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第二百三話 傀儡舞踏

 数は、こちらが圧倒していた。

 ガンディア方面軍第三軍団千人と、ログナー方面軍第二軍団千人からなる総勢二千の軍勢。指揮官はふたりだ。ロック=フォックスとレノ=ギルバース。

 ロック=フォックスは、ガンディア方面軍の軍団長の中ではもっとも若いという話だったが、ログナー方面軍のエイン=ラジャールに比べればどうということはなかった。エリウスと然程変わらないのではないだろうか。二十代前半の青年軍団長は、人当たりも爽やかな好青年であり、エリウスは北進軍に参加してからの行軍中、何度となく言葉を交わし、好感を抱くまでになっていた。

 レノは、ギルバース家の人間としての務めを果たそうと息巻いているところがあるものの、部下の扱いも上手く、エリウスは見ているだけで勉強になった。

 そんなふたりの指揮官によって、二千の軍勢はうねるように敵軍へと迫っていた。

 マルウェール市街地東部。立ち並ぶ無数の人家が生み出す迷路のような道を進むしかない。中には、通路の各所に配置されていた木箱をよじ登り、家屋の屋根伝いに進行しようするものもいた。それは最初たったひとりだったが、戦功を求める兵士たちはそれに習って屋根に登り、進軍路の選択肢を増やしていった。人家の高さが一定であり、屋根と屋根の間隔が狭いからこそ出来る芸当だった。そして、屋根に登っているのは弓兵たちだ。弓ならば、高所に陣取るというのも理に適っている。

 兵士の声に西方に目を向けると、何本もの火柱が天を焦がすかのように聳えていた。カイン=ヴィーヴルの召喚武装に違いないが、土壁を作り上げた斧による攻撃とも思えなかった。武装召喚術は専門外であり、詳しいことはわからないのだが。

 エリウスは、通路を進む軍勢の先頭集団に紛れていた。レノも隣にいて、ふたりで武功を競うかのように馬を走らせている。敵軍の先陣まであとわずかだ。敵兵は通路に並び、盾を構えている。その後方の建築物の上に弓兵が布陣していた。牽制の矢がいくつも飛来してきたが、怖気づくことはない。突き進む。

「エリウス様に続けえええ!」

 だれかが叫ぶと、ログナー軍人たちが一斉に声を上げた。千人が千人とも反応したかのような大音声は、前方の敵兵たちを戸惑わせるほどだったようだ。しかし、矢による牽制は止まない。つぎつぎと飛んでくる矢の中には、エリウスを狙っているものもあった。が、当たらない。

 エリウスたちは、盾兵を前面に展開した防御陣形ではなかった。騎馬による強襲突撃。とにかく、敵陣へと殺到しようとしていた。そのためには多少の負傷には目を瞑ろう。矢が視界を掠めた。鋭い痛み。熱。左耳からだが、確認している暇はない。敵盾兵は、もう目前だった。敵兵の目に怯えはない。

(これは……!)

 エリウスは、敵兵の目になんらかの意図を感じ取って、馬を引こうとした。しかし、反応するのがあまりに遅すぎた。それに後方から追従してくる騎兵もいて、方向転換などできるはずもなかったのだ。直後、盾の隙間から飛び出してきた槍が、エリウスの駆る馬に突き刺さった。馬が悲鳴を上げながら暴れ狂い、エリウスは地面に振り落とされた。激痛は左肩に生じた。だが、幸いにも負傷したのは左肩だけだった。すぐさま地面を転がり、敵兵の槍をかわしていく。

「エリウス様!」

 レノの悲痛な叫び声にエリウスは苦笑を漏らすほどの余裕はあった。槍は、まだまだ迫ってくる。地面を転がりながらなんとか逃げ切ったものの、エリウスが起き上がったのは敵軍のど真ん中だった。武装した兵士たちが、予想外の闖入者にぎょっとしたのがわかる。エリウスは即座に軍用刀を抜き、眼前の兵士の鎧の隙間に切っ先を突き入れた。

 周囲が騒然となる中、彼は、死を覚悟した。



 前方、敵陣から迫り来る一頭の軍馬は、まるで火を吐いているようだった。

 実際には、火など吐いてはいない。火を吐く馬はいない。皇魔ブフマッツならば火を吐くかもしれないが、あれは馬とは違う生き物だ。異世界から来た化け物であり、人間の敵だ。

 馬に乗っている男が、武装召喚師なのだ。仮面の武装召喚師。カイル=ヒドラなどと名乗り、ハーレン=ケノックに近づいてきた男。カイル=ヒドラがなにを意味するのかはわからない。ただ、ハーレンにとって余程重要な名前だったのだろう。でなければ、翼将という地位にある彼が、敵軍からの訪問者とたったひとりで会うはずもない。不自然で、不可解な出来事だった。

 その直後、ハーレンは変心した。

 積極的籠城論者だったはずの彼が、突如として降伏するなどと言い出したのには、フォード=ウォーンも唖然とするしかなかった。彼の説明には理解こそ示したものの、納得できるはずもなく、前翼将エイス=カザーンとともにハーレンの殺害を計画した。

