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第二千八十九話 女神と天侍(三)


 セツナが御陵屋敷に戻ったのは、朝焼けが東の空を白く燃え上がらせ、地平の彼方から太陽が昇り始めようという頃合いだった。空中都は相変わらず静寂に包まれていたし、分厚い防寒着を着込んでも肌寒さを抑えきれない気温の低さは、四月であることを忘れさせるほどだ。

 そんな寒さの中、護峰侍団が用意した馬車に乗って、御陵屋敷へと向かったのだ。

 御陵屋敷に辿り着くと、予想通り、門前にレムがいた。レムは、アガタラの森からリョハンへの帰路、試運転中だった方舟に拾われ、アスラ隊の隊士ともども一足先にリョハンに帰還していたという話をルウファから聞いている。セツナたちが方舟に乗船後、レムたちを探して回らなかったのはそのためだ。

「御主人様がご無事なのはわかっておりましたが、ミリュウ様、エリナ様の無事な姿をこの目で確認することができて、なによりでございます」

「あたしもよ、レム。あなたが無事で、安心したわ」

「わたしもです! レムさん!」

「ミリュウ様、エリナ様……」

 いつもの女給姿をした彼女は、同じ格好をさせた三体の魔晶人形とともにセツナたちを出迎えると、ミリュウやエリナとの再会を心の底から喜んだ。

 そう、セツナの宿所として開放されている御陵屋敷には、ミリュウ、エリナ、ダルクスの三名も同行したのだ。アスラもルウファも、七大天侍としての責務を果たすべく、戦宮に残っている。つまり、ミリュウは――。

 御陵屋敷の門をくぐり、玄関を入ると、屋敷専属の執事や使用人たちがセツナたちを出迎え、セツナの無事の帰還を喜んだ。その上、七大天侍のひとりを連れてきたものだから、彼らは大慌てに慌てた。七大天侍といえば、戦女神に仕える守護天使であり、まさに神の使いといってもいい存在なのだ。雲上人といってもいい。本来ならば、なんらかの前触れがあってしかるべきであり、その前触れに従って準備するべきだろう。が、夜が開けたばかりだったし、彼女の立場の変化もあり、その必要はないと判断し、必要最低限の連絡しか寄越さなかった。

 そのため、使用人たちが混乱に陥りかけたが、セツナがその必要はないという理由を聞かせることでなんとか落ち着きを取り戻した。

 使用人たちが落ち着きを取り戻し、通常業務に戻ると、ようやくセツナたちも落ち着いて屋敷内を移動できるようになった。その途中、レムがミリュウを見て、なにかに気づいたようだった。

「ミリュウ様は相変わらずお美しいままですが、その髪はどうされたのでございます?」

「これが地の髪色なのよ。染料がないわけじゃないんだけど、いちいち染めるのも面倒だったし、セツナもいないしね」

「では、これからは染められるのですか? 御主人様もおられますし」

「そうねえ……どうしようかしら。どう想う? セツナ」

「俺に聞くのかよ」

「だって、あたしはあなた色に染まりたいもの」

 瞳をきらきらと輝かせながらそんな甘い言葉を平然と吐いてくるミリュウに、セツナはなんともいい難いほどの安堵感を覚えた。長い間、ずっと一緒にいた頃の彼女がそこにいる。セツナに対しては野放図なまでの愛情表現でもって、周囲のひとびとを当惑させるのがミリュウ=リヴァイアという女性だった。その愛情がときにセツナ以外の人物に対する敵愾心になったりするのだが、そればかりは、致し方のないことだろう。愛情深さは嫉妬深さにも繋がる。

 とはいえ、セツナは、ミリュウの髪色にこだわりはなかったため、軽く意見を述べた。

「どっちでもいいよ」

「ど、どっちでもいいって、ひどくない?」

 ミリュウが食って掛かってきたが、セツナは別段気にもしない。白金色の髪色も確かに美しいし、髪を紅く染めたミリュウも捨てがたいからだ。だから、本音を言う。

「いまのミリュウも、赤毛のミリュウも綺麗だからな」

「ひあっ――」

「師匠!?」

 エリナが素っ頓狂な声を上げたのは、ミリュウが悲鳴を上げるなりその場に崩れ落ちたからだ。セツナの意見が彼女の頭の中を真っ白にしたのかもしれないが、それにしても効果覿面にもほどがあると思わざるをえない。無論、セツナはミリュウを卒倒させるため、わざとあのような発言をしたわけではない。本当の本気で、そう想っているだけのことだ。

