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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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1997/3726

第千九百九十六話 竜と人(十五)


 脳裏を過ぎった幾多の記憶、数多の光景は、ラムレスをただただ慟哭させた。慟哭が魔力のうねりを生み、強力無比な竜語魔法をなって拡散する。周囲の大気を熱し、焦がし、凍てつかせ、破壊し、吹き飛ばす。海面を貫き、上天を突き破る。破壊の力の奔流。しかし、その力が彼の目の前の人間に向かうことはない。それだけは、決して、ありえないのだ。

 クオンにさえ、あの男にさえ逢わせなければ、こうはならなかった。

 彼は胸中で吼える。

 クオンとの出会いが、運命を狂わせた。

 クオンに出会い、興味を抱き、感化されてしまったことがすべての原因だ。こうなった原因なのだ。ほかに理由はない。それ以外の、それ以上の理由がない。だから彼は猛り狂う。怒りと悔いに満ちた咆哮を上げ、魔法の力で世界を掻き乱す。三界の竜王の一柱たる蒼衣の狂王の力をあらん限り解き放つのだ。彼の狂おしいまでの怒りは、力を限りなく引き出し、肉体を、巨躯を、まばゆい光に包み込みながら変容させていく。

 竜王の在るべき姿へ。

 三界の竜王の一柱にして、古の破壊神とも混沌の化身とも呼ばれた形へと、変わりゆく。

 止められない。止める必要がない。そう、もはや彼にはどうでもいいのだ。なにもかも、どうでもいい。いま、目の前にいる娘ひとり救えないというのに、なにをどう遠慮しろというのか。荒れ狂う感情の在るが儘に力を放ち、世界が傷つこうとも構いはしない。それが自分だ。それが破壊者と、狂王と呼ばれた自分の在り様なのだ。

「ク、オンの……せい、じゃな、い……」

 声が聞こえた。

 耐え難い苦痛の中、それでも必死になって紡がれた言葉は、怒り狂うラムレスの心に涼風となって吹き込んできた。彼は、その瞬間だけ、冷静さを取り戻す。変容し続ける愛娘の無惨な姿を目の当たりにして、再び怒りの炎が噴き出すまでの、ほんの一瞬だけ。

「ユフィーリア!」

「もちろん、ラムレスのせい、でも」

 彼女は、全身の三分の二ほどが白化し、変容の真っ只中にあった。人間でも竜でもなく、まったく別の、神の尖兵への変容。それが終われば、そのとき、彼女の意識は消えてなくなるだろう。ただの哀れな神の人形へと成り果てるのだ。そうなれば、もはや滅ぼすしかなくなる。救いようがないのだ。この世の神たる三界の竜王の力をもってしても、神の毒を取り除くことはできない。

「全部、わたしが悪いんだ」

「違う、違う……! おまえが悪いものか! おまえに責任があろうはずがない! そうだろう……おまえは、ただ、あのものに逢いたかった……ただそれだけではないか! それのなにが悪いというのだ……それのなにが……!」

「だったら、クオンも悪くはないよ……」

「くっ……!」

「いって、くれ、た、じゃない、か……ラムレス」

 ユフィーリアのまだ無事な右手がラムレスの鼻先に触れた。優しい撫で方。彼女は、子供の頃からそうだった。ラムレスを実の父として愛してくれていた彼女は、彼のことをよく撫でた。そうすることで愛情を伝えてくれていたのであり、彼はそのたびに、ユフィーリアへの愛を確かなものとして認識したものだ。彼女の愛情ほど純粋で無垢なものはなく、なればこそ、彼もまた同じだけ無垢で純粋な愛情を彼女に注ぐことができたともいえる。そして、そんなユフィーリアだからこそ、“竜の巣”は彼女を受け入れ、いずれの竜もが彼女を認めるようになったのだ。

「いつか、わかるときがくる……って」

 ユフィーリアの目は、いつになく透き通っていた。まるで自分という存在、意識の消滅を理解し、達観しているかのようなまなざしであり、そこに映り込む怒り狂った己の無惨で救い難い姿に、彼はただ絶叫した。


『ラムレス、不思議に想うんだが』

『どうした』

『なぜ、ラムレスはわたしをあの人間と会わせたのだ。人間などくだらない、取るに足らない生き物ではなかったのか?』

『……あれは……あのものは、くだらぬ人間ではないように想えたのだ。故に我はあれとの交渉に応じ、約を結んだ。すべては、あのものに可能性を見出したからよ。そして、その可能性は、おまえにも良い影響を与えるかもしれぬ』

