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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千九百九十四話 竜と人(十三)


“竜の巣”は、周囲を黒峰連山と呼ばれる峻険に囲われており、地上から近づくのは困難を極めた。まず、黒峰連山には、人間のための通り道がなく、山道と呼べるようなものさえなかった。山の中を強引に突き進む以外に方法はないのだが、黒峰連山そのものにかけられた強力な魔法が方向感覚を狂わせ、突破することさえ困難となった。また、黒峰連山にかけられた魔法は、外部からの攻撃から“竜の巣”を護るだけでなく、山を飛び越えて侵入しようとするものをも阻む壁ともなる。“竜の巣”は、そのようにして外部からの侵入者を阻んでおり、それだけで安全、安心といってよかった。

 まず、普通の戦力では“竜の巣”に辿り着けない。

 黒峰連山を突破することができないのだ。

 山全体を覆う魔法を無力化することは、ラムレス以外にはできない。そしてラムレスが部外者の“竜の巣”への到達を許すわけもなければ、受け入れるわけもない。解除するはずがないのだ。

 それにもし黒峰連山を突破することができたとしても、ラムレスの眷属たる竜属による出迎えが待ち受けている。一斉攻撃を受ければ、どのようなものもひとたまりもあるまい。神ですら、耐えうるものかどうか。

 故になにものも“竜の巣”を侵すことはなく、数百年に渡る安寧を貪ることができたのだ。

 そして、この度のヴァシュタリア軍の接近に対しても、ラムレスは警戒する一方で、安心しきってもいた。ヴァシュタリアがなにをどう画策していようと、どのような手段を用意していようと、黒峰連山を突破することは敵うまい、と。たとえ突破することができたとして、それが問題になるようなことすらないのだと、彼らは結論づけていた。

 たかだか千人足らずの人間がなんらかの方法で魔法防壁を突破したからといって、状況はなにも変わらないのだ。竜は依然として万物の霊長であり、その頂点に君臨するラムレスの立場に変わりはない。

 そう、考えていた。

 そして、それは間違いではなかったし、勘違いでもなかった。だが、状況は、彼の想像とはまったく異なる方向へと変化していく。

“竜の巣”を囲う黒峰連山と魔法防壁へと至った一千人のヴァシュタリア軍は、ケナンユースナルの警告を無視する形で山へと挑んだ。そのことで、ヴァシュタリア軍の目的が“竜の巣”へ至ることだと確定したが、それはいい。問題は、ヴァシュタリア軍がいとも容易く魔法防壁を突破し、黒峰連山を通過したことだ。

 つまり、ヴァシュタリア軍は、ケナンユースナル率いる天門衆が待ち構える“竜の巣”の出入り口、通称・蒼鱗門へと至ったのだ。そして、ケナンユースナルは、警告を無視し、“竜の巣”へと接近したヴァシュタリア軍へ総攻撃を命じた。“竜の巣”始まって以来の総攻撃は、蒼鱗門の南側に聳える黒峰連山に大打撃を与えるほどのものだった。魔法防壁を難なく通過した相手には、それくらいの攻撃もやむなし、と、ラムレスは考えたが、その考えも甘いとしかいいようがなかった。

 人間たちは、天変地異にも等しい魔法攻撃の嵐を耐え抜くと、平然と蒼鱗門を潜り抜け、“竜の巣”へと入り込んできたのだ。ケナンユースナルら天門衆の竜たちは、激しい怒りの中で人間たちを攻撃したが、彼らの魔法が人間たちを傷つけることはなく、むしろ余波によって“竜の巣”そのものを損壊するばかりであり、ラムレスは眷属たちを静めなければならなくなった。

 人間たちがなんらかの強大な力によって護られていることは、魔法防壁を問題なく突破してきたことからもわかりきっていた。でなければ、混乱の中で道を見失い、撤退するしかなくなるからだ。混乱することなく魔法防壁を通過し、さらにケナンユースナルらの魔法攻撃をも黙殺した人間たちの存在には、ラムレスも重い腰を上げなければならなくなった。

