第二千十三話 少女人形(二)
「しかし、だとしても疑問が残るな」
セツナは、少女人形たちを見比べながら口を開いた。見れば見るほどウルクによく似ていると想わざるをえない。ウルクにもし少女時代があったとすれば、いま目の前にいる人形たちのような顔立ちに背格好だったに違いないと想えるほどだ。おそらくミドガルド製であろう人形たちだ。ミドガルドがウルクの少女時代を想像しながら作り上げたに違いない。ミドガルドは、ウルクのことを最愛の娘のように想っている節があった。ただの技術者と制作物ではない関係が確かにあったのだ。だからこそ、彼はウルクそのものを量産するのではなく、ウルクによく似た少女たちを作り出していったのではないか。そんなことを想像させる一方、疑問も過る。
「疑問?」
「ミドガルドさんに、魔晶人形の量産ができるかどうかという話さ」
「ああ……そういうこと」
ファリアも、そのことについては同じように考えていたようだ。
「ミドガルドさんは、ディールに帰った。その途中、聖王国軍と遭遇し、そのまま聖王の支配下に戻ったっていう話だが、魔晶人形を量産したのは、当然、ミドガルドさんじゃあない。聖王国のなにものかが魔晶人形の量産を成功させ、最終戦争に投入したんだ」
「ディールが一度成功させているんだもの。その技術を応用すれば、できなくはないんじゃない?」
「まあ……そうなんだろうけどさ。ミドガルドさんが無事なのかもわからないしな」
「無事なのよ、きっと。そして、いまも魔晶人形の研究を続けているのでしょう」
「……無事なら、そうしてるだろうな。あのひとなら」
ミドガルドは、生粋の研究者であり、技術者だった。常になにかの研究をしていなければ生きている心地がしないとでもいうようなところがあり、ガンディア滞在中も、研究に余念がないようだった。もっとも、ガンディア滞在中の主な研究内容は、黒魔晶石と特定波光のことであり、特定波光を別のなにかで代用できないかどうかということが最大の焦点だったようだ。もし、特定波光を別のなにかで代用できるようになれば、わざわざセツナを頼る必要がなくなるからだ。セツナ頼りの起動方法では安定しているとはいえない。人間はいつか死ぬものだが、魔晶人形という技術はそうすぐに失われるものではない。ミドガルドたちがやっとの思いで起動に漕ぎ着けた魔晶人形を安定的かつ長期的に運用するためには、セツナ以外に特定波光を発生させる方法なりなんなりを見つけ出す必要があった。故にこそ、ミドガルドはディール領を抜け出し、ガンディアくんだりまでやってきたのだ。セツナを徹底的に調べ上げ、研究を進めるために。
その研究成果が、目の前の少女たちなのではないか。
ふと脳裏を過ぎった考えが正解かもしれないという可能性に思い至り、セツナは、目を細めた。ミドガルドは生きていて、長年に渡る研究をついに形にしたのではないか。そして、このウルクによく似た量産型魔晶人形をつぎつぎと完成させていったのではないだろうか。だとしても、新たな疑問が生まれる。ミドガルドが独自に量産型魔晶人形を製造したとして、その魔晶人形たちがなぜリョハン近郊で動かなくなっていたところを発見されたのかということだ。
ミドガルドが量産型魔晶人形を使い、なにかを目論んでいるのか。あるいは、なんらかの意図があって、魔晶人形たちをリョハン方面へと向かわせたのか。いずれにしても、ミドガルド本人に真意を問いたださなければわからないことだということは、言葉を発する様子もない魔晶人形たちを見れば明らかだ。
「ウルクも、無事よね?」
「きっとな」
「うん」
セツナの言葉にファリアが強くうなずく。ウルクが最終戦争の真っ只中、セツナのもとに馳せ参じ、協力してくれたことはこの数日の間に伝えている。セツナが最終戦争から今日に至るまでなにをしていたのか、洗いざらい話したのだ。最終戦争で多くの命が失われたこと。ウルクが聖王国を裏切り、セツナの味方についてくれたこと。最終的にクオンに立ちはだかられたために我を見失い、挑みかかった末、黒き矛を折られ、心も折られたという事実も、すべて。
その上で、地獄に逃げたということも、だ。
ファリアは、その話を聞いている間、セツナのことをじっと見つめていた。そして、逃げた、などと表現するセツナに対し、そうまで自虐する必要はないといってきた。セツナは、できるだけのことをしたのだ。その上で拠り所としていた召喚武装を失えば、そのような行動をとっても不思議ではないし、だれも責めはしないのだ、と。ファリアのそんな慈しみに満ちた言葉や態度が、セツナの心には深く染み渡った。
