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第二千五十二話 アガタラの日々(四)

 地底都市アガタラは、きわめて広大な地下空間に築き上げられている。

 ウィレドたちにとっての楽園そのものである地下世界には、地上のような起伏に飛んだ地形があり、緑豊かな自然の風景があった。地底の楽園が作られてから少なくとも四百年以上が経過しているのだ。その間、ウィレドたちが楽園に相応しい風景を作り上げるべく努力を積み重ねたことは想像に難くない。地底世界に水を引き、大河を作り、田畑を耕し、植樹、植林し、山を作り、都市を築き上げていったのだ。その労苦たるや、想像を絶するものがあるに違いない。その甲斐あって、変わり果てた地上の風景よりも美しく柔らかな光に満ちた楽園が維持されているのだから、ウィレドたちの労苦は報いられたと見るべきだろう。

 地上は、“大破壊”の影響を受け、変わり果てた。空中都から見渡す世界は、どこもかしこも荒れ果て、かつての美しかった光景は失われてしまったという。荒れ果てた大地、結晶化の進む森、枯れた川、天を衝く白い柱、なにもかもがこの世の終わりを想起させた。“大破壊”がこの世界に残した爪痕は、いまもなお、ひとびとの心を苦しめている。

 そんな地上に比べて、地底世界の穏やかなこと、エリナは驚くばかりだった。地上の荒廃ぶりなどまるで知らぬ顔で、平穏を謳歌している。まず、春めいている、というのが大きいのだろう。リョハンは、真冬も真冬であり、分厚い防寒着なしでは出歩くこともままならないほどだが、アガタラは防寒着を着込む必要がなかった。地中ということもあるのだろうが、地上に比べて気温が高く、それが一定なのだ。それには昼夜がない、というのもある。アガタラを暖かく照らすのは、地底世界の天から降り注ぐ光だ。それがどうやら大君のみ使うことのできる大魔法であり、大君がアガタラの支柱である根本的な理由のひとつであるようだった。アガタラは、大君の偉大なる魔法の光によって、地底世界にありながら、暗闇とは無縁の日々を送ることができている。

 闇は、ウィレドがもっとも忌み嫌うもののひとつなのだそうだ。ウィレドは元来、光とともにあるものであり、光こそ好むものの、闇は撲滅するべきものであると考えているという。故にアガタラには夜がない。

 昼夜の別がないことは、エリナたちにとっては不便極まりないことだったが、ウィレドたちにはどうでもいいことのようだった。常に光を浴びていられることを至上の幸福と考える彼らには、夜などこないほうがいいに決まっているのだ。そして、そんな光を与える存在である大君が神の如く尊ばれるのは、必然だった。

 そんな偉大なる存在より直々に救いの巫女と讃えられたエリナが、アガタラの行く先々で手厚い歓迎を受けてきたのも、うなずける。エリナとしては、マルガ=アスルの病状を改善することさえできていない現実もあり、饗されるたびに恐縮するほかなかった。それでも、文臣フォルクに案内されて訪れた先では、盛大に饗されるのだから困りものだ。

 アガタラに入ってからというもの、彼女は、ほとんど休みなく大君の治療に当たってきた。最初こそ、大君を昏睡状態から回復させたことで御側衆を感激させ、しばらく収集がつかなくなるほどの興奮を覚えさせたものの、翌日から始まった治療では、目に見えた成果を上げることができないでいた。しかし、大君も御側衆の皆も、だれひとりエリナの腕を疑っておらず、焦らず、じっくりと治療を続けてくれればいい、と考えているようだった。ウィレドの魔法でも目覚めなかった大君が、エリナのフォースフェザーの力で目覚めたのだ。ならば、大君の病も必ず回復するはずだ、と彼らは信じてやまないのだ。

 しかし、エリナは、知っているのだ。

 リョハンにおいて白化症が大問題になったとき、数多の武装召喚師が持ちうる技量の限りを尽くして治癒能力を持った召喚武装を用い、白化症の治療を試してきたということを話として、聞いているのだ。資料も師であるミリュウから手渡され、目を通したことがある。ミリュウさえも凄腕の武装召喚師と評するグロリア=オウレリアを始め、シヴィル=ソードウィン、ニュウ=ディー、果ては戦女神ファリア=アスラリアまでもが本来愛用する召喚武装ではなく、そのためだけに新たに紡いだ術式と召喚武装を用い、白化症の治療を試みている。だが、いずれも成果を上げることができなかった。白化症の根本原因を取り除くどころか、進行速度を弱めることさえできなかったのだ。たとえば、白化部位を取り除き、失われた部分を復元するという方法を用いても、駄目だった。