 人間は、“竜の巣”への交渉を求めていた。

 そのことは、ケナンユースナルが警告の際、ヴァシュタリア軍の代表者によって伝えられている。しかし、ラムレスにとって人間の価値というのは、昔からなんら変わっておらず、人間と交渉する余地などあろうはずもなかった。故に拒否したがため、人間たちは実力行使に出た。つまり、“竜の巣”へ至り、ラムレスに直接面会しようと考えたのだ。

 通常ならばその時点でありえないことだ。

“竜の巣”に至ることさえ困難を極め、たとえ“竜の巣”に辿り着いたからといって、内部に入れるわけもない。竜たちが人間の侵入を許すわけもない。強引に入ろうとすれば、ケナンユースナルたちがしたように魔法の総攻撃を受けざるを得ない。竜語魔法を受けて無事に済むものなどいないのだ。ラムレスと直接交渉など、できるわけがなかった。

 だが、ヴァシュタリア軍の人間たちは、竜語魔法を完全に無効化することで、ラムレスを交渉の場に引きずり出すことに成功した。

 いかに人間嫌いのラムレスとて、こうも堂々と真正面から“竜の巣”に乗り込まれた挙句、撃退手段がないとなれば、彼らのいう交渉に応じるほかなかった。一刻も早く人間を立ち去らせるには、交渉の席に着き、話し合いに応じる以外に方法はない。

 どのような交渉なのかは、想像がついた。

《ヴァシュタリアの支配下に入れ、とでもいうつもりであろうな》

《父よ、まさかそのような交渉に応ずるつもりではありますまいな》

《愚かなことを》

 ラムレスは、ケナンユースナルの心配を一笑に付したものだ。

《我がそのような愚挙に出ると想うか?》

《ユフィーリアのことを想えば、人間との協調を考え始めてもおかしくはないかと》

《くだらぬ》

 吐き捨てたものの、一方で彼はケナンユースナルの心配ももっともだとも考えた。ラムレスは自分がユフィーリアを溺愛しているということを認識していたし、眷属への影響を考えると決して喜ばしいことではないということもわかっていた。しかし、彼は、ユフィーリアへの尽きぬ愛情を表現せずにはいられなかったし、彼女を大切にせずにはいられなかった。それ故、ケナンユースナルや眷属たちが、ラムレスがこれまでの態度を翻し、人間に友好的な対応をするのではないかと危惧するのも大いに理解できるのだ。だが、案ずることはない、と彼はいった。ユフィーリアはユフィーリアであり、他の人間とは別物だ。

 ユフィーリアは、生まれながらの竜であり、人間ではない。人間としての教育、人間としての道徳、価値観を植え付けられていない彼女は、姿形こそ人間のそれだが、精神性や考え方のすべてにおいて竜そのものとしかいいようがないのだ。そのことは、“竜の巣”のいずれの竜も認めるところだろう。

《ユフィーリアは、竜ぞ。竜故に、我が娘故に、ともに生き、ともに死ねる。人間では、そうはいかぬ。人間ほど浅慮で愚昧な存在を我は知らぬ。あれらに協調することなど、ありえぬ》

 ラムレスは、強く言い切ることでケナンユースナルや眷属たちを安心させた。竜属としての自分たちに誇りを持ち、自尊心も強い彼らにしてみれば、いまさら人間との交渉に応じ、なおかつ軍門に下るようなことなどあってはならないのだ。自分のこれまでの生涯を、連綿と受け継がれてきた竜の在り様を否定するものだ。そして、そうなれば、竜は竜でいられなくなるだろう。

