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第二千六十二話 予期せぬ再会(二)


「師匠……? あれ?」

 エリナが目を覚ましたのは、ほどなくのことだ。自然的な覚醒ではなく、ミリュウが彼女の頭を撫でながら何度も呼びかけたことがきっかけではあるが。

 ミリュウは目覚めたばかりで判然としない様子の弟子の顔を見つめて、話しかけた。胸騒ぎが彼女を急かそうとするのだが、それ以上にエリナのことのほうが重要だ。

「よく眠れたかしら」

「ふぁあい……よく眠れましたよー。師匠のふともも、寝心地が良すぎですからー」

 そういって、エリナはミリュウの太ももを撫で回すのだから、ミリュウも苦笑するほかない。彼女の頭はまだ半分以上眠っているのではないか。

「まだ寝ぼけてるわね」

「寝ぼけてなんていませんよー……もう少し、師匠のふとももを堪能したかっただけですー」

「それを寝ぼけてるっていうのよ。まあいいけど」

 ミリュウは、そういって弟子の頭にぽんと手を置いた。エリナは、やっとの思いで上体を起こし、ゆっくりと伸びをする。大きなあくびが漏れた。まだ眠り足りないのだろう。ミリュウとしても、彼女にもっと眠っていてもらいたかったのだが、部屋を離れるとなれば起こさなければならなかった。いくら安全とはいえ、ここはウィレドの国の中心なのだ。サルグ=オセルのような人間嫌いのウィレドが寝込みを襲ってこないとも限らない。ひとりにはできない。

「起きたのなら、いくわよ」

「ふぁい?」

「外で何かあったみたいなのよ」

「外で……?」

 いまだ覚醒しきっていないらしいエリナのぼんやりとした表情は可憐としかいいようのないもので、いつもなら彼女が完全に目を覚ますまで眺めていられるのだが、いまはそんなことをしている場合ではなかった。

 ダルクスが顎で示した部屋の外は、ちょっとした騒ぎになっていたのだ。大霊宮の中枢ともいうべき天守の通路をウィレドたちがばたばたと駆け抜けていった。中空を高速飛行する様は、まさに一大事といった有様であり、ダルクスがミリュウに注意を促すのも当然といってよかった。

 ミリュウは寝ぼけ眼のエリナが起きあがるのを待ってから、彼女に手を差し出した。エリナがはっとしたように手を握りしめるのを確認したのち、ダルクスに続いて部屋を出る。すると、同じ階層にあるいくつもの部屋の扉が連続的に開かれ、室内から彼女の部下たちがつぎつぎと飛び出してきた。虫の知らせでもあったのかもしれない、などと想いながら、部下たちに目配せした。

 話を聞くと、彼らもなにが起こっているのかはわからないものの、騒ぎが気になって飛び出してきたようだ。

「なにがあったんでしょう?」

「さあ?」

 ミリュウが疑問に疑問を返すと、肩を軽く叩かれた。振り向く。ダルクスだ。彼は、ミリュウの視線に気づくと、通路の床を指さした。階下を指し示しているのではないか。

「天守の下ってこと?」

 ダルクスは無言のままうなずくと、ミリュウたちの先陣を切るように歩きだした。ミリュウが慌てて追いかければ、部下たちも追いすがってくる。

「ダルクスさん、なにがあったのか知っているんでしょうか?」

「どうやらそうみたいね」

 そういえば、ダルクスは大霊宮内の訓練所でひとり修行に励んでいたはずだ。天守内の騒ぎに気づいてミリュウに知らせたのではなく、騒ぎの原因を知り、知らせにきてくれたのかもしれない。ミリュウは、そんなダルクスの気遣いに胸中で感謝しながらも、彼がなぜか急ぎ足になっていることが気になってしかたがなかった。彼は、基本的にどんなときだって冷静であり、常に落ち着いていた。感性が鈍いのではないかと思うほどなにごとにも動じず、ミリュウとエリナが彼を驚かせるために知恵を巡らせても、ことごとく失敗に終わっている。そんな彼がまるでなにかに急かされるようにして早足になるのは、きわめて珍しいことであり、ミリュウに漠然とした不安を抱かせるに至った。

 天守を巡る螺旋回廊を早足で抜けて、大霊宮の迷宮染みた広大な区画へと到達する。案内もなければ迷うこと必死の構造も、数十日もの長きに渡って滞在し、あらゆる場所を見て回ったこともあり、もはや迷いようもないほど、その構造がミリュウの頭の中に刻まれていた。記憶力の良さには自信があるのだ。

 もっとも、その記憶も押し寄せる数多の情報に塗り潰されてしまえば、色あせ、記憶の奥底に沈むしかないのだが。

 幸いなことに先頭を行くダルクスには、そのような心配は不要であり、彼の迷うことのない移動は大霊宮の構造をきっちりと把握し、記憶していることの現れだった。ミリュウたちは、ただ彼の後を追いかければよかった。なにを焦っているのかもわからないが、いまは彼についていく以外に道はない。

 ウィレドたちでさえ騒いでいたのだ。なにかしら大きな問題でも生じたのは間違いなかった。

(まさか、エンデが攻めてきたとか?)

