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2008/3726

第二千七話 剣野(九)


 そこからというもの、ルクスによる最終試練は激しさを増す一方だった。

 元々、一瞬で殺され、蘇るたびに殺される、そんな苛烈な試練だったのだが、セツナがルクスの速度についていけるようになってからというもの、ルクスがますます力を入れ始めたのだ。セツナがなんらかの理由で死ぬ。すぐさま息を吹き返すと、その瞬間にはルクスが肉薄していて、避ける暇もなく殺されるような状況が頻発した。生と死の反復は、加速度的にセツナを襲い、彼の意識をずたずたに引き裂き続けた。

 それでもセツナは諦めなかったし、ルクスも手を緩めなかった。

 むしろ、ルクスはセツナが少しでも反応を示すと、そのたびに速度を上げ、攻撃を激化させた。

 ただひたすらに殺されるだけの時間。だが、なにも得られないわけではない。ただ消耗しているだけではないのだ。生き返るたび、セツナは聞く。ルクスが地を踏む音。置き去りにされた音が唸った瞬間には、首が飛んでいるという事実。まさに神速の早業というべき攻撃の数々。それらを受けるたび、セツナは、己の弱さ、無力さを実感するのではなく、ルクスの強さ、凄まじさを認識し、理解に努めようとした。ルクスの力の源泉はどこにあるのか。どうすれば、ルクスの攻撃に対応できるのか。どうすれば、殺されずに済むのか。あるときから、剣を抜くことさえできないまま、殺され続けている。呼吸さえさせてもらえないこともあった。気がつけば、死体になっている。そして、息を吹き返せば、眼前に剣光が閃き、血飛沫が体の何処かから上がっている。

 そんな状況がどれほどの時間続いたのだろう。

 しかし、先程もいったようにセツナは、ただ殺され続けたわけではないのだ。殺されるたび、生き返るたび、セツナはルクスの速度に順応する自分というものを認識していた。最初は、影も見えなかったルクスの跳躍が、段々と形あるものに見えてきて、いまはその爪先が地面の頭蓋骨を陥没させる瞬間を見逃さないくらいにはなっていた。

『おまえは、動体視力だけはいい。それは褒めてやる』

 ルクスに師事して、最初のころに聞いた言葉を思い出す。軽々と打ちのめされ、床に這いつくばってでも立ち上がろうとするセツナに向かって、ルクスが吐いためずらしい褒め言葉。そのときは、ルクスがそこまで褒めてくれないものとは想わず、反応もできなかったものだが、いまとなってはそれが最大最後の褒め言葉だったのではないかと思い出された。

『まあ、それも黒き矛のおかげだろうがな』

 ルクスがいうには、黒き矛を使うことの副作用である超感覚と、黒き矛を手にしての高速戦闘がセツナの動体視力を鍛え上げているのではないか、とのことだった。その当時は、そういうものなのかと軽く聞いていた程度だったが、いまとなれば、それが正しいものの見方であることは明白だった。

 セツナは、黒き矛を用いたとき、その絶大な力の補助によって超人的な身体能力、五感を得ることができる。そして、その超人的な身体能力は、常人には決して理解できないほどの速度を生み出し、高速戦闘を可能にする。実際、セツナはこれまで、凄まじいとしかしいいようのない速度での戦闘ばかり経験してきたが、その速度に振り回されることがなかったのは、やはり黒き矛の補助のおかげであり、その経験の数々が黒き矛の補助なきいまも生きていると感じる。

 ルクスの見立て通りだったわけだ。

 そして、こうなることも、ルクスが思い描いた通りに違いない。

 セツナは、なんだかルクスの手のひらの上で踊らされているような気分になりながらも、それが決して気分の悪いことではなく、むしろ快いものだと感じるのは、長年の師弟関係の成果だといっていいのではないか。セツナはいつだって、ルクスに支配され、掌握され、管理されていた。ルクスの思惑を上回ったことなどなく、たとえセツナがルクスに一本取れたとしても、それはルクスがそうなるように仕組んだ結果だったりするのだ。それが理解できるようになったのは、随分後のことではあったが、理解できてからも腹が立つようなことはなかった。単純に自分の力不足を恥じ、ルクスの圧倒的な実力に感銘を覚えるだけなのだ。

 尊敬の念が、先に立つ。

 故にこそ、セツナはなにがなんでもこの試練を乗り越え、その結果をもってルクスに感謝を示さなければならないのだ。

 そのためには、どうすればいいか。

 常人離れした動体視力によって捉えることができたのは、神速で行動するルクスの姿だけだ。それによって多少なりとも反応することができるものの、それ以上にはなれない。反応したところで、対応しきれないからただ斬り殺されるだけで終わってしまう。そこをどうにかしないといけないのだが、いまのところ、どうしようもない。天と地ほどの差もある身体能力を埋めるのは、不可能に近いのだ。

