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第二千七十六話 真意(二)


「セルク……あなたは、エンデに通じ、なにをなそうとしたのです」

 メルグ=オセルの質問に、セルクは目を細めた。眼孔から溢れる光が、天魔の如きその姿をさらに禍々しく感じさせる。

「貴様らにこそ、問おう。マルガ=アスルが病に臥せていたとき、貴様らはなにをしていた。大君の回復を祈り、アガタラの太陽が再び輝きを取り戻す日がくるのをただ待っていただけではないのか?」

「ほかになにができたというのです」

 メルグは、口惜しげに、いった。苦渋に満ちた声音は、彼らがセルクの告げてきたことを深く受け止めているという証左だろう。

「わたしもサルグも、大君の病を治そうと必死でした。しかし、わたしたちの魔法では、大君を癒やすことはできなかった。それは、セルク、あなたも知っているでしょう。どれだけ必死に魔力を送り込んでも、大君の容態は回復するどころか、悪くなる一方……わたしとサルグが覚悟をするのは、当然のことでしょう」

「覚悟……覚悟か」

「マルガ=アスルが後継者を指名しないまま倒れれば、我々が君子の座を降りるのは致し方なき事。そこは問題ではなかった。我々はアガタラを愛していたし、アガタラの民を信じていましたから。我々以外のだれが大君になろうと、支えていくつもりでした」

「……それが愚かだというのだ」

 セルクは、話にならないとでもいいたげに頭を振った。メルグ=オセルが歯噛みするのがわかる。

「マルガ=アスルが倒れれば、それだけでアガタラに大いなる混乱が起こること必至。そして、その混乱を見逃すサルグ=アスルでは、ない。マルガ=アスルの死を知り、大君の不在を知れば、必ずやアガタラへの再侵攻を企てるに違いなかった」

「セルクのいうとおりぞ。我は、ウィレド初の統一王になるもの。アガタラが隙を見せれば、軍を差し向けるは道理。次期大君の座を巡り、政争を始めたが最後、アガタラは我が足元に組み敷かれたであろうな」

 ケルグ=アスルの哄笑は、無関係なセツナにも不快に感じられた。メルグ=オセルらアガタラのウィレドたちの心情は、慮るまでもない。

「セルク。あなたは、なにをいっているのです。あなたは、そういいながら、エンデと通じていたではありませんか」

「……我があの日、エンデに討たれ、そのまま死んでいればよかった」

「……は?」

「セルク、貴様はいったい……」

 サルグ=オセルは、戦線に復帰するなり、セルクを仰ぎ見やった。セルクの魔法に貫かれた傷は、ほぼ完全に回復しているようだ。ウィレドたちの強さの秘密がそこにある。魔法は、攻撃も防御も回復も、なんでもできるようなのだ。特定の能力しか使うことのできない召喚武装とは訳が違う。とはいえ、白化症の治療ができなかったように、魔法も万能ではないし、無敵というわけでもないのは、セツナたちの戦いぶりからも明らかだ。どれだけ強力無比な魔法も、ミリュウの疑似魔法の防壁を貫くことはできなかったし、回復魔法も、使う前に殺してしまえば意味がない。

 とはいえ、魔法が強力だという事実に変わりはなく、セツナはサルグの無傷ぶりを多少羨ましく想わないではなかった。治癒魔法だけでも使うことができれば、戦いに際し、怖じる必要はなくなるだろう。無謀が無謀でなくなり、蛮勇となりうる。もっとも、そのような蛮勇など、神を相手にすれば意味などあるまい。勇気だけでは駄目なのだ。、知恵や力も重要であり、そして、それだけでは神には勝てない。

 セツナは、矛を強く握りしめた。アガタラとエンデの対峙は、続いている。状況が動くとすれば、それはこの会話が終わった直後だろう。そのとき、セツナはどのように行動するべきか。セツナはひとり考えている。

 セルクが口を開く。

「あのまま、我が殺されていれば、貴様らとてエンデへの警戒を改めて強めたはずだ。アガタラの将来を強く想う貴様らのことだ。いずれが大君に相応しいかを話し合い、より良い未来のため、国造りのために奔走したはずだ。そうだろう」

「セルク……あなたは」

「我らに警鐘を鳴らすため、あえて殺されるつもりだった、というのか? エンデに。馬鹿げたことを!」

「そうでもしなければ、数百年に渡る平穏に浸りきり、外敵の脅威さえ見失った貴様らを叩き起こすことはできぬ。言葉でいってもなにも理解せぬだろう。とくにサルグ、貴様はな」

