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第二千三十六話 救いの巫女(一)


 ひとの運命とは、よくわからないものだと、ミリュウは想う。

 自分にしても、そうだ。

 小国家群において多少なりとも領土を誇るザルワーンの五竜氏族に生まれ、姫君の如き扱いを受けていたのが魔龍窟のような地獄に落とされ、挙句は、敵の召喚武装を複製したがために恋に落ちた。まったくもって、よくわからない人生を歩んできたというほかあるまい。

 とはいえ、それがすべて悪いものだったかというと、そうではないということを彼女は知っているし、人生に後悔はなかった。たった一つを除いて、ではあるが。

 ゆっくりと、伸びをする。あくびが漏れたが、気にすることはない。この黄金造りの豪華絢爛たる室内には、彼女と彼女の弟子のふたりしかいない。弟子の前では、取り繕う必要などはなかった。すべて曝け出しても問題はない。弟子は、彼女のすべてを見てきたのだ。

 全部が全部、黄金でできているわけではない。壁や床、天井は黄金であり、見るからに価値のあるものだが、床に敷かれている絨毯や彼女たちが寝起きしている寝台、調度品の数々は、木製のものがほとんどだった。どれも人間用に設えられたものではないため、とにかく大きく、存在感があった。寝台など、おそらく一人用のものなのだが、彼女が弟子とふたりで使ってもなんの問題もないくらいに大きかった。

「今日で何日目だっけ?」

「えーと……数えてません!」

「そうよね。そりゃあそうよ。うん」

 弟子からの返答に、彼女は、そんな言葉を浮かべるしかなかった。

 地上から遠く隔てられた地底世界に閉じ込められて、既に数十日は経過している。日数がわからないのは、この地底世界には太陽は登らず、また沈むこともないため、日時が判然としないからだ。疑似太陽によって、常に一定の光が降り注ぐこの世界に夜はなく、時間感覚も狂わざるを得ない。

「でもでも、まだ当分は帰れそうにないですよ!」

「そうよね。そりゃあそうよ。うん」

 弟子の訴えに、ミリュウは、そう答えるしかない。

 エリナは、この地下世界において救い主の如く扱われ、彼女もその気になって発奮しているのだ。そんな彼女の決意に水を差すようなことは、彼女の師匠たるミリュウにはできなかった。それがたとえばエリナの勝手な思い込みによるものならば反対し、諭すのだが、そうではない以上、彼女が無理をしないよう見守るしかない。

 彼女は、ある人物の背中を見て育ったといっても過言ではない。

 その人物は、自分の人生をなげうって、他人のために戦い続けた。いつだって、自分以外のだれかのために刃を振るい、傷つき、血反吐を吐き、それでも戦い抜いた。そんな彼のことを、ひとは、英雄と呼び、賞賛し、それによって彼の数々の行いを当然のように受け入れた。彼が戦うのも、彼が勝利をもたらすのも、彼が傷つくのも、彼が死に瀕するのも、当たり前のことだとでもいうように。

 それでも、彼は不平ひとつ漏らさなかった。

 彼はいつだって、そうだった。どんなときだって、そうだった。

 困っているだれかを見れば、手を差し伸べずにはいられない。その結果、痛い目を見ることもあったはずだ。それでも彼は、いつだって、どこかのだれかに手を差し出した。そんな彼だからこそ、その周囲には、彼を慕うものたちで溢れたのであり、彼女のような心根の持ち主が生まれたといってもいい。

 ミリュウは、そんな彼女の心の在り様を美しく想っていたし、このままの彼女でいてほしいと考えていた。だから、だろう。エリナが皇魔に手を差し伸べたことに関しても、否定的な態度を取らなかった。

 ミリュウ隊の武装召喚師たちは、そうではなかった。護峰侍団の隊士たちは、皆、皇魔滅ぼすべし、という教育を受けているからだ。皆、盛大に反対した。当然のことだ。皇魔と見れば即座に殲滅するというのは、なにも護峰侍団特有の考え方ではなかったし、間違った教育方針でもなかった。人間からすれば、当然の、ごく当たり前の思考法だ。

 皇魔は、人類の天敵なのだ。

 そう、血に刷り込まれている。

 何百年前の昔、聖皇が神々を召喚し、その際、紛れ込むようにして現れた災厄たち。それが皇魔だ。聖皇の魔性とはよくいったものであり、それらは、神々がもたらす祝福よりも激しく、苛烈に世界を覆い、人類の敵として天地を荒らし回った。 

 以来五百年近く、人類は皇魔という天敵の目に怯えながら生きてきた。都市を堅牢な城壁で囲い、皇魔に対する結界とするようになったのも、そのためだ。城壁のない村や街は、皇魔によって滅ぼされるしかなかった。それほどまでに皇魔と人間の戦力差というのは大きく、圧倒的、絶対的とさえいってよかった。故に人類は、皇魔を天敵と見なしたのだ。

 そんな天敵に手を差し伸べることなど、普通、考えられることではない。いくら相手が傷つき、衰弱していたとしても、だからといって手を差し伸べようなどとは多くの人間は考えない。好機と見てとどめを刺そうとするか、見て見ぬふりをしてその場を離れるだろう。それが、一般的な人間の対応であり、正しい行いといっていいだろう。傷ついた皇魔を手助けした結果、その皇魔に殺されるなど、笑い話にもならない。

 しかし、エリナには、そんな常識が通用しなかった。

 だから、ミリュウたちはいま、地上より遠く離れた地下深く、地底空間に築き上げられた皇魔の国にいる。

 何日、何十日も閉じ込められているとはいえ、閉塞感はない。アガタラと名付けられたウィレドの国は、広大な地下空間に築き上げられていた。リョハンというリョフ山内の都市に閉じこもっているよりも、よほどのびのびとしていられた。周囲四方を閉ざされた地下空間であるにも関わらず、だ。不思議なものだと想うのだが、事実、そう感じるのだから仕方がない。

