第二千三十話 捜索行
捜索は、続く。
リョハンから南西の調査地点までの道中、安全の確保された中継地点から中継地点へと移動しながらの手がかり探しは難航を極めた。ミリュウ隊がいったいどこでどのようにして姿を消したのかすらわからないのだから、その捜索範囲は広範に及ぶためだ。捜索し、なんの手がかりも見つからなければ移動し、また広範囲を捜索する。その繰り返しで日が暮れ、朝が来た。
セツナは、カオスブリンガーを手にすることによる副作用であるところの五感の超強化を利用し、それによって捜索範囲内を詳細かつ徹底的に調べあげた。ときにはメイルオブドーターを用いて飛び回ったりもしたが、それでも手がかりひとつ見つからない状況が続いている。
レムは五体の“死神”を使役し、ひとり六役で探し回っていた。アル、イル、エルの三体は、捜索には向かないため、レムの言いつけ通り二台の馬車の警護や、休息の際の護衛という重要な役割を果たした。そういう点で、魔晶人形たちを連れてきたのは正解だった。彼女たちがいなければ、全員を捜索に投入することはできなかっただろう。どうしたところで馬車や荷駄を護るために人員を割く必要が出て来る。
アスラやアスラ隊の武装召喚師たちも、セツナと同様に召喚武装の補助や能力そのものを利用しての捜索を行っていた。合わせて二十名以上の武装召喚師が一斉に広範囲を捜索しているのだが、ただ闇雲に探し回るよりはよほど効率はいいだろう。しかし、見つかるのは、ミリュウ隊とは無関係のものだという戦闘の痕跡ばかりであり、ミリュウ隊の足取りはまったくもって掴めない。
場所を変え、日を変え、何度となく捜索を繰り返しながらの捜索行。なんの進展もなければ、手がかりのひとつも見つからないまま、時間ばかりが過ぎていく。しかし、セツナたちは焦らず、逸らず、地道に手当たり次第の捜索を続けていた。諦めてはならないし、諦めるわけにはいかなかった。不安がないではない。ミリュウたちの身になにがあったのか、心配でならなかったし、気が気ではないのも確かだ。だが、だからといって焦燥感に駆られ、冷静さを失えば、見つかるものも見つからなくなるだろう。わずかな手がかりの発見の遅れが、ミリュウたちの命の危機に関わる。
(とはいえ)
セツナは、ここ七日あまり、なんの進展もない広域捜索を続けていることに疑問を感じずにはいられなかった。まるでなんの手がかりもつかめていないのだ。このままミリュウ隊の調査地点まで辿り着き、ミリュウたちの消息がわからなければ、完全にお手上げ状態となるだろう。その可能性が見えてきたものだから、さすがのセツナも焦りを覚えずにはいられなかったし、捜索方法にも疑問が生まれる。ただ闇雲に探し回ることにどれだけの効果があるのか。これまでもそうやって探してきて、なんの手がかりも得られなかったのではないのか。
(このままでは埒が明かねえ)
そこでセツナは、黒き矛を召喚した上で、別の眷属を同時併用することで感知範囲、感知精度を高めようと試みた。さすがに負担が膨大かつ安定感の欠ける完全武装状態にはならなかったものの、複数の召喚武装を同時併用することによる五感の強化は、瞬間的にセツナの意識を研ぎ澄まし、いままで見えなかったものまで克明に彼の脳裏に刻みつけた。共同捜索隊の捜索範囲以上の広範囲がセツナの感知範囲そのものとなり、感知範囲内の地形の隅々までも一瞬のうちに把握する。範囲内に動く生き物の代償関わらず五感に引っかかり、その息吹き、身動き、体臭までもが精確にわかる。五感を制御する技術を持ち合わせていなければ、なだれ込んでくる情報量に圧倒され、自分を見失うだろうこと請け合いだった。
それは、なにもセツナのみにいえることではない。武装召喚術を唱えられるようになったものが一番最初に立ち向かわなければならない試練のようなものであり、このとき、肥大した五感を制御しきれず、情報量に飲まれ、我を失った武装召喚師は、そのまま逆流現象によって意識を灼かれ、廃人同然と化すのだという。武装召喚師ならばできて当然の技術ではあるが、現状、セツナが制御しているのは通常、武装召喚師が制御する以上に強大な力であり、困難であることは間違いない。
