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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千五十九話 二君子(六)

 青流河は、大霊宮の東方青門の先に広がる区画だ。

 門をくぐり抜け、しばらく歩くと、区画の象徴たる大河が視界に飛び込んでくる。アガタラは、地上とは隔絶された地底深くの世界だ。そんな場所にこれほどの大河が流れているなど、想像しようもないほどに膨大な量の水の流れがあった。上天からの光を浴びてきらきらと輝く大河の水は青く透明であり、青流河と名付けるのに相応しい。

 アガタラの水資源であり、アガタラのウィレドたちが水に困らずに済んでいるのはこの大河のおかげであることは明白だ。また、この透き通るほどに美しい大河には、様々な種類の川魚が生息しており、ウィレドたちは、人間の漁の真似事をして魚を釣り上げ、日々の食料として活用しているという。ミリュウたちのアガタラの生活が地上の人間社会と大きな差がないのは、そういった人間の文化の影響によるところが大きい。ウィレドたちがなぜそこまで人間の文化に傾倒したのかは不明ではあるものの、ミリュウたちにとってはありがたいことこの上ない。

 青流河と呼ばれる地区は、当然ながら青流河以外の陸地もある。その陸地に君子メルグ=オセルの屋敷があるのだが、そこは東方青門側の陸地から大河を挟んだ対岸であるらしく、川を横断する手段が必要だった。

 そのため、岸辺の船着き場にいたウィレドに話し、船を出してもらうことになった。そのウィレドは、ミリュウとダルクスが巫女の従者であるということで、大喜びで船を出してくれている。大君が救いの巫女として扱うよう宣言をしたことは、アガタラの市民に大きく影響を与えているようだ。

 大河を横断する間、ミリュウはその漁師のウィレドからメルグ=オセルに関する話をいくつか聞いた。いわく、柔和で温厚なメルグ=オセルは、青流河で漁業を生業とするウィレドたちに特に人気があるのだという。メルグ=オセル自身も漁に参加するなどして、漁師たちと交流をはかることがままあり、そのことも漁師人気に繋がっているようだ。

 サルグ=オセルよりは取っ付き易いウィレドらしいということは、エリナの感想からもわかっていたことだ。

 常に怒っているようなサルグ=オセルと、穏やかに微笑みを浮かべるメルグ=オセル。どちらが話しやすそうな相手かといえば、だれだって後者を上げるだろう。実際のところはどうなのか、まだわからないのだが、サルグ=オセルのように門前払いを食らうことはなさそうだった。


 ミリュウたちを乗せた小舟が対岸の船着き場に辿り着くと、前方の奥まったところに小じんまりとした屋敷が立っているのが見えた。

 漁師のウィレドは、ミリュウたちがメルグ=オセルの屋敷から戻ってくれるまで待ってくれるとまで申し出でくれたので、ミリュウはその厚意に甘えることにした。メルグ=オセルが話し合いに応じてくれたとしても、そう長々と話すつもりはないのだ。まずは、二君子のひととなりをミリュウ自身が知るところから始めようというのが、今回の二君子の屋敷訪問だった。結果、サルグ=オセルには素気無く追い返されてしまったが、それもサルグ=オセルの考え方の現れだと想えば、なにも得られなかったわけではない。

 メルグ=オセルの屋敷は、サルグ=オセルの宮殿のような屋敷に比べ、質素なものだった。敷地の内外を分け隔てる塀もなく、草木の生い茂る平地にただ立ち尽くすようにしてその屋敷は建っている。二階建てくらいだろうか。小さいとはいえ、ウィレドの体格に合わせて建てられているため、近づけば近づくほどその大きさを実感せざるを得ない。とはいえ、白風丘の屋敷のような威圧感はまるでなく、警備に当たっているものの姿も見当たらない。まるで無防備だ。屋敷というよりは一軒家といったほうがいいのではないか、というくらいの質素さであり、ミリュウはなんだか拍子抜けする想いだった。

 それがサルグ=オセルとメルグ=オセルの違いではあるのだろうが、それがすべてだとはさすがのミリュウも思わなかった。質素な生活をしているものがすべて清らかな心の持ち主だと考えるのは、あまりにも世界に夢を見すぎているというほかない。逆もまた然りだ。権威的な建物に住んでいるものが、権威主義的な考え方をしているというわけではない。そんなものはその人物を構成する要素のひとつでしかないのだ。本質を知るのは、簡単なことではない。

 簡単なことではないが、それに近いことをしなければならないのがいまのミリュウだ。

 二君子の本心を知り、そこからどちらがアガタラの裏切り者であるかを探り当てなければならない。

 と、ミリュウがそんなことを考えながら屋敷の正面玄関に近づいたときだった。

「おやおや、救いの巫女の従者殿が我が屋敷になにようですかな?」

「はい!?」

 突如、後方から聞こえてきた声に、ミリュウは、口から心臓が飛び出るのではないかと想うほど驚き、無意識に飛び跳ねている自分に気づいた。咄嗟に振り向く。声の主の姿は即座には見つからない。

