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2022/3726

第二千二十一話 天侍捜索(三)


 セツナ隊とアスラ隊の共同作戦が開始されたのは、三月二十九日のことだ。

 二十九日午前、山門街の正門前で合流した両隊は、山門街のひとびとに見送られながらリョハンを出発した。目的地は、リョハンより遥か南西の森林地帯だ。ミリュウ隊はその近辺の調査を行うことになっていた。消息を絶ったのは、その前後のことであり、調査中だったのか、調査地域に向かう最中だったのか、調査を終え、リョハンに戻る最中だったのかは判然としていない。そのため、調査地点への道中、ミリュウ隊が辿ったであろう道程を進みつつ、手がかりを探していかなければならなかった。もしかすると、リョハンのすぐ近くで消息を絶った可能性もあるのだ。アスラやルウファたち、七大天侍や護峰侍団によるミリュウ隊の捜索が上手くいっていないのは、そういう理由からでもある。捜索範囲があまりにも広範に及ぶため、成果が上がりにくいのだ。

 ミリュウ隊の調査地点までは、馬を用いて五日ほどかかるということだった。、北の大地がいかにも広大な地域であるということがこれでわかるだろう。それがすなわちリョハン近郊の都市までの距離間なのだ。小国家群では考えられない。ガンディアは無論のこと、ザルワーンのような(小国家群における)大国ですら、馬を飛ばして二、三日の距離に都市があったものだ。北の大地――つまりヴァシュタリアがかつて支配していた地域は、それそのものが小国家群に匹敵するかそれ以上といってもいい広大さを誇っていたが、そのことが都市と都市の距離間に直結しているのかもしれない。

 小国家群には、数多の国があり、それぞれにいくつもの都市を内包していた。故に都市間の距離というものはどうしても短くならざるを得なかったが、ヴァシュタリアを始めとする三大勢力は、そうではない。広大な国土を伸びやかに使うことができ、都市と都市の距離間もそのために長大なのかもしれなかった。

 共同捜索隊は、そんな広大な大地の荒れ果てた地域を南西に向かって進んでいた。

“大破壊”は、その広大な北の大地を大きく三つに引き裂いた、という。

 セツナたちがヴァシュタリア小大陸と呼称していたこの大地は、三つにに分かたれた大地の真ん中であり、東の大地と西の大地があるのだという話だった。リョハンは、それらの地理情報を竜王ラムレスの協力によって得たといい、リョハンのある大陸を北ヴァシュタリア大陸と呼び、ほかを西ヴァシュタリア大陸、東ヴァシュタリア大陸と呼称しているとのことだ。北ヴァシュタリア大陸と西、東の両大陸は大海原によって分かたれており、交流はないまま二年以上が経過している。

 当然だろう。

 海を渡る技術は、ザイオン帝国が独占しているといっても過言ではなく、ヴァシュタリア共同体にも、神聖ディール王国にも、そこだけは追随を許さないという確信が帝国軍人たちにはあった。特に海とまったく関係のない内陸部では渡海技術が発展することはありえず、かといって海淵部で渡海技術が磨かれるかというと、そうでもない。国としての方針が大いに関係するからだ。

 ザイオン帝国は、海に憧れた皇帝アデルハインの一声によって、海洋技術を磨き始めた。そして、アデルハインの一代で大陸外周部を一周するという偉業を達成し、ヴァシュタリアやディールからも賞賛された。しかし、ヴァシュタリアやディールはそれに追随することはなかった。外海に繰り出すことになんの憧れも抱かなかったからであり、無意味であるとさえ考えていたからだろう。その結果、“大破壊”によって大地が引き裂かれ、大海原がなにもかもを分かたったいま、大地の内側に籠もっているしかないのだ。技術もないのに海洋に繰り出すほど愚かなものたちはいまい。

 ともかくも、三つに引き裂かれたヴァシュタリア勢力圏の中でももっとも広大な北ヴァシュタリア大陸、その中央付近を南西に向かって、セツナたちは進んでいた。無論、徒歩ではない。アスラ隊が事前に用意していた二台の馬車に分乗している。アスラとその部下二十名が乗る一台と、セツナ、レム、魔晶人形たちの乗る一台だ。先行するのはアスラ隊の馬車であり、セツナ隊の馬車は後をついていくだけで良かった。

 もちろん、道中も手がかりの捜索を行うため、度々停車し、馬車を降りる手はずとなっていた。

『リョハン近郊の調査は、徒歩で行ったものですが、さすがに馬で五日ほどの距離となりますと、徒歩で続けるわけにもいきませんので』

 アスラが苦笑を交えて説明してくれたことを思い出す。

 七大天侍と護峰侍団の隊士たちが、周辺領域調査部隊としてリョハンの周辺を調査するようになったのは、“大破壊”以降のことだ。そもそも、七大天侍の結成が“大破壊”後、ファリアたちがリョハンに到着したあとのことであり、ファリアが戦女神を継承し、二代目戦女神の門出を華やかなものにするべく、欠員の出た四大天侍に四名の武装召喚師を加えたのが七大天侍の誕生だった。ルウファ、ミリュウ、グロリア、アスラの四名を戦女神直属の守護天使に加えることには、当然のことながら、反発も大きかったようだ。

 彼ら四名は、セツナたちガンディアの人間にはこの上なく優秀な武装召喚師として認識され、四大天侍にも引けを取らない実力者のように思われていたが、リョハンでも同じような評価を期待するのは無理な話だ。アスラたちがリョハンで正当な評価を得るまでに相当な苦労をしただろうが、彼女の部下がアスラを慕う様子を見る限りでは、彼女たちが七大天侍に任命されて二年以上が経過したいま、彼女たちの実力を疑うものはいないのだろう。

