツナ一行の出立を翌日に控えたこともあってか、方舟の周りには人集りができていた。単純に方舟を一目見たいと集まった市民もいれば、方舟に長旅のためのさまざまな物資を運び入れるべく、リョハンの各所より集まった役人たちもいる。

 そういったひとたちの様子を眺めながら、セツナは、リョハンで過ごす最後の一日を実感していた。セツナは、明日にもこの地を旅立つことにしている。ミリュウたちの身柄を確保し、リョハンに帰還してから約三日後のことだ。ミリュウやレムにいわせれば、もっとゆっくりしてもいいはずだろうが、そういうわけにもいかなかった。リグフォードたちを待たせている。彼らのことだ。いつまででも待ってくれるだろうが、帝国の事情もある。気が気ではないだろうし、セツナ自身、ニーウェのことが気にかかってもいた。

 一日が惜しい。

 できるなら、いますぐにでも旅立ちたかったが、ミリュウやエリナのことを考えれば、そうもいかなかった。身の回りの整理が必要だ。ミリュウは独り身であり、七大天侍を辞めさせられたこともあって、気兼ねなく同行できるようだが、エリナはそういうわけにはいかない。彼女には、母親と愛犬がいる。

 エリナの母ミレーユ=カローヌは、心の支えであったサリス=エリオンをガンディオンに置き去りにせざるを得なかったことをいまも後悔し、嘆き悲しんでいるのだという。エリナは、そんなミレーユの唯一の肉親であり、側を離れるわけにはいかない。離れれば、どうなるか。ミリュウによれば、それほどまでにミレーユの精神状態は不安定なのだという。そこで、セツナはミレーユと犬のニーウェも連れて行くのはどうか、と、エリナに提案している。

 方舟の旅は、おそらく戦場から戦場へ飛び回るようなものになるだろう。しかし、方舟は、神の力によって守られており、船内にいる限りは、リョハンにいるのと同じくらい安全なのは間違いなかった。そして、セツナは、方舟を戦力として運用するつもりは端からない。戦場に方舟を連れていくつもりはないということだ。エンデ軍を一掃した神威砲も方舟に備え付けの兵器ではなく、女神マユリの御業だった。方舟を戦場に連れていけば、女神の御業で敵を一掃することもできよう。しかし、それでは無駄に多くの命を奪うだけだということもわかりきっている。先の戦いだって、大君ケルグ=アスルさえ討てば、それだけでよかった可能性も低くはないのだ。

 必要以上に命を奪う必要はない。

 セツナはそう考えていたし、そのために女神の力に頼ることは少ないだろうと見ていた。女神に命の頓着はないようなのだから、考えるまでもない。

 そうである以上、方舟の安全は保証されるだろう。

 エリナは、セツナの提案を大いに喜んだ。彼女としては、ミリュウがセツナの旅に同行するのであれば、弟子である自分も同行するものだと想っていたが、母のことが気がかりだったのだ。周辺領域調査でリョハンを離れるくらいならばともかく、いつ帰ってこられるかもわからない長旅となれば、話は別だろう。エリナにしても、母をひとりリョハンに残してはおけないという気持ちがあったのだ。

 エリナの説得により、ミレーユも方舟に乗船することになるだろう。犬のニーウェは、健康上の理由から、リョハンを離れることはできないようだが。

「マユリは信用できるんだよな?」

『うん。信用していいよ。マユリはね』

 円盤状の通信器に浮かぶマリクの幻像が苦笑を浮かべたのは、マユラは信用ならないという想いがあったからに違いない。マユリとマユラは違う、ということなのだろう。確かに、セツナ自身、マユリとマユラからは受ける印象が違っていたのは事実だ。マユラからは悪意のようなものを感じ取ることがあったが、マユリにはそれがない。善意の塊であり、愛情にも似た波動を感じるのだ。

「本当に信じていいのかしら」

 セツナの肩に寄りかかったミリュウが、彼の手の内の通信器を見て、怪訝な顔をした。

「マリクがいうんだ。信用するさ」

『そういってくれるのは嬉しいけれど、過信しないことだね』

「ああ、注意はしておくよ」

 マリクからの忠告にうなずき、視線を方舟に戻す。

 方舟は、船底の搬入口を開いており、そこに物資を運び込む役人や護峰侍団の団員たちが列をなして群がっている。

 搬入される物資というのは、先の見えない長旅であることを踏まえており、日用品から食料に至るまで多岐に渡った。調度品や雑貨の類まであり、ミリュウやエリナたちがリョハンでの生活で使っていた道具類も同じように運び込まれている。しばらくは方舟で生活することになるのだ。船内で生活のすべてが完結するようにしておかなければならない。

 ルウファが確認したところによれば、方舟の内部構造は複雑極まりなく、生活するには不便そのものだということであり、そのことを嘆いていたところ、マユリが彼に救いの手を差し伸べたという。マユリの、神の御業によって船内構造が大きく変わり、居住区画などはそれまでとはまったく異なるものに改装されたというのだ。使い心地、住み心地は以前と比べ物にならないほどであり、これならば長期に渡る方舟での生活にも耐えられるだろう、と、ルウファのお墨付きだった。

 ルウファがマユリを信頼してもいいと判断したのは、そういったことで協力的だったというのもあるようだ。

 セツナも、その点ではマユリに感謝しなければなるまい。

 ちなみにだが、レムがセツナの側に控えていないのは、搬入の指揮を取っているからだ。

「ああ、セツナ様。こちらにおられましたか」

 と、声をかけてきたのは、ゲイン=リジュールだ。

「食料については、当面の心配はありませんよ。野菜、果実、肉……なんでもござれ」

「ゲインさんがいる以上、味の心配もないしな」

「もちろんです。これからの毎日、皆さんを飽きさせませんよ」

 自信満々にうなずいてみせたゲインには、セツナはなんだか空腹感を覚えずにはいられなかった。彼も、この長旅に同行する手筈になっている。ゲインは元々、《獅子の尾》専属の調理人であり、最終戦争末期、王都のひとびとが地下へ逃れる中、彼だけは隊舎に留まり続けた。そのため、彼は王都を離脱するルウファたちの船に乗ることとなり、そのままリョハンでの日々を送ることになったのだ。彼は、セツナとの再会を信じ、腕を磨いてきたとのことであり、セツナに同行するのは当然とでもいいたげだった。

「それにしても凄い人集りよね」

 ミリュウがいまさらのように周囲を見回して、いった。実際問題、ものすごい人集りが方舟への物資搬入の様子を見守っているのだから、彼女が感嘆の声を上げるの無理のない話だ。リョハンに住むひとびとのうち、かなりの割合が見学に訪れているのではないか。

「そりゃあリョハンの救世主様の旅立ちですから」

「救世主はいいすぎじゃないですか」

 振り向いた先にいたのは、護峰侍団三番隊長スコール=バルディッシュだった。




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