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2020/3726

第二千十九話 天侍捜索(一)


 七大天侍ミリュウ=リヴァイア率いる周辺領域調査隊が消息を立ってから既に一月以上が経過している。

 ミリュウたちは、第二次リョハン防衛戦よりも以前に行った周辺領域調査の際に姿を消し、以来、リョハン側は必死の捜索を続けていたが、依然、手がかりひとつ見つかっていないという話だった。セツナは、その話を耳にして以来ずっと気にしていたのだが、このたび、ようやくミリュウ隊の捜索を行うことができる運びとなった。

「ミリュウ様にエリナ様、それに隊の皆様……無事だとよろしいのですが」

「きっと無事だよ」

 セツナは、協力することになった捜索部隊との顔合わせのため御陵屋敷を発つ際、心配でならないレムに向かって気休め程度にそういった。セツナも不安と心配に苛まれていたが、そう信じるほかなかったのだ。

「なんの根拠もないけどな」

 ミリュウたちが無事であると信じなければ、生きた心地がしない。

 そんな想いを抱きながら、セツナは、レムとともに捜索部隊との顔合わせに向かった。

 三月二十九日のことだ。


 ミリュウ隊の捜索は、神軍によるリョハン包囲網の形成が明らかになった直後から防衛戦が終息するまでの期間、捜索部隊の安全性を考慮し、行われていなかった。しかし、第二次防衛戦が神軍の撤退という形で幕を引くと、すぐさま新たな捜索部隊が編成され、リョハン周辺の調査済みの領域を広範に渡って虱潰しの捜索作戦が開始されている。だが、それから半月以上が経過したいま現在も、これといった手がかりは得られておらず、捜索部隊に編成された護峰侍団隊士たちの士気も下がり続けているという。

 そういう現状の話を聞いたからではないが、セツナは、リョハンの部外者であるという立場をわきまえることなく、みずからミリュウたちの捜索に乗り出すことを戦女神に告げた。

 セツナがそう明確に宣言したのは、実践的警備訓練に関する会見の場でのことだった。ファリアに今後のことを問われたセツナは、リョハンを離れる前にやらなければならないことがあるといい、それがミリュウの捜索および保護であると伝えている。ファリアは、リョハンの戦女神としての立場から、リョハンの大恩人である護山義侍の手を煩わせることはできないといった。ミリュウ隊の失踪と捜索はリョハンの問題だという考えに囚われているーーというわけではなく、建前上、そういう態度を取っておく必要があったからだ。

 ファリアは、その場で捜索部隊がなんの成果も上げることができていないことを七大天侍たちに確認した上で、これ以上無駄に捜索範囲を広げても無駄に終わる可能性が高いことを結論として述べた。そこで、リョハンとは関わりの薄いセツナならば、捜索部隊とは異なる見地からミリュウたちを探し出せるのではないか、という考え方を明らかにし、七大天侍たちの賛成によって、セツナに捜索協力を打診する運びとなったのだ。もちろん、セツナは一も二もなく協力要請に応じたが、まどろっこしいやり方だと思わずにはいられなかった。それと同時に意固地で頑固なファリアらしくない結論に驚きを覚えたりもした。

 ファリアは、ほんの少しずつ、しかし確かに変わりつつあるのかもしれない。

 戦女神直々の協力要請を受けたセツナは、リョハンの捜索部隊と協力関係と持ちながらも、独自の方法でミリュウたち失踪者の捜索を行うことになった。

 リョハンの周辺領域調査隊のうち、アスラ=ビューネル率いる隊がセツナと行動をともにすることになり、その日のうちにアスラ以下隊士たちと顔合わせを行った。アスラを含め、女性が多かったが、皆一流の武装召喚師であることは鍛え上げられた肉体と精悍な面構えからもよくわかった。隊士一同、護峰侍団からの出向という形で、アスラの指揮下に入っているとのことであり、それはほかの調査隊も同じらしい。七大天侍と護峰侍団は反発関係にあるという話だったが、どうやらそれは一部の人間の話であり、一般隊士にはほとんど関係のないことのようだ。隊士一同、七大天侍であるアスラを敬慕していることがその言動からも明らかだった。七大天侍とはいえ、アスラはリョハンの外からきた人間だ。そうであるにも関わらず、隊士たちは昔から七大天侍であったかのように敬っているようであり、アスラたちリョハンを訪れた部外者たちがいかにしてリョハンのひとびとの信頼を勝ち取ったのか、想像しようもない。きっと、大変な想いをしたことだろう。

「セツナ様、御自ら、お姉様の捜索を行うとおっしゃられたそうで……お姉様が知ったら飛び跳ねて喜ぶことでしょうね」

 顔合わせの際、アスラはそういって自身の喜びを表した。彼女がミリュウを実の姉のように慕っていることは、セツナもよく知っている。最終戦争が起こるまでは、ミリュウとアスラが姉妹同然にやりとりしているのをよくみたものだ。ミリュウが年下のファリアを姉のように慕っていることを知ると、彼女もファリアをもうひとりの姉のように扱い、ファリアを困らせたことを覚えている。そんな懐かしい日々を思い出すのも、アスラが古い仲間だからだろう。

