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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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1998/3726

第千九百九十七話 夢よ、再び


 飛翔船が大海原を越え、幾多の島々を通り過ぎ、目的地に辿り着いたのは、ラムレスらを振り切った一日後のことだった。

 ラムレスを振り切ってからというもの、その飛行速度は最高速に達し、あっという間に目的の大地へと到達している。その間、ヴィシュタルは、ラムレスとユフィーリアのことばかり考え続けていたが、いくら考えても答えの出ることではなかった。ヴィシュタルになにができたはずもない。女神イルトリのいうとおり、ヴィシュタルたちがリョハンに差し向けられた理由がラムレスへの対抗策だという可能性は決して低くはなかった。

 彼らに指図する立場にあるものは、冷酷無情といってもいい。目的のためであればなんだって利用するような人物なのだ。今後、最大の脅威となりうる存在であった三界の竜王を封殺するためならば、ヴィシュタルの不況を買おうが構いはしないだろう。

 事実、ラムレスは消滅した。

 これにより、三界の竜王という最大の障害が消え失せ、彼らの主君の夢を妨げるものはもはやいなくなったといっても過言ではないだろう。

 飛翔船が黒い大地へと降りゆくのを甲板の上から肌で感じながら、ヴィシュタルは、頭上を仰ぐ。瑠璃色の空は、夜明け前であることを示している。星々が未だ瞬き、月がその偉大な姿を空に溶かそうかという時間帯。無数の翼が視界を賑わせる。羽根の生えた神兵たちによる盛大な出迎えであり、ヴィシュタルたちの飛翔船が安全に着地できるよう、護衛してくれているのだ。

 神兵とは、神威――神の力によって変容した人間の成れの果てであり、人間であったころの記憶もなければ意識もなく、神の使徒としてただ命令に従う、機械人形の如き存在だった。

 イルトリがユフィーリアに仕掛けたのも、それだ。神威による強制的な変容。人間という生物から、まったく別種の存在へと変化させるほどの力が、神にはあるのだ。そして、そうなったものはどのような方法を用いても助からない、という。変容させた神自身の力でも、変容が完了すればどうにもできなくなるのだそうだ。途中までならば、変容部分を取り除き、肉体を復元させるという方法を取ることもできるが、大量の神威を注ぎ込めば、そうもいかなくなるらしい。変異に歯止めが効かなくなり、神の力でさえ抑えられなくなるのだ。

 しかし、ユフィーリアは、イルトリの神兵にはならなかった。

 なぜか。

 理屈は簡単だ。

 ラムレスが三界の竜王の力のすべてを用い、ユフィーリアを救ったからだ。結果、ラムレスはすべての力を使い切って消滅した。転生竜であるはずの彼が転生する力さえ手放し、ようやく元に戻すことができたというのだから、神の力というのは恐ろしいとしかいいようがない。

 ヴィシュタルは、考える。

 取り返しのつかないことだ。

 ラムレスは、失われた。この世から完全に消滅し、今後、彼が転生することはありえなくなった。イルトリは、みずからがそう仕向けたにもかかわらず、ラムレスの愛を尊び、その死を悲しみ、憐れんでいた。そのことがウェゼルニルや皆の反感を買っているのだが、女神がヴィシュタルたちの気持ちを考えることなどあろうはずもない。

 つまり、ユフィーリアは元に戻ったはずなのだが、その後の消息は知れない。そのまま海に落ちた可能性もあるが、追いかけてきていたラムレスの眷属に拾われ、“竜の巣”にでも帰ったと考えておくほうがいいだろう。それで自分の心を騙せるわけもないが、かといって、いつまでも引きずってはいられなかった。

 飛翔船は、発着場に着陸し、無数の使徒たちが船を取り囲むようにしていた。光り輝く天使たちの群れ。その実態を知らなければ、神々しくも美しい光景だと目を奪われていたかもしれないが、内実を知るヴィシュタルがそのようなことを想うはずもなかった。

