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第二千三十三話 捜索行(四)


「エリナが巫女ってのは、どういうことだ?」

 セツナが気を取り直して問いかけるも、ウィレドはおもむろに頭を振った。

「その質問に答える前に、まず問い質したい」

「……ああ」

 質問に質問で返すのは愚か者のすることだといわれたばかりのこともあり、セツナは質問を引っ込めると、ウィレドたちの疑問に答えることにした。彼らがなにを問い質したいのかは、わかりきっている。彼らの関心はそこにしかないのだ。

「つまり、貴様が「オニイチャン」なのか?」

「あんたのいう巫女ってのが、エリナ=カローヌで、その巫女とともにミリュウ=リヴァイアっていう人間がいるのなら、そうだ」

 セツナの返答が多少回りくどかったためか、ウィレドたちは理解するのにしばし時間を要したようだった。共通語を人間と遜色ないくらいに使えるとはいえ、彼らは皇魔だ。人間のような回りくどい言い方にはなれていないのかもしれない。

「おおっ!」

「オニイチャンか!」

「貴様が、オニイチャン!」

「オニイチャン、探していたぞ!」

 ウィレドたちがオニイチャンという言葉を連呼しながら飛膜をばたばたさせる様子を眺めながら、セツナは、軽い目眩を覚えた。飛膜をばたつかせるのは、喜びの表現かなにかなのだろうが、それにしても厳つく禍々しいとさえいえる姿をした彼らがオニイチャンという単語を連呼する様は奇妙というほかない。彼らにはその言葉が意味することが理解できていないにせよ、だ。

「……なんていうか、変な感じだな」

 セツナは、ウィレドたちの歓声がどうにも無邪気で、皇魔への印象を改めなければならないとも考えた。すると、いつの間にか側に近寄ってきていたレムが囁き声でいってくる。

「なんにせよ、良かったではありませんか。エリナ様にミリュウ様、おそらくはほかの皆様もご無事なのでしょうし」

「ああ。そりゃあな」

「しかし、エリナちゃんを巫女と呼んでいるのは、どういうことなんでしょうね?」

 アスラが小首を傾げる。

「それに、ミリュウたちが無事なら、どうしてリョハンと連絡を取れないのかもな」

 ミリュウたちが無事だというのなら、日本語の手がかりなどではなく、もっとわかりやすい手がかりを残すなり、リョハンに連絡すればよかったのではないか。ウィレドと交渉の末、リョハンに戻れなくなった、とでもいえば、リョハン側は彼女たちの捜索のために混乱せずに済んだのだ。

 セツナたちが疑問に頭を悩ませていると、ウィレドの一体が口を開いた。

「それは、道すがら説明させて頂く」

「あん?」

「オニイチャンには、我々とともに来てもらわねばならんからな」

「どこへ連れて行くつもりだ?」

「無論、我ら――貴様ら人間がウィレドと呼び、忌み嫌う皇魔が国よ」

 ウィレドは、卑下するでも自嘲するでもなく、むしろ胸を張り、誇らしげに告げてきた。皇魔の国。ウィレドの国。聞いたこともないが、あったとしても、おかしくはない。皇魔は、“巣”を作り、そこで繁殖する。その“巣”のことを国と呼んでいるのかもしれない。皇魔は、組織的な行動を取らないといわれるが、どうやらそれは他種族を交えた場合の話であり、同種族間ならば、そうでもないのかもしれない。でなければ、国という言葉に誇りを持ったりはできまい。

「……そこに行けば、エリナやミリュウに逢えるんだな?」

「もちろんだ」

 ウィレドが、鍛え上げられた胸に拳を当てた。

「巫女は、オニイチャンに逢いたがっている。我々には巫女の御力が必要なのだ。故になんとしてでも我々の国に留まって貰わねばならぬ。そのためにも、我々は、巫女の望みを出来る限り叶えたいのだ」

「それで……オニイチャン、つまり俺を探してたってわけか」

「うむ」

 ウィレドの肯定に一応の納得こそしたものの、なぜ、エリナが巫女と呼ばれ、なおかつウィレドたちに丁重に扱われているのかはまるでわからないままだ。それはおいおい話してくれるのだろうが、どうせならいますぐに話してくれてもいいのではないか、と思わないではない。もっとも、いずれ知れるのであればいつ知れても同じことではあるが。

「では、我々とともに来てくれるのだな?」

「ああ……けど、少し、待ってくれ。ほかの皆と話し合いをしたい」

「構わん。時間はあるからな」

「ありがとう」

 礼をいうと、セツナはウィレドたちの前から離れ、皆を呼び集めた。武装召喚師たちもレムもウィレドの話に困惑を隠せない様子ではあったが、ミリュウ隊の生存が明らかになったことそのものにはほっとしているのがわかる。特にアスラは、ミリュウが間違いなく生きているということがわかって、多少、楽観的な表情さえ浮かべていた。