 白化症の原因は、神威だ。神威は、白化した部位のみを蝕んでいるわけではない。白化症が表面化したということは、全身が神威に毒されていると見るべきなのだという。つまり、白化症の原因をなくすには、白化症患者の肉体をこの世から消し去る以外には、ない。

 そんな馬鹿げた結論など受け入れられないから、リョハンの武装召喚師たちは、総力を結集して治療法を探し求めた。しかし、武装召喚術の総本山たるリョハンの叡智を集めても、無駄に終わった。

 召喚武装の力では、神の力である神威を取り除くことは不可能だということだ。

 それは、理解している。

 でも、だからといって目の前で苦しみ、助けを求めるものに背を向けることなど、できるわけがなかった。たとえいままで治療に成功したことがなかったとしても、それを理由に諦めるわけにはいかないのだ。ここで無理だ、無駄だといって諦めることは簡単だ。相手は皇魔。人間の価値観から考えれば、関わり、手助けする理屈はない。ミリュウのいうとおり、手を引き、リョハンに戻ったところで、だれもなにもいわないだろう。むしろ、エリナの判断を正しいと褒めることさえあるかもしれない。人類の天敵たる皇魔に手を差し伸べる必要などないのだ。

 それもわかっている。

 それでも、エリナには、そうする以外に道はなかった。


 今日は、エリナがアガタラに来て以来初めての休養日だった。

 エリナは、ここのところ毎日、長時間に渡る召喚武装による治療行為に当たっている。その負担たるや、治療が終わるたびに意識を失いそうになるくらいのものであり、そのたびにミリュウに怒られていた。意識を失いかけるということは、召喚武装の制御のため、精神力を消耗しすぎているということだ。そのまま限界を越えてまで消耗を続ければどうなるか。意識を失うだけならばまだしも、制御を越えた召喚武装が逆流現象を引き起こすことだってありえるのだ。ミリュウが激怒するのも無理のないことだったし、師が叱りながら心配してくれていることはわかっていた。しかし、エリナには、ほかにどうすることもできないのが現状だった。

 白化症を治療するには、どうすればいいのか。エリナにできることといえば、フォースフェザーの緑の羽を用いた治癒の精度を上げる以外にはない。そしてそのためには、精神を集中し、限界まで絞り出すしかないのだ。その結果、意識を失うようなことがあれば、それは単純にエリナの実力不足、技量不足にほかならない。

 とはいえ、さすがのエリナも疲れが溜まり過ぎたのか、今朝は布団の中から抜け出すこともできないくらい体がいうことを聞いてくれなかった。エリナ自身には、大君の治療をしたいという想いはあるのだが、体が動かない。消耗するのは、精神力だけではない。体力も、相応に消費している。

 師は、そんなエリナを見かねて、セルクに掛け合い、休養日を設けてくれたらしい。今日と明日の二日間も、休んでいいというのだ。エリナは一日でもいいといったが、ミリュウの命令となれば、従うほかなかった。エリナは、ミリュウに無理を聞いてもらっている手前、それ以外のことであれば聞き従わなければならないのだ。そもそも、師匠であり、上官でもある。本来ならば、皇魔を助けるというわがままさえ聞いてもらえないものだ。ミリュウには感謝しかなかったし、自分のことを思いやってくれる師匠に巡り会えたことは、幸運以外のなにものでもない、と彼女は考えている。

 だからこそ、という気持ちもあった。

 そんなミリュウへの感謝の気持ちを表すには、彼女が胸を張っていられるほどの武装召喚師にならなければならないのだ。そのための試練である、と、エリナはこの件を捉えている。

 白化症の治療が、だ。

 これまでだれひとりとして成し遂げられなかったこと。

 それを弟子が成し遂げたとすれば、師はどう想うか。

 エリナは、純粋に困っているひとを助けたいと想う一方、そんな不純な考えを抱く自分が多少、醜く想えてならないのだが、そればかりはどうしようもないことだった。

 エリナにとっては、どちらも大切なことだからだ。


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