表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2075/3726

第二千七十四話 介入


「まずは大君を手に掛けた悪しき人間、セツナ=カミヤを討ち、大儀の旗を打ち立てよ!」

「そして、マルガ=アスルの無念を晴らし、我らがアガタラに栄光を取り戻すのです!」

 二君子の檄が、ウィレドたちの魔法攻撃を加熱させていく。

(やっぱり、あいつらか)

 セツナは、自分たちも攻撃に加わりながらも味方を激励し、鼓舞して回る二名の君子こそがこの戦いの元凶であると見た。彼らがいっていたことも事実ではあるだろう。二君子に関係なく、アガタラのウィレドたちは皆、大君のためならば死ぬ覚悟があり、大君の仇を討ちたいという気持ちがあるということがだ。しかし、先ほど、セツナが”破壊光線”を撃ったとき、ウィレドたちは一様に動きを止めたのだ。死ぬことを覚悟しているものが、いかに強力無比とはいえ、敵の攻撃を目の当たりにして動きを止めるものだろうか。

 彼らの覚悟を馬鹿にしているつもりはないが、必ずしも、二君子とそれ以外のウィレドたちが同じ温度でこの戦場にいるというわけではなさそうだった。もしかすると、ほかのウィレドたちは、交渉の余地があるのではないか。交渉はできなくとも、追い散らすことくらいはできるのではないか。

 たとえば、二君子さえいなくなれば。

 大君に寵愛されてきた君子と、それ以外のウィレドたちの間に温度差があったとしてもなんら不思議ではないし、むしろ当然のことのように思える。

(とはいえ……)

 二君子を斃せば状況は良くなるのかどうかといえば、いまのところなにもいえなかった。むしろ、二君子を説得できればそれに越したことはないのだが、大君の弔い合戦に全力を上げている彼らが話を聞いてくれるはずもない。ここは、二君子を斃した後、アガタラ軍の同行に賭けるしかないのかもしれない。

 そのとき、無数の光線が幾重にも曲線を描きながらセツナの視界を縦断していった。召喚武装による地上からの攻撃は、複数のウィレドを巻き込み、つぎつぎと打ちのめしていく。地上からの攻撃はそれにとどまらない。火線が走ったかと思うと、上空にいくつもの爆発が起きた。大気が渦を巻いて螺旋を描き、ウィレドたちを飲み込んでいく。そして、なにやら強大な力の波が無数のウィレドを地上の森へと引きずり下ろしていった。

 地上からのミリュウ隊の猛攻がセツナの背中を押した。つぎつぎと襲い来る多種多様な魔法攻撃の数々をかわしながら、空中を旋回し、敵陣中央、二君子が待ち構える星空の真っ只中へと飛翔する。雷撃が頬を掠めるようにすり抜けた。当たってはいない。セツナは、極最小限の動作で敵の魔法攻撃を完璧に回避している。無駄な消耗を抑え、無駄な被弾を防ぐ。当たり前といえば当たり前だが、何千という皇魔が放つ魔法攻撃をここまで一切喰らわないのは、並大抵の出来事ではあるまい。その事実は驚きとなってアガタラ軍に伝播し、二君子の焦燥が叱咤となって上空に轟く。

 二君子もただ命令をしているだけではない。両名が両名、強力な魔法を練り上げ、セツナに向かって撃ち放ってくるのだが、その尽くがセツナの眼前で爆ぜて消えた。直後、セツナの耳に届いたミリュウの嬌声により、彼女の仕業であることが明らかになる。気づくと、セツナの周囲をラヴァーソウルの刃片が舞い踊っていた。光を発する刀身の欠片たち。まるで文字を描くように展開しており、ミリュウが疑似魔法によってセツナを援護してくれていることがいまさらわかった。魔法の光が消え去ると、眼前のサルグ=オセルが憤激する瞬間が見えた。

「また魔法遣いか!」

 悪魔染みた顔を殊更に厳しくした天魔は、双眸を紅く燃え滾らせた。両腕を掲げる。手の先に集まった昏い光が分厚い稲妻となってセツナに殺到する。隣のメルグ=オセルも両腕を頭上に掲げ、魔法を放っている。こちらは、淡い光球を生み出し、そこから風の刃を連続的に発生させる魔法のようだった。蛇行する雷光と無数の風の刃が襲い掛かってくるのだが、セツナは、避ける素振りさえ見せなかった。ただ一直線にサルグ=オセルへと突貫する。そこにはミリュウへの限りない信頼があった。そして、セツナの信頼通りミリュウの疑似魔法が発動すると、二君子の魔法はセツナの体に触れることさえできずに跳ね返され、あらぬ方向に飛んでいった。告げる。