 竜王たるラムレスは、当然、眷属たちのことを考えなければならない。

 蒼衣の狂王と呼ばれ、暴君として知られる彼だが、眷属のことをまったく考えていないわけではないのだ。竜王としての立場と、ラムレス自身として譲れぬものがあった場合、後者を優先するだけのことであり、普段は竜王として相応しい判断をするのが彼だった。

 ヴァシュタリア軍との交渉の席に着いたのも竜王としての立場を優先してのことであり、そのことが彼の運命を大きく変えることになるとは、そのとき、彼を含めただれもが想像だにしていなかっただろう。

 交渉は、“竜の巣”の南側にある、青藍の座で行われた。

 ラムレスの巨体を置くことのできる場所など、そう多くはない。ラムレスは、“竜の巣”に棲む竜の中で最大の体格を誇っており、そんな彼のために作られた住処ではないからだ。子竜や数多の成竜たちが自分たちにとって住みやすい居住区を作り上げたのであり、彼の身の置き場というのは、蒼王の寝床と青藍の座、蒼碧の間くらいのものだった。当然、彼みずからが交渉の場に赴くとなると、そのいずれかから選ばれることになる。

 寝所たる蒼王の寝床は真っ先に除外されるとして、残る二箇所。そのうち、蒼碧の間は北西に位置しており、ヴァシュタリア軍の人間をわざわざ“竜の巣”の奥まで案内するのも面倒だということで、南側に位置する青藍の座が交渉場所となった。

 交渉の席には、“竜の巣”側からは彼だけが赴いた。ケナンユースナルや眷属たちは、そのことに関してはなにもいわなかった。“竜の巣”における最強の存在が彼なのだから、そうもなろう。ケナンユースナルは、ただの竜と呼ぶには惜しいほどの実力の持ち主だが、ラムレスには遠く及ばない。ラムレスの護衛のため、彼よりも格段に弱い竜たちが着くのは、あまりにも無意味なことなのだ。たとえ、ヴァシュタリア側が交渉の席でラムレスに害を及ぼそうとしたとしても、無駄に終わる。そう、だれもが信じている。

 青藍の座は、その名の由来となった青く美しい花々が咲き誇る花園であり、花を愛でることが好きな竜たちによって作られ、管理されている。ユフィーリアがサイファリアたち子竜とともに花の冠を作り、ラムレスを飾り付けたことがあったが、その花の出処がこの青藍の座だ。ラムレスが花の冠を喜んだがためにユフィーリアたちが調子に乗り、花園の花を全滅させるほどの勢いで刈り取り、ラムレスの全身を花で飾り付けたことは、いまでも語り草だ。その後、ラムレスがユフィーリアたちの管理不行き届きで竜たちに叱責を受けたのも含めて。

 輝かしい日々。

 いまも目を閉じれば、思い出せる。

 まだ幼かったユフィーリアと子竜たちの勝ち誇ったような表情。そして、湖面に映る己の姿。花々で飾られたその姿は、狂王という存在にはあまりにも不似合いだったが、娘たちの手作りであるそれを見て、なにも想わない彼ではなかった。

 そのときの感動を思い出したのは、咲き誇る蒼い花々のせいだろう。

 そんな感傷を断ち切ったのは、無論、ヴァシュタリア側の代表者が子竜たちに案内され、青藍の座に足を踏み入れたからだ。

 ラムレスは、そのとき、彼の生涯で二度目の人間への驚きを覚えた。

 なぜならば、代表者は、たったひとりで彼の前に現れたからだ。護衛もつけなければ、武器も防具も身につけていなかった。

 人間が、だ。

 竜属のように強靭な肉体を持つわけでもなければ、金剛石のように硬い鱗や皮に覆われているわけでもない、あまりにも柔らかな皮と肉、軽く触れるだけで折れるほど脆い骨で構成された存在だということを認識していないはずだというのに、だ。

 彼は、その勇気ある行動を褒めはしなかった。

 当然だ。

 それは勇気ではない。

 ただの無謀な試みにすぎない。



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