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第二千十八話 日常とこれから(二)


 セツナとファリアのふたりが隠れ家として利用していた屋敷から空中都の中心に戻ると、ファリアは戦宮へ向かい、セツナは御陵屋敷へと向かった。魔晶人形たちは一先ずセツナが預かることとなり、御陵屋敷に同行している。

 三体の少女人形は、さすがは魔晶人形というだけあり、その運動性能は飛び抜けていた。セツナがファリアを抱えて空を飛んで戦宮前に到着すると、ものの数分で追いついてきたのだ。魔晶人形たちには飛行能力はない。地上を駆け抜けて、追いついたのだ。それだけでも特筆するべきことだが、魔晶人形の凄いところはそこだけではない。常人ならば疲労困憊になるはずの距離を走破しても、彼女たちは疲れひとつ見せないのだ。魔晶人形は、魔晶石から供給される波光さえあれば、いくらでも活動し続けることができた。疲れを知らず、無限に働き続けることができる。もし量産した魔晶人形を労働力として利用することができれば、物凄まじい効率を得ることができるだろう。ただし、魔晶人形そのものが疲労を感じずとも、躯体はそうはいかない。たとえ傷ひとつ負わず、あるいは戦闘行動を取っていなくとも、躯体は消耗し、疲労が蓄積するものだという。それが限界に達すれば、動力は足りても躯体が動かせなくなるといった不具合が起こるのだ。ミドガルドがウルクの躯体を定期的に検査していたのも、そのためだった。

 魔晶人形を不具合なく稼働させ続けるには、定期的な検査と調整が必要だということだ。

 残念だが当然のことながら、リョハンにはそのような設備はない。魔晶人形たちを酷使し続ければ、いずれ動かなくなる可能性があるということだ。

 もっとも、このウルクによく似た魔晶人形たちがたとえ突如として動かなくなったとしても、リョハンにとって大きな損失はない。そもそも、魔晶人形を戦力に加えられるかどうかなど、考慮にさえいれていなかったのだ。それが突如として動き出し、セツナの命令を遵守することが判明したため、リョハンの防衛戦力に加えることになったのであり、そのように偶然にも手に入った戦力が使えなくなったところで大きな問題にはならないのだ。

 

 ともかくも、魔晶人形たちをともない御陵屋敷に帰還したセツナは、当然のようにレムの出迎えをうけた。

 御陵屋敷に戻った直後は、涙を流すほどに再会を喜び、セツナの無事を確認して安堵を隠せないレムの様子になんともいえない気恥ずかしさや嬉しさを感じたものであり、彼女に心配をかけたことを反省した。いくらセツナが強力無比であっても、長い間なんの連絡もよこさなければ、さすがのレムも心配するものだろう。なんらかの方法で連絡を取るべきだったと反省する。とはいえ、ファリアの居場所を悟られるわけにもいかず、結局は、連絡を取ることを諦めざるを得なかったのだろうが。

 レムにはもちろん、あの夜、なにがあり、そのあとなにをしていたのか、話せるところはしっかりと説明した。ファリアとふたりきりの日々について度々突っ込んで聞いてきたが、曖昧な返答で濁す以外にはなかった。そのことでレムが不服そうな顔をしたり、セツナとファリアの間になにがあったのかと疑ってきたものだが、ありのまま赤裸々に伝えることなどできるはずもなく、セツナはレムの機嫌取りに苦心しなければならなかった。魔晶人形たちのことについても、憶測を交えて話したが、レムはウルクによく似た彼女たちのことをいたく気に入ったようであり、下僕四号から六号が誕生したと声を上げて喜んでいた。

 結局のところ、一晩中側にいてやることでレムの機嫌は良くなったものの、だからといって根本的になにかが解決したわけではないのは、間違いない。何一つ解決していないといってもいい。レムは相変わらずセツナとファリアのふたりきりの数日間について詳しく知りたがっていたし、ファリアから直接聞き出そうと画策してさえいる様子だった。セツナの下僕たるレムがファリアに直接話を聞く機会などあるべくもないため、杞憂に終わるだろうが、しかし、安心してもいられない日々を送ることになったのは、迂闊としかいいようがない。だからといって、ファリアとの間でなにがあったのかなど、レムにいって聞かせるわけにもいかないのだから、困りものだ。