「ああ、俺の愛しい魔法遣いは最強なんだよ」

 そのときには、セツナはサルグ=オセルを間合いに捉えている。矛を腰だめに構え、突き進む。

「貴様!」

 サルグ=オセルが吼えた。魔力が渦巻き、帯電する嵐となった。セツナは、黙殺する。ミリュウの魔法防壁は、サルグの生み出した雷撃の嵐さえもたやすく無効化した。メルグ=オセルが駆け寄ってくる。

「サルグ!」

「ただではやられはせん!」

 サルグ=オセルが残る力のすべてを解き放とうとするのが、その気配の変化からわかる。だが、どのみちセツナには関係のないことだ。セツナは、既に彼を矛の間合いに入れている。あとは矛を突き出すだけで済む。

「遅い」

「させません!」

「いや、あんたもここで――」

 メルグ=オセルがサルグ=オセルとセツナの間に滑り込むべく全速力で駆け寄ってきた瞬間だった。セツナは、目の前の二君子よりも強大な反応を遥か遠方に捉え、繰り出していた矛を止めた。矛の切っ先がサルグ=オセルの首に触れるか触れないかのところで、止まる。

「なんだ?」

 矛を戻し、感知した気配の方向に目を向ける。リョハンが遥か前方右手に見える方角。この森は、リョハンの南西方向だったはずであることから考えると、気配の位置は、ここから真北、リョハンのほぼ真西と見ていいようだった。もちろんだが、そこに突如として出現したわけではない。というのも、その強大な気配は、急速に南下しているようなのだ。つまり、気配が出現したのは、気配の持ち主がセツナの感知範囲に入ったということを示しているということであり、このまま南進を続けてくるのであれば、この戦場に到達するということでもあった。

 セツナがそう考えている間も、戦場は止まってはいない。

「こんなところで余所見とはな!」

「隙だらけです!」

 当然、動きを止めたセツナに向けて、二君子が立て続けに魔法を放ってきたものの、ミリュウが常に展開してくれている疑似魔法がセツナを完璧に守り抜いている。雷撃と烈風。その威力の凄まじさは、空間が歪むほどの圧力があったことからもよくわかるのだが、しかし、ミリュウの疑似魔法のほうが威力、精度ともに上回っているのだから仕方がない。

「それはどうでもいいんだが」

「なっ」

「くっ」

「いったろ。俺の魔法遣いは最強だって。あんたらがいくら強くても、ミリュウには敵わないさ」

 二君子が弱いとは思わない。実際、彼らは、人間とは比べ物にならないほどの力を持つ皇魔ウィレドの中でも、特に強力な個体であることは確かだろう。ほかのウィレドたちと比べてみても、その魔法の威力、精度、速度、すべてにおいて遥かに上回っている。普通の人間が相手ならば、赤子の手をひねるよりも容易く殺しきれるはずだ。いや、歴戦の猛者であっても、並の武装召喚師でも、造作なく撃破したに違いない。

 それほどの実力があることは、認める。

 相手が悪かったのだ。 

 セツナも、ミリュウも、ただの人間でもなければ、並の武装召喚師ではなかった。数多の死線を潜り抜け、修練と研鑽を繰り返してきたのだ。特にセツナは、地獄での修行を乗り越えてきている。いまさら、皇魔に負けてなどいられない。

「なあ、二君子さん」

「この状況で、まだ交渉を続けるつもりか!」

「いったはずです。我らは、大君のために死ぬと」

 激するサルグとメルグを見つめながら、セツナは、彼らの説得そのものは諦めた。頭に血が上っている彼らには、理性的な判断など不可能だ。感情を優先している。そうなれば、冷静になれ、ということばひとつとっても彼らの神経を逆なでにする刃にしかならない。

「それはいいさ。死にたきゃ勝手に死んでくれ。俺は死んでやるつもりもないし、殺されるつもりもない。あんたらが向かってくるってんなら、全力で叩き潰してやるだけのことだ。でも、あれについては、聞いておくべきかと想ってな」

「あれ?」

「なんのことです?」

「あんたらには、まだ見えてねえのか」

 セツナは、黒き矛の切っ先で指し示した北の彼方を見やりながら告げた。

「すぐにわかる」

 ウィレドの君子二名が怒りに燃えたぎるまなざしのまま、しかし、セツナの態度に不可解なものを感じたのか、攻撃する手を止めた。セツナ自身隙だらけであり、彼らにしてみれば攻撃せずにはいられないといった状態ではあったが、攻撃が通用しない以上、セツナの言に耳を傾けざるをえないというのもあるのかもしれない。セツナの動向に細心の注意を払いながら、北を見遣る。そんな様子を感じつつ、セツナは地上の部隊に呼びかけた。

