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第二千二十九話 方舟(四)


 船員室の並びを抜けると、階段があり、さらに奥に進むとまたしても昇降機らしきもののある空間にでた。

 船員室の前方と後方に船内を移動する手段があるのは当然だろうが、昇降機なるものが当たり前のように配置してあることには驚きを禁じ得ない。マリク曰く、それはかつてセツナの記憶の中に垣間見たものであり、この世界の技術では再現不可能に近い代物だというのだ。

 マリクがセツナの記憶を覗いたのは、何年も前の話だ。クルセルク戦争まっただ中、異世界より召喚された巨鬼に攻撃を試みるため、マリクがセツナの黒き矛を用いた際、逆流現象が起きたのだという。かつてのミリュウのように、だ。そこでマリクはセツナのひととなり、そして彼が生まれ育った異世界の在り様を見て、記憶に留めたのだ。マリクがセツナに多少甘くなったのは、そのときの影響のようだが、彼はそれを認めようとはしない。

「そんなものがどうしてこの世界の、それも神軍の船にあるんですかね」

『少し考えればわかることだと思うけど』

「はい?」

『セツナの記憶の中で見たって、いっただろう』

『神軍の指揮官は、だれだったかしら?』

「指揮官……あ!」

 ルウファは衝撃的な事実を思い出して、思わず魔晶灯と通信器を放り投げそうになった。いや実際問題、魔晶灯こそ手放さなかったものの、通信器は空を舞い、マリクの幻像がくるくると回転しているのを見て、彼は慌てて手を伸ばした。通信器は頑丈にできているため、思い切り放り投げてもぶつけた対象が壊れるだけだが、だからといって雑に扱っていいわけではない。

『目が回りそうになったじゃないか』

『気分悪い……』

「あ、ああ、ごめんなさい!」

 ルウファは、平身低頭の想いで謝った。

「で、でも、マリク様たちが驚かせるのもよくないんですよ!」

『それはわかるけど』

「そうか……クオンか……」

 ルウファは、異世界の技術が方船に使われている理由に納得する想いだった。

 クオン=カミヤは、アズマリア=アルテマックスの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンによって召喚された異世界人だ。その出身世界こそ、セツナと同じ世界であり、その世界の技術を彼の組織が利用することは、考えられないことではない。むしろ、利用できるなら利用して当然だった。ただ、マリクはセツナの世界とイルス・ヴァレでは科学技術の分野において大きな隔たりがあり、おいそれと利用できるものばかりではないのだという。セツナが技術的な話をしないのも、そのためかもしれない。

 ルウファが衝撃を思い出したのは、クオンが生きていて、神軍の指揮官になっていたという信じがたい事実をだ。


 ラムレスより伝えられた話によると、最終戦争時、クオンは《白き盾》の幹部たちとともにヴァシュタリア軍主軍本隊の中にいたという。当時の彼はヴァシュタラの神子であり、ヴァシュタラ教会の頂点に君臨し、ヴァシュタリア共同体の指導者といっても過言ではない立場にあったからだ。彼が主軍本隊の要であったのは当然のことであり、ヴァシュタリア軍が小国家群への侵攻を始めたのも、神子クオン・ヴァーラ=カミヤが大陸全土から異教徒を駆逐し、ヴァシュタラの教えの元に世界を統一するための聖戦を行うことを宣言したかららしい。

 しかしそれは、至高神ヴァシュタラを欺くための方便であり、彼の本心、目的はまったく別のところにあった。

 小国家群への侵攻、それにともなう聖皇復活の儀式への参加は、ヴァシュタラ神の望みであって、クオンが望んだことではなかったのだ。

 クオンは、聖皇復活を阻止するべく、動いていたのだ。

 聖皇の復活は、聖皇に召喚されたまま数百年もの間、この世界にとどまることを強いられ続けた神々にとっては悲願といってもいい事象だが、この世界に生きるものたちにとっては歓迎するべき出来事ではなかった。聖皇復活が果たされれば、聖皇によってイルス・ヴァレそのものが滅ぼされる可能性が高かった。故にクオンは聖皇復活を阻止せんとした。

 クオンは、ヴァシュタラの神子になりながら、ヴァシュタラの思惑とは正反対の願いを胸に秘め、阻止する方法を模索し続けたのだ。

 最終戦争そのものの勃発も阻止しようとしたらしい。しかし、三大勢力のうち、ひとつでも小国家群への侵攻を開始すれば、ヴァシュタリアだけが動かないわけにはいかなくなる。いずれかが動けば、ほかの勢力も指をくわえて見守っているわけにはいかないのだ。そんなことをすれば、一大勢力が瞬く間に誕生することとなり、ほかの二勢力もいずれ制圧されかねない。

 最終戦争を回避するには、三大勢力による均衡を維持し続ける以外にはなかったのだが、それは、できなかった。いずれかの勢力が”約束の地”を見いだしたとき、五百年に渡る均衡は崩れざるを得なかった。