『良い影響……』

 彼女は静かに反芻すると、しばし考え込んだ後、大きく頭を振った。

『さっぱりわからないな。わたしには、ラムレスやサイファリアたちがいる。これ以上、なにも望むものなどないぞ』

『そうか』

 ラムレスがそのとき目を細めたのは、ユフィーリアが泰然と言い放った言葉があまりにも素直であまりにも眩しく、太陽のように輝いて見えたからだ。ユフィーリアは、“竜の巣”における太陽のような存在だった。いつだって、彼女の周囲には子竜や成竜たちが集まる。彼女という光を浴びることで元気になれるとだれもがいった。だれもが、ユフィーリアを愛し、ユフィーリアもまた、皆を愛していた。

 彼女は、竜なのだ。

 人間ではない。

 人間に生まれながら、竜に育てられたために、竜としての自分しか持っていないのだ。そんな彼女を愛しく想うとともに、それで良かったのか、とも考えずにはいられない。ラムレスは、常々いっていることがある。竜には竜の、ひとにはひとの生き方があり、在り様がある、と。草木には草木の、動物には動物の生き方があるのだと。人間を竜として育てることは、その考えに反することではないのか。

 いまさらのような自問が、彼にクオンと彼女を引き合わせるという行動を取らせたのだが、このように、ふたりの最初の対面というのは、決して芳しいものではなかった。

 クオンは“竜の巣”の竜と人間が行動をともにしているという情報は知っていたものの、それがユフィーリアという女だったことを知ると、さすがに驚きを隠さなかった。ユフィーリアは、そんなクオンと少しばかり話をしたものの、興味を持てずに引き上げてしまった。彼女にしてみれば、人間と話すよりもサイファリアたち子竜と戯れ、成竜たちと訓練に励むほうが性分にあっているというのだろう。

『信じてないな?』

『いや、信じているよ』

 むすっとした娘の表情への愛しさを隠しきれず、彼は苦笑交じりになった。そのことが余計に彼女の不興を買うことは知っているが、だからといってその笑みを隠すことはできない。

『我はおまえを信じている。この世のなにものよりもな』

『そ、そこまでか……?』

『当たり前だ。おまえは我が娘よ。我が薫陶を受けて育ったおまえを信じずして、なにを信ずるというのか』

『……むう』

 ユフィーリアが顔を赤くしたのは、真正面から褒められることを照れくさく感じているからだ。そういった初々しさがまた、愛おしさを助長するものだから、彼はつい、からかい半分に褒めたくなる。ただ、それもやりすぎると逆効果だということも知っているから、あまり褒めない。褒めるときは激賞するのだが、それ以外のときは、頑なに褒めなかった。

『じゃあ、ラムレスはあの人間を信用しているということか?』

『そうだ』

『なぜだ? 人間など信用に値しないといっていたじゃないか』

 ユフィーリアの不服そうな表情は、いまも覚えている。

『あのものの魂の音を聞いた。色を見たのだ』

『それが信用に値するものだった?』

『そういうことだ』

 ラムレスは静かに肯定した。そして、クオンの魂の音を思い出し、目を細める。

『クオンのような魂の持ち主は、そういるものではない』

『……わたしの魂も、クオンとやらには及ばないか』

『馬鹿なことを』

 ラムレスが一笑に付すと、さすがのユフィーリアもむっとしたようだった。が、彼が続けた言葉は、彼女の想像とはまったく異なるものだったはずだ。

『おまえの魂に敵うものなどいようはずもなかろう』

『ラムレス……それは、その、褒めすぎではないか』

『褒めすぎでも構わぬ。我はおまえの父ぞ』

『それでいいのか』

 どこか呆れたような、それでいて嬉しそうなユフィーリアの表情を網膜に焼き付けるべく、彼は目を見開く。

『良いのだ。父は子を愛するもの。我は、おまえとの日々の中で、それをようやく理解した。その条理をな。故に我はおまえを愛し、おまえを褒めよう。際限なく』

『ラムレス……』

 

『だからといって、わたしはクオンを信用しようとは想わないぞ』

『いまは、それでいい』

 ラムレスは天を仰いだ。悠久のときの中で、なにひとつ変わらないものがあるとすればこの空模様だけかもしれない。それ以外の多くは変わりゆく。ラムレスでさえ、変化した。大きく、変わっていったのだ。

『いつか、おまえにもわかるときがくる。彼は、信用に値する人間だ』

 そう、想った。

 そう、信じた。 

 その挙句がこのザマだ。

 彼は吼えた。喉が潰れるほどに吼え猛り、怒り狂い、荒れに荒れた。喉が潰れても、魔法によって瞬時に再生する。そのたびに喉が潰れるほどに叫び声を上げ、溢れんばかりの魔力を魔法へと変換し、自身の肉体を尽く変容させていく。何十、何百の翼を生やし、魔力を無制限に発散する。

 変容は、止まらない。

 ラムレスの、ではない。

 ユフィーリアの神人化は、ラムレスの膨大な魔力でもどうすることもできないのだ。肉体の大部分が白化し、まるで天使のような翼を生やした上、肥大した左半身には、ユフィーリアの面影さえなくなっていた。

 ラムレスは、ただ、吼えた。泣き叫んでいるといってもいい。涙などもはや枯れ果て、こぼれ落ちることなどはない。が、彼は視界が紅く染まるのを見た。血が、涙となって溢れた。目が熱い。血の味が口の中に広がる。だが、その程度の痛みなど、ユフィーリアの苦痛に比べればどれだけましなものか。彼は、慟哭する。このまま、ユフィーリアが神人に成り果てるのを見届けるしかないのか。

(否っ!)