「そうだ。ミリュウ、聞こえてるんなら攻撃を止めてくれ。もちろん、防御は万全にしろよ」

「わかったわ、あたしの愛しいひと!」

 即座に返ってきたのは、ミリュウからの熱烈な愛情表現であり、セツナは、気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。さっきまで散々いっていたミリュウへの賞賛が聞こえていたに違いない。彼女の声は、感極まってさえいた。エリナが隣で羨んでいる様子も伝わってきている。強化された五感は、戦場の様々な風景を脳裏に映すのだ。それによって、セツナは遥か遠方から襲来しつつある気配を感知できたのだが、その一方でミリュウたちの会話まで筒抜けなのには頭を抱えたくもなる。ミリュウとエリナのセツナを巡る言い争いは、ミリュウ隊の士気に関わるのではないか。

 そうこうするうちに、北から接近中の強大な気配の周囲に無数の気配が出現したのを感知して、セツナは警戒を強めた。それまで、セツナの感知範囲に入っていながら一切認識できていなかったということは、気配を完全に消す手段を持っているか、あるいはその場に空間転移してきたかのいずれかだが、おそらくは後者だろう。気配が出現する直前、大気が激しく震えるような現象を捕捉している。黒き矛の空間転移時に発生する現象によく似ている。

 やがて、それらはセツナの視界に入り込んできた。星空を騎行するが如く進軍してくる皇魔の群れ。黒き天魔の軍勢。それは紛れもなくウィレドの軍集団だった。

 二君子もようやく視認したようだった。

「あれは……まさか」

「……エンデの軍勢が、なぜここに?」

「エンデ?」

 メルグ=オセルがもらした言葉を反芻したのは、聞いた覚えがあったからだ。

(ああ、ウィレドの国か)

 アガタラと敵対関係にある国だと、ミリュウから聞いていたことを思い出し、合点がいく。アガタラの騒動を知って、軍勢を繰り出してきたのだろう、と、そこまで考えて、セツナは疑問を抱いた。だとしても、情報が早すぎるし、行動に移すのも早すぎるのではないか。

 ミリュウから聞いた話を思い出しながら、考える。アガタラと敵対していて、アガタラ内部にエンデと通じるものがいる可能性が高いという話であり、そうである以上、いつアガタラに向かって軍勢を派遣できるように準備していたとしても、不思議ではないかもしれない。

(だとしても)

 なにもかもエンデにとって都合が良すぎるような気がしてならなかった。

 まるで、こうなることを知っていたのではないか。アガタラが混乱に陥り、その隙をつけることを知っていたのではないか。だとすれば、内通者が手引したとしか考えられないが、ミリュウいわく、内通者がだれなのかは特定できていないという。二君子が最有力だというが、それさえも一個人の推測に過ぎないのだ、と。

 二君子を始め、アガタラのウィレドたちは、混乱の中にあった。セツナを斃すことのみに集中していたはずが、突如として、北より敵国エンデの軍勢が到来したのだ。セツナが乱しに乱した陣形がさらに崩れ、もはや陣形とさえいえないものに成り果てている。それをどうにか取り繕うべくサルグ=オセルが部下に指示を出している間も、エンデの軍勢の南下は止まらない。

 ついには、数千のウィレドが織りなすエンデ軍が、空中に多層構造の陣形を構築したまま、セツナたちの前方に至る。そのころには、アガタラ軍も陣形の体裁を整えることくらいはできていたが、エンデ軍に比べるとどうにも不安定かつ不格好なものではあったが、なにもしないよりはましだろう。

 よく見ると、エンデ軍の先頭には、純白の翼を生やした美しい男がいた。美術品のように完成された容貌を持つ、人間によく似た姿形の男。背から一対の翼を生やしているという以外、人間そのものといっても過言ではない。白衣の隙間から覗く、月光に照らされた肌は、白く透けるように輝いている。金色の髪が夜風に揺れていた。

「あれは人間だよな」

「そう……見える」

「しかし、エンデが人間を味方に引き入れたという話は聞いたことがありません。そもそも、エンデは、我らとは違い、人間と交渉を持とうとしたこともなかったはず」

 だが、エンデ軍の先頭にいるのは、どこからどう見ても人間の男だった。背の翼は、シルフィードフェザーのような召喚武装かなにかだろうか。ルウファ以上に天使という言葉がぴったりなのは、その男が装飾の少ない白衣を身に着けているからだろう。その男が、口を開いた。

「これはこれはいったいどういうことだ? アガタラの連中に人間がいるではないか。話が違うぞ」

 男が発したのは、やはり大陸共通語であり、彼が人間であるという確証を強めた。

「我らを謀るつもりではあるまいな」

 男がセツナたちの上方に視線を向ける。

「セルクよ」

 星明りの中、月光に燃える雲間にアガタラの武臣セルクが、黙して佇んでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