 セルクの忠告とも警告とも取れる一言にサルグが息を呑んだ。図星だろう。確かに、激情家であろうサルグ=オセルは、冷静に説明しても聞き入れないかもしれない。特にアガタラは、五百年近くに渡る長い間、平穏と安寧の中にあったのだ。エンデを敵国と見て、有事に備えてはいたようだが、それでも、本質的に平和な国だった。ケルグ=アスルがいったように、大君を選ぶための政争が始まれば、目も当てられない事態になっていたかもしれない。

 すべて、憶測に過ぎないが。

「だからあのとき、エリナ殿に救われるべきではなかった。あのまま、殺されていれば良かったのだ。そうすれば、我の死が貴様らを奮い立たせたはずなのだ」

「セルク……」

「なるほど。そういうことか」

 ケルグ=アスルが、セルクを見て冷ややかに笑った。

「貴様は、最初から我を謀っていたというわけだな。このすべてのウィレドの頂点に君臨せし、大いなる翼たるこの我を、騙していたというわけだ」

「なにをいうかと想えば」

 セルクが、ケルグを一瞥して、嘲り笑った。

「当たり前のことだろう。我はアガタラのセルク。大君マルガ=アスルが御側衆にして、武臣筆頭。たとえこの身が壊れ果てようとも、貴様らエンデのような愚者どもに魂を売り渡したりなどするものか」

「なれば、望みどおり、貴様の肉体のみならず、魂までも壊し尽くしてくれようぞ」

 エンデの大君は、いうが早いか、右手を振り抜いた。さすがに大君と呼ばれるだけのことはあり、その身体能力は、他のウィレドと比較しようもないほどに凄まじかった。桁外れといっていい。ケルグは、右手に握っていた魔力の束をセルクに向かって投げつけたのだ。魔力光の束は、一条の光線となってセルクへと至る。しかし、

「させません!」

 メルグ=オセルの翼が光の束を受け止め、セルクを庇うことに成功していた。だが、メルグは無傷ではすまない。飛膜は容易く損壊し、左の翼が根こそぎ吹き飛んだのだ。苦悶に満ちた声が響く。

「愚かなことを」

「セルク。あなたは、アガタラのため、大君がために行動を起こしたのでしょう。それがエンデとの内通に等しいことであれ、我らの眠りこけた意識を叩き起こすためならば、悪ではない。なれば、こんなところで、エンデの大君になど殺させる訳にはいきません」

「いや……我はやはり、死ぬべきだ」

 セルクは、メルグ=オセルの発言を受けてなお、冷ややかに告げた。そして、翼で虚空を叩くと、急加速した。治癒魔法の光に包まれたメルグの頭上を通過し、エンデ軍の陣形へと殺到する。そのときには、エンデ軍が一斉に動き出している。大君の攻撃が、総攻撃の号令となったのだ。メルグが悲鳴を上げた。

「セルク!」

「貴様は!」

「我がエンデに通じていたのは事実。申し開きする意味もない。我がアガタラを裏切り、エンデの軍勢を引き入れたは事実。この度も、な」

 魔法の雨嵐が吹き荒ぶ中、セルクは、さながら黒い雷となって突っ込んでいく。数え切れない魔法の乱れ撃ち。すべてがすべて、セルクを狙っているわけではないものの、大半がセルクに集中した。どれだけ凄まじい速さで動こうとも、乱れ飛ぶ魔法のすべてを回避できるわけもない。魔法の数々がセルクに命中し、その黒き巨体を削り取っていく。

「故に我はここで死なねばならぬ。だが、ただでは死なぬ。死んでなるものか!」

「ほう……よく持ちこたえるものだ。さすがは武臣筆頭というだけはあるな。平和に寝惚けたアガタラのウィレドらしからぬ頑強さよ」

「なんとでもいえ。我はアガタラのセルク。アガタラの大君にして、すべてのウィレドを遍く照らす太陽マルガ=アスルが武臣なり。ウィレドの統一王を僭称する愚者の命、いまこそ貰い受ける!」

「くはは! その程度の力で我を屠れるなど、思い上がりも甚だしいわ!」

 ケルグ=アスルが左腕を振り抜いた。魔力光の投擲。先程よりも距離が遥かに近い。光の束の到達は、一瞬のこととなる。当然、メルグ=オセルにせよ、サルグ=オセルにせよ、セルクを庇いきれない。セツナでも間に合わない距離だった。

(通常なら、な)

 セツナは、ケルグが光を投げ放った瞬間、手にしていた二本の短刀、その黒き刀身を重ね合わせていた。

 その瞬間、セツナの周囲、見渡す限りの時間が静止した。

「時は、止まった」

 だれも聞いていない世界で、セツナは、なんとはなしに告げた。

 


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