その際、ウルクがより強固な躯体を得、生まれ変わったようにさらに強くなっていたということも伝えてあった。量産型魔晶人形の攻撃さえものともしなかったのだ。世界をばらばらに引き裂いた未曾有の大災害に巻き込まれたのだとしても、必ずや生き延びているだろう。セツナは、そう信じている。たとえいまは起動停止状態に陥っていたとしても、セツナの発する波光を感じ取れば、また目覚めるに違いないのだ。
「それにしても……この子達、ウルクみたいにしゃべれないみたいね」
ファリアが、唐突にそんなことをいった。確かにウルクによく似た魔晶人形たちは、先程から一言も発していない。口を動かすこともなければ、意志を伝えようという努力さえしなかった。もしかすると、そういう機能はないのかもしれない。
「そもそも、ウルク自体が奇跡の産物みたいなもんだったらしいし、しゃべれないのが普通なんだろうさ」
「そうなんでしょうけど……なんだかもったいないわ」
「もったいない?」
「しゃべることができたら、話し相手になってもらえたでしょ」
「まあ、そうだな」
ファリアがなにを考えているのかわからないものの、適当に相槌を打つと、少女人形たちの視線が自分にのみ注がれていることが気になった。まるで、セツナに会うためにここを訪れたよう――とまで考えて、ほかに理由などあろうはずもないということに思い当たる。それが魔晶人形たちに託された本来の目的であるかどうかはともかく、特定波光によって再起動したのであろう彼女たちは、一先ず、特定波光を辿ることにしたのだろう。そして、つい先程、この廃墟の前に辿り着き、ファリアに驚かれたのだ。そこへセツナが飛び込んできた。彼女たちにウルクのような自我や人工知能のようなものが搭載されていれば、すぐさまセツナに反応を示し、なんらかの方法で意志を伝えてくるようなこともあったのだろうが、それはなかった。
そのときだった。
「やーっと見つけたあ!」
聞き知った声が上空から降ってきたかと想うと、見知った顔が玄関先に降り立った。そして、セツナもファリアもよく知る武装召喚師の青年は、純白の翼を白の長衣に戻しながら玄関内に入り込んできて、はたと足を止めた。顔を上げ、愕然とする。
「って、あれ!?」
「あら」
「おう」
セツナは、よく知る青年に向かって、軽く手を上げた。シルフィードフェザーを纏うルウファは、驚愕を顔面に張り付かせたまま、後ずさった。彼の頭の中に混乱が起きているのは、一目瞭然だ。
「なんでこんなところに隊長とファリア様が……?」
「さて、なんでだろうな」
「見つかっちゃったわね」
慌てふためくでもなく、ファリアがつぶやく。彼女にしてみれば、彼に見つかろうがどうでもいいことなのだろう。ルウファは、暗殺計画犯の在籍した護峰侍団ではなく、戦女神直属の七大天侍のひとりなのだ。戦女神に不利となるような発言、行動を七大天侍の一員が取るはずがないという全幅の信頼が、彼女の中にはあるに違いなかった。
すると、ルウファがなにかを納得したかのような顔をしてみせる。
「……ああ、そういうことですか」
「あん?」
「なによ?」
「わっかりました。このことは、三人だけの秘密ということで」
「おい、なにひとり納得してんだよ」
「そうよ」
「いえいえ、なにも仰らないでください。なるほど、そういうことだったんですね。いやあ、俺というものがいながら水くさいこともあったものですが、まあいいでしょう。うんうん。ファリア様と隊長なら、なんの問題もありませんし」
「だから、なんの話だよ」
「いや、ですから」
ルクスは、なにやら決め顔をしてくる。
「ファリアは俺のものだーって、連れ去ったんでしょう?」
「なんでそうなる」
セツナが憮然とすると、ファリアが予期せぬ事をいってのけてきたものだから、驚かざるをえない。
「似たようなものじゃなかったっけ」
「でしょー」
「そうなの、セツナったら困ったひとよね」
自分を抱きしめるようにしていやいやをするファリアの様子に、セツナはなんともいえない気分になった。
「おいおい、ファリアまで悪乗りするなよ」
「えー」
「えー、じゃない」
「えー」
「おまえもかよ」
セツナは、ファリアとルウファとのやり取りの中になんともいえない懐かしさと優しさを感じ、ふと、目頭が熱くなるのを認めた。
まるで、《獅子の尾》結成当初を想起させるやり取りがしばらく続き、セツナは、もはや取り戻せない遠い日々を思い出して、目を細めるばかりだった。
想えば、遠くへ来てしまった。