 当然のことだが、アスラ隊は、アスラが指揮権を握っている。セツナとは協力関係に過ぎず、セツナが直接命令を下す権利はない。

 しかしながら、セツナの直接の指揮下にはレムと魔晶人形三体がいて、彼女たちの身体能力を考慮すれば、二十人単位の捜索部隊よりもより広範にそして詳細に捜索することができるはずだ。ちなみに、だが、本来リョハンの所有物であるはずの魔晶人形たちは、戦女神本人よりセツナの管理下におかれることが定められている。セツナの命令以外だれの命令も聞かないのだから仕方がない、という判断だ。そもそも、魔晶人形たちはリョハンの周辺に倒れていたものを持ち運んだのであり、リョハンの所有物というのはあまりに身勝手だ、という考えもあるが。

 ともかく、三体の人形少女は、セツナの命令ならばなんでも聞いた。飛べといえば飛んだし、駆けろといえば駆けた。ミドガルドの教育が行き届いているのだろうが、たとえば掃除や片付けなど、レムのことを手伝えといえば、レムにいわれたとおりに動いた。どうやら、一時的な指揮権の委譲は可能なようだ。とはいえ、レムが魔晶人形たちにセツナに襲いかかるよう命じても聞かなかったところをみると、セツナのことを最優先するように組み込まれていると考えていいらしい。ミドガルドがなにを考えてそのようなことをしたのかは不明なままだが。

 捜索に先立ち、レムは、相変わらずの女給服姿で防寒もなにもあったものではなかったが、彼女は魔晶人形たちにも同じ格好をさせていた。ウルクを一回り小さくしたような少女人形たちだ。背格好はむしろレムに近く、レムの衣服をそのまま着せてもなんの問題もないようだった。

「ご主人様、ご覧になってくださいまし!」

 それは、アスラ隊との顔合わせの朝のことだった。レムに呼び立てられるまま衣装部屋に飛び込むと、件の女給服に着せかえさせられ、それぞれ異なる髪型を整えられた魔晶人形たちが佇んでいた。相変わらずの無表情、無反応だが、だからこそ神秘的で幻想的なのかもしれない。無機物の中に感情の見え隠れするウルクとは似て非なる存在だといえた。

「ご主人様の下僕四号、五号、六号ですよ、とても可愛らしいと想いませんか?」

「そうだな……」

 セツナは、ただひとり気合いの入りまくっているレムに気圧されながらも、彼女の価値観を否定はしなかった。確かに彼女のいうとおり、可愛らしくはある。古代言語で四を意味する文字の入った髪飾りをつけられた魔晶人形が、下僕四号なのだろう。同じく古代言語で五を意味する文字の刻まれた髪飾りによって長い髪を左右で結わえられた魔晶人形が五号、六号は後ろでひとつに束ねられた頭髪が特徴的で、三体の外見的な違いはそれ以外にはなかった。背格好は全く同じ、顔の作り、表情のなさもそのままであるため、髪型で分けるというレムのやり方はあながち間違いではないだろう。

 レムは、自分と似たような背格好の魔晶人形たちに囲まれて、満面の笑みを浮かべていた。彼女は昔からそうだが、自分が気に入った格好を他人にさせるのが楽しいことのようだ。セツナとしてはレムが満足ならばなにもいうことはなかった。もし、レムの趣味に巻き込まれている魔晶人形たちが不本意に感じているのであればやめさせるのもやぶさかではないが、人形たちには自我の発露はなく、感情も持ち合わせていないようだった。彼女たちの心情を察しようとするだけ無駄なのだ。その点でも、ウルクとは違う。ウルクには確かに感情があり、自我があった。

「ひとつ、質問があるんだが」

 セツナは、魔晶人形一体一体に頬ずりしているレムに話しかけた。

「なんでございましょう?」

「呼び名は考えていないのか? 四号、五号、六号じゃ可哀想だろ」

「なるほど……それは確かにそのとおりにございますね。わたくしも番号で呼ばれるのはあまり好きではありませんし」

 死神壱号としての十年あまりを否定するような物言いだったが、それが彼女の実際の気持ちだったのだとすれば、なんの矛盾もない。死神として生きた十年ほど。彼女は、望んで死神になったわけでも、ジベルの暗部に生きたわけでもないのだ。否定はしないが、胸を張って語れる過去というわけでもないのだろう。かといって、いまもみずからを死神と自認し、”死神”たちを使っていることからも、過去のすべてを拒絶しているわけではないのだ。

 幸せな時間もあっただろうし、大切な思い出もあるに違いない。

「そうでございますねえ……ウルクの妹みたいなものですから、アル、イル、エル、というのはどうでしょう」

「ふうむ……」

 レムが即興で考えついた名前は単純だが覚えやすくもあり、ウルクとの関連性を感じさせるものもあり、悪くはないように思えた。

「即興で考えたわりには、いい感じだ」

「ご主人様に気に入っていただけたのであれば、これからは四号はアル、五号はイル、六号はエルと呼ぶことにいたしましょう。うふふ」

 レムは、さっそく魔晶人形たちの衣服にそれぞれの名前を刺繍し、だれにも間違われないように配慮した。

 アスラ隊との顔合わせはその日の午後に行われたため、アスラ隊の隊士たちは、魔晶人形たちの名前を覚えることができたというわけだ。もっとも、アスラ隊と協力することになっているとはいえ、アスラ隊の隊士やアスラ自身がセツナ配下の魔晶人形たちの名前を呼ぶような事自体、そうあることではないだろう。

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