 神都東部発着場には、ヴィシュタルらを乗せたものと合わせ、二隻の飛翔船が着陸している。リョハン攻略戦に投入された飛翔船は全部で三隻。つまり、一隻を失ったということだ。飛翔船は、彼らの技術の粋を結集して作り上げた魔法の船であり、その一隻を建造するのにどれほどの費用がかかったのか想像するだに恐ろしいほどのものだ。それを一隻でも失うということは、彼らにとって多大な痛手といってもよかった。

 紛失した飛翔船を受け持った神マシューラによれば、竜王の眷属に隙を突かれたとのことだが、だとしても、とてつもない失態には違いない。神が竜王の眷属如きに遅れをとるなど、許されることではない。それだけラムレスの眷属筆頭ケナンユースナルが強く、優秀であったということでもあるのだが。

 やはり、複数の神の集合体であるイルトリと、弱き神に過ぎないマシューラでは、そのうちに秘めたる力の量に大きな差があるのだろう。ラムレスを相手に遅れを取ることもなかったイルトリと、ラムレスの眷属に敗れ去ったマシューラ。力量の差は歴然としている。しかし、それも致し方のないことなのだ。

 イルトリは、先もいったようにヴァシュタラを構成していた神々のいくつかが合力し、生まれた神であり、小さなヴァシュタラといってもよかった。ザイオンの神ナリアやディールの神エベルとは比べるまでもないが、マシューラのようにヴァシュタラより完全に分かたれた神よりは断然に強い。

 要するに、ヴァシュタラを構成していた神々というのは、眷属筆頭とはいえ、竜と戦い、敗れる可能性を持っていた程度には弱いということだ。

 もっとも、マシューラが遅れを取ったのは、相手がラムレスの眷属筆頭だったから、としかいいようがなく、ほかの竜を相手に敗れる可能性は皆無に近いだろうが。

 ヴィシュタルは、発着場に舞い降りたマシューラの苦々しい表情を遠目に眺めながら、神もまた、絶対者たりえない事実に目を細めた。

 人間や数多くの生物とは、異なる次元に立つ存在である神々の中ですら、力の上下がある。ナリアやエベルのような絶大な力を持つ神もいれば、マシューラのように竜に負ける神もいる。イルトリは、セツナに敗れかけた。

 絶対者など、存在しない。

 この世に絶対者など存在してはならない。

 そのようなものがある限り、この世に平穏など訪れないのだ。


 ヴィシュタル一行は、発着場に到着後、すぐさま飛翔船を降りると、神都の中心へと向かった。移動は楽なものだ。小型の飛翔船ともいうべき飛空車に乗り込めば、ひとっ飛びといってもよかった。飛空車は、飛翔船が船を改良したものであるように、馬車を改良したものだ。一見すると馬車そのものなのだが、台車を引く馬の背に翼が生えており、飛行能力を有していた。飛空車は飛翔船ほどの長距離、高高度を飛べるわけではないが、小回りが聞き、都市内を移動するにはちょうどいい。建物くらいの高さならば平然と飛び越えられるため、地形を無視して移動することができるのだ。

 神都の中枢、皇宮まであっという間に辿り着けたのは、飛空車のおかげといってよかった。

 飛空車を引く翼の生えた馬は、当然のことながらただの馬ではない。この世界は、彼の常識の通用しない世界ではあったが、翼の生えた馬など存在しなかった。皇魔の中にはそういう種がいたとしても不思議ではないが、人類が確認した皇魔の中には、そのような種類の皇魔はいなかった上、皇魔と神が仲良く手を取り合うことなどありえない。皇魔は神を呪い、神は皇魔を忌み嫌っている。その対立の深さは、人間と皇魔以上のものであり、人間と皇魔が手を取り合って戦うことはあっても、皇魔と神が手を結ぶことは絶対にありえないといわれるほどだった。

