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第二千四十三話 救いの巫女(八)

 大霊宮と呼ばれる黄金造りの宮殿の中、ミリュウたちは、セルクに導かれるまま歩いていく。巨大な宮殿の複雑に入り組んだ通路は、宮殿に住むものたちですらときに迷うほどだという。迷宮じみた構造をしているのは、当然、外敵が入り込んできたときのためであり、快適さよりも防衛面を第一に考えて建造されたからのようだ。

 大霊宮が建造された数百年の昔、ウィレドたちは他の皇魔同様、人類との終わりなき闘争の中にあった。純粋な戦力でいえば皇魔は圧倒的だったが、数の上では、人類のほうが何倍も多く、また、北の大地には万物の霊長たる竜属がいた。竜属は、決して人類の味方ではなかったが、この世界の原住民である彼らにとって異世界からの来訪者である皇魔の存在は、駆逐するべき対象として映ったことだろう。竜たちが皇魔を攻撃するのは道理であり、ウィレドたちが人間との争いを避けるためだけでなく、竜の猛攻を逃れるために地下に国を作ろうとするのは、必然だったのかもしれない。

 とはいえ、地下王国の宮殿を迷宮じみた構造に作り上げたのは、いつか人間が地下に攻め込んでくるかもしれないという想定からではない、という。

「貴様ら人間は、我らや数多の異世界生物を皇魔と総称するが、ウィレドと呼ばれる我らやレスベル、リュウディースなどの皇魔とは、別の世界の出身であり、別の種族だということは、知っているな」

「もちろん」

「ウィレドもレスベルもリュウディースも、いずれもが異世界の存在であり、決して理解し合えぬものだ。人間が異世界の存在を拒絶したように、我らも異世界の存在を拒絶した。いずれもが、だ。人間との闘争以外に、皇魔同士の闘争もあるのだ」

「つまりこの迷路みたいな構造は、別種の皇魔が攻め込んでくる可能性を想定してのことってわけね」

「この地底世界に人間が潜り込んでくる可能性は極めて低いが、他の皇魔は、そうとはいいきれない。リュウディース、リュウフブスなどは魔法を用いるし、鬼どもの怪力ならば地底世界まで穴を掘ることも不可能ではないからな」

「なるほどね。っていっても、ちょっと複雑にしすぎじゃないかしら」

「大君の御座す宮殿なれば、厳重を極めるのも道理よ」

「……まあ、そういわれれば、そうかも」

 この複雑で難解極まる迷宮のような宮殿ならば、侵入者があったとしても、最重要存在である大君の元へ辿り着くのは至難の業であり、侵入者が目的地に到達するまでに防衛線を張り巡らせることができるだろう。そうなれば、迎撃もたやすくなる。

「で、あたしたちはどこへ向かっているのかしら?」

 そういって、ミリュウは、彼女の手をしっかりと握りしめているエリナを横目に見た。アガタラの希望と呼ばれた彼女は、どのような出来事が待ち受けているのかわからず、不安と緊張で青白い顔をしている。エリナのいい出したことではあるが、とはいえ、そこまでの大役とは想ってもみなかったのだろうから、致し方がない。ミリュウは、エリナを心の中で励ましながら、彼女の手を離さないようにするしかなかった。

 ミリュウの左側には、黒の戦士ダルクスが並行して歩いている。彼は、常に召喚武装を身に纏っているため、護衛としてこの上なく頼もしかった。なにが起こったとしても咄嗟に対応し、ミリュウたちが武装召喚術を行使するまでの時間稼ぎができるし、なんなら、彼ひとりでかたをつけることだってできるだろう。彼は、決して弱くはない。七大天侍に並ぶ程度の実力はあった。

 セルクに案内されているのは、ミリュウを含めたその三名だけだった。残る二十名の隊士と二名の御者は、大霊宮内の一室に待機することとなったのだ。セルクいわく、エリナを連れて行く場所には、大人数で向かう訳にはいかないということであり、彼のいうとおりにしたということだ。本来ならばミリュウとダルクスも連れていくわけにはいかないとのことだったが、エリナの身の安全を考えれば、それだけは受け入れることはできなかった。

