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第二千七十二話 混迷(二)


「はあ!?」

 ミリュウが素っ頓狂な声を上げて、二君子を睨んだ。

「あんたたち、いってることとやってることが違うんじゃないの!?」

「なにがだ」

「わたしたちは、ただ、アガタラの民として、大君の無念を晴らす必要がある。それだけのこと」

 二君子それぞれが、白銀の衣を閃かせ、ミリュウを見つめ返した。星空の下、彼らが身に纏う銀の衣は、まばゆい輝きを放っている。彼らに付き従う数千のウィレドたちもまた、翼を広げ、ミリュウを見据えた。

「まったく……そのとおりだ。そのとおりなのだ。実に無念だったろう。我らが大君よ。マルガ=アスルよ」

「そりゃあ無念だったでしょうよ。それは、わかるわ。でも、セツナがああしなきゃ、あなたたちが皆殺しにされていたかもしれないのよ?」

「それが大君の望みならば、本望」

「うむ」

「なっ……」

 ミリュウは、二君子の発言と周囲のウィレドたちの異論ひとつない反応を見て、言葉を失ったようだった。ミリュウの気持ちはよくわかったし、セツナにとっても、衝撃的な出来事だった。それがウィレドたちの死生観といえばそれまでのことだが、想像していなかったことではあるからだ。

「我らは、大君の偉大なる愛によって生かされていたも同然。大君が死ねと申さば、死ぬるのみ」

「サルグ=オセル。どうやら初めて意見が一致したようですね」

「メルグ=オセルよ。これはアガタラに生まれしすべてのものが考えを同じくすることぞ。別段、驚くようなことではあるまい。生まれたばかりの赤子とて、そう思おう」

「はい。ですから、驚いてはいませんよ。ただ、こうして肩を並べて戦うことになるのが、このようなときとは想像もつかなかっただけのこと」

「ふ……だが、悪くない」

 メルグ=オセルとサルグ=オセルがなにやらわかりあったような素振りを見せているのが、セツナには、理解のできないものであり、この上なく不気味に見えた。二君子の関係についてはつぶさに聞いているし、多少は理解しているつもりだが、こんなとき、こんな状況下でわかりあわれても正直困るのだ。

「なにが悪くないのよ! 馬鹿じゃないの!? 大君は死んだのよ? 怪物となって、自分さえも見失ってね。それなのに、その最後の暴走を肯定し、意志として受け入れるなんておかしなことだとは思わないの!?」

「なんだと?」

「ミリュウ殿。いまの発言、聞き捨てなりませんね」

 鋭い怒気を発したのは、武力を重視するサルグ=オセルだけではなかった。詩歌を愛するというメルグ=オセルも、ミリュウに対し、殺意に満ちた視線を向けた。

「大君が怪物に成り果てた。それは事実でしょう。あなたがたのいうことは正しかった。白化症は、大君の意識を奪い、化け物に変容させたのでしょう。あなたがたのいう神魔へとね。しかし、だからそいって、それ以後の大君の行いが、大君の意思によるものではないとだれが判断できるのでしょう」

「見ていれば、わかるわよ!」

「そうだな。あそこに、大君の意思はなかった」

「なぜ、そういい切れるのです」

「大君が、愛するアガタラの臣民の声に耳を傾けることなく、一方的に殺戮を行ったんだぞ。それを大君の意思だというのは、どう考えてもおかしいだろ」

 セツナは、大君マルガ=アスルのひととなりを完全に理解しているわけではない。しかし、人間との争いを極力避けてきたアガタラの君主に相応しい、温和で理知的なウィレドであるということは把握していたし、彼が国民のことを強く想っていたことも知っているのだ。そんな彼が無差別な破壊と殺戮を始めたのだ。そこに理性などはなく、神の尖兵たる怪物特有の破壊衝動に基づくものであることは、想像するまでもない。

「そうよ! 大君の慈悲深さはあなたたちが一番良く知っていることじゃない!」

「ああ、知っている。知っているとも」

「だからといって、我々には、大君の無念を晴らすという大義に従う以外の道はないのですよ」

 メルグ=オセルがセツナに視線を向けてきた。細められた双眸から溢れる真紅の光は、殺意と怒り、嘆きと哀しみが複雑に絡み合ったもののように感じ取れた。が、彼が発してきた言葉は、そういった感情を一切合切無視するようなものだった。

