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第二千四十二話 救いの巫女(七)


 大霊宮を囲う城壁と四法門を飛び越えるようにして黄金色の敷地内に辿り着いたミリュウたちは、またしてもウィレドの武装兵による、出迎えを受けた。アガタラ上空に出張ってきた兵士たちとは毛色の違う、全身に鎧を着込み、得物を手にした戦士たちによる出迎えには、さすがのセルクも緊張したようだったが、彼と兵士たちの間にはなんの問題も起きなかった。

 その一事で、アガタラにいま起きている事態の重大さが理解できるというものだ。

 数百年に渡って忌み嫌い続けた人間だろうと、救いの希望があるのであれば縋り付きたいという気持ちなのは、どうやらセルクだけではないということだ。アガタラのウィレドたちの共通認識として、それがある。

 それはつまり、大君の容態があまりに危ういということにほかならないのではないか。

 ミリュウは、地上に降り立つなり駆け寄ってきたエリナの手を握り返してあげながら、ダルクスを一瞥し、部下たちを見回し、警戒を促した。ここは、ウィレドの国の真っ只中。一見すると、人間の都市や城塞の中にいるような錯覚を覚えるほどの作りだが、実際はそうではないのだ。いつ何時、ウィレドに襲われるかわかったものではない。もちろん、セルクを疑っているわけではないし、彼からミリュウたちのことを聞いたウィレドたちが襲ってくるとは想っていないが、アガタラにいるすべてのウィレドがミリュウたちを是認するとは考えにくいのも事実なのだ。

 逆の立場になってみれば、わかることだ。

 たとえば人間の国、都市に皇魔を招き入れたとした場合、どうなるか。皇魔への拒絶反応で混乱が起き、恐慌さえも起こりかねないだろうことは明白であり、そういう意味でも、堂々と正面からミリュウたちを招き入れたセルクの勇気というか無謀さには、呆れる想いがした。それほどまでに切羽詰まっている証でもあるのだろうが。

「こっちだ。我からあまり離れないようにしてくれよ。でなければ、もしものとき、貴様らを庇えなくなる」

「わかってるわ。あたしたちだって、あなたたちと全面戦争しにきたわけじゃないんだし。余計な騒動を起こすつもりなんてないもの」

 ミリュウはそういいながら、無数の視線が自分たちに降り注いでいることに気づいたが、なに食わぬ顔でセルクの後をついていった。おそらくは、この大霊宮を囲う四方の門、いわゆる“四法門”にいるウィレドたちの監視の目だろう。警戒色全開の視線が刺さってくるのは、むしろ正常な反応であり、無警戒なまま宮殿に通されるよりはずっと安心できた。素通りできるようならばミリュウたちを陥れるための罠を張っていると考えるべきだろう。

 人間と皇魔は、この数百年、あまりにも深く互いのことを憎み合いすぎた。皇魔は人間と見れば殺そうとし、人間もまた、皇魔を天敵として忌み嫌い、呪った。皇魔の“巣”を滅ぼすのは絶対正義であり、国家事業にもなりえた。何百年、連綿と受け継がれ、際限なく積み上げられた悪意は、両者を決して分かり合えない存在と認識させた。

 かつて、魔王軍という存在があった。

 魔王ユベルを名乗る人間の男が作り上げたその組織は、人間と皇魔が融和した軍勢だった。が、実際には、魔王自身に発現した“異能”による強制的な支配によって紡がれた偽りの融和であり、人間と皇魔が分かり合えるという前例にはならなかった。魔王軍は、クルセルク戦争の終結とともに解散し、以来、人間と皇魔が手を取り合っている場面に出くわしたことはミリュウにはなかった。

 人間は皇魔を嫌い、皇魔は人間を嫌っている。

 分かり合えるわけがない。

 だれもがそう想っている以上、そこから進展することはないのだ。

 ミリュウだって、そうだ。今回のことを契機に皇魔との距離を縮めようなどとは考えてもいない。今回、セルクの要請を受け入れたのは、エリナの意思を尊重したからであり、彼女の成長とリョハンの防衛に貢献するかもしれないからだ。上手く行けばリョハンとアガタラの間に交渉が持たれるかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。ミリュウ自身、人間と皇魔が分かり合えるようになるとは想ってもいないのだ。

