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2021/3726

第二千二十話 天侍捜索(二)


「お姉様率いる調査隊が消息を絶ったのは、いまより一月以上前、二月下旬のことです。二月四日には本来ならばリョハンに帰還しているはずの日程でしたが、なにか問題があって帰還が遅れているのだろうとだれも心配していませんでした。かくいうわたくしも、お姉様率いる隊が遭難するようなことなどあるはずがないと高をくくっていたのです」

 と、アスラが語ったのは、セツナたちとアスラ隊の顔合わせのときのことだ。

 戦宮の一室にアスラ隊、セツナ隊の面々が勢揃いしたたこともあり、顔合わせだけでなく、捜索方針の打ち合わせも行う運びとなったのだ。石卓の上にはリョハンを中心とする周辺領域の詳細な地図が広げられており、“大破壊”から今日に至るまでの間、周辺領域調査部隊と名付けられた部隊がどれだけの活躍をしてきたのかが手に取るようにわかった。“大破壊”以前のリョハン周辺地図と見比べれば、“大破壊”の影響でいかにリョハン周辺が激変したかがわかろうというものだ。大地が荒れ果てただけではない。平坦だったはずの地域に谷や丘が生まれたり、川や湖が消失したり、逆に増えたりしていた。“大破壊”は、ただ世界を破壊し尽くしただけではないのだ。地殻変動とでもいうべき現象によって、大地に様々な影響を及ぼしている。そのことは、ベノアの地でもよくわかったことではあったが、リョハンが綿密に調べ上げた周辺領域を比較すれば、なおさら明白になった。

「しかし、いくら待ってもお姉様の隊は戻ってこず、連絡さえありませんでした。なにか問題に直面し、その対処に手間取っているのであれば、部下のひとりでもリョハンに飛ばしてくるはずですが、それさえなかった。なにかがあったのは間違いないのですが、それがどのようなことなのかさえ、現状、なにひとつ判明していないのです」

「なにひとつ……か」

「はい。恥ずかしながら、お姉様が消息を絶ってから必死になって捜索しているというのに、この有り様なのです」

「手がかりもないのでございますか?」

「はい。手がかりひとつ、見つかっていません」

「ミリュウ隊が消息を絶ったのは、この地図で言うとどのへんなんだ?」

「それも、結局のところわからない、というのが正しい答えというべきでしょう」

 アスラの回答は、もはや絶望的といっていいほどのものかもしれない。

「お姉様がどの辺りで消息を絶ったのか、判明していないのです。もちろん、消息を絶つ前までミリュウ隊が調査していた地域というのはわかりますが、いったいどこで、どの段階で消息を絶ったのかがわかっていない以上、手がかりと呼べるようなものですらないのです」

「……そうなるか」

「ですが、とりあえず、その調査地域から当たってみないことには、なにも始まらないのでは?」

「該当地域での捜索は既に我々やほかの隊が行っており、そこでなんの手がかりも発見できなかったのです。とはいえ」

「ん?」

「セツナ様ならば、お姉様の手がかりを発見できるやもしれませんね」

「ああ。見つけ出してみせるさ」

 セツナは力強くいった。

 

「では、まずはお姉様率いるミリュウ隊が調査していた地域――リョハン南東、要塞都市ガナルー近郊から捜索を始めましょう」

 そういって、アスラは地図上、北東部の森林地帯を指し示した。その森林地帯をさらに南東に抜けると、彼女がいう要塞都市ガナルーがあるらしく、地図にもしっかりと明記されていた。リョハン近隣の都市のひとつだ。ほかにもいくつかの都市が周辺領域近辺に書き記されているが、それら都市とリョハンの関係というのは決して良好ではないらしい。先の神軍との戦いは、それら近隣都市を巻き込みかねないものだったが、それらとの協力関係を結ぶことさえできなかったという。

 しかし、よくよく考えてみれば、ヴァシュタリア共同体の一部であったそれらの都市と、ヴァシュタリアから独立していたリョハンが反目し合うのはある意味では当然のことだ。“大破壊”によって多くの価値観が崩れ去ったとはいえ、教会は未だ健在であろうし、ヴァシュタラの教えを受持するものたちはいまもなお、ヴァシュタラなる存在しない神を信仰し続けているのだ。ヴァシュタラの敵といっても過言ではないリョハンと手を結ぶなど、ありえない。