 ルクスは、何度もいっているように召喚武装の補助と竜の呼吸によって、その身体能力を限界以上に引き出している。しかも、セツナが反応を見せ始めてからというもの、いままで温存していた力さえ発揮しており、その戦闘速度たるや並の武装召喚師ですら追いつけないほどのものと見ていい。そんな速度に対抗する手段は、考えられる限りひとつしかない。

 武装召喚術を用いることだ。

 黒き矛を召喚し、その副作用による身体能力の強化があれば、セツナはルクスの戦闘速度を凌駕することができるだろう。それはまず間違いない。だがしかし、ひとつだけ難点がある。それは、黒き矛は折れたままであり、召喚できないということだ。

 破損した召喚武装を修復する方法はひとつだけだ。元の世界に送還すること。そして、待つのだ。召喚武装が自然治癒するのを待つしかないのだ。黒き矛が折れてから、それほどの日数が経過しているわけではない。修復が終わっているはずもない。ましてや召喚に応じてくれる状況になどあろうはずもない。つまり、起死回生の手段にはなりえないということであり、セツナは、頭上から落下してきたルクスが頭蓋を叩き割る感触の中で、どうするべきか頭を悩ませていた。

 黒き矛に頼ることはできない。

 一連の試練は、最初からそうだった。

 カインとの試練でも、セツナは黒き矛を召喚できなかった。ウェインとの試練でもそうだ。この地獄で繰り広げられる試練は、セツナに黒き矛を使わず、どこまで戦えるのかを試すもののように思えてならなかった。つまり、黒き矛を当てにするような惰弱な考えは捨てなければならない、ということだ。

 ということはつまり、黒き矛がなくとも、突破する方法があるということではないか。

 正解のない問題などあるべきではない。

 試練ならばなおさらだ。

 セツナは息を吹き返すなり、ルクスの息吹きを聞いた。鋭く、深く、大気を劈くような息吹き。それと同時に肉体が勇躍し、一瞬にしてセツナとの距離を埋めてしまう。戦竜呼法。セツナははっとなった。ルクスに対応する唯一の手段。

(俺にできるのか?)

 自問しながら、立ち上がる。その際、近くにあった剣を引き抜いている。幅広の刀身を持つ剣は、ずっしりとした重量を感じさせた。ルクスが迫り来る。鋭い息吹きが聞こえ、斬撃が奔った。セツナは、対応しきれない。斬撃を受け止めるべく剣を振り上げようとしたが、間に合わなかった。腕ごと胴体を断ち切られ、絶命する。呼吸が聞こえた。一切乱れを感じさせない静かな呼吸。戦竜呼法。それを真似しろというのか。

(師匠のようなことが俺に)

 できるのか。

 つぎの復活の瞬間、セツナは頭を振った。

 そんなことで思い悩んでいる場合ではないということは、わかりきっていた。できるできないではない。やるのだ。やらなければ、ならない。なんとしてでもこの試練に打ち勝たなければならないのだ。でなければセツナに未来はない。現世に返り咲くことも、新たな力を掴むこともできない。

 ルクスを越えるには、それ以外に方法がない。

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 無我夢中で大声を上げたとき、ルクスが笑ったような気がした。なにを想い、なぜ笑ったのかは、わからない。しかし、その笑みはやわらかなもので、決して不快感のあるものではなかった。そして、矢のように飛んできたルクスの斬撃が、またしてもセツナの命を終わらせる。だが、セツナはその瞬間、確かに聞き逃さなかった。ルクスの呼吸。独特な竜の呼吸法。その音を聞いただけで体得して見せたのがルクスならば、弟子であるセツナもそれを成し遂げ無くてはならない。でなければ、万に一つの勝機もない。

 生き返るたび、殺されるたび、セツナは聞く。

 ルクスの、その普通とは異なる呼吸法に注目する。吐き出される鋭い息吹き。吸い込まれる深さ。そのでたらめなまでの肺活量。とても真似できるものではない、と、想いながらも、大きく息を吸う。大きく、深く。その呼吸の一瞬さえも隙になり、切り裂かれ、突き殺されるのだが、それでも諦めない。何度も、何度も、挑戦しては失敗し、殺される。ルクスが呆れ、苦笑するのも時間の問題だと想いながらも、セツナは、ルクスの呼吸を真似するべく、全身全霊でルクスの呼吸を聞いた。聞き続けた。無論、剣を抜き、立ち向かうのを諦めたわけではない。一本でも多く、不正解の剣を減らす必要もあるのだ。まだ、千本も消費できていない。いまだ数万本の剣が荒野に並び立ち、セツナを呪い続けている。竜の呼吸を真似できたところで、それでおしまいではないのだ。

 正解の剣を抜き、ルクスを倒せなければ、意味がない。

「……どういうつもりか疑問だったが、なるほど、そういうことか。俺から技術を盗み取ろうってんだろ。気張れよ」

 ルクスに励まされ、セツナは、はっと顔を上げた。

「並大抵の努力じゃあ、俺から技を盗むなんて無理不可能なんだからな」

 師匠は、笑っていた。


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