 故にこそ、警戒しなければならない。


 大霊宮は、美しい黄金を際限なく使い、贅の限りを尽くしたといった表現の似合う宮殿であり、とても皇魔の住処とは思えない代物だ。というのも、その黄金の使い方ひとつとっても決して嫌味ではないからだ。どこか質朴としていて、派手で豪華でありながら、どうにも見せつけるという感じがしない。それに彫像や細工、装飾の数々を見ると、とてもウィレドたちの大きな手で作られたものとは考えにくいのだ。ウィレドは、人間よりもずっと大きな図体をしている。長身のダルクスよりも遥かに上背があり、腕や足も長く、手も大きい。細かい作業には向いていないように見えた。

 広大な敷地内の中心に聳える巨大な宮殿。それが大霊宮であり、上天より降り注ぐ光を浴びて、黄金色に輝くその巨大な建造物が放つ存在感は凄まじいというほかない。壁そのものに芸術的な装飾が施され、ウィレドを模した彫像がそこかしこに飾られている。何階建てだろうか。幾層にも分かれていることは、階層に異なる模様が入っていることからも判別できた。

「それにしても、これがウィレドの国だなんて……ちょっと信じ難いわね」

「そうですね。まるで人間の……見知らぬ土地の見知らぬ都市に迷い込んだかのようです」

「確かに……皇魔の“巣”がこのようなものだとは教わったこともありませんね」

「ふふ」

 セルクが、ミリュウたちが驚いたり感心する様を見聞きしてか、どこか勝ち誇るように笑った。

「我らが父祖が数百年もの昔に築き上げたのが、このアガタラの大霊宮だ。当然だが、人間の力など借りてはいない。我らが父祖が力を合わせ、何年も、何十年も、精魂込めて作り上げたのだ」

「ウィレドって……人間と似たような美的感覚でも持ってるのかしら」

「それは少し違う」

 彼は、頭を振った。

「単純に人間の文化の影響なのだ」

「え?」

「我らの父祖は、この世界に流れ着いたあと、原住生物の中でもっとも勢力を誇った人間と交渉を持つべく、様々な調査を開始した。その中で人間の言葉を覚え、人間の文化を学び、多大な影響を受けた。我らが本来の在り様は、既に失われていたのだから、人間の文化に染まるの致し方がなかったのだろう」

 セルクは、大霊宮の巨大な門を前にして、大きく嘆息した。本来の在り様の消失。彼が溜息を浮かべたのは、そこだろう。しかし、それが一体なにを意味するのか、ミリュウにはわからない。この世界に流れ着いたことに原因があるのか、どうか。

「アガタラが人間の住む都市によく似ているのは、そのためだ。とはいえ、我らなりに手を加えている以上、貴様らにとって過ごしやすい場所かどうかは保証しかねるがな」

 セルクは、そういって話を終わらせると、閉ざされた門へと歩み寄った。おそらくはそこが大霊宮へと至るための正面玄関なのだろう。重武装した門番のウィレドが二名、門の両脇に立っている。

 アガタラは、人間の文化の影響を受けているというのは、門番の出で立ちからもわかった。金属製の甲冑を纏い、厳つい穂先の槍を手にしている。ウィレドが武器を持ち、防具を身につけるという話は、魔王軍以外では聞いたことがなかった。魔法の使い手であり、強靭な肉体を誇るのがウィレドなのだ。アガタラ特有の文化なのだろうし、つまり、人間の影響といえるだろう。そういえば、セルクも防具を身に着けていた。ただ、それさえもエンデのウィレドの集中攻撃の前には意味をなさなかったようだが。

「マルガ=アスルが武臣にして、御側衆が一セルク、救いの希望を伴い、帰参せり。門を開けよ」

「……御意」

 門番のウィレドたちは、セルクの口上に素直に従うと、門へと歩み寄った。そして、二叉の槍の穂先を巨大な門の中心に向かって掲げ、重ね合わせた。それが合図なのか、門を開くための儀式なのかはわからないが、ともかく、門が音を立てて開き始めるのをミリュウたちはただ見守った。黄金の門は、隆々たる体躯を誇るウィレドのためか、とても大きな作りをしていた。ミリュウの背丈の三倍はあろうかという大きさであり、門扉自体、とてつもなく巨大で威圧感もある。それが重々しい音を立てながら開ききると、黄金の通路が眼前に現れた。