「ふむ……どうやら驚かせてしまったようですね。これは失礼をば」

「い、いえ、なんの前触れもなく訪ねたのはこちらで、礼を失しているのもこちらですから」

 視線を巡らせながら、声の主を探す。ようやくのこと、木立の中、枝の上から垂れ下がった悪魔の足を見つけだした。視線を上げる間もなく、それは枝の上から飛び降りてくる。どうやら、当のウィレドは木に登っていたらしい。理由はわからない。趣味かもしれないし、なんらかの意図があってのことなのかもしれない。いずれにせよ、ミリュウは予期せぬ場所にいたことに驚きを隠せなかった。


 飛び降りてきたのは、銀の衣を纏う長身痩躯のウィレドだった。ウィレドの容姿は、当然、個々異なるものだ。人間のように多様な個性があり、よく観察すればそれぞれに特徴があるということがわかる。しかし、セルクのように毎日顔合わせしているものならばともかく、初対面のウィレドの顔を見てだれなのかを当てることなどできるわけもなかった。しかし、やや痩身の彼が君子メルグ=オセルであることはミリュウには一目瞭然なのだ。

 それは、彼の服装による。

 人間の文化から多大な影響を受けたというアガタラのウィレドたちだが、衣服を着たり鎧兜を身につけたりするという行為も人間からの影響だった。元来、分厚く強固な外皮に覆われた種であるウィレドには、鎧兜は愚か衣服など無用の長物以外のなにものでもないのだ。しかしながら、なにかしらの衣類を身につけるという行為そのものには興味を持ったのだろう。一部の、特権階級のウィレドのみが衣服の着用を許され、義務付けられた。そして、衣服に用いられる素材、染料などで階級を示すようになったようだ。

 銀は、アガタラにおける第二の色であり、彼がアガタラで上から二番目に位置していることを示していた。つまり、君子だ。ちなみに第一の色は金で、大君の住居であり国の中心である大霊宮が黄金造りなのもそのためだという話だ。

 と、

「はじめまして、従者殿。わたしはメルグ=オセル。君子であることは、ご存知すね?」

「え、あ、はい……どうも、ご丁寧に……」

 ミリュウは、相手の思わぬ自己紹介に押されるようにして返事をしてしまい、慌ててみずからも名乗った。

「わたくしはミリュウ=リヴァイア。こちらはダルクス。ご存知の通り、巫女様の従者です。どうぞ、お見知りおきを。君子様」

 ミリュウが恭しく頭を下げると、ダルクスも同じように頭を下げた。ダルクスはオリアス=リヴァイアに重用されていただけあり、育ちが良いらしい。立ち居振る舞いに気品があるといっていい。となれば、五竜氏族出身と考えていいのかもしれない。クルセルク戦争後かき集めた情報により、彼がクルセルク出身の人間ではないことは判明している。つまり、オリアスがザルワーンからクルセルクに連れて行った人材だということだ。オリアスは仕える人間であれば出自に拘るような人物ではなかったが、オリアスの周囲にいるのは基本的に五竜氏族の血縁ばかりだ。そして、彼の立ち居振る舞いや、まるでミリュウを知っているかのような素振りなどから想像するに、彼は五竜氏族の血縁者と推測できる。それが正しいかどうかはさておき、ミリュウは、そう睨んでいた。だからどう、というつもりもない。

 五竜氏族、引いてはザルワーン人への憎悪は、いまやどこかへ消えて失せてしまっている。

「これはこれは、御丁寧な自己紹介、痛み入ります」

 メルグ=オセルの慇懃な物言いにはどこか引っかかりを覚えるのだが、気の所為だろう。少なくとも、彼の言動、表情や態度からは悪意は感じなかった。

「ところで、つかぬことを伺いますが、そんなところでなにをされておられたのでしょう?」

「なにを……とは? 見てわかりませんか。木登りですよ」

 彼は、さっきまで登っていた木を仰ぎ見て、軽い口調で告げてきた。ミリュウはきょとんとした。

「はい?」

「木に登って、自然を感じながら詩を編む。するとどうでしょう。中々にいい詩が浮かんでくるんですよ。そうして浮かんできた詩を書き留める。つぎの発表会まで時間がありませんからね。こうして毎日詩を編まないと間に合わない。皆、自身の最高傑作をぶつけてきますからね」

「はあ……」

「納得できませんか?」

「い、いえ、そういうわけでは……ただ、あたし、詩とか全然わからないんですよね」

「ふむ……それはまことに残念です」

 メルグ=オセルは、言葉通り、心底残念そうに肩を落とした。

「せっかくこうして逢えたのですから、あなたがたに詩作の協力をお願いしたかったのですが」

 ミリュウは、呆然としながらダルクスと顔を見合わせた。

 どうやら、メルグ=オセルは、ミリュウの想像とはまったく異なる性格の持ち主のようだ。

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