 いや、計画というほどのものでもなかった。

 ガンディア軍を出迎えに行ったハーレンを待ち伏せし、殺害する。同時にガンディア軍の大将首を上げることができれば上等だったのだが、それは敵武装召喚師によって阻まれてしまった。あのまま乱戦に持ち込めていれば、敵大将の首級を上げることもできたかもしれない。そして、軍勢にとって指揮官の死亡ほど痛いものはない。敵軍は、どのような状況にあっても引き返しただろう。

 フォードは、頭を振った。エイスの言葉を思い出す。潰えた可能生に思いを馳せるのは、愚者のすることだ。賢者は、常により良き将来に至るために考えるものなのだ。

(より良き将来……)

 現状で、勝利の可能生を考えろ、ということだろう。

 フォードは、つぎつぎと上がる火柱を見やりながら、背に負った大刀の柄に触れた。冷静に思考を巡らせる。勝利の可能生などあるのだろうか。敵総大将の居場所は、もはやわからなくなった。おそらく後方の安全地帯に待機し、下知を飛ばしていることだろう。それが正しいのだ。総大将みずから前線に赴く必要はない。前線は兵士たちに任せ、総大将は本陣で構えていればいい。

 だが、第五龍鱗軍の兵力では、そういってもいられなかった。

 千の兵士を二方向に分けたのだ。フォード率いる五百と、エイス率いる五百。五百の兵力で戦うには、やはり士気を鼓舞し、戦意を高揚させるものが必要だ。それは指揮官であり、将の務めだろう。こちらの部隊ではフォードがそれだ。では、向こうの部隊にはだれがいるのか。総大将エイスがみずから出馬しなければならない事情はそこにある。その上、エイスはかつて剣豪と謳われたほどの猛者であり、戦力としても十二分に数えることができた。

 ただし、彼も年老いている。無茶はできまい。

(勝てるか?)

 自問するものの、出てくる答えというのは酷薄なものだ。真剣に考えれば考えるほど、冷酷な現実が見えてくる。圧倒的な物量差があり、目に見えるほどの戦力差がある。そして、件の武装召喚師だ。その攻撃能力は馬鹿にできるものではなく、先陣は蹂躙され、戦線は崩壊の憂き目を見ていた。状況は刻一刻と悪くなる。崩壊した陣形に敵兵が雪崩れ込み、小競り合いというほどのものさえ起きずに殺戮されていく。

 第五龍鱗軍に武装召喚師のひとりでも配備されていれば、状況は大きく違ったのかもしれない。

 フォードは、全部で七つある龍鱗軍に、それぞれひとりずつ武装召喚師を配属させるという計画があったことを思い出していた。魔龍窟謹製の武装召喚師だ。配属されれば、さぞや戦力の増強になったに違いない。そして、つい最近、魔龍窟から数名の武装召喚師が出てきたという話も聞いている。ついに龍鱗軍への配属が始まるのかと思ったものだが、どうやらそういうわけでもなさそうだった。ガンディアとの戦争への対応を優先したのだ。

(街のひとつやふたつ……か)

 ハーレンのいっていたことも、あながち間違いではなかったのかもしれない。

「こちらに居られましたか、フォード副将殿!」

 思索を遮った叫び声に、フォードは渋面を作った。声をかけてきた兵士をひと睨みする。フォードは考えごとを遮られるのがもっとも嫌いなことだった。もちろん、戦場で考えごとに没頭している暇などありはしないのだが、つい、いつもの癖が出た。

「どうした……?」

 見ると、鎧を着込んだ青年兵が、肩で息をしていた。どこから走ってきたのかはわからないが、フォードを探し回っていたことだけは把握できる。兜の中、大汗をかいている。見覚えのない顔ではあるが、フォードとて、全員の顔を克明に記憶しているわけではない。

 兵士は、ゆっくりと呼吸を整えると、フォードの苛立ちなどどこ吹く風でいってきた。

「それが、重大な命令が下されまして」

「命令? エイス様からか?」

 フォードは、予期せぬ兵士の言葉に驚きを覚えた。この状況で命令の変更があるとすれば、撤退以外には考えられなかった。まさか、いまさら降伏はしないだろう。それはエイスの感情が許すまい。フォードは、長年仕えてきたエイスの性格は、ある程度把握していた。

 しかし、逃げるとすればリバイエンかファブルネイアの砦であり、そこから龍府に逃げこむつもりなのだろうか。逃げるにしても、敵軍の猛攻を凌ぎながら逃げなければならない。簡単にはいかないだろう。

 などと彼が考えていたときだった。

 殺気が目の前の兵士から放たれ、フォードは、青年兵が腰の剣を掴むのを目撃した。

「我が主から――」

 青年兵が言い終えるより早く、フォードは大刀を抜き放ち、その男を切り下ろしていた。重い手応え。鎧ごと断ち割った上半身から鮮血が飛び散り、臓物まで露出する。悲鳴はなかった。一太刀で絶命したのだ。副将が部下を斬り殺したことに兵士たちが騒然とする中、彼は怒声をあげていた。

「敵に通じたか!」

 第五龍鱗軍の劣勢を見て、裏切ったとしか考えられなかった。

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