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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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1992/3726

第千九百九十一話 竜と人(十)

 ユフィーリアは、みずからを竜だと信じこんでいたし、なにひとつ疑っている様子はなかった。サイファリアや仔竜たち、数多の眷属、同胞との姿の違い、能力の違いについても、そういうものなのだと認識し、いずれ自分も彼らのような姿になり、空を自由に飛び、魔法を自由に使えるものだと信じて疑わなかった。

 空を翔ぶ練習をしては怪我をして、そのたびに周囲の竜たちに心配をかけた。自分を竜だと思い込んでいる彼女には、高所から落ちることへの恐怖はなく、故に彼女の飛行訓練は常に死の危険を伴うものであり、ラムレスは竜たちに働きかけ、ユフィーリアが落下死しないよう、見守らせなければならなかった。怪我程度ならば、いくらしてもいい、と、あるときを境に彼は考えるようになっていたし、多少の怪我ならば、その責任を周囲に問うような真似はしなくなった。骨折程度、魔法でいくらでも治せたし、怪我を負い、痛みを感じることでユフィーリアは自分の限界を知ることができるはずだと彼は考えていた。

 ユフィーリアは、決して頭の出来が悪いわけではない。

 彼女が自分のことを竜だと信じ込んでいるのは、物心つく前から周囲には竜しかおらず、話し相手は竜ばかりで、それ以外の動植物とは言葉を交わすこともできなかったからだ。もちろん、使う言葉は竜語であり、彼女は、物心ついたときには竜語を完璧に近く使いこなしていたし、竜特有の呼吸法も体得していた。故に彼女の身体能力というのは、人間とは比べ物にならないほどのものなのだが、だからといって魔法が使えるわけでもなければ、空を飛べるはずもない。竜の呼吸法を使えたところで、人間であることに変わりはないのだ。

 竜の鱗と皮をふんだんに用いた衣服を身につけるようになると、彼女が怪我をすることは極端に少なくなった。龍鱗の衣服は、彼女の全身を包み込むものだったからであり、竜の鱗と皮は、簡単には傷つかず、衝撃を和らげ、彼女の身を守るからだ。そのせいで彼女が蛮勇を振るうようになったかというとそうではなく、むしろ慎重になっていったのはユフィーリアの成長を見る上で面白い変化だった。

 ユフィーリアは、自分が他の竜たちのように空を飛び回るには、ラムレスから翼を貰わなければならないものだと考えたのだ。龍鱗の衣服は、彼女に竜たちの強靭な肉体を与えたようなものであり、彼女はそのことを実感してからというもの、翼もまた、ラムレスから与えられるものに違いないと思い至ったのだろう。それからというもの、飛行訓練こそ行うものの、無謀な試みはしなくなった。怪我をしなくなると、ラムレスは安心してユフィーリアを自由に遊ばせることができるようになった。

 ラムレスにとって、ユフィーリアの無事な成長だけが日々の楽しみであり、この世のすべてといっても過言ではなくなっていた。

 

 そんな平穏な日々が永久に続くものだと、ラムレスは信じていた。

 少なくとも、“竜の巣”にある限りは、ラムレスとユフィーリア、眷属の生活を脅かすものなど現れるはずもない。“竜の巣”はラムレスが膨大な魔力によって構築した強力無比な防御障壁に護られていたし、たとえ防御障壁を突破されたとしても、何千もの眷属と彼がいるのだ。並大抵の戦力では落とせるはずもなければ、竜王に戦いを挑むような暴挙を行うほど愚かな人間は、そういるものではない。

 人間は愚かで身の程を弁えない生き物ではあるが、だとしても、竜に闘いを挑むほどの愚かしさは持ち合わせていないはずだったのだ。

 そう、人間ならば。

 人間が率いる組織ならば、“竜の巣”になど興味をもつことはありえない。

 ヴァシュタリア共同体を真に支配しているのは、人間などではない。

 その事実は、ラムレスもよく知るところだったのだが、数百年に渡る沈黙が、彼に失念させた。

 運命の日が来ることは、わかりきっていたはずなのだ。

 それなのに彼は、そのことを一切考えることなく、ユフィーリアの成長に目を細める毎日を送っていた。幸福だったのだ。幸福な日々の真っ只中、その幸せが終わるようなことを考えるものがどこにいるだろうか。