 となれば、もはやだれにも止めることなどできない。

 ヴァシュタリアの最終戦争への参戦について、クオンを責めることはできない。そもそも、ヴァシュタリアの真の支配者はヴァシュタラなる神であり、クオンひとりが反対したところで、どうしようもない。神に反対したところで、神に操られ、傀儡となるだけなのだという。だからクオンは神に従うふりをし続けた。本心から従いながら、二心を抱いていたのだ。

 そして、彼は聖皇復活を阻止するべく、”約束の地”へ赴いた。

 そこでなにがあったのかは、わからない。

 ただ、”大破壊”が起き、大陸が引き裂かれ、世界が激変したことは確かだ。そして、そのとき、”約束の地”にはとてつもない力が爆発したことは確かであり、故にラムレスはクオンたちが聖皇復活を阻止するために命を落としたと判断したのだ。

 また、ラムレスは、クオンたちが聖皇復活の儀式を阻止したことも確信していた。聖皇が復活していれば、世界は滅ぼされていたのだ。世界がでたらめに破壊されながらも存続し、ルウファたちが生きているということ自体、聖皇が復活できなかったことを意味してる。つまり、クオンたちは世界を救ったのであり、ラムレスとユフィーリアにとってそれだけが慰めだったようだ。

 だからこそ、彼らは方船にクオンににおいを感じたとき、歓喜しただろうし、疑問も覚えたのだろう。命をとして世界を救ったはずのクオンがどうして、生きているのか。生きて、なぜ、神の手先に成り果てたのか。

 その疑問は、未だ解決しないどころかより深いものになった。

 クオンは、神軍の指揮官のような立場にあったのだ。

 神々の悲願の成就を阻止した挙げ句、命を落としたはずの彼がなぜ、神々の軍勢とともに行動をともにし、軍勢の指揮を執っているのか。謎は深まるばかりだったし、彼が神軍に協力しているからこそ、方船の内部に昇降機と呼ばれるような装置があるのだろう。

 そこまで考えてから、彼は、ふと足を止めた。脳裏にセツナの姿が浮かんだからだ。黒き矛とその眷属をすべて召喚し、神さえも圧倒して見せたセツナの姿は、悪魔的なまでに禍々しく、破壊的な力強さがあった。いま思い出しても、心が震えるようだ。

 人間が、神と対峙し、圧倒することなど本来ありえない、という。

 それなのにセツナは、神に対し、終始優位であり続けた。その凄まじさたるや、言葉では言い表せられない。しかし、そんな彼が不意に動きを止めた瞬間を覚えている。

 方船の甲板上で、クオンがその素顔を表したときだ。

「隊長……だいじょうぶかな」

『セツナのことかい?』

「……いまだにそう呼ぶのは変でしょうけど、俺にとってはいまも隊長って感じがあって」

『それだけ慕っていたってことか』

「そういうことっす」

 自分でも、変だとは思う。しかし、直そうとは考えなかった。隊長以外の呼び方となると、セツナと呼び捨てることになる。それはなにか気恥ずかしかったし、彼の部下としての自分のほうがいろいろと都合がよかった。そのほうが気楽でいられたし、甘えられる。年下に甘えるというのもおかしな話だが、ミリュウという例もあるのだ。気にすることはあるまい。

『それで、なにが心配なんだい?』

「クオンって、隊長に関わりの深いひとでしょ。だから、敵対するかもしれないってなると、ね」

 セツナとクオンの関係については、深くは知らない。同じ世界の出身であり、知り合いであり、友人同士だということ以外、詳しく知る必要もなかった。ザルワーン戦争前後、ふたりの間でなにかがあったことは確かなようだが、わざわざセツナにクオンのことを聞こうとも思わなかった。セツナが妙にすっきりした顔をしていたことは、記憶に残っている。それならそれでいい。なにか問題が解決したのだろう。そう思っていた。

 それから時が流れ、クオンがヴァシュタリアの神殿騎士団長になったという話を知ったとき、セツナは驚くとともにクオンの活躍を素直に喜んでいたようだった。やはり、友人というのは本当だったのだろう。

 そんな友人が、敵対勢力の指揮官として現れたのだ。

 幾多の修羅場、数え切れない死線をくぐり抜けてきたセツナが動揺したとしてもなんら不思議ではなかった。

 今後もし、クオンが神軍を率い、リョハンへの再度の侵攻を行ったり、セツナの前に敵として現れた場合、彼は全力で応戦できるだろうか。

 セツナの元部下としては、彼のことが心配でならなかった。

 そんな心配を平然と乗り越えるのがセツナだということを知っていたとしても、だ。

『ルウファ』

「はい?」

『気をつけて』

「な、なんなんです、突然」

 ルウファは、マリクからの唐突な注意喚起にびくりとして、足を止めた。考えごとをしながら歩いていたからだろう。彼は自分の現在地をよくわかっていないことに気づき、愕然とする。振り返り、魔晶灯を掲げると、昇降機のある場所から少し進んだところだということが判明した。