「その道中にも手がかりがあるかもしれませんし、目を光らせないといけませんね」

「ああ」

 力強くうなずいてから、ふと、アスラが自分をじっと見つめていることに気づいた。見ると、彼女が目をきらきらと輝かせている。

「どうしたんだ?」

「いえ……セツナ様、レム様の参戦ほど心強いものはない、と再確認したまでですわ」

 目に涙さえ浮かべているように見えるのは、気のせいではあるまい。彼女にとって、ミリュウがそれほどまでに大切なひとだということであり、ミリュウの無事を確認するまで死んでも死にきれないという気持ちに違いなかった。

「そうか。それならいいんだが」

「ミリュウお姉様、きっと喜ぶでしょうね」

「ん?」

「セツナ様がみずからお姉様の捜索に乗り出してくれていることを知れば、泣いて喜ぶに違いありませんわ」

「そうだな」

 ミリュウの性格を知りすぎるほどに知っているアスラの想像通りの反応を示すに違いない、と、セツナは小さく同意した。ミリュウはいつだって感情豊かで、自分の気持ちに素直だった。特にセツナが関わることに関しては、タガが外れることもしばしばだった。喜ばしいことがあれば全身で喜びを表したし、不快なことがあれば暴言も辞さない。それがミリュウだったし、彼女の魅力でもあったのだ。

 そんなミリュウが弟子のエリナ、部下の武装召喚師たちとともに消息を絶ち、既に一ヶ月以上が経過している。

 無事であると信じてはいるが、不安を感じずにはいられないのもまた、事実だ。

 セツナは、アスラ隊との顔合わせと捜索方針の打ち合わせを終えると、すぐさまその日のうちに捜索に出発したいという衝動に駆られた。が、アスラ隊との連携もあり、翌日まで待たなければならなかった。それは、セツナにとっては苦痛以外のなにものでもなかったが、致し方のないことではあった。周辺の地理もなにも知らないセツナがただひとり飛び出していったところで迷子になるだけだし、遭難者を生み出すだけのことだ。

 いくら居ても立ってもいられないからとはいえ、余計な手間を増やすようなことはするべきではない。

 セツナも、それくらいの理性はあった。

 とはいえ、捜索隊の出発は、顔合わせの翌日である二十九日であり、一日我慢すればいいだけのことだった。

 それでもいてもたってもいられないセツナは、レムと魔晶人形たちを引き連れ、リョハン・山門街へと降り立ち、そこで出発のときを待つこととした。一刻も早くリョハンを出発し、ミリュウたちの無事を確認したいという想いが、セツナにそのような行動を取らせたのだ。

 ミリュウたちの身になにが起こり、どのような理由から連絡ひとつ取れないのか。

 捜索の最中、予期せぬ出来事によって全滅した――などとは考えたくもなかったし、考えようとも思わなかった。あのミリュウが、そう簡単に敗れ去るわけがない。一流の武装召喚師であり、この世界でも数少ない魔法遣いなのだ。神人にだって遅れを取るはずもなく、たとえ神軍の大群が相手であっても、彼女は生き残れるだろう。

 そんな彼女が連絡ひとつよこさないということは、すなわちなんらかの理由によって身動きの取れない状況にいるということにほかならない。

 それ以外には考えようがなかった。

 生きている。生きていて、なにかしらの問題に直面し、身動きが取れずにいる。そして、外部からの助けを待っている。

 セツナはそう結論づけた。 

 逸る気持ちを抑えるのに必死になりながら、宿の裏庭で魔晶人形たちとの連携の取り方を訓練しているレムを見守り続けた。

 魔晶人形たちは、いまのところ、レムのいうことをしっかりと聞き、彼女の思い通りに動いているようだった。その様子を見ると、どうしても考えてしまうのは、ミドガルドのことだ。

 ウルクの量産型に違いない少女人形たちは、どのような意図を以て、リョハンを訪れたのか。

 そしてなぜ、ミドガルドは、少女人形たちにセツナの命令を最優先で受け取るような仕組みを作ったのか。

 気になることは山ほどあったが、いま真っ先に考えるべきことではあるまい。

 彼は、なにやら組体操を始めたレムたちをぼんやりと眺めながら、複雑な要求にも即座に対応する魔晶人形の優秀さとレムの思考回路の奇妙さを想ったのだった。


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