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第二千八十四話 神待つ船へ

「さて……問題の船だが」

 セツナが方舟に視線を戻すと、ミリュウもそちらを見やった。

「方舟よね? なんでルウファが乗ってるわけ?」

「それをあいつから聞くんだろ」

『では、まず適当なところに着陸させましょうか』

 方舟から外部に拡散されるルウファの声は、いつものようにあっけらかんとしている。先程まで戦闘があったとは思えないほどだが、その空気感が疲れきったセツナには心地よかった。神魔との戦闘からこっち、度重なる武装召喚術の使用と召喚武装の同時併用が、心身に猛烈な負担となって伸し掛かっている。しかも、精神力の消耗はいまも続いているのだ。召喚武装の能力を駆使し、高度を維持するということは消耗し続けるということにほかならない。

「そうだな……そのほうがいい」

「そうね、アスラたちもいるし、さすがに疲れてきたし」

「俺がな」

「ええ!?」

 ミリュウが大袈裟過ぎるほどの声を上げて、セツナの耳を困らせた。

「なんだよ」

「あたしを抱きしめることで癒やされたんじゃないの!?」

「精神的にはな」

 さりげなく肯定すると、瞬間、ミリュウは硬直した。

「へっ――」

 想像通りの反応にほっとする一方、彼女がセツナの腕の中から滑り落ちたりしないよう注意しなければならなかったし、エリナの様子も見守らなければならなかった。エリナが空中に浮いているのは、ミリュウの疑似魔法のおかげなのだ。ミリュウが気を抜けば、その瞬間、真っ逆さまだ。

「否定しないんだ、お兄ちゃん」

「そのほうがこいつには効くだろ」

「さすがお兄ちゃん……って、ええ?」

 エリナが驚いたのは、セツナが彼女を抱き寄せたからにほかならない。セツナは、ミリュウを右腕だけで抱えると、左腕にエリナを引き寄せたのだ。

「ミリュウがこうなった以上、魔法を制御できるもんでもないだろうし」

「それはそうだけど……なんていうか、ちょっと、恥ずかしいような嬉しいような……」

「我慢してくれよ」

「我慢だなんて……」

 なんだか嬉しそうに頬を染めるエリナの横顔を一瞥して、ほっとする。彼女の気分を害するようなことはなかったようだ。

 それから、ふたりを抱きかかえたまま地上に降り立つと、アスラたちが待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。地上での戦いを続けていた彼女たちは、途中から傍観者的な立ち位置になっていたこともあり、手持ち無沙汰といっていい状態だったようだ。そこに至るまでの戦闘では、負傷者ひとりでておらず、さすがはリョハンの武装召喚師だと手放しで賞賛した。

 相手は、数千を超える皇魔だった。

 それらのうち大半がセツナに攻撃を集中させていたとはいえ、地上への攻撃も苛烈なものだったことは想像に難くない。実際、アガタラの大樹周辺の森は、アガタラ軍の攻撃によって徹底的に破壊され尽くしたといっても過言ではなく、木々は倒れ、草花は焼かれ、動物たちの住処も失われてしまっていた。それでも、アガタラへと至る大樹だけは守られているのだから、ウィレドたちにとってなにが大切なのか、よくわかろうというものだ。

 勝利のためならば多少の犠牲はやむを得ない。それは、人間だって同じことだ。セツナだって戦いの最中、自然環境への影響など考えたりする余裕はないのだ。彼らを責めることはできまい。セツナたちが上空から地上に向かって攻撃した場合でも、同じような惨状になっていたのは疑いようもなかった。

 

 その後、セツナたちは、すぐさま方舟の降り立った場所へ向かった。

 森の北東部、平坦な場所に方舟は音もなく鎮座していた。船体の各所から生えていた十二枚の光の翼は消えてなくなっており、船体下部が口を開き、そこから船体内部へと通じる階段が降りていた。階段の縁が明滅し、セツナたちを誘うかのようだった。

「間近で見るととんでもなく大きいわね」

「すごーいです!」

「本当に……」

 ミリュウたちがそれぞれに感想を上げる中、セツナもまた、夜空の下に聳える方舟の巨大さに圧倒されていた。脳内に浮かんだ帝国海軍旗艦アデルハインよりも一回りほど大きいように思える。