 蒼衣の狂王と呼ばれた彼も、いまやただの親に過ぎなかった。

 愛する娘の成長を見守る親は、不幸な未来など想像するはずもない。ただそれだけのことだ。


 ユフィーリアは、成長に成長を重ねていた。

 人間の価値基準でいえば見目麗しいと判断されるであろう容貌と、竜たちとの日々によって鍛え上げられた肉体は研ぎ澄まされた刃のように美しい。無駄な筋肉がなく、必要な筋肉だけが彼女の肉体を形作っている。そして呼吸法が、その鍛え上げられた肉体から極限に力を引き出し、彼女を人類最強の戦士と呼んでも過言ではないくらいの領域へと引き上げていた。

 ただの人間で彼女に敵うものなど、そういるものではなかった。

 みずからを竜と信じ、竜としての気高さと誇りを胸に秘めた彼女には、人間如き、取るに足らぬ相手だ。

 彼女は、そのころになると、ほかの眷属たちともに“竜の巣”より飛び出すようになっていた。ラムレスに許可を取るでもなく、ただ、家族がすることを真似するようにだ。

 眷属たちは、ラムレスの目を盗んでは、ラムレスに救いを求める人間に手を貸し、そうすることでラムレスへの信仰を途切れさせまいとしていることについては、触れた。眷属の竜たちにとって、ラムレスが如何に偉大な存在であるかは、その行動からもわかるだろう。彼らは、竜王の名をさらに高めることに躍起になっていたし、そのために竜王が忌み嫌う人間たちを積極的に助けようとした。そういった行動は、ラムレスによって黙認されており、ラムレスはそんな子供たちの行動を面映ゆく想っていた。

 ユフィーリアが“竜の巣”を飛び出すことを許可した覚えはないが、飛び出してしまった以上、仕方のないことだ。

“竜の巣”を天地のすべてだと信じ、世界そのものとして育った彼女にとって、外界の存在は衝撃であり、興味を引くものだったに違いない。彼女は、“竜の巣”の外に世界が広がっていることを知らなかった。ラムレスは教えなかったし、竜たちもわざわざ教えることでもないと考えていたからだ。だが、あるとき、眷属のいずれかが外界へと飛び立つのを目の当たりにしたユフィーリアは、疑問に想った。“竜の巣”の外にはなにがあるのか、と。

 ラムレスは彼女の疑問に答えることはなかった。知る必要はない、とそのときは判断したからだ。ユフィーリアもそれで一応の納得を示した。彼女にとってラムレスの考えがすべてであり、彼女が彼に反論したことは一度しかなかった。

 しかし、だからといって外界への興味が消え去ったわけではなかったのだろう。彼女は、外界へ赴く竜に話を持ちかけ、みずからも連れて行ってもらったのだ。無論、ラムレスは一部始終を見ていたし、聞いていた。だが、口を挟まなかったのは、ユフィーリアのさらなる成長のためには必要なことである、と結論づけたからだ。

 ユフィーリアが外界に赴くということは、世界の広さを知るとともに自分がなにものであるかも知ることにもなるだろう。

 そろそろ、彼女が自分について知るべきときがきたのだ、と、ラムレスは考えた。

 ユフィーリアは、みずからを竜だと信じている。姿形こそ異なるものの竜として育ち、竜とともに生きてきた彼女にとって、自分が竜以外の生物であるとは考えようもない。姿形だけでなく、その本質も大きく異なるのだが、竜ならざる彼女には理解できるはずもない。理解せずとも構いはしない。ラムレスは、彼女が幸福であればそれでいいと考えていたし、少なくとも、“竜の巣”のユフィーリアは幸福そのものに想えた。

 だが、竜には竜の、人には人の生き方というものがある。

 ユフィーリアが成長するに連れ、彼は考え込むようになった。

 彼女を“竜の巣”に留め置くことは、本当に正しいことなのだろうか。

 人間社会に返すべきなのではないか。

 それこそ、彼女が真に幸福に生きるための唯一の方法なのではないのか。

 そして、親たるもの、娘の真の幸福を願い、祈るべきではないのか。

 いや、人間などという愚かしい者共の世界に純粋無垢なユフィーリアを追いやることなどできるわけがない。欲にまみれた人間社会に毒されるだけのことではないか。そこに幸せなどあろうはずがない。

 葛藤が、ラムレスを苦悩させる。

 ユフィーリアが眷属の竜とともに外界へ赴いたのは、そんな頃だった。

 ユフィーリアは、そこで初めて“竜の巣”の外の世界を知った。そして、自分と同じような姿形をした生き物が無数にいて、それらが人間と呼ばれていることを知った。自分もまた、人間なのではないか。そんな疑問を抱いたのは、当然のことであり、また、竜の背に乗る人間の目撃情報が北の大地を駆け巡るのも時間の問題だった。

“竜の巣”に嵐が迫っていた。



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