「どうやら、ミリュウ隊の皆はウィレドの国にいるようだ」

「そのようでございますね。それで、いかがなされるのです?」

「そもそも、ウィレドの話、信じてもいいものなのでしょうか?」

「信じるしかないだろ。奴らは人間のことなんてなにも知らないんだ。それが、エリナのこと、ミリュウのことを知っていて、エリナがオニイチャンに逢いたがっているってことまで知ってる。嘘をいっているようにも見えねえ。皇魔が人間に嘘をつく利はねえしな」

 皇魔は、この世界においては人類の天敵として知られる。聖皇の神々の召喚に付随してきた異物たちは、この世界に住むひとびとに恐怖の対象となり、聖皇の魔性――皇魔と呼ばれるようになった。以来五百年に渡って人類と血で血を洗う争いを繰り返してきた。積み上げられた憎悪と復讐の連鎖は、人類にも皇魔にも拭いきれないものとして受け継がれ続けている。そんな皇魔が人間を探して回ることなど、通常、ありえないことだった。それに、ウィレドの紳士的な振る舞いは、人類を憎悪してやまない皇魔には考えられないことであり、彼らが言葉通り、エリナと何らかの関わりを持っていることは疑いようがなかった。

 でなければ、人間と見れば襲いかかるか、接触を試みたりはしないはずだ。

「では、彼らの国とやらについていく、と?」

「ああ。俺は、な」

 セツナがそういうと、レムが驚いたような顔をした。

「御主人様、まさか、おひとりで行かれるおつもりでございますか?」

「なにも全員で行く必要はないだろう。リョハンに報告しなけりゃならんし、なにより、リョハンの防衛戦力も充実させておくべきだ」

「確かにそれはそうでございますが」

 レムも、セツナの意見には反論できないようだった。

 現在、リョハンの防衛戦力はその大半が護峰侍団によっている。その護峰侍団は、先の戦いで多くの死者を出しており、完全な状態とはいえない。そこに加わる七大天侍のうち、大半がなんらかの任務に従事しており、常に防衛体制が完璧とはいえないらしいのだ。そんな状況下でアスラ隊がミリュウ隊の捜索のためにリョハンを離れているということは、戦力の大きな低下といえた。こんなときに神軍が現れでもすれば、リョハンが対抗するのも難しくなる。

 そのため、セツナは、ウィレドの国に行く人員を限定することを考えたのだ。戦力の充実を考えるならばセツナがいの一番に戻るべきだが、残念ながら、ウィレドの目的がセツナである以上、それは不可能だった。故に彼は、レムとアルたち魔晶人形、それにアスラ隊の一部を帰還させることを考えている。

「お姉様の無事を確かめるため、わたくしはついていきますよ」

 アスラのその発言は、セツナも織り込み済みではあった。ミリュウ第一主義の彼女ならば、必ず総発言し、決して折れないだろう、と。

「……少人数がいいんだが」

「では、こうしましょう。わたくしだけがセツナ様と行動をともにする、と。隊のものたちには、リョハンに戻り、ありのままを報告させた後、護峰侍団に復帰させましょう」

「ふむ」

「わたくしはどうすれば?」

「おまえもリョハンに戻れ。アルたちを連れてな」

“死神”使いのレムと量産型魔晶人形たちは、戦力として申し分ないのだ。レムが魔晶人形たちを連れてリョハンに帰還するだけで、セツナの中の不安の大半は解消された。

「わかりました。御主人様、どうかお気をつけてくださいまし。あのウィレドたち、どうやら善良な心根の持ち主のようではございますが、皇魔は人類の天敵。油断だけはなされませぬよう」

「わかっているよ。レムこそ、気を引き締めておけよ。俺がいないからって気を抜きすぎるなよ」

「御主人様がいるときのほうが気が抜ける、というのは、いわないほうがよろしいでしょうか?」

「どういうことだよ、おい」

「御主人様とともにあればその心強さのあまり、気を引き締める必要がないということにございます」

「……そういうことか」

 セツナは、レムの言葉の意味を理解し、少しばかりほっとした。レムのことだ。またわけのわからぬことをいってくるかもしれない、と、身構えていたのだがどうやら考え過ぎだったようだ。安堵とともにレムの頭を撫で、それからアスラが部下たちに指示を伝えているのを横目に見る。アスラの部下たちは不服そうな顔をするものと、安堵するものとが半々と言った様子だった。皇魔は人類の天敵だ。皇魔の言葉を信じ、行動をともにすることは、この世界の人間にとっては考えられないようなことなのだろう。それは、異世界人であるセツナにも、理解できることではあったが。

「リョハンのことは任せた。ミリュウたちのことは、任せろ」

「はい、御主人様、アスラ様。どうか御武運よ」

「戦いに行くわけではありませんよ」

「だといいがな」

「はい?」

「いや、こっちの話」

 セツナは、アスラのきょとんとした表情から視線をそらすと、腕組みしてこちらを見遣るウィレドたちをちらりと見た。

 皇魔が人間の手に頼らざるをえない状況というのは、どういうことなのか。

 それがどうにも嫌な予感となって脳裏を駆け巡るのだ。



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