 その可能性は、ないではなかった。

 エンデが、セルクの推測通り二君子のいずれかと手を結び、もう一方の君子を殺害することが目的ならば、大君が君子を絞る前に動かなければならないのだ。大君は、未だ、二君子のいずれを正当後継者に定めるのか、決め兼ねていた。いまのうちに君子を殺害すれば、自動的に生き残ったほうが正当後継者となり、次期大君となるからだ。エンデが動くならば、いましかないとさえ、いえる。さすがのマルガ=アスルもそろそろ後継者を決めるはずだ。

 とはいえ、それは、セルクの想像が当たっていればの話だ。セルクは、二君子のいずれかがエンデと内通しているものと断定しているのだが、その根拠は、極めて薄いものだ。二君子がふたりとも大君になりたがっているというのならば、喉から手が出るほどに大君の座を欲しているというのであれば、アガタラを裏切り、現大君の信頼を踏み躙ってでもエンデと手を結び、競争相手を追い落とそうとするかもしれない。

 だが、ミリュウが見たところ、メルグ=オセルにはそのような気配は見受けられなかった。彼は、競争相手であるサルグ=オセルを庇うような発言を繰り返していたし、自分も含め、君子がエンデと結ぶなどありえないことだと断言した。それこそ、アガタラという国を愛し、大君を尊崇する君子たるものが取るべき道ではないし、必然性がないという。

 サルグ=オセルとは話せずじまいだが、評判を聞く限りでは、彼がアガタラと通じるような考え方の持ち主とは想えなかった。

 セルクは、そういったミリュウの考えを聞いた上で、二君子以外に怪しいものはいない、といいはるのだから困ったものだ。二君子いずれかの裏切りであるという確証がある、とまで、いい切っている。確証があるのであれば証明し、糾弾すればいいのではないか、とミリュウはいったが、セルクは、まだその段階ではないといった。

 どうも、きな臭い。

 二君子のいずれかとエンデが通じているというのは、セルクのでっちあげではないか。セルクは、大君の回復に手を尽くした忠臣中の忠臣であり、ミリュウたちにも良くしてくれる人格者でもある。温厚で争いを嫌うウィレドたちの中にあって、国民のために武臣を勤め上げようとする彼の在り方には賞賛を送ってもいい。しかし、内通者問題に関する彼の言動は、どこか的外れとしか想えず、ミリュウは、日に日に高まっていくセルクへの不信感を抑えるのに必死にならなければならなかった。

 それこそ、メルグ=オセルの思う壺かもしれない、とも想えるからだ。

 ミリュウは、メルグ=オセルと直接逢い、言葉を交わしている。そこで、彼のひととなりを少しばかり知った気でいるのだが、それが厄介だった。結局のところ、メルグ=オセルの本性など、知らないも同然なのだ。言葉では、なんとでもいえる。想ってもいないことを口走ることくらい、策士ならばできて当然だし、内通者ならばそれくらいの腹芸ができなくては、すぐに露見するだろう。

 セルクを疑うように仕向けてきただけかもしれないのだ。

 ミリュウは、気を引き締め直すと、不意にダルクスが足を止めたことに気づいたものの、すぐには立ち止まれず、彼の背中に額をぶつけて足を止めた。

「いたっ」

 別に痛くもないのについ口走ると、ダルクスが無言のまま、振り向いてきた。そして、兜の奥の瞳がなにかをいっていることに気づく。視線が、前方を示していた。

 迷宮同然の大霊宮、その奥まったところにミリュウたちはいる。天守を降りきり、しばらく歩いた崎だ。少しばかり開けた場所で、なにもかもが黄金尽くしの大霊宮においては代わり映えのない空間だった。

「なによ……?」

 ミリュウは、ダルクスの思わせぶりな態度に怪訝な顔をしながら、彼の背後から顔を出して、前方を見やった。広場ともいうべき黄金の空間、その先へと通じる回廊から硬質な靴音が響いてきていた。数名が、ゆっくりとこっちに向かってきているのだ。その穏やかな足取りは、大霊宮のウィレドたちのものではないことを示しているように想えた。少なくとも、天守の中を大急ぎで飛んでいくようなものたちが、緊張感もなく歩いてくるわけもないのだ。

 ミリュウは、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。この大霊宮になにものが入ってきたというのか。しかも、迷宮のような構造の中を突破して、ここまで来られたということは、だ。外部からの侵入者などではないということにほかならない。ダルクスを横目に見ると、彼はじっと前方を見ていた。彼は、召喚武装によって強化された感覚のおかげで、靴音の主がなにものなのか完璧に近く把握しているらしい。こんなとき、ダルクスの口が聞けたら、と、想うのだが、ないものねだりをしたところで意味がない。

 ミリュウは、固唾を呑んで、靴音が近づいてくるのを待った。長い、この上なく長い十数秒だった。数分どころか数十分にも感じるくらいの十数秒。なぜ、それほどまでに長く感じたのか。そのときには理解できなかった。

 きっと、魂が予感していたのだ。

「あ――」

 ミリュウは、視界に飛び込んできた人物を目の当たりにした瞬間、ただ、言葉を失うしかなかった。

 なにやら難しい顔で腕組みなどをしながら歩いてくる黒衣の男。地につくほど長い黒髪が記憶に深き刻まれた印象とはまったく異なるものではあったが、間違いなく彼だった。血のように紅い虹彩に見間違いはない。顔つきは多少精悍になり、体格もより鍛え上げられたものになっている上、身につけている装束も彼らしいものではないが、彼以外のなにものでもなかった。

 セツナ=カミヤ、

 ミリュウは、心の中で叫んでいる自分に気づいた。



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