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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千八十一話 セルク


「大君が不治の病に臥せられ、余命幾ばくもないかもしれぬと判明したとき、我はアガタラの将来について考えなければならなかった。我は御側衆であり、武臣の筆頭だった故に」

 セルクは、吹き抜ける夜風の中、穏やかな表情だった。まるでなにもかもを理解しきったかのような、達観した物腰。まなざしには不純物が一切なく、澄み切っているように見えなくもない。ただし、それは感覚的なものであって、ただ光を発しているような皇魔の目を実際に確かめたわけではない。

「デルクたちとも何度となく協議した。大君が目覚められぬまま、逝去された場合、アガタラはどうするべきか。前例を無視して、二君子のいずれかを大君に任命するべきか。それとも、これまでの通り、二君子も含めた選挙を行うべきか。答えが出ぬまま、時が流れた」

 彼の嘆息は、明確な答えを見つけることのできなかった自分たちに向けてのものだったのだろう。さっきまでの清々しさとは相反するような深いため息からは、痛恨の思いが汲み取れる。

「そうしたおり、我はエンデがこちらの様子を伺っていることを知った。世界が変わり果ててからというもの、地上の秩序にも大きな変化があったこともあり、エンデの連中は、いまこそ勢力を広げるときであると考えていたのだ」

「なんだと……」

「そのようなことが」

「エンデが動き出すようなことがあれば、まず手始めに敵対関係にあったアガタラを狙うだろうと我は睨んだ。いま、アガタラは大君という支柱を欠き、最悪の状態にある。このような状況下でエンデに動かれては困ると考えた我は、エンデに接触を試みたのだ。エンデの内情を知るとともに、アガタラへの侵攻計画を少しでも遅らせるためにだ」

 セルクの語る言葉のひとつひとつを決して聞き逃すまいと、二君子は目を凝らし、耳を澄ませて彼の話に聞き入っている。その間、セツナは、エンデ軍のウィレドたちが戦闘空域をそそくさと離脱し、脇目も振らず北へと逃れていくのを確認し、安堵した。大君を失い、統制が取れなくなっていたとはいえ、全員が全員、一目散に逃げ出すとは限らなかったからだ。もし一部でも、一矢報いるべく動きを見せれば、無駄な戦闘をしなければならなかった。もちろん、負けることなどありえないとはいえ、だ。

 無駄に労力を使いたくなどない。

「エンデの大君ケルグ=アスルは、我の接触を大いに喜んだ。彼もまた、アガタラの実情を知りたがっていたからであり、御側衆の我からならばアガタラの事情を詳しく聞き出すことができると踏んだのだろう。我はアガタラのどうでもいい情報を与える代わりに、エンデの情報を引き出した。大君は、いつこの世を去られるかもわからぬ。急がねばならなかった」

「ならばなぜ、我らにそのことを相談せぬ」

「そうです。セルクとあろうものが、なにゆえ――」

「いったところで、君子という立場に甘んじる貴様らは聞く耳を持たなかっただろう」

 セルクは、二君子を嘲るでもなく煽るでもなく、たしなめるように、それでいて柔らかな口調で告げた。二君子には思い当たるところがあるのだろう。両者からは反論ひとつなかった。

「貴様らだけではない。デルクを始めとする御側衆の連中も、それ以外のすべてのものもだ。だれもが、数百年来の平穏を絶対的なものと信じ、安寧の中で生きることになんの疑問も抱いていなかったのだ。だれがエンデが侵攻を企んでいるなどと信じよう。妄言と吐き捨てられるのが落ちだ。だが、それは悲しむことではない。むしろ、誇るべきことだ。アガタラが平和ボケしていられるくらい長きに渡り、戦乱と無縁の歴史を築き上げてこられたということなのだからな」

 ゆっくりと、息を吐く。

「故に我は、貴様らの危機感を煽る方法を考えたのだ。それがエンデ軍によって我が殺されるということ。我が死に、その亡骸がアガタラに回収されれば、さしもの貴様らも大いに動揺し、危機感を募らせるであろう。そして、我を殺したのがエンデの手のものとわかれば、アガタラの窮地を察し、行動を起こすに違いない。我はそう考え、アガタラに引き入れたエンデの連中に挑み、殺されようとしたのだが……」

 セルクがこちらを見た。

「そんなとき、運悪く、ミリュウたちと遭遇したってわけだ」

「いや、運悪くなどとはいいますまい。エリナ殿への感謝の気持ちは、紛れもない本心。エリナ殿が我を癒やし、さらに大君の意識を回復してくださったのだ。大君の意識は、もう二度と戻らぬものと諦めかけていた。だからこそ、我はみずからエンデに殺されることで彼らの奮起を促そうとした」

