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第二千七十三話 乱入


「数の上では、ウィレドたちのほうが圧倒的に上ですが」

 と、話しかけてきたのは、アスラだ。

「戦力的には、負けていませんわよね?」

 黒い戦士ダルクスとともに地上に降り立った彼女は、まっさきにミリュウに駆け寄り、彼女に寄り添うようにした。ミリュウはそんなアスラには目もくれない。いつの間にか柄のみとなったラヴァーソウルを握りしめ、瞑想するかのように目を閉じている。そんなミリュウを喜ばしそうに見つめるのがアスラだったりする。

 アスラも既に召喚武装を手にしている。三鬼子と命名された召喚武装は、三つの形態に変化する特別製であり、現在は勾玉のような形状をしていた。

 ダルクスは、常に召喚武装の全身鎧を身につけているため、召喚の必要はなかった。なぜ、召喚武装を常用できるのかは、だれにも解明できていないようだ。本人は知っているのかもしれないが、言葉を発することのできないらしい彼の口からは、なにも語られてはいない。

 エリナの召喚武装はフォースフェザーという腕輪だ。四つの羽飾りからそのように命名されたのだろう。羽飾りの美しい腕輪は、エリナによく似合っていた。そして、支援に特化した召喚武装だということも、彼女の性格に合っているといえるだろう。

 ほかに二十名の武装召喚師と二名の御者がいるが、当然御者は戦力として省くとして、二十名の武装召喚師たちは、十分にあてにできるだろう。ミリュウ隊とはいっているが、護峰侍団の精鋭たちなのだ。護峰侍団の隊士の実力については、第二次防衛戦で垣間見ている。

 敵戦力は数千の皇魔ウィレドだ。皇魔と一括りにしてはいるものの、種族により、その戦闘力は大きく変動する。体力しか取り柄のない小鬼グレスベルと空も飛べ、魔法も使えるウィレドでは、比べ物にならない力の差があると考えるのは当然の話だ。グレスベルが数千体ならば、容易く撃退できるといいきってもいい。

 しかし、それがウィレドとなれば話は変わってくる。黒き天魔は、その呼び名に相応しい怪物なのだ。天を自在に飛び回り、激しい魔法攻撃を浴びせてくる。人類が皇魔をして天敵と恐れ戦き、忌み嫌うのも当然だった。とはいえ。

「まあ、な」

 セツナは、アスラの質問にそう答えた。圧倒されているのは、物量だけだ。戦力差など、皆無に等しいといい切ってもいい。不安などひとつもなかった。負ける要素はなにひとつない。

 不意にミリュウが、目を開いた。

「ここにたったひとりで一万以上の皇魔を殺戮して回った化け物がいるもの。なんの心配もいらないわ」

「化け物扱いかよ」

「あら、不満?」

「別に、そういうわけじゃないが」

「あん、可愛い」

「なにがだよ」

「かわいー」

 エリナまでもがそのようにいってくるので、セツナは、憮然とした。どうやらエリナの中で、ミリュウの言動を真似するのが流行っているのかもしれない。

「ここにいる可愛い可愛い化け物様が大半を相手取ってくれるわ。あたしたちは、その邪魔をしないよう、そして、足を引っ張らないよう、注意して戦えばいいだけよ。当然、死なないようにね。二度目の防衛戦に参加できなかったんだもの。こんなことで命を落とすだなんて、笑い話にもならないわ」

「もちろんです!」

「ですな!」

「皆、気合が入っていますね。さすがはお姉様です」

「ま、なんでもいいが」

 セツナは、頭上に向かって矛を掲げた。

「奴らは、待ってはくれないぞ」

 凄まじい光量が、視線の先、枝葉の隙間を白く染め上げていた。ウィレドたちの魔法だろう。ただ眩しいだけではない。熱量も強烈であり、遥か上空で燃えたっているにも関わらず、セツナが汗をかかなければならないほどの熱気が地上に押し寄せてきていた。三月だというのに寒い北の夜が、一気に真夏のように熱くなる。しかし、ミリュウは涼しい顔だった。

「あら、お生憎様」

 真紅の柄を握りしめた彼女の勝ち誇った表情は、いつになく艶美であり、セツナが思わず見とれるほどだった。

「ウィレドの魔法とあたしの疑似魔法、どっちが素晴らしいのか、教えてあげる」

 ミリュウがラヴァーソウルの柄を指揮棒のように振り回した瞬間、頭上から降ってくる光とセツナたちの居場所、ちょうどその境界付近に無数の光が瞬いた。

 かと思うと、無数の光の筋が網目状に展開しているということがわかる。ミリュウの疑似魔法がまさに発動しているということであり、直後、猛然たる熱量を伴って降り注いできた莫大な量の光が、セツナたちに襲いかかることは敵わなかった。魔法の網に引っかかった瞬間、大爆発を起こしたからだ。なにもかもが真っ白に燃え上がるような大爆発が音もなくすべてを吹き飛ばすかのようであったが、その衝撃さえもセツナたちには微風の如く頬を撫でるものとして感じられただけだった。