 彼は、胸中で絶叫すると、残る力のすべてを解放した。

 三界の竜王が一柱の力――。

(済まぬ……ラングウィン、ラグナシアよ……!)

 ラムレスの脳裏に三界の竜王たちの姿が過ぎった。白銀の巨竜と翡翠の飛竜。二柱の竜王が彼を罵倒し、怒り狂う様が浮かんでは消えた。事実を知れば、そうなるだろう。そして、そうなったとして、彼には謝るすべもない。許しを請うことなどできない。それは明確な裏切り行為だ。

(我はこれより、うぬらと結んだ黎明の約を破り捨てる!)

 それも、ただひとりの娘を救うためだ。

 世界のためなどではない。

 生きとし生けるもののためでもなければ、この世の法理を護るためでもなかった。

 ただ、ラムレスの我儘だった。

(許せ、などとはいうまい。怒り、恨み、嗤え。己が欲望のままに動く人間を侮蔑し、唾棄し、否定してきた我が、いままさに人間以下の存在へと成り果てるのだからな……!)

 だが、ほかに方法はなかった。

 ユフィーリアを救う、たったひとつのやり方。

 そのためならば、たとえこの魂が焼き尽くされ、消えてなくなろうとも構いはしない。

 彼にとって、ユフィーリアとはそのような存在だった。

 故に彼は、竜王としてのすべての力を、最期の咆哮に乗せ、解き放った。

 世界が震撼し、時空が揺れた。

 


 咆哮が、聞こえた。

 遥か南東の彼方より聞こえてきたのは、紛れもない、ラムレス=サイファ・ドラースの咆哮であり、その声に秘められた莫大な力が一体どのようなものであるのか、ラングウィンには瞬時に理解できた。黎明の約を破り、三者の同意なくして竜王の力を解き放ったのだ。その結果、世界にどれほどの影響を及ぼすのか、想像もつかない。

 竜王の力は膨大だ。

 このイルス・ヴァレを管理していたのが、三界の竜王なのだ。つまり、世界を支配しうる力を三等分しているといってもよかった。それだけの力がありながら、ラムレスもラグナシアも、ラングウィンも、世界を支配するような大それた行動を起こさないのは、黎明の約があってこそだった。

 原初、それこそまだ三界の竜王しかいなかった時代に結ばれた約定は、この世界の管理者としての矜持と自尊心によって取り交わされたものだ。管理者なれば、自儘に力を使うべきではなく、世界そのものに干渉するのも喜ばしいことではない、と。もっとも、自由奔放なラグナシアは世界への干渉を止めなかったし、ラングウィンもラムレスも、それぞれのやり方で世界との繋がりを持ち続けてはいた。黎明の約にいう干渉とは、強大な竜王の力によって、世界に息づくものたちの運命を歪めるほどのことであり、ちょっかいをかける程度は許された。

 ラグナシア程度の干渉ならば、世界への悪影響はない。

 しかし、竜王の真なる力を解き放てば、そうもいってはいられなくなる。

 時空さえ捻じ曲げかねないほどの力だ。おそらく、ラムレスが力を解放した地点から周囲一帯は、数百年から数千年単位で生物の住めない場所となるだろう。そうやって不毛の地と化した地域がどれほどあるか。

 だが、ラングウィンは、その咆哮に込められた想いを理解したがために、ラムレスの暴挙を責めなかった。

 ラムレスもまた、ラングウィン、ラグナシアとともに何億年にも渡ってこの世界を見守り続けてきたのだ。その魂は消耗し尽くし、ぼろぼろになっていたとしてもなんらおかしくはない。むしろ、傷ひとつないなどといえるはずもないのだ。彼がその役割を終えるようなことがあったとして、だれが責められよう。その結果、世界の均衡が崩れてしまうようなことがあるのであれば話は別だが、そういうことではなかったのだから、問題はない。

 ラングウィンは瞑目し、ラムレスとの別れを惜しみ、また、ラムレスの長い長い務めを労った。

 そして、彼が最終的に己の想いに正直になれたことを羨ましく想ったのだった。

 竜王は、この世の管理者だ。

 想うままに生きられるわけもなければ、自分の想いに素直に生きていけるわけもない。

 そういう意味では、ラグナシアもまた、羨ましい存在ではあった。

 ラングウィンは、“竜の庭”の統治者として在り続けなければならないのだ。



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