 リョハンと連絡を取ることができないのが唯一の不満といえば、不満だった。それ以外、ミリュウたちは日々の生活に不満を覚えるようなことはない。この地下世界に花開いたウィレドの文化は、人間にとっても馴染みやすく、受け入れやすいものだったからというのも大きい。ウィレドたちの生活は、極めて人間に近いのだ。食事も、野菜や果物を中心としているとはいえ、食べられないものではないし、むしろ美味なものばかりだった。衣服に関しても、もともと持ち歩いていたため、問題はなかった。ウィレドたちとの交流に関してもそうだ。彼らの大半は、共通語を理解し、読み書きに通じていた。どうやら、アガタラではウィレド独自の言語のほか、共通語を学ぶことが通例となっているらしい。アガタラのウィレドたちがミリュウたち人間を平然と受け入れた理由も、そこらへんにあるようだ。

「朝食が済んだら、朝の訓練よ」

「はい、師匠!」

「それが終わったら、いつもの検診……か」

「はい!」

 エリナの威勢のいい返事を聞くミリュウの脳裏を過るのは、この国を覆う暗雲に関することだった。

 すべての始まりは、彼女がみずからの隊を率いて、周辺領域調査を行っていたときまで遡る。


 周辺領域調査は、“大破壊”によって変わり果てた世界の現状を調べ上げ、リョハンの今後の政策、活動の指針とするためのものだ。二代目戦女神の誕生と七大天侍発足の直後、戦女神ファリアと守護神マリクおよび護山会議の話し合いによって取り決められたものであり、七大天侍のひとりひとりを隊長とする調査隊は、それよりリョハン周辺の荒れ果てた世界の調査を始めた。

 あれから二年以上が経過し、調査は大きく進んでいた。少なくとも、リョハン周辺とはいえない地点までも調べ尽くし、その膨大な量の調査資料がリョハンの重要な情報として蓄積されている。リョハンの周辺領域といえる範囲はもうわずかといってもよく、このままの勢いで調査を続ければ、年内に調査隊を解散する運びになるだろうという話だった。

 リョハン周辺を調査するだけならばともかく、近隣都市のさらに向こう側までも調べ尽くす必要はない、と、リョハン政府は考えているのだ。というより、そんな遠方まで調査隊を派遣するのは、調査隊にとっても危険であったし、リョハンの防衛上、利点のないことだった。周辺ならば、もし万が一リョハンになんらかの事件が起こった場合、すぐに帰還することができる。故に周辺領域調査は、積極的に行われたのだ。

 ミリュウが隊を率い、周辺領域調査に赴いたのは、そのような時期だった。つまり、調査地域も残すところわずかとなり、仕上げに向かっている最中ということであり、ミリュウ隊の隊士たちは皆、気合が入っていた。

 ミリュウ隊は、七大天侍の一翼を担うミリュウが隊長を務め、弟子のエリナが副官のような役割を務めている。その下に護峰侍団から出向中の武装召喚師二十名がいる。いずれも優秀な武装召喚師であり、一部は、ミリュウとの調査の中で経験を積み、めきめきと成長している。いずれは護峰侍団の将来を背負って立つ人材へと成長することだろう。

 また、ミリュウが昨年の周辺領域調査で発見し、保護した名も無き黒い戦士も、ミリュウ隊の一員となっていた。彼にはダルクスという呼び名がつけられた。古代言語で闇を意味する言葉だ。黒を意味するウルクでは、魔晶人形のウルクと被ってしまうからだ。黒い戦士本人はウルクでも気にしないのだろうが、ミリュウたちが気にする。故に彼には黒い鎧から連想できる闇に関する名をつけたのだが、彼はそれなりに気に入ってくれたようだった。言葉を発することのできないらしい彼は、身振り手振りで感情表現をするしかないのだが、その感情表現が豊かであることはある意味救いだった。彼がなんの反応も示さないような人物ならば、ミリュウも彼を連れ歩こうなどとは考えなかったかもしれない。いくら傍若無人を標榜するミリュウといえど、それくらいの分別はつく。

 総勢二十三名。

 それがミリュウ隊のすべてだが、ほかの隊に比べれば戦力的に見ても十分すぎるほどといってよかった。エリナとダルクスがミリュウ隊の戦力を大きく底上げしているのだ。

 そんな充実した戦力でもって周辺領域調査に乗り出したミリュウ隊は、リョハンの南西を目指した。およそ六日かけて辿り着いた丘陵地帯の安全を確認するのに時間はかからなかった。いや、安全と呼べたものかどうか。丘陵地帯の大半が結晶化し、死んでいるといってもおかしくない状態だったのだ。瀕死状態の丘陵地帯を闊歩する皇魔などいるはずもなければ、動植物の姿も少なかった。また、調査のための中継地点を設営する必要も見受けられず、ミリュウ隊は早々に調査を打ち切ると、帰路についた。

 そう、そこまでは順調だったのだ。なんの問題もなく調査を終え、人員のうち、だれひとり欠けるどころか傷を負うものもいなかった。皇魔や神人、神獣といった人外の怪物と遭遇しなかったのだから当然ではあるが、隊のだれもがその順調な経過に安堵し、安心しきっていた。

 足取りも軽い帰路、まさかあのような事態に遭遇するなど、だれが想像できるだろう。

 運命の不可思議さには、頭をひねらざるをえない。



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