「我の後についてきてほしい。客人たちよ」

「いきなり客人扱いに変わるのね」

「当然だ。貴様らは、我らの希望。丁重に饗さねばアガタラの沽券に関わる」

「だったら最初から丁重に扱うべきじゃないかしら」

「……ここまでついてきてくれるとは、想ってもいなかった」

 セルクが、不意に本音を漏らした。

「人間は、我らを忌み嫌う。我らがどれほど人間に無害な存在であるかといったところで、聞く耳を持たぬ。当然のことだ。我らも同じだ。人間がどれだけ我らに害意はないといったところで、本質までは隠しきれぬ。互いに、あまりに長く憎み合い過ぎた。殺し合いすぎた。いまさら、歩み寄ることなどかなうまい。故に我は、貴様らが我の頼みに応じてくれるとは、考えてはいなかったのだ」

「それで、エリナが応じてくれたことに感想は?」

「感謝しかない」

 彼は、こちらを見て、深々と頭を下げてきた。そして、エリナに向かって、目を細める。その穏やかな表情には、確かに感謝の気持ちが溢れていて、皇魔に対する考え方を変えなければならないのではないかと想うほどだった。

「何度でもいう。ありがとう」

「あ、あの……感謝するのは、わたしの、癒やしの力がセルクさんの望みを叶えてからにしてください。わたしはまだ、なにもしていません」

 それは、エリナの本心なのだろう。なにもしていないのに、感謝ばかりされては、歯がゆく、こそばゆいのだ。しかし、セルクは取り合わない。

「いや、すでにこの段階で感謝してもしきれぬほどのことなのだよ、エリナ殿」

 セルクがエリナの呼び方を変えたこともまた、彼が彼女やミリュウたちに感謝しているという証なのかもしれない。

「セルクさん……」

「人間が、我らの言葉を信じ、我らの国に乗り込むなど、普通考えられぬことだ。ありえぬことといっていい。我らは、人間が皇魔と呼び、忌み嫌うものたちだ。そして、我らもまた、同様に人間を憎み、悪しく想っている。そんなものたちの国についていくなど、むざむざ殺されに行くようなものだ」

「そうね。まったくもってそのとおりよ。本当、お人好しがすぎるわよね、あたしの弟子ちゃんってば」

「師匠も、です」

「そう?」

「お人好しじゃなかったら、わたしを弟子になんてとってくれません」

「そうかしら。あなたほどの才能の塊を放っておくことなんてないでしょ」

「才能があるかどうかなんて、見ただけじゃわからないじゃないですか」

「……まあ、そうね」

 エリナの意見を肯定しながら、ミリュウは、彼女を弟子として引き受けることにした経緯に思いを馳せた。ずっと遠い昔のことのように想える。“大破壊”よりも何年も前。彼女がもっと幼く、子供でしかなかったころ。平穏そのものの時代。エリナは、大好きなひとの力になりたいという、ただそれだけのためにミリュウの弟子となった。彼女が武装召喚師として大成するかどうかなど、そのときにはまったくもってわからなかったし、ただの子供を弟子として引き受けるのには、勇気がいった。理由がいった。

 エリナは、本当にただの子供だった。戦闘訓練など受けたこともない、ただの子供。ただ、親の仕事の関係から古代言語に精通していたため、なんの勉強もしていない子供を武装召喚師に育て上げるよりかは、幾分はましかと思えた程度だ。そして、ミリュウのそんな考えさえも愚かな勘違いであることがわかった。

 エリナは、武装召喚師としての才能に溢れた少女だったのだ。

 身体能力こそ平均程度だったが、それもリョハンに辿り着いてからの訓練の日々で鍛え上げられ、同年代で彼女以上の身体能力を持ったものがいないほどにまで成長した。技量に関していえば、同年代には並ぶものがおらず、彼女よりも早く長く武装召喚術を学んでいるものたちをも追い越してしまった。

 エリナは、貪欲だった。

 武装召喚師としての自身を磨き上げるためならば、どのような苛烈な訓練をも乗り越えたし、武装召喚術に必要な知識も貪欲に取り込んだ。武装召喚術の総本山たるリョハンにおいて、彼女の成長速度は加速度的に向上したといっていい。まさか、この二年余りで、ミリュウ隊の一員として同行できるほどに成長するなど、ミリュウにも想像できなかった。

 そんな彼女がいま、この皇魔の国の希望として輝いている。


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