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2006/3726

第二千五話 剣野(七)


 どれだけ死んだのだろう。

 どれだけ剣を抜き、どれだけ不正解を引き、どれだけ剣に殺されたのか。

 当然、ルクスに直接殺されることのほうが多かった。

 当たり前のことだ。セツナが剣を手に取れる可能性よりも、それまでに殺される可能性のほうが遥かに高いのだ。ルクスの戦闘速度を考えると、必然というほかない。セツナの目がルクスの戦闘速度に慣れ始めたとはいえ、常人の肉体では、戦竜呼法と召喚武装を併せ持つ超人に敵うわけもないのだ。

 だから、殺される。

 惨めに、無様に、為す術もなく。 

 地に這いつくばり、死臭と腐臭を嗅ぎながら、血反吐を吐いてのたうち回るしかない。

 それでも、セツナは諦めなかったし、彼の中の闘志が燃え尽きることはなかった。むしろ、殺されれば殺されるほど、燃えた。燃えに燃え、いままさに紅蓮の太陽の如く燃え盛っているといっても過言ではなかった。

 なぜだろう。

 考えるまでもない。

 ルクスだからだ。

 最高の師匠が相手をしてくれているのだ。

 最高の弟子といってくれたのだ。

 最高の結果を見せなければならない。

 そうやって、彼の想いに応えなければ、報いなければ、死んでも死にきれない。

(死ねない……よな)

 何度殺されたのかわからないくらい殺されながら、それでもセツナは自分の生にしがみつかなければならないことを理解し、認識していた。死んではならない。諦めてはならない。手を離してはならない。なんとしてでも生にしがみつき、生きて還らなければならないのだ。

 愛する人たちが待つ、現世へ。

(俺はまだ、生きている。生きているんだ)

 そのためにも、ルクスの試練を乗り越えなければならない。

 殺されたからと言って、不正解を引いたからと言って、へこたれている場合ではないのだ。

「二千本は引いたか」

 ルクスが小岩の上に腰を掛けながら、いってくる。

「どれも外れだったが、悪くない」

「どこが」

 セツナは、その場で仰向けになった。息を切らしてさえいないルクスとは違い、セツナは消耗しきっていた。体力も精神力も使い切っている。地獄は、無尽蔵の体力と精神力を与えてくれるわけではないらしい。ここに至るまでの道中、疲れを知らなかったのはいったいどういう理由なのか。試練中は、そういった力が働かないようになっているのかもしれないし、まったくの勘違いだったのかもしれない。移動中、消耗がなかったのは、脳が勝手にそのように記憶しているだけなのだろうか。

「どこが悪くないんですかねえ」

 大きく息を吐く。

 地獄の空は、相変わらずの暗黒だ。

 彼方に見える光の柱以外の光はなく、絶対に等しい暗黒が上天を覆っている。月は無論のこと、星などあろうはずもない。茫漠たる闇が広がっているだけだ。そして、鼻孔を満たすのは死のにおいであり、腐敗臭や血のにおいばかりだ。意識すればするほど気が遠くなりそうになる。

「少なくとも、おまえはこの短時間で、俺の攻撃をかいくぐり、二千本のもの剣を引くことができたんだ。誇っていい」

「はは……笑える」

「冗談じゃないんだけど」

「数万本もあるってのに、そのうちたった二千本で、しかもどれも不正解、師匠に掠りさえしないってのに、誇るも何もないでしょう」

「へえ……いうじゃないか」

「そりゃあ、師匠の弟子ですから」

「俺の最高の弟子だものな」

「俺の最高の師匠の、ね」

「はは」

 ルクスは、セツナの返事を笑うと、すぐにうんざりとしたような顔になった。呆れた口調でいってくる。

「ったく、気色悪いな。師弟で褒めあって。こんな関係だったか?」

「違いましたっけ」

「いつも罵倒しあってた記憶しかないんだけど」

「それきっと勘違いですよ」

 セツナがいったのは、無論、冗談だ。ルクスのいった通り、罵倒ばかりが飛び交うのがセツナとルクスの師弟関係であり、知らない人間が見たら憎み合っていると想ってもおかしくないくらいの言葉がふたりの間を行き来していたものだ。いまのように褒め合うなど、本来のふたりではない。それは確かなことであり、ルクスが気味悪がるのも無理のないことだった。ルクスが、遠い目をしながら、首をひねる。

「んー……そういわれると、そうかも……って、んなわけあるかよ。バカ弟子が」

「弟子馬鹿の師匠にいわれたくありませんよ」

「ちっ……ちょっとでも褒めるとこれだ。すぐ調子に乗る」

「そういうところ、師匠譲りなんじゃないですかね」

「はあ!?」

 ルクスは、素っ頓狂な声を上げると、グレイブストーンの切っ先をこちらに向けてきた。鋭利な殺気は、セツナの意志をくじきかねないほどに強烈で、重い。

「俺がいつ調子に乗ったって?」

「いつだって調子に乗っているようにしか、見えませんでしたけど」

「そういうこと、俺の剣をかわしてからいえよ」

「それは、さすがに」

 激痛の中、血反吐を吐きながら、苦笑する。

 ルクスが一足飛びに間合いを詰め、セツナに致命的な斬撃を叩き込んできたのだ。調子に乗ってもなんの問題もないほどの実力を見せつけられれば、セツナも苦笑するしかない。そして、苦笑の中で激痛に抗い、そのまま命を落とす。

 何度目の死なのか。

 もはや数えることすら馬鹿馬鹿しくなるくらいの回数に達している。

 五桁に至るのも時間の問題だろう。いやすでにそれくらい死んでいるかもしれない。

 この最後の試練が始まって、どれくらいの時間が経過したのか。

 それすらわからないくらい、セツナはルクスとの試練に熱中していた。

 最高の師匠だと、本気で想っている。そんなひととの予期せぬ再会は、セツナにさらなる熱を入れた。心が、魂が燃えたぎり、全身全霊、あらん限りの力を発揮する。そうしなければ、全力でもって対峙しなければ、師匠に失礼だ。ルクスは、常に全力でセツナを鍛えてくれた。一対一の鍛錬のときはいつだって、時間の許す限り、体力の許す限り、セツナを見てくれたのだ。それは契約のためなどではないことくらい、セツナにもわかっている。契約では、そこまでしろとはいっていないのだから。

 ルクスは、必要以上にセツナを見ていてくれたということだ。そして、そのおかげで、セツナは強くなれた。少なくとも、黒き矛を十全に扱えるようになれたのは、ルクスを師と仰ぎ、ルクスがセツナの期待に応えてくれたからにほかならない。

(だったら!)

 生き返って早々、セツナは足元に突き立った剣の柄を蹴り上げた。中空に跳ね上がった剣を掴み取った瞬間、眼前にルクスの姿がある。構える暇もあったものではない。だが、ルクスの動きは予測できている。袈裟懸けの一閃。対応は、できない。剣で受け止めることさえできずに切り下ろされるが、絶命はしない。致命傷。だが、生きている。激痛の奔流の中で、剣を振り上げる。

(期待に応えて見せろよ!)

 今度は、自分が。

 セツナは、咆哮を上げながら振り上げた剣が空を切るとともに手の中から滑り抜けて、どういうわけか自分の首を刎ねる瞬間を目の当たりにした。

 剣に込められたセツナへの怨念は、どこまでも深く、どこまでも激しい。

 彼は、己が奪ってきた命の数を思い出して、なんともいえない気持ちになりながら、何千回目かの死を迎えた。


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