「セツナ=カミヤと申しましたね。我らが主君を討った悪逆の徒、心して頂きましょう」

「我らアガタラの二君子、そしてアガタラの千なる翼が、貴様を討つ」

 二君子が、虚空を蹴るようにして、翼を羽撃かせた。一瞬にして最高速度に達する飛翔は、両者の姿をセツナの視界から消失させる。物凄まじい飛行速度だった。さすがはアガタラの太陽たる大君の後継者というべきだろう。ただし、二君子がどれだけ高速で移動しようとも、カオスブリンガーとメイルオブドーターを装備したセツナが捕捉できないはずはなく、どれほど距離を取り、遠隔攻撃で追い詰めようと画策しようとも意味はなかった。

 セツナは、先程から一切話に加わってこないセルクが気がかりだったが、それよりも二君子とアガタラの軍勢が一斉に動き出したことに対処するべきだと判断した。ミリュウがセツナの腕の中で身じろぎした。ラヴァーソウルを用いて、ウィレドたちを迎撃しようとでもいうのかもしれない。

「もう、なにをいっても無駄のようだな」

「そんな……どうしてこんなことに……」

「エリナ。済まない」

「どうしてお兄ちゃんが謝るの? お兄ちゃんは、なにも悪くない。わたしが、大君様を救えなかったから……!」

「それこそ大きな思い違いだ。白化症を患った以上、いつかはああなる運命だった」

 白化症を根本的に治療する方法が見つかっていないのだ。遅かれ早かれ、マルガ=アスルは神魔と化していただろう。そして、そのとき、セツナがいなければ、アガタラの国民は死に絶えていたかもしれない。いや、間違いなくそうなっていたといえる。メルグ=オセル、サルグ=オセルの言動やウィレドたちの反応を見る限り、彼らは大君の意向には逆らえないようなのだ。大君が彼らの殺戮を始めれば、止めることもなく殺し尽くされたのだろう。

 その考えうる限り最悪の事態を防いだものの、こうなった以上、アガタラの滅亡は防げないかもしれない。二君子がおそらくアガタラの全戦力をもって、セツナを滅ぼすべく動いている。となれば、セツナも滅ぼされないよう、迎撃するしかない。その場合、二君子を斃せば、それでアガタラ軍を戦意喪失させることができるのか。そしてそうなったとして、それで状況が好転するのかどうか。一先ずこの場が収まったとしても、これから先、セツナや人間たちへの報復を考えずにはいられないかもしれない。

 そうなれば、リョハンは全力を上げてアガタラのウィレドを滅ぼさなければならなくなるだろう。

 つまり、セツナひとりに敵意を集めるという方策は、失敗に終わった可能性が高いというわけだ。

「なるべくしてなった。それだけのことだ。エリナはなにも悪くないよ」

「そうよ、エリナ。あなたはセツナやあたしたちの支援に全力を上げなさい。ついさっきまで優しくしてくれたからといって、手加減してくれる相手じゃないわよ」

「……はい!」

 エリナがミリュウの言葉に強くうなずく。気持ちの切り替えが早いのは、ミリュウの日頃の教育の賜物なのだろう。

 セツナは、ふたりの会話を聞きながら、アガタラ軍の動きに対応するべく、急速に降下していた。ついでに、ミリュウ隊の武装召喚師たちにも地上に降りるよう指示を出している。元々自在に空を飛び回ることのできるウィレドを相手にしての空中戦は、セツナたちのほうが圧倒的に不利だ。セツナや飛行用召喚武装を持つものたちならばまだしも、飛べないものたちを抱えては、戦えるものも戦えない。激しい魔法攻撃の嵐に全員が道連れになるだけだ。

 もちろん、ミリュウ隊の武装召喚師たちは、セツナが指示するまでもなく降下準備に入っていた。多人数を抱えた状態での空中戦など、武装召喚術の総本山で学んだ武装召喚師がするわけもなかったのだ。セツナは、ミリュウ隊の優秀な武装召喚師たちの反応に満足すると、速やかに着地し、森の中に身を潜めた。そして、ミリュウとエリナを開放する。

「ああん、残念」

「なにがだよ」

「もっとずっとぎゅっとしていてほしかったのにー」

「のにー」

「エリナもかよ」

「うん!」

「うん、じゃねえ」

 セツナは、自分に対する好意を隠そうともしない師弟にたじろぎながら、無数の大きな気配とふたつの強大な気配が頭上を覆い尽くさんばかりに布陣するのを認めた。

 数千対三十弱の戦いが、いままさに始まろうとしていた。

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