すると、セツナは捜索範囲からさらに西にある小さな森の中に違和感を感じ取り、レムにアスラたちとの連絡を取らせた。自身は馬車に戻り、アルたちに荷台に乗るよう促した。アル、イル、エルの三体は、セツナからの指示となると一瞬の躊躇もなく従うものだから、小気味がいい。自我がない分、余計なことを考える必要がないのだろう。
レムがアスラ隊とともに戻ってくると、セツナは事情を説明し、捜索隊全員で西の森へと向かった。
先程の捜索地点から半日ほど西に向かった場所にその森は位置していた。
小高い丘を見上げる平地にある小さな森で、見たところこれといった特徴があるわけでもない。結晶化が起きているわけでもなければ、なにかしら際立った点があるようにも見えない。“大破壊”の影響を受けている様子もなく、そのことが異様に映らないこともないのは、リョハンが周辺領域と呼ぶ地域の森や大地が“大破壊”によって荒れ果て、変わり果てているからだろう。
「この森に?」
森の外で馬車を降りるなり、アスラが問うてきた。そのときにはセツナはすでに黒き矛を召喚し終えていて、馬車を魔晶人形たちに任せ、レムとともに森に向かう準備を完了させている。今度は、同時併用ではない。先程の同時併用時に手がかりの位置を特定し、把握済みだからだ。
「ああ。こっちだ」
セツナは、アスラ隊が準備を終えるのを待ってから、いった。
「この森になにがあったのでございます?」
「まったく、あいつらしいもんさ」
「はい?」
レムが小首を傾げるのを気配だけで感じながら、森の中へと足を踏み入れる。アスラたちもまた、セツナの言動が理解できないといった反応を見せているが、構うことはなかった。セツナは、既に手がかりを見つけ、その場所を特定しているのだ。そして、それならばいちいち説明するよりも現物を見せるほうが早い。
ということで、セツナは森の中を草木に引っかからないように駆け抜けると、一本の針葉樹の前で足を止めた。
黒き矛を手にしたセツナを除外しても、皆、鍛え上げられた武装召喚師だ。さほど待つこともなくセツナに追いつくと、彼が一本の木に注目していることに気づき、怪訝な顔になった。
「この木がどうかされたんですか?」
「……ここを見てくれ」
そういってセツナが指し示したのは、針葉樹の幹であり、そこにはなにかで文字が刻まれている。レムやアスラたちは木の幹を注視し、幹に刻まれた文字を確認したようだが、意味がわからないとでもいうように眉根を寄せる。
「これはいったい……」
「なんなのでございましょう?」
レムもアスラたちも、幹に刻まれた文字がなんであるのか、まるで理解できていないようだった。それはそうだろう。この世界において、幹に記された文字を理解できる人間は、数える程もいまい。
「この森も既に捜索されているだろうし、この幹の文字も発見されていると想う。天然自然のものじゃないのは明らかだしな」
「ですが、この文字、なんて書いてあるのかわかりませんよ?」
「この未知の文字がお姉様の手がかりとも想えませんし……」
「わかるし、手がかりなんだよ」
セツナは、困惑気味のレムたちに告げると、もう一度、木肌に刻まれた文字に注目した。おそらく、ミリュウが召喚武装ラヴァーソウルで刻みつけたものだろう。こんなことをするのはミリュウ以外には考えられなかったし、そのおかげで、セツナの中の漠然とした不安は消し飛んだ。こんなことを刻んでいる余裕があるのだから、そこまで深刻な事態に陥ってはいないということだ。
「ここには、こう刻まれている」
セツナは、木肌に刻まれた文字を多少の気恥ずかしさの中で読み上げた。
「『わたしは生きている。あなたの愛しいひとより』」