 でなければ、護峰侍団の七大天侍への不信が戦女神への不満や反発となってとどまるところを知らなかったはずだ。反戦女神派がいまや鳴りを潜め、その勢力が激減しているという情勢下にあるということは、七大天侍任命への反発などないに等しいといえる。

 話によれば、反戦女神派を勢い付けた難民問題が神軍の総撤退によってある意味で解決し、また、護山会議長モルドア=フェイブリルが難民問題に関するすべての責任を取ったことで、反戦女神派の議員や護峰侍団の連中もその意見を引っ込めざるを得なくなった、とのことだ。そして、そうである以上暗殺計画など立案され、実行に移されることなどありえないというのが常識に近い考えであり、故にファリアは、セツナから暗殺計画の話を聞かされたとき、即座にアレクセイがセツナを騙しているのだと悟ったという。セツナだけが踊っていた、ということだが、いまとなってはどうでもいいことだ。むしろ、なにも知らず踊っていたからこそ、あのような暴挙に出ることができたともいえる。真相を知らされていれば、ファリアがいったように彼女を騙すことなどできず、逆に彼女の怒りを買い、余計に思考を硬直させていたかもしれない。それは想像するに最悪の事態に等しく、そういう意味でも、アレクセイには感謝しなければならないとさえ、いえた。

 話を戻す。

 アスラたち七大天侍が護峰侍団の隊士とともに隊を組み、周辺領域調査隊として、リョハン周辺を調査するようになったのは、先もいったように“大破壊”以降のことだ。それまでは四大天侍が護峰侍団隊士を率い、リョハン周辺を見回るといったことはなかった。そんなことをすればヴァシュタリアを刺激することになりかねず、余計な警戒を生むことにもなりうるからだ。ヴァシュタリアから独立を認められ、数十年に渡って独立不羈を貫いているとはいえ、ヴァシュタリアの意向がリョハンの命数を握っているという事実は、独立以前となんら変わらないのだ。

 ヴァシュタリアがそれこそ本気になれば、リョハンを滅ぼすことは決して難しいことではなかった。ヴァシュタリアが犠牲を数をまったく気にせず、全戦力を投入することを踏み切れば、リョハンは圧倒的な物量によって押し潰され、滅ぼされること請け合いだ。リョハンが独立を勝ち取れたのは、ヴァシュタリア側がリョハンを制するためだけに夥しい犠牲を出すことに意味を見出さなかったからであり、要するにヴァシュタリアが理性的に物事を判断する能力を持っていたからだ。もし、ヴァシュタリアがリョハン征討に全力を注ぎ、意固地になっていれば、リョハンの未来はなかった。

 リョハンは、戦女神を始めとする武装召喚師たちの活躍によって自由を勝ち取ったと謳う一方で、ヴァシュタリアからの自立がそのような危うさの中で成り立っているという事実を理解し、ヴァシュタリアに余計な刺激を与えまいとすることに必死だったという。リョハン市民の勢力範囲の拡大を訴える声を退け、リョフ山中のみをリョハンの支配地と定めたのも、そのためなのだ。リョハンが独立不羈を貫くためには、ヴァシュタリアとの間で締結された協定を絶対的に遵守する必要があった。

 しかし、約二年前のあの日、大陸を引き裂いた“大破壊”は、ヴァシュタリアの地を支配していた法と秩序さえもばらばらにしてしまった。北の大地が様変わりしただけでなく、ヴァシュタリア共同体内に敷かれていた絶対的な秩序も見る影もなくなったのだ。ヴァシュタラ教会の影響力は瞬く間に失われた。なぜならば、教会の聖地にして聖都レイディオンとの繋がりが絶たれてしまったからだ。

 レイディオンは、ヴァシュタリア共同体勢力圏の北西に位置していた。リョハンが存在するヴァシュタリア北大陸ではなく、ヴァシュタリア西大陸にあるのだ。もちろん、“大破壊”の発生した直後に判明したことではないし、レイディオンとの連絡が途絶えたことの影響は、数ヶ月遅れてやってくるのだが、リョハンはそれを待たず、行動を起こしている。

 天変地異による被害や影響、リョハンが現在どのような状況に置かれているのかを知るために調査部隊を派遣することは、ヴァシュタリアを刺激することにはならないだろうし、たとえ刺激したとしても、いまやヴァシュタリアにリョハンを攻める力はないだろうという判断が働いていた。

 ヴァシュタリアは、ほとんどすべての戦力を小国家群に向けて進軍させており、リョハン周辺の都市には最低限の防衛戦力が残されている程度だったのだ。リョハンがどのような行動を取り、近隣の都市を刺激したとして、その結果、それら近隣都市が力を合わせようともリョハンを攻め滅ぼすには圧倒的に戦力が足りなかった。

 そもそも、“大破壊”の影響を受けるのはリョハンだけではない。周辺の都市の中には、“大破壊”の直撃を受け、半壊に近い被害のでた都市もあった。リョハンになど構っていられるような状況にはなかったのだ。

 故に、リョハンは、ある種悠々と周辺領域の調査を行うことができたのであり、それにより、“大破壊”以前と以降で大きく地形が変化し、いままでになかったはずのものが出現していることも判明したという。

 世界は、ただ破壊されたわけではないのだという。

 造り替えられたのではないか。

 リョハンの上層部は、本気でその可能性について考えているようだ。


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