「……では、なぜそこから我々のうち、どちらかが内通者だという話になったのです?」

「内通者? なんの話だ?」

 メルグ=オセルの質問に、サルグ=オセルがきょとんとした。サルグはどうやら内通者問題についてなにも知らなかったようだ。

「セルクは、わたしとあなた、どちらかがエンデと通じているかもしれないということで、ミリュウ殿に探らせていたのですよ」

「なんだと」

「実際には、セルク自身が内通者だったわけですが」

 メルグ=オセルがその華奢に見えなくもない肩を竦め、一瞬、怒りを見せたサルグからセルクに視線を移した。セルクは悪びれもせずに、いう。

「いっただろう。貴様らの危機感を煽るのがエンデに通じた目的だったと。もはや我はエンデに通じてしまっていた。この事実ばかりはどうしようもない。我がエンデに渡した情報も、最初こそどうでもいいものだったが、そうもいかなくなった。我は、アガタラのためとはいえ、アガタラの内情を切り売りしたのだ。もはや明確な売国行為にほかならぬ。我は、敵として討たれねばならなかった」

「なるほど……つまりあなたは、ミリュウ殿を利用して我々を挑発したというわけですね」

「そして、我らに貴様が内通者であると見抜いて欲しかった、と」

「そうすれば、我を討つ大義名分が生まれる。我はアガタラの敵として死ねる。大君の愛に泥を塗るような行為だが……平和ボケした貴様らの危機感を引き出すには、これくらいはせねばならなかったのだ」

「まったく……わたしたちを信用していなかったというわけだ」

「ふざけた話だ」

「……信用しなくてよかったと想っているがな」

 セルクは、またしても二君子を挑発するかのような言葉を紡ぐ。サルグが大いに反応し、メルグがやれやれと頭を振った。

「貴様らを信用して、任せきっておれば、アガタラは、大君のために全滅する国になっていただろう。大君は、アガタラにとって必要不可欠の存在であり、太陽そのものだ。臣民のために大君は存在しているといっても過言ではない。しかし、大君のために臣民が命を投げ捨てるのは、大きな間違いだ。それでは、大君が代替わりするだけで国が滅び去ることになる。そんな馬鹿げた話があっていいわけがない。大君は、そのために命を削って、アガタラを照らしてきたわけではないのだ」

 セルクの紡ぐ言葉のひとつひとつが、二君子に伝わっていく。そのさまを間近で見届けながら、セツナは、アガタラの問題が解決しようとしているらしいことに安心せずにはいられなかった。セツナは、戦闘狂ではあるが、殺戮嗜好者ではない。アガタラの連中と戦闘となれば、たやすく皆殺しにもできるだろう。だが、そんなことに意味がないことくらい、わかりきっているのだ。

 無駄に闘い、無意味に殺すのは、もううんざりだった。

 だから、アガタラの問題がこのまま解決し、セツナとの問題にも決着がつけば、いうことがないのだ。しかし。

「地底に逃れた我らが健やかに生きていくこと。ただそれだけを願い、祈り、想っておられるのが大君なのだ。我らはその愛に報いなければならぬ。決して、大君の恩を仇で返すような真似はしてはならぬのだ」

「……セルク。あなたの仰るとおりかもしれません。わたしやサルグには、あなたのような助言者が必要なのでしょう」

「うむ。それは、認めざるを得まい。我らは確かに平和ボケしていた。数百年もの昔から続いてきた平穏なる日々に、浸りきっていた。我の武など、飾りに過ぎなかったのだからな」

 メルグもサルグも、セルクの言に感心しきりのようだった。

「だが、アガタラの将来に必要なのは、我ではなく、貴様――あなたがただ。大君の後継者候補たるあなたがたのうち、いずれかが次代の大君として、アガタラを引っ張っていくべきだ。選挙も、あなたがたで行えばよい」

「セルク……」

「貴様こそ、大君に相応しいのではないか」

 サルグのそんな一言に、セルクは一瞬、虚を突かれたような顔をした。だが、すぐに自分を取り戻したのか、一笑に付した。

「なにを馬鹿げたことを仰る。いったはずです。我は内通者であり、売国奴であると。我はやはり、死なねばならぬのです。アガタラの敵として、大君を裏切り、エンデに通じたものとして」

「まだいうか。頑固者め」

「まったくです。そちらのほうが、馬鹿げているのではありませんか」

「確かに馬鹿げているかもしれません。しかし、我には、このような方法でしかけじめをつける方法が思いつかないのです。それに、こうでもしなければ、この怒りを収める術がない」

 そういって、セルクば、セツナに向き直り、紅く燃えるような双眸で見据えてきた。見開かれた両目の孔から噴き出す血のように紅い光が、彼の内に秘められた憤怒の炎のようだった。怒気に殺気が混じり、魔力が渦を巻いて彼の全身を包み込む。セツナの肉体が無意識的に警戒し始めたのは、その殺意の塊そのものといって間違いない魔力の奔流が、セツナへの殺意そのものだったからだ。

「本気かよ」

「聞いていただろう、セツナ=カミヤ。大君マルガ=アスルは、我らにとって唯一無二の太陽だった。その太陽が陰りを見せ、まったく別物に成り果てたとて、我らの太陽であることに変わりはない。そして、その太陽をこの地より奪い去った貴様を許すことなどできぬのだ!」

 セルクの怒号とともに爆風の如く魔力が吹き荒れ、セツナを包み込んだ。



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