 エリナこそ、セルクの要望を受諾しようとしたが、ミリュウが許さなかった。これまでの言動や立ち居振る舞いから、セルク自身に対する不信感は薄まり、信頼さえできつつあったが、それは彼個人のことであり、彼以外のウィレドに関してはエリナに対してどう出るかわからないのが実情なのだ。エリナをセルクに任せて安心できるかというと、そんなわけがなかった。

 セルクは、エリナを尊重し、なにがあっても護ってくれようとするかもしれない。だが、ほかのウィレドは違うだろう。彼はどうやらこのアガタラでも位の高いウィレドのようだが、すべてのウィレドが彼に従うかどうかもわからない。なにより、これから彼がエリナを連れて向かう先でなにがあるのかなど、一切が謎に包まれているのだ。およそ想像はついているものの、そのミリュウの想像が正しければ、余計にエリナのことを彼ひとりに任せることなどできるわけがないのだ。もし、彼の上位のウィレドが人間を拒絶し、エリナを殺せ、などと命じれば、彼はどうするのか。彼は命令に従うかもしれないし、たとえ従わなかったとしても、彼の立場そのものが危うくなり、エリナの身も危険に曝される。そんなことをエリナの師であり、保護者でもあるミリュウが許可できるわけがなかったし、ミリュウの同行が許されないのであれば、部下ともどもアガタラを抜け出すと告げた。

 エリナの助力がどうしても必要だというセルクにしてみれば、いくらアガタラのしきたりとはいえ、そのしきたりのためにせっかく見出した希望を手放すことなどできるわけもなく、折れた。ついでにダルクスの同行も認めたのは、ミリュウたちへの誠意を示すためなのかもしれない。

 ミリュウ隊の隊士たちは皆、自分たちの身の安全よりも、ミリュウやエリナのことを心配した。隊士は総勢二十名。皆、護峰侍団の試験を通過した優秀な武装召喚師たちなのだ。たとえ、アガタラのウィレドがすべて敵に回ったとしても、力を合わせ、脱出してみせるくらいの気概と実力があった。だから、自分たちのことよりも、たった三人で大霊宮の深部へと向かうミリュウたちのことを心配したのだろうが、ミリュウは当然のように力強く笑い、彼らを安心させた。

 それから、数十分近く、歩き続けている。

 広大な迷宮そのものといっても過言ではない大霊宮の中では、ウィレドと遭遇することも珍しくなかった。着飾ったウィレドや武装したウィレドなど、その様子は様々ではあったものの、いずれも一様にしてミリュウたち人間の姿を見るなり驚愕し、敵対的な反応を見せたものだ。そのたびにセルクが対応するのだが、彼は毎回、エリナを示してアガタラの希望といってはばからなかった。

 人間がアガタラを救う希望である、などというセルクの正気を疑うウィレドもいれば、セルクの言を受け、エリナに希望を託すウィレドもいた。いずれも共通語に堪能であり、アガタラがいかに人間の文化の影響を受け、いまに至っているかよくわかろうというものだった。

「大方、予想しているだろうが……」

 と、セルクは足を止めた。壁も天井も柱も、なにもかもが黄金で作られた回廊の真っ只中。わずかばかりの光源だけでどこまでも眩しく輝く回廊は、ひたすらに目に痛い。そう感じるのはミリュウが人間だからなのだろうし、ウィレドたちにはなんの影響もないのかもしれない。

「大君の寝所だ」

「マルガ=アスル……と、いったわね」

「そうだ。アガタラの大君マルガ=アスルの寝所へ、向かっている」

「……大君様の体調が悪い、ということかしら」

「そうだ」

「それも、あなたたちの魔法でも癒せないような症状」

「フォースフェザーで癒せるのでしょうか?」

「どうかしらね。ウィレドの魔法でも癒せないんでしょ」

「賭けなのだ」

 セルクは、静かに語りだした。

「我らの魔法でも癒せぬような病など、そうあるものではない。我らの魔法は、神の御業を源流とする技術。万能とはいい難いが、大抵の病は魔法によって治療することができる。我らが長命なのも、魔法の力によるところが大きい。健康を維持するということは、それだけで長寿を約束するからな」

「へえ」

「しかし、大君が病臥されてからというもの、アガタラ中の癒し手を集め、治療に当たらせているが一向に良くならない。むしろ、悪化する一方なのだ。故に我らは外部に救いを求めた」