「帝国の海船よりもでかいんじゃないか」

「見たことないけど、そうなの?」

「ああ、そんな感じはするな」

 もちろん、実際のところはわからない。アデルハインは海に浮かんでいるところを見ただけだったし、セツナとレムが乗り込んだ船はメリッサ・ノアであり、アデルハインは遠目に眺めた程度だった。しかし、それでも脳内に焼き付けられたアデルハインの心象よりも、目の前の方舟のほうが大きく感じられるのは事実だ。

『そんなところで話し込んでないで、早く上がって来てくださいよー。俺は中で待ってますから』

 拡声器でも使っているかのように響き渡るルウファの声に、セツナたちは顔を見合わせた。そして、船内への出入り口に目を向ける。照明付きの階段の最上部に内部へと至る出入り口があり、セツナたちを待ちわびているかのように口を開いている。船内もまた、照明によって照らされているようであり、その点では安心しても良さそうだった。

「中を案内してくれないのか」

「そーよそーよ、セツナの腹心っていうんなら丁重にお出迎えしてさしあげなさいよー」

『そうしたのもやまやまなんですが……』

「なにか事情があるわけー?」

『ま、まあ……その、とにかく、来てください。俺の居場所までは誘導しますんで』

 そういって話を打ち切ったルウファの焦ったような反応に腑に落ちないものを感じたセツナたちだったが、ルウファの置かれている状況を知るためには、船内に乗り込む以外にはないという結論に至った。

 船体の外周部が変形した階段を昇り、船内へ。

 船の内部は、大人が三人ほど横に並んでも十分歩けるような通路が続いていた。通路の天井には一定距離ごとに照明器具が設置されており、照明器具から発散される柔らかな光は、魔晶灯の光とはまるで性質のことなるものだった。魔晶灯の光は、白々しいほどに冷ややかだ。しかし、船内照明の光は、どこか暖かく、柔らかい。

 ルウファの居場所までの案内というのは、その柔らかな光に照らされた場所を歩いて行けばいいという簡単なものだった。それならば、セツナたちが迷うことはない。複雑に入り組んだ通路も、まったく混乱することなく通り抜けることができたのは、そのおかげだった。

 照明に従ってしばらく歩いていくと、船の中心区画に到達したことをルウファが知らせてきた。どうやらルウファは、船の中枢部で移動中のセツナたちの様子を見守っていたらしい。ミリュウがそのことに文句をいうも、軽くいなされて終わっている。

 ルウファの言に従い、中心区画のさらに中枢へ向かうと、幾重もの扉で厳重に隔離された場所へと辿り着いた。

 それらの扉がつぎつぎと自動的に開放されると、中枢部であろう空間までの道程が示されたようだった。

 セツナたちは、示されるまま歩を進め、中枢部へと足を踏み入れた。

 中枢部に入り込むなりまず目についたのはルウファの様子だ。

 彼は相も変わらぬ貴公子然とした容姿そのままに、中枢部の中心、金属質な床が迫り上がるようにしてできた円形の台座の前に立っていた。

「お待ちしておりましたよ、隊長」

 彼の笑顔にも見えないような微妙な表情は、彼が置かれている状況のせいだった。彼の背後にある台座には、巨大な球体が備え付けられているようなのだが、その水晶球に腰を下ろした人物の細くしなやかで淡い光沢を帯びた足が、どういう意図かルウファの首に触れているのだ。綺麗な素足だった。それこそ、人間の足とは思えないほどの神々しさを放っており、ひと目見た瞬間、セツナは理解した。その足の持ち主が、この方舟に乗り込み、神威砲を三度発射した神である、と。

「なにやってんの、あんた」

 ミリュウが呆れたように問うたのは、素足に首を挟まれただけで身動きひとつ取ろうとしないルウファの様子が不自然だったからだろう。ルウファほどの実力者ならば、それくらいどうとでもできると考えるのも無理からぬことだが、当の本人は困ったような顔をしただけだ。

「見ればわかるでしょ。捕まってるんですよ」

「なんで?」

「それは本人に聞いてくださいよ」

 いわれるまでもなく、セツナは、なぜかルウファの首を捉えて離さない神様を見るべく、視線を動かした。そして、その姿を目の当たりにしたとき、セツナの中の警戒心が急激に膨れ上がった。

 そこには、セツナもよく知る神がいたからだ。


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