 そんな困惑を抱えながら迎えた翌二十八日、セツナとレムは、戦宮へと呼び出された。先日まで空中都を騒がせていた実践的警備訓練に関しての召喚であり、セツナたちは素直に召喚に応じた。

 戦宮の最奥に位置する戦神の間に案内されると、そこにはきらびやかな装束を纏うファリアが、まさに戦女神と呼ぶに相応しい凛々しさを披露していた。七大天侍のうち四名が左右に並び、一種異様な空気が場を包んでいて、セツナもレムも場違いさを感じずにはいられなかった。もっとも、そんなことを気にしているものはセツナたち以外にはひとりもいなかったようだが。

 そこで改めて先頃の実践的訓練の詳細が明らかにされ、護山会議長代理アレクセイ=バルディッシュが独断で行ったということや護峰侍団三番隊長スコール=バルディッシュ、同四番隊長アルセリア=ファナンラングの二名が賛同、協力したことなどについても言及があった。そして、その騒動にセツナを巻き込んでしまったことについて、戦女神みずからが謝罪してきたものだから、セツナは面食らった。

「救国の英雄であり、リョハンにとっての大恩人であるセツナ殿を巻き込み、翻弄してしまったことについては、どのような言葉で謝っても謝りたりません。されど、リョハンの指導者としてしっかりと謝っておくべきことだと判断いたしました。それがたとえリョハンのために必要なことであり、重要なことであったとしても、そのために大恩あるセツナ殿を巻き込むなど、あってはならぬこと。それもだまし討ちのような形だと、聞いております」

 ファリアは、戦女神の仮面の中に彼女自身の表情を織り交ぜ、セツナに目配せしてきた。おそらく、十日近くふたりきり、付きっきりで過ごしたセツナだけにしかわからない表情の変化だろう。だからこそ、どきりとする。

「リョハンの平穏が護られたことで七大天侍や護峰侍団の間にだらけた空気が流れていたのは事実。護山会議長代理アレクセイ=バルディッシュが気に病むのも無理のないことでした。故に彼は、七大天侍や護峰侍団の気を引き締め直すべく、突発的にあのような事件を起こしたのです。事前に言い渡していれば、本格的な訓練にはならない、という彼の言い分もわからないではないですが、とはいえ、セツナ殿を巻き込んだことについては申開きの余地はありません」

「わたしは、別に気にしていませんよ。それがリョハンのためであり、警備訓練に協力することができたというのであれば、なにもいうことはないです」

「セツナ殿……しかし」

「平和が一番ですが、平和故にだらけきって警備が疎かになるのは良くないこと。それを憂い、行動に移すことのできる方がいるのは、素晴らしいことです」

 セツナは、そういって、アレクセイに罪を問わないよう、進言した。ファリアとしても、アレクセイの罪を問うつもりはなかっただろうが、巻き込まれた当の本人であるセツナが後押しすれば、彼女が判断に迷うことがなくなり、また、彼女の決断に反対する声もなくなるはずだ。そもそも、アレクセイの考案し、実行した実践的警備訓練は、リョハンのだらけきった空気感に危機感を抱いたが故のものであり、そこに悪意などあろうはずもなければ、その訓練によって死傷者がでたわけでもなかったのだ。実際、実践的警備訓練によって七大天侍と護峰侍団は戦宮の警備体制を見直さざるを得なくなったといい、アレクセイの行いは評価されていた。

 あの夜、戦宮は合計三名の侵入者を許している。ひとりはセツナであり、セツナはエッジオブサーストの時間静止能力を駆使し、侵入を果たしたが、残る二名は、召喚武装の透明化能力によって楽々と潜入し、戦女神の寝所まで至っている。いくら強力な召喚武装の能力とはいえ、ああも安々と侵入を許すようでは警備体制の見直しもやむなし、ということだ。

 武装召喚師でさえ簡単には侵入できないような鉄壁の警備体制を作らなければならなくなったのだが、そのために七大天侍も護峰侍団も頭を悩ませる日々を送っている、とのことだった。

 そういう意味でも実践的警備訓練は無意味な行いではなく、アレクセイの責任を問う声も日に日に小さくなっていった。特に護山会議では、辞任を申し出たアレクセイを引き止める声が相次ぎ、アレクセイも辞任の考えを引き下げざるを得なくなったという。議長に続いて議長代理まで辞任されてはかなわない、という考えが多かったのも間違いないだろうが。