 セルクが、ゆっくりと歩き出す。むき出しの爪が黄金の床に触れるたび、冷ややかで硬質感のある音が響き、広い回廊の中で跳ね返った。

「無論、人間に助力を求めるなど論外だ。人間に助けを求めたところで、応じるはずもないことは百も承知。なにより、人間に癒やしの力を持つものなどいるとは考えてもいなかった。武装召喚術はここ五十年あまりの間で発展した技術だろう」

「そうだけど……じゃあ、だれに助けを求めようとしたのよ」

「太古よりこの世界の実質的な支配者として君臨してきたものたちがいるだろう」

「竜属……? でも、竜属があなたたちに協力するわけがないじゃない」

 ミリュウは、セルクの発言に困惑を隠せなかった。竜属は、確かにこの世界に太古から君臨してきた存在だ。強大な力を持ち、竜語魔法と呼ばれる独自の魔法を用いることでも知られている。竜語魔法もまた、万能とは言い切れないにせよ、絶大な力を持ち、物理法則さえ捻じ曲げてしまうほどだ。確かに竜属の力を借りることができれば、大抵の問題は解決するかもしれない。しかし、竜属が皇魔の協力要請に応じることなどありえないだろう。

 竜属は、このイルス・ヴァレの支配者といっても過言ではない。異世界の存在である皇魔たちがどれだけ乞い願おうと、すがりつこうと、にべもなく跳ね除けるのがオチだ。竜は、人間以上に皇魔を忌み嫌っている節がある。

「そうだ。竜は、我らの願いを聞いてもくれなかった。むしろ、この世界の異物である我らを滅ぼすことこそ、竜の望みであるといわれたわ」

「やっぱりね」

「それでも諦めきれぬ我らは、竜の中でもっとも穏健派であるラングウィン=シルフェ・ドラースを訪ねたが、銀衣の法王も我らに手を貸してくれはしなかった。狂王一派とは違い、攻撃してくることはなかったがな」

「ラムレス様の眷属には襲われたんだ」

「うむ」

「まあ……そうなるか」

 ラムレス=サイファ・ドラースは、蒼衣の狂王と呼ばれる竜属の王だ。狂暴で凶悪、破壊的な竜王であり、彼に付き従う眷属の竜たちの多くは、彼の性質を色濃く受け継いでいるという。ラムレスそのものは、ユフィーリアの前では温和そのものといってよかったし、ミリュウたちにとってみれば、よくしらないラングウィンよりもラムレスこそ穏健の象徴といってもいいほどの印象だったが、実態は違うのだろう。狂王と呼ばれるには、それだけの理由があるに違いない。

「竜属が駄目となれば、リュウディースやリュウフブスら、他の皇魔と呼ばれるものたちに頼み込む以外にはない。敵ではあるが、交渉の余地はあるだろう――そう、我らは考え、我や多くの武臣たちは、地下を出ては協力者を探した。救いの希望を。だが、見つからなかった」

「それで、ようやく見つかったのがエリナってわけね」

「そういうことだ。エリナ殿の癒やしの力が我らが大君に効果があるかはわからぬ。だが、なにもせず、病状が進行するのをただ見守るなど、家臣のすることではあるまい。なにより、大君はアガタラの支柱。後継者も定まらぬいま、マルガ=アスルを失うわけにはいかぬのだ」

 ミリュウは、セルクの苦悩に満ちた声を聞きながら、リョハンのことを思い出さすにはいられなかった。リョハンも、たったひとりの人間を現人神として、支柱として崇め奉っている。その後継者問題がリョハンを大混乱に陥れかけたことも知っているし、後継者が定まり、ようやく落ち着いたということも実感として理解している。アガタラも、そういう状況にあるらしい。

「後継者を選べる状態でもない、ということね」

「そうだ。マルガ=アスルはいま、我らの呼びかけにさえ応えられぬ」

 セルクに苦痛に満ちた表情には、彼の大君への尊崇と忠誠の念が現れているようであり、それもまた、リョハンの臣民を思い出させるものだった。

 戦女神を支柱とするリョハンと大君を支柱とするアガタラ。

 片方は人間の住む空中都市、片方は皇魔の住む地底都市。

 なにか因縁めいたものを感じずにはいられなかった。



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