 ウィレドたちが満を持して解き放った大魔法も、ミリュウが編み込んだ疑似魔法の前には意味をなさなかったというわけだ。

 セツナは、ささやかな熱風に吹き上げられながら胸を反らしてあざ笑うように天を仰ぐミリュウを横目に見て、その美しさに満足した。戦場のミリュウは、いつだって美人だが、とくに勝ち誇る彼女ほど美しいものはない。地を蹴り、飛ぶ。魔法防壁を突き抜け、逆巻く爆風の中を舞い上がると、愕然とした様子でこちらを見るウィレドたちと対面した。

「どうだい、うちの魔法遣いの腕前は」

「魔法遣いだと?」

「人間が魔法を使うというのですか……それは初耳だ」

「うちの麗しい魔法遣い様だけだからな。そりゃあ知らないだろうよ」

 そういうと、地上からミリュウの歓喜に満ちた嬌声が聞こえてきた。ラヴァーソウルを手にするミリュウには、上空のセツナの声もよく聞こえるようだ。セツナは苦笑しつつ、全周囲に展開するウィレドたちが一斉に自分を注視したのを認識した。大君を殺した張本人がのこのこ姿を見せたのだ。これを好機と捉えないわけがない。そして、それこそセツナの思惑通りだ。ウィレドたちが魔法による集中攻撃を繰り出すより一瞬早く、セツナは前方斜め上に向けて矛を掲げた。そこはウィレドの包囲網の中で、数少ない空隙となっている。力を放つ。黒き矛の”破壊光線”だ。

(ま、これも魔法みたいなもんだが)

 黒き矛の禍々しいばかりの穂先から迸った光は、一条の光芒となって包囲網の空隙を貫いていった。大気を灼く一筋の光。見るものが見れば、その威力の凄まじさは理解できるだろう。実際、ウィレドたちの動き、一時的に止まった。

「なんの真似だ?」

「これだけの数、見誤ったわけではないでしょうに」

「警告だ」

「警告?」

「そう、警告。俺は、無駄な殺戮は好まない。あんたたちがこのままアガタラに戻り、地下に籠もるというのなら、見逃してやる。だが、これを聞いてもなお、俺と戦おうというのなら、容赦はしない」

「はっ……!」

「なにをおっしゃるかと思えば、そのようなことですか」

「先にもいったはずだ。我らは、大君の無念を晴らさねばならぬ。そのために命を燃やす。太陽のように!」

「サルグの言こそ、我らの道理。我らは、アガタラのウィレド。マルガ=アスルの名の下に、太陽を奪いし敵対者を誅するのみ!」

「聞き分けのない連中だな、まったく」

 セツナは、二君子の言い分を聞いて、肩を竦めた。そして、すぐさま後ろに流れるように移動し、下方から飛来した雷撃を回避する。さらに立て続けに打ち込まれてくる魔法攻撃をかわしながら、敵陣の動きの把握に勤める。アガタラ軍のほぼすべてのウィレドがセツナに攻撃を集中させているようだった。凄まじい数の魔法攻撃が嵐の如く襲いかかってきているのだ。回避に集中しなければ被弾しかねない。それはつまるところ、集中すれば当たらずに済むということもでもある。

 セツナは敵陣のまっただ中を回遊するように移動しながら、魔法攻撃の嵐をかわし続ける。そして、敵軍の動きそのものを制御し、ミリュウ隊がいつでも戦場に入ってこられるようにしていくのだ。

(気持ちはわかるよ)

 勝ち目のない戦いでも、死ぬとわかっている戦いでも、ときには挑まなければならない。そういう気分は、マルディアでの殿軍や最終戦争を経験したセツナには、わかりすぎるくらいにわかることだった。国のため、主君のため、自分のためにも、引けないのだ。

 引けば、自分のこれまでを否定することになりかねない。それは、できない。簡単にできることではないのだ。そんなことをすれば、生きる意味さえ失うのではないか。だからこそ、彼らは戦う。死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。意味などないかもしれないとわかっていても、戦わざるを得ない。

 故に、セツナには、彼らを無駄に殺したくはないという気持ちがあった。どうにかして、犠牲を最小限に抑えて、この意味のない、救いのない戦いを終わらせる方法はないものか。

 メイルオブドーターの高速飛行で敵陣をかき乱しながら、セツナはそればかりを考えていた。考えつつ、手近のウィレドを矛の石突きで殴りつけて戦場から離脱させたり、魔法攻撃を誘導してかわし、味方にぶつけさせたりしている。ただ、魔法攻撃の嵐の中を右往左往しているわけではないのだ。



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