 ともかくも、戦宮での謝罪はそのような形で終わった。


 ちなみに、実践的警備訓練については、アレクセイからも直接謝罪を受けた。

 戦神の間での会見が終わり、戦宮を出ると、彼は従者とともにセツナが出てくるのを待っていた。そして、セツナとふたりきりで話がしたいということで、近くの建物の一室に招き入れられた。

 まず、アレクセイは、リョハンの大恩人であるセツナを謀り、利用したことを心の底から反省しているといい、深々と頭を下げてきた。

「セツナ殿にはわかっておられることだとは想いますが、実践的警備訓練などというのはただの方便に過ぎません。戦女神となり、ますます意固地となっていくあの娘を少しでも休ませるためには、強引な手法を取らざるを得なかった。そのためにセツナ殿を巻き込んだのは、ほかに方法がなかったからでもありますし、セツナ殿でなければならなかったからです」

「俺でなければならなかった?」

「ファリアは、あの娘は、常日頃からセツナ殿を想っていた。セツナ殿ならば、あの子の凝り固まった思考を解きほぐし、凍てついた心を溶かしてくれるのでは、と考えたのです」

 そのために彼は一芝居打つことにした。

 それが戦女神暗殺計画であり、セツナにそれを知らせ、危機感を煽ったのも、その一環だ。アレクセイの目的は、セツナにファリアを攫わせ、彼が用意した隠れ家で少なくとも四、五日は過ごさせ、ファリアに肉体面、精神面での休養を与えることだった。ファリアに休養するべきだと進言しても、戦女神たるもの休んでいる暇はない、との一点張りであり、強情で頑固者の彼女には取り付く島もない。ファリアのことを案じたアレクセイは、少々強引ながらも間違いなくファリアが数日は休養してくれるであろうこの方法を思いついたとき、あまりの素晴らしさに手を打ったという。

 かといって、セツナに事情を話し、協力者とするのでは懸念が残った。まず、アレクセイはセツナのひととなりと詳しくは知らない。ファリアやミリュウたちの話からある程度は理解していたものの、小芝居が打てる人物かどうかまでは判別できなかった。だから、セツナを騙すことにした。戦女神暗殺計画などというありもしない出来事をでっちあげたのだ。案の定、セツナは危機感を抱き、一も二もなく協力した。なにもかもアレクセイの思惑通りに事が運んだのだ。

 しかし、ただセツナにファリアを攫わせるだけでは、大問題になる。なぜならば、翌朝、本来そこにいるはずの人物がおらず、そのまま数日間行方知れずとなるのだ。それもただの一般人ではない。戦女神が消息不明となれば、リョハンは天地をひっくり返した騒ぎとなる。さすがにファリアの休養のためだけにリョハンを大混乱に陥れるなど論外にもほどがあった。

 そのため、アレクセイは、護峰侍団隊長格二名を利用し、実践的警備訓練なるものをでっち上げた。戦後、だらけきっている護峰侍団、七大天侍に緊張をもって警備に当たってもらうため、というもっともらしい理由もあったが、そんなことはどうでもよかった。アレクセイは、ファリアに休養期間を与えるためだけにそれらを考え、実際の行動に移したのだ。

 すべては最愛の孫娘のため。

 故にこそ、セツナはアレクセイが自分を騙したことについて悪感情を抱いてはいなかった。

 ファリアを想うアレクセイの気持ちは、痛いほどわかる。ファリアが頑固者で融通のきかない考え方の持ち主故に彼も手を尽くさなければならなかったのだ。ファリアが休養の提案を受け入れるような柔軟な思考の持ち主ならば、アレクセイもそこまで苦心することもなければ、セツナを騙す必要もなかった。要するにファリアの石頭が原因なのであり、そのことはファリアも深く反省していた。

 もう少し、頭を柔らかくするべきなのだ、と。

 とはいえ、最高の戦女神を目指す彼女がそう簡単に考え方を変えられるとは思えず、アレクセイ以下、護山会議も七大天侍たちも、これからますます苦労することになるだろう。そしてファリアが柔軟さを得た暁に、その労が報われるに違いない。

 それが何年先、何十年先のことになるかは、神ならぬセツナにわかるはずもないが。

 遠い道のりであることは確かだ。



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