「なんだかミリュウ様、耐性下がっていませんか?」

 レムがミリュウの顔を覗き込みながら、いった。卒倒したミリュウではあったが、その顔は幸福そのもののように見える。

「きっと二年ぶりにあったからですよ! 二年間、ずっとお兄ちゃん不足だったから」

「急激な御主人様成分の摂取は、体に良くない、ということでございますね」

「おまえら、俺をなんだと想ってるんだ」

「全方位天然たらし野郎」

「おんなたらし?」

「レムはともかく、エリナまでか」

「ご、ごめんなさい!  で、でも、師匠がいつもいってて……そうなのかなーって」

「……そういわれている以上否定はしないがな」

 自分の評価を決めるのは、自分ではなく他人だということをセツナは知りすぎるくらいに知っている。だから、ミリュウを始め、周りの女性陣がセツナをそのように評価しているという事自体を否定することはできなかったし、するつもりもなかった。自覚しているわけではないし、わざとそうしているつもりもない。ただ、他人の評価として受け入れなければならない、と想うだけのことだ。

「そう剥れないでくださいまし。わたくしも、ミリュウ様も、エリナ様も、御主人様のことを慕っているだけでございますから」

「うんうん」

「ま、そういってのけられるほど気安い間柄なのは、嬉しいことだよ」

 セツナは、肩を竦めて、床に崩れ落ちたミリュウの体を抱え上げようとした。が、セツナが手を伸ばすよりも早く、魔晶人形たちによって担ぎ上げられ、そのままごこか別室へと運び込まれていく。空を切った手と魔晶人形たちを見比べて、呆然とする。

「あの子たち、働き者でございましょう?」

「あ、ああ」

 セツナは立ち上がりながらうなずき、ダルクスが魔晶人形たちを追っていくのを目で追った。ダルクスは、ミリュウのことを終始気にしている。オリアス=リヴァイアの側近だった彼と、オリアス=リヴァイアの娘であるミリュウの間には、なにかしら因縁があるのだろうが、それが悪いものではないらしいということは、彼の反応からうかがい知ることができる。少なくとも、ミリュウが安心しきっているくらいには、ダルクスに悪意がなかった。

「あの、あの子たちって魔晶人形……ですよね? ウルクさんと同じ」

「さすがはエリナ様、ご明察にございます」

 レムは満面の笑顔で頷くと、喜々として魔晶人形たちについての説明を始めた。魔晶人形ウルクに習い、アル、イル、エルと名付けた三体の量産型魔晶人形たちは、ウルク同様、セツナの指示通りに動くということが判明し、それ以来、セツナの管理下に置かれている。そして、いまはレムのいうことを聞くようにという指示の元、彼女が魔晶人形たちの規範として、従僕としてどうあるべきかという教育をしている真っ最中だった。魔晶人形たちが自発的にミリュウを担ぎ上げ、運んでいったのも、その教育の賜物だろう。

「そういえば、魔晶人形を発見して、確保したとかいってたかも」

「その魔晶人形が、俺の持つ特定波光に反応して起動したんだろう」

 確定ではないが、ほかに原因が思いつかなかった。彼女たちを量産型と呼んでいるのは、ウルクによく似た外見でありながら小型化軽量化されているという点からの想像に過ぎず、それが正解であるかどうかもわからない。心核がウルクと同じ黒魔晶石なのかも不明だったし、なにもかもわからないままだ。しかし、彼女たちがウルク同様、セツナの命令通りに動くのは紛れもない事実であり、その事実をもとにすれば、そう推測するしかないだろう。

 魔晶人形たちの後を追っていくと、御陵屋敷の客室に辿り着いた。小柄な魔晶人形たちは、担ぎ上げていたミリュウを寝台の上に寝かせ、掛け布団をかけていた。ミリュウは、そこまでされても一向に反応を見せない。眠ってしまったのかもしれない。

 セツナもそうだが、アガタラからリョハンに帰り着いたものたちは、昨夜から一睡もせず、この時間まで起きていた。いまも睡魔と戦っているといってよく、なにかの拍子に意識を失えば、そのまま十時間でも眠っていられそうだった。

 ダルクスが見守る中、魔晶人形たちはなにかに納得したようにうなずきあうと、レムの前にとことこと歩いてきた。

「ところで、ミリュウ様はなぜ、御主人様と御一緒なのでございます?」

「七大天侍を辞めさせられたからだよ」

「はい!?」

 レムにとっても予期せぬ出来事だったのだろう。

 彼女は、めずらしいくらいに素っ頓狂な声を上げた。


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