『妙な気配がする』

「妙な……?」

『方船には神軍に属する神が乗っていた、と見て間違いない。その神の気配がわずかに残留しているようだ』

「それ、だいじょうぶなんですか?」

『どうだろう』

「どうって」

 ルウファはマリクのあまりの対応に絶句し、通信器を手放しかけた。

『神の気配とはつまり、神の力、神威のこと。神威に触れたものは、神威に毒される可能性があることは知っての通りだから』

「つまり神人化する可能性があるってことですか」

『君は、だいじょうぶだよ。ぼくが君を護っているからね』

「なーんだ、おどかさないでくださいよ」

『簡易的な守護結界が君を護っていると考えていい』

「じゃ、じゃあ、なんで言葉を濁したんです? なんの心配もないんじゃ……」

『神の気配が、方船に乗っていた神の残り香なら、なんの問題もないよ。君が毒されることもなければ、その神威がリョハンに牙を剥くこともない。いずれ自然消滅するだろう』

 マリクの説明にほっとしたルウファは、通信器上に浮かび上がる守護神の幻像に集中した。光を纏う少年神の幻像は、円盤上で腕組みしている。

『問題があるとすればだ。その気配が残留物でなかった場合だよ』

「神が潜伏している?」

『可能性は決して低くはない。だから注意したまえ』

「注意……たって」

 ルウファは、渋い顔になるのを認めながら、歩みを再開した。マリクのいう神の気配は、ルウファの五感では感知することはできず、船内の無機的な静寂に響く靴音だけが耳に刺さった。

(どうしろってんだか)

 相手が神ならば、いくら七大天侍と謳われるほどの武装召喚師でも勝負にはなるまい。神の尖兵たる神人相手でやっとなのだ。神人と比較にならないほどの力を持った存在である神と対等以上に戦うことなど、想像すらできない。そう考えると、それを平然とやってのけたセツナの強さたるや、もはや想像を絶するものであるということだが、セツナならばさもありなん、と思えなくもないから不思議だ。

 もしセツナがリョハンにいるのであれば、いますぐにでも引き返して、セツナに協力を要請するのだが、残念ながら彼は別の任務に協力中だった。

『それから、もうひとつ』

「まだなにかあるんですか」

『近づくうちにわかったことなんだけど、この気配はヴァシュタラの神々のものじゃないみたい』

「はい?」

『つまり、リョハンを襲った神々とは別勢力の神ってこと』

「はあ……?」

 ルウファは、神の気配が残留しているわけではない可能性が濃厚になってきたという事実に震えながら、マリクの発言に顔をしかめた。

 ヴァシュタラの神々、とマリクが総称するのは、ヴァシュタラ教会が崇めていた至高神ヴァシュタラが単一の神ではなく、無数の神々の集合体であるという真実が明らかになり、”大破壊”後、どうやらヴァシュタラが無数の神々に分化したということを知ってのことだ。

 そのことは、いまやリョハン上層部にとって周知の事実であり、神軍に属する神々がおそらくはヴァシュタラを構成していた神々であると、マリクは見、リョハンも公式見解としていた。つまり、神軍対リョハンという構図は、ある意味ヴァシュタリア対リョハンと見てもいいということだ。

 しかし、実際は少し違う。なぜならば、ヴァシュタリア共同体に属していた都市のすべてが神軍の支配下にあるわけではなく、むしろ神軍にとってヴァシュタリアの都市も攻撃対象だということがラムレスのもたらした情報によって判明している。

 ヴァシュタラの神々にとって、ヴァシュタリア共同体など、聖皇復活の儀式を完成させるまでの手段でしかなかった、ということだろう。聖皇復活の儀式が失敗し、つぎの機会が得られるかどうかもわからなくなった以上、至高神ヴァシュタラとして振る舞う必要も、ヴァシュタリア共同体を守護する意味も失ったのかもしれない。

 もっとも、いまのところ神軍の目的も思惑も、なにひとつわかっておらず、彼らがなにゆえ勢力を形成し、世界中で侵略行為を繰り返しているのか不明なままだ。リョハンを制圧するべく軍勢を繰り出してきた理由も、未だ判明していない。

 聖皇復活の儀式が防がれたから、その腹いせに世界をめちゃくちゃにしている――というわけではあるまいが。

『もう少し先……その階段を降りて、さらに奥からだ』

 ルウファは、マリクからの忠告を聞いて、意識を前方に戻した。魔晶灯の光に照らされた先、人気などあろうはずもない通路の右手に下層に通じる階段がある。神の気配など感じようもないが、マリクの忠告のせいか、奇妙な違和感を覚えずにはいられなかった。全身が総毛立つようで、足が竦む。神がいるかもしれないとなると、歴戦の猛者としての自負も誇りも立ちどころに消え失せるものだ。

 階段を降りた先で待ち受けているものがなんであるかなど、そのときのルウファには想像もつかなかったのだ。


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