 馬に話を戻すと、全身が神威に冒されており、もはや自我もなにも失われているのだ。つまり、神化したということだ。神の尖兵となったものは、ただ神の意のままに動く存在と成り果てる。意識もなければ感情もなく、故に神の命令を絶対遵守し、神の意の赴くままに敵を倒し、裁きを下すのだ。

 それを神々は天使と呼んだ。

 飛空車を降り、皇宮の内部へと向かう。道中、まさに天使と呼ぶに相応しく翼を生やした使徒たちがヴィシュタルたちを出迎え、歓迎の歌を響かせた。それはつまり、この宮殿の主がヴィシュタルたちの到着を待ちわびていたということでもある。使徒は、神意の顕現といっていい。

 大神門を抜け、黒曜石の回廊を進む。響くのはヴィシュタルたちの靴音であり、使徒たちの歌声だ。そこへ、突如として第三者の聲が聞こえてきた。

《リョハン攻略に二度も失敗し、よくもまあ、おめおめと帰ってこられたものだ》

 脳内に直接響く聲は、神の声だ。神は、普通、肉声で言葉を発することはない。受肉し、この世界に実体化したのであればまだしも、ほとんどの神は実体を持たないまま、この世界を漂っているのだ。意思を伝える上で、肉声は使えない。その代わり、相手の脳内に直接呼びかけることができるのだから、なんの問題もないのだろう。大気を震わせ、肉声代わりにするという神もいる。

「あのまま戦い続けていれば、大切な戦力を失っていましたよ」

 ヴィシュタルは怖じることもなく、告げた。実際、ヴィシュタルが撤退を命じたのは、戦闘を継続することによる損害の大きさを予見してのことだ。相手は、セツナだった。それもただのセツナではない。なにやら怒りに駆られ、おそらく現在持ちうるすべての力を解放した状態のセツナ。複数の召喚武装を展開した彼には、ヴィシュタルさえ遅れを取りかねない。実際、イルトリほどの神でさえ、太刀打ちできなかった。

《そのために貴様が出向いたのではなかったか?》

「想定外の事態が出来した次第」

《想定外?》

 嘲笑が響く。ウェゼルニルやミズトリスが不愉快そうにしているのが気配でわかるが、彼は、涼しい顔をしていた。聲の主ディナシアは、この組織においても大きな力を持つ神だ。わざわざ不興を買いにいく道理はない。

《獅徒ならば、どのような事態にも対応できるはずだが?》

《竜王の一柱が潰えたのだ。そのためのリョハン侵攻だったのだから、なにも問題はあるまい》

 と、思いもがけず助け舟を出してくれたのは、イルトリだった。そのことに驚き、振り返ると、イルトリは当然のような顔をしていた。女神イルトリは、どのような相手にも分け隔てなく慈悲を与えるという。これもまた、女神の慈悲なのかもしれない。

《……ふん。まあ、いい》

 ディナシアが引き下がったのは、イルトリの言に一理あったからだろう。三界の竜王は、ヴィシュタルやディナシアの主の悲願を叶える上で、邪魔となる存在だった。その排除がなったのなら、リョハン侵攻の失敗も不問になりうる。

《神皇様がお待ちだ。早くいけ》

「神皇様が?」

 ヴィシュタルは、予期せぬ一言にただ驚きを覚えた。

「目覚められたのですか?」

《そういっている》

 ディナシアの素っ気ない、しかし、どこか諦めに似た声音は、彼が結局のところ、神皇の存在を必ずしも認めることができていないことの証左のように想えた。

 それはディナシアのみならず、すべての神々の総意と考えて間違いあるまい。

 絶対の支配者たる神々にとって、己を支配する上位の存在など、認められるはずもないのだ。

 ヴィシュタルは、部下たちを一瞥すると、うなずき、黒曜石の回廊を奥へと進んだ。

 神々の皇が待つ、獅子神皇の座へ。


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