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2023/3726

第二千二十二話 天侍捜索(四)


 さて、ミリュウ隊の調査地域にたどり着くまでの道中、ミリュウ隊の足跡をなぞりながらの捜索が何度となく行われた。

 ミリュウ隊の移動経路というのは、ほとんど完璧に近く把握できているといい、そういう意味で捜索が難航することはなかった。これまでの度重なる捜索活動も、その点では問題なかったのだ。それでも手がかりひとつ発見できていないというのだから、ミリュウたちの身になにが起こったのだろうが。

 移動経路を把握している理由は、調査隊は、それまでに調査し、安全を確認した場所を移動経路として利用し、調査範囲を拡大しているからだということだ。調査隊が以前に安全を確認した場所には中継地点が設営されており、その中継地点と中継地点を繋ぐ線を辿っていけば、自ずとミリュウ隊の足取りを追うことができるということだ。

 もし万が一ミリュウが突然のひらめきや唐突な思いつきで経路をはずれたりするようことがなければ、だが。

「それが多少不安だな」

「そうでございますか?」

 馬車を降りたレムのきょとんとした表情にセツナは思わず吹き出しそうになった。彼女のように思いつきで行動をする人間には、そういう人間の恐ろしさというものが理解できないらしい。

「同類にはわからないか」

「どういう意味でございます?」

 ずい、と、レムが顔を近づけてくる。その後ろで、アル、イル、エルと名付けられた魔晶人形たちが軽々とした足取りで馬車の荷台から飛び降りてきている。軽快だが、どこか機械的な動作だった。どこかどう、というのはいいにくいことではあるのだが、見るからに機械的なのだ。人間のような柔軟性がないというべきか。とはいえ、細かく指示せずともある程度は独自に判断し、行動してくれるのは有難かった。どうやら、おそらく彼女たちの開発者であろうミドガルドは、ウルクの開発経験を存分に活かしているようだ。ウルクも、事細かに命令する必要はなかった。そう考えると、とんでもない技術のように想えるのだが、とくに考えなくともとんでもない技術であることに違いはない。

 アルたち量産型魔晶人形には、自我もなければ言葉を発することもできないようだが、命令を聞き、実行することができるのだ。それだけでも、途方も無いことだ。人間が、人間に極めてよく似た人形を作り上げただけでなく、それがほぼ全自動で動くというのだから、凄まじいとしか言いようがない。改めてミドガルドの技術力に唸らざるをえないのだが、いまは彼女たちよりも目の前のレムのほうが重要だ。

「おまえもミリュウも思いついたら即行動するところが似てるってんだよ」

「まあ」

「なんだよ」

「わたくし、思いつきで行動したことなどございませんよ?」

 レムは、理解できないとでもいいたげな面もちでいってきたが、セツナがじっと見つめていると、そっと目をそらした。

「たぶん……」

「自信がねえんじゃねえか」

「でもでも、わたくしの行動は熟慮の末でございますよ?」

「アルたちの格好もか?」

「もちろんです!」

 セツナが半眼になると、レムは、予想通り満面の笑みでうなずいてきた。死神の二つ名に似つかわしくない、太陽のような笑顔だ。眩しく、目を細めたくなる。

「この子たちの魅力を最大限に引き出すにはどうすればいいか、悩みに悩んだ末、いまの格好に落ち着いたのでございます」

「一考の余地もなく即断即決だったじゃねえか」

「そんなことはございませぬ!」

 セツナのつっこみにもへこたれず力説していたレムだったが、三体の魔晶人形たちが馬車を降りると、彼女たちの元に駆け寄り、これ見よがしに頬ずりをしてみせてきた。なにがいいたいのかは、よくわからない。

「それに、この子たちが可愛らしければどうでもいいことでございます。アスラ様もそう想いませんか?」

「確かに、可憐さに勝る正義はこの世にありませんが」

「で、ございましょう」

「ミリュウお姉様の可憐さに敵うものもありませんよ」

 にこにこと微笑みながら、力強く主張してきたアスラには、さすがのレムも返す言葉がなかったようだ。そんなレムの反応にアスラは満足げな表情をした。アスラのミリュウ好きっぷりには、頭が下がるとしかいいようがない。親戚であり、幼い頃から姉として慕っていたこともあるのだろうが、それ以上の絆を感じさせる。

「で、その世界で一番可憐なミリュウ様が、思いつきで別経路を取った可能性は?」

「ないでしょうね」

 アスラの即答ぶりに、セツナは怪訝な顔になった。

「根拠は?」

「セツナ様です」

「俺?」

 今度は、セツナが虚を突かれる番だった。想わぬ回答に困惑するしかない。

「はい。”大破壊”以来二年以上に渡るセツナ様不在は、お姉様にセツナ様不足による禁断症状を誘発させ、いまやあのころとは別人に変わり果ててしまわれたのです」

「……ミリュウが?」

「はい」

「嘘だろう」

 セツナは、信じ難さのあまり、憮然とした。禁断症状云々はともかくとしても、ミリュウが変わり果てたなどといわれて即座に信じられるはずもない。ファリアやルウファたちからも聞いていなかった。

「わたくしが嘘をいっているように見えますか?」

「……いや」

 セツナは、アスラのまっすぐな目を見つめ、頭を振った。ひとの悪意を見抜くのは得意ではないが、嘘をついていないかどうかくらいはわかるものだ。それくらいの人生経験はある。しかし、アスラが本当のことをいっているということを認めるということは、ミリュウが変わり果てたということも認めなければならないということだ。

 それは、少々受け入れ難い。

 二年あまりの隔絶。

 あのころのようには戻れないとでもいうのか。

「じゃあ、本当なのか?」

「少しばかり大げさに表現いたしましたが、嘘ではありませんよ。お姉様は、変わられた。変わられてしまった。それでも、エリナがいてくれたから、あの程度の変化で済んでいるのでしょうが……」

「そんなに変わったのか……」

「ミリュウ様……」

「傍若無人で縦横無尽、私利私欲に生きたミリュウお姉様はもういないのです。残念ながら」

 アスラは、涙ながらに暴言にも似た言葉を連ねたが、そこにどれだけの本音が入っているのかはわからない。いいたいことはわからないではないが。

「おい」

「なにもそこまで仰られずとも……」

「いまや戦女神ファリア=アスラリアに忠誠を誓う七大天侍のひとりであり、リョハンの秩序の中で生きる偉大な武装召喚師なのです」

「いいたいことは、まあ、なんとなくわかった。要するにいまのミリュウは、思いつきや閃きで勝手なことはしないってことだな。そして、だからこそ、定められた経路を外れることはない、と」

「はい。お姉様は予定通り、南西方面への中継地点を辿り、調査地域に入られたはずです。消息を絶たれたのはその道中か、それとも調査中なのか」

「あるいは帰路……」

「それさえもわかっていないのが現状なのです」

「ということはだ。ミリュウ隊が丸々そのまま消失したということだ。馬車も荷駄もなにもかも残っていないんだろう?」

「そういうことです」

 手がかりはなにひとつない。

 消息を絶った地点さえ判明していない以上、虱潰しに捜索するしかないのだが、リョハンがこれまでそれをしてきてなんの成果も上げられていないのだから、いくらセツナが捜索に乗り出したところで良好な結果が得られるものかどうか。

(いや……見つけだしてみせるさ)

 セツナは、胸中で覚悟を決めた。ミリュウもエリナも必ず見つけだし、必要とあらば救い出さなければならない。でなければ、生きた心地がしない。

「それで、セツナ様はどのように捜索されるおつもりなのです?」

「簡単な話さ」

 そういって、セツナは、口早に呪文を唱えた。本来ならば長たらしく難解で複雑な語句を並べなればならない呪文、その末尾。

「武装召喚」

 たったその一言が、セツナの武装召喚術を発動させる。長大で複雑かつ精緻、高次といってさえいい術式が一瞬にして完成し、異世界とイルス・ヴァレを結ぶ門を開く。そして、セツナの全身から発生した閃光の濁流の中に、彼が思い描き、望んだ通りの武器が召喚武装としてこの世に顕現する。ただの矛というにはあまりにも禍々しく、邪悪と表現するべき形状の、黒き矛。その柄を握りしめた瞬間、矛が内包する膨大な、それこそセツナのようなただの人間には認識しきれないほどの力が流れ込んでくる。まるで逆流であり、洪水だ。しかし、それの力の奔流にセツナの意識が飲み込まれることはなく、完璧に制御し、流れをも支配する。ただ流れ込むのを由とするのではなく、セツナの体内を循環させ、矛へと還元するのだ。そうすることでただ力を受け続けるだけの器ではなくなるし、黒き矛の力を際限なく引き出すことも可能となる。

 とはいえ、限界がないわけではない。

 セツナは人間だ。地獄の試練を乗り越え、超人と呼ぶに相応しいほどに鍛え上げた上、竜の呼吸を体得したとはいえ、人間の体に変化はない。皇魔や竜のように、あるいは神のように限界を知らないわけにはいかないのだ。疲労するし、消耗する。どれだけ黒き矛の力を引き出せるようになっても、制御できるようになっても、そこは変わらない。変わりようがない。もちろん、二年前に比べるとその肉体の限界も大きく向上している。比較するべくもないほどにだ。

 黒き矛。セツナが命名したのは、カオスブリンガー。

 そして、神々いわく、魔王の杖。

 ただの召喚武装ではない。

 神に対する唯一の毒。

「黒き矛は、相変わらずの禍々しさですね」

「俺にとっちゃ見慣れたもんだがな」

 セツナがいうと、アスラは困ったような顔をしながら周囲を見回した。

「それはセツナ様だからでしょう。皆、引いておりますもの」

「む……」

 彼女の部下は皆、護峰侍団に所属する武装召喚師だ。それもただの武装召喚師ではない。七大天侍の元に出向しても問題ないと判定された指折りの武装召喚師たちなのだ。女性ばかりだが、皆、鍛え上げられた肉体の持ち主であり、精悍な面構えは、歴戦の猛者にも劣るまい。

「あれが噂の術式なしの召喚……」

「確かに卑怯だな……」

「うん、卑怯……」

「おまえの部下、別のことに注目しているみたいだが」

「ご主人様を卑怯もの呼ばわりとはいい度胸でございます。わたくしども死神と愉快な下僕たちが相手になって差し上げてもよろしいのですよ」

 などと不穏なことを口走ってくるレムを横目に、セツナは肩を竦めた。

「おまえはまたいちいち話をややこしくしようとするな。それになんだよ、死神と愉快な下僕たちって」

「わたくしどもをひとまとめに呼ぶとき、なにかと不便ではないかと思いまして、いま、思いついたのでございます」

 得意げに語っていたレムだったが、なにかひらめいたように目を輝かせた。

「ああ、可憐な下僕たちのほうが響きもよく、この子たちにぴったりでしたね」

「そこかよ」

「おふたりといると、退屈せずに済みますわ」

「皮肉か」

「いえ、本音ですわ。あのころからなにひとつ変わらぬおふたりの在り様を見て、希望を抱いただけです」

「希望?」

「セツナ様と再会なされれば、お姉様もあの頃を思い出すかもしれません」

 アスラは、自分の胸に手を当て、目を閉じて、いった。


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