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第二千六十九話 神ならざる魔なるもの(二)

 物凄まじい勢いで肉薄してきた白い腕を黒き矛の一閃で叩き落とし、切っ先を旋回させて手首を両断する。もちろん、そんなことに意味が無いことくらい知っている。ただの時間稼ぎだ。ミリュウたちがこの場から立ち去るには、多少なりともその必要があった。

 神魔も神人と同じく、神化した怪物であるのならば、斃す方法はひとつしかない。白化した肉体のどこかに隠された“核”を破壊する以外にはないのだ。それ以外の攻撃はまるで無意味だ。白化した部位、そうでない部位を損壊したところで立ちどころに復元してしまうからだ。

「どうするのよ!?」

「逃げるぞ」

「逃げる?」

「こうなった以上、ここに留まってはいられないだろ」

 とはいえ、この大霊宮の迷宮を辿って脱出するのは時間がかかりすぎるのは明白だ。セツナは、眼下でのたうつ大君の左手を蹴り飛ばして、マルガ=アスルに向かって飛びかかった。左腕がうなりながら迫りくる。黒き矛を想うままに振り回して左腕を切り刻み、再生を促して時間を稼ぐ。それと同時にマルガ=アスル本体との距離を詰めると、大君が大口を開いた。その瞬間には、セツナも黒き矛をマルガ=アスルの頭部に向けて掲げている。

「させるかよ」

 黒き矛の穂先が白く膨張したかと想うと、純白の光が爆発的に噴出し、奔流となってマルガ=アスルの頭部を飲み込んだ。そして、そのまま背後の壁を貫き、後方の部屋をも破壊しながら天守の外壁そのものに大穴を開ける。

 マルガ=アスルの頭部は、すぐさま再生を始めているが、完全に復元するにはそれなりの時間がかかるだろう。無論、頭を潰したからといって安心できないのが神化した怪物の恐ろしいところであり、それが皇魔ならばなおさらだ。人間は、特異な能力を持たない。しかし、ウィレドのような皇魔は、魔法を使うことができるのだ。

「みんな、ついてこいよ!」

 セツナは、後方に向かって叫ぶと、地を蹴り、メイルオブドーターの翅を羽撃かせた。一瞬の加速。頭部の再生を始めたマルガ=アスルの胸元に黒き矛の切っ先を突き刺し、そのまま先程セツナが開けた大穴の中を疾駆する。後方からミリュウたちが声を掛け合いながらついてくるのを感じつつ、天守の外壁に開けた大穴より、外へ。瞬間、セツナは、戸惑いを覚えながら空中に身を投げ出された。が、問題はない。メイルオブドーターがセツナを空中に固定するからだ。黒き矛の切っ先に捕らえたマルガ=アスルの巨躯は、彼が胸元から矛を抜くことで支えを失い、重力に引かれるまま、大霊宮の屋根に向かって落下していった。

「これは……」

 セツナは、マルガ=アスルの巨躯が大霊宮に大穴を開けるのを見届けながら、地下世界を覆う暗黒に困惑せずにはいられなかった。このウィレドが作り上げたという広大な地下世界は、輝かしい光に包まれた楽園のような場所だったはずだ。それも、話によれば夜もない、常昼とこひるの世界だという。それが、いまは光がわずかも見当たらない暗黒空間に変わり果てている。

 大君の変容と関係があるのだろう。そうとしか考えられない。

「セツナー! 無事なのー!?」

 声に目を向けると、天守の外壁に開いた穴からミリュウたちが顔を覗かせていた。ミリュウたちの部屋は天守の上層にあったのだ。飛行能力を有した召喚武装の使い手でもなければ、さすがに飛び出せるような高度ではなかった。幸い、ミリュウの部下にはそういった召喚武装の使い手がおり、彼らが呪文を唱え終えるのを待てばいいだけのようだったが。

「ご覧のとおりさ」

「もう、斃した……?」

「いや、まだだ」

 セツナは眼下に視線を落とした。暗闇の中、大霊宮の屋根に開いた大穴に白く巨大な手がかかるのが見える。セツナの目は、黒き矛とメイルオブドーターによって強化されているのだ。たとえ暗黒空間の中だからといって、相手を見逃すはずもない。

「……ああなった以上、もう斃すしかないよな?」

「放っておいたら、アガタラのウィレドたちに被害が広がるだけだもの。アガタラのウィレドたちは、なにも悪くないわ。むしろ、いいかたたちばかりだった」

「そうなの。お兄ちゃん、ここのひとたちはみんな、いいひとばかりなの。大君様も……」

「ああ。わかってるさ」

 アガタラのウィレドたちが気のいい連中ばかりだというのは、ミリュウやエリナの話からも伝わってきていたし、エリナのちょっとした話から“オニイチャン”ことセツナを探し出そうとしたものたちがいたことからも、わかりきっていたことだった。人間に悪意を抱き、利用しようというものばかりでは、そうはなるまい。

 それもこれも、神の如く崇めていた大君の意志によるところが大きいようであり、その大君をこの手にかけなければならないのが、無念といえば無念だった。

 大君マルガ=アスルほどの人格者が指導者として君臨するアガタラならば、数百年に渡る人間と皇魔の確執を乗り越えられる――そう想えた矢先だった。マルガ=アスルは、もはや白化症に冒された怪物にすぎない。神威という毒に蝕まれ、神の手先と成り果ててしまったのだ。そうなれば、手の施しようがない。たとえ白化症の治療法が確立されたとしても、ここまで進行したものを救う手立てはあるまい。

 いまや彼は、ウィレドとはまったく別種の存在に成り代わってしまったのだ。

 白化症の恐ろしいところは、そこだ。ただの病ならば、ある程度進行しようとも治しうるかもしれない。白化症は、違う。肉体そのものが変容し、元の生物とは限りなく別物へと変わり果てるのだ。そして、神の尖兵となり、神の意志の赴くままに力を振るう。神の意志がなくとも、破壊と殺戮を振りまく。

狂暴な存在なのだ。

 もはやそれは、ただの暴威としかいいようがない。

「地上への出入り口がどこにあるか、わかるか?」

「あたしとラヴァーソウルに任せなさい」

 見ると、ミリュウの手には真紅の太刀が握られていた。彼女の愛用の召喚武装は、彼女の知識と技量によって魔法使いの杖といっても遜色のない代物へと進化している。彼女に任せれば、不安などあろうはずもない。セツナは、彼女にうなずくと、眼下に再び視線を戻した。大霊宮の屋根の上。再生を完了させたマルガ=アスルがそこにいた。吹き飛ばした頭部も完全に白化した状態で復元したようだが、元の悪魔めいた容貌ではなくなっている。どこか人間めいていた。いうなれば、天使、とでも表現するべきか。白く変容した翼と上半身も、天使のように見えなくもない。まさに神の尖兵に相応しい姿ではある。

 そんな大君の変容ぶりに嘆きの声を上げるのは、大霊宮の各所から姿を見せたウィレドたちだ。

「大君!?」

「これはいったい、どういうことです!?」

「なにをなされておられるのですか!?」

 マルガ=アスルの周りに縋り付くように集まるウィレドたち。彼らには、変容した怪物が大君マルガ=アスルだとわかるようだった。ウィレドにしかわからないなにかがあるのかもしれない。しかし、マルガ=アスルは、それらの声に耳を傾ける様子さえ見せず、左腕を頭上に掲げた。肘から先が鋭く変容したつぎの瞬間、横薙ぎの一閃が周囲に集まっていたウィレドたちの胴体を薙ぎ払った。ウィレドたちは、なにが起こったのかわからないまま、絶命したに違いない。断末魔の叫び声さえ、聞こえなかった。

「放っておけばああなる」

 だから、というわけではないが。

 セツナは、メイルオブドーターの翅を羽撃かせた。

 一直線に急降下し、マルガ=アスルに殺到する。マルガ=アスルの刃のように変化した左腕が、槍のようにこちらに向かってきた。しかし、セツナには届かない。黒き矛を振り回し、切り刻んでみせたからだ。ばらばらに千切れ飛ぶ白化部位には目もくれず、本体へと肉薄する。神魔は、大口を開いた。口腔内に昏い光が灯る。が、神魔が破壊光線を打ち出すよりも、セツナの接近のほうが遥かに速かった。漆黒の切っ先が口腔内に突き刺さり、そのまま、全体重と速度を乗せた一撃となって喉を突き破り、首を、背骨を打ち砕きながら大霊宮の屋根を粉砕する。それで死ぬ神魔ではない。白化部位のいたるところが触手となってセツナを攻撃しようとしてくるが、そのときには、黒き矛の穂先が輝いている。大霊宮の迷宮の真っ只中を落下しながら、破壊光線を解き放ったのだ。

 爆光